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3-1

Author: 琉斗六
last update publish date: 2026-06-12 21:00:00

 神谷の予想通り、社屋に救急車が横付けされた件は、すぐにも社内で噂になった。

 あの警備員が喋ったとは思わないが、残業をしていた者は神谷と陽翔だけではない。

 オメガがヒートを起こせば、気付かないアルファなどいないだろう。

 残っていた者の中には、体調不良を訴えた者もいる。

 即座に上から〝オメガに無理な残業をさせないこと〟と命が下り、救急車騒ぎを知らない社員まで、ヒート事案が発生したことを知った。

 さらに、陽翔が数日休んだことで、ヒートを起こしたオメガが誰かは、言わずもがなで皆の知るところとなった。

「おはようございます」

 ようやく出勤してきた陽翔は、最初に神谷のデスクの前にやってきた。

「先日は、ご迷惑をおかけしまして、申し訳ありませんでした」

 陽翔は、深々と頭を下げる。

 神谷はチラとその頭頂部を見やってから、おもむろにデスクの引き出しを開けた。

 あの晩、陽翔がぶち撒けた物を拾い集め、放り出されていた鞄に入れて保管していたのだ。

「これと。それから、これを……」

 神谷がもう一つ差し出したのは、一通の封筒だった。

「なんですか、これ?」

「高い薬剤だったんだろう? 俺が無理に封を切った」

 ちらと封筒を見てから、陽翔は首を横に振る。

「受け取れません。僕の体調管理が悪かったんですから」

「だが……」

「いえ。神谷さんに責任はありません」

「受け取っておけ」

「いらないって言ってるだろ!」

 顔を真っ赤にして、陽翔は叫んだ。

 オフィスの中の視線が、こちらに集まる。

 神谷に謝ることさえも、陽翔には相当な屈辱だっただろう。

 話を長引かせるのは悪手だと考えた神谷は、ぐいと封筒を陽翔の手の中に押し込む。

「同期として、放っておけないだけだ」

 眉を寄せ、不機嫌そうな顔になったものの、陽翔はそれを押し返してはこなかった。

「すみません。仕事に戻ります」

「ああ……」

 ぷいっと顔を背け、ずんずん歩いて席に戻る陽翔の背中を、神谷はちらと見送る。

 体調はすっかり戻ったらしく、足取りもしっかりしているようだ。

 唇を尖らせ、ぷりぷり怒りながら、デスクのパソコンを立ち上げている。

(その程度ならいいが。あんな顔……、他の誰にも見せるなよ……)

 ヒートを起こしていた時の陽翔を思い出し、神谷は胸の内で呟いた。

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