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8-1

Auteur: 琉斗六
last update Date de publication: 2026-06-23 21:00:56

 仕事の合間に、お茶を入れるため陽翔は席を立った。

 ミスギの社屋に、休憩スペースは無い。

 各オフィスに簡単なシンクと電気ケトルが置かれているだけで、喫食の内容は各個人が自己責任で管理をする。

「小泉くん、これ試して!」

 陽翔が電気ケトルのスイッチを入れたところに、草野が飛んでくる。

「また、新しいハーブティーですか?」

「今度こそ、美味しいから!」

 草野は自宅でハーブを育てていて、それを自家製ハーブティーにして持ってくる。

 一応自分で味見もしているが、草野自身が少々の青臭さが平気というか、飲み慣れすぎて〝ほぼ雑草味〟のものをばんばん勧めてくる。

 同僚たちはすっかり辟易し、新人の陽翔がスケープゴートにされているのだ。

「いいですけど」

「小泉くん、無理して付き合わなくていいからね」

 ちらとこちらに目をやった大和が、一言声掛けをしてくれた。

「大丈夫です」

「ん〜、小泉くんってホンットいいこ!」

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  • 呼吸が出来る場所   11-3

     しばらくすると、金山と茂が部屋に顔を出した。「高梨さん、こっちは荷物積んだんで、戻りますよ」「はい、御苦労様」 金山の差し出した預り証を受け取った茂は、それを隆志に差し出した。「じゃ、俺はちょっと……」「はい、どうぞ」 陽翔たちにペコッと頭を下げ、茂はそのまま庭に出てしまう。「えっ? あの、リノベーションの話、全然聞かないんでいいんですか?」「いいんです。あの人は、本当にこういうの興味がないから」「あ、僕はちょっと、お庭を拝見させていただきますね」 そこで大和が立ち上がった。(あ、高梨部長、茂さんのリサーチに行ってくれたんだ……) 庭に降りた茂を追うようにして、大和が席を外したことで、陽翔は察する。「今回のリノベーション。彼から僕へのプレゼントなんです」「そうなんですか? なら余計に一緒に話を聞かなくてよかったのかなぁ? それとか、むしろ、全部仕上げてからのプレゼントとか……」「そんなことしたら、僕は怒りますよ」「え……? そうなんですか?」 きょとんとなった陽翔を見て、隆志は声を上げて笑う。「だって、自分の居場所を他人に作られても、面白くもなんともないでしょう?」「あ、そうか……」「オメガの社会進出が……と、どれだけ謳われたところで、社会の常識が〝オメガは受け身〟ってなってるから、なかなか変われないよね」 抑圧された会社で嫌な目にあってきたはずだが、いつのまにか自分自身もまたその〝常識〟に飲まれていたのだ……と、陽翔は気付いた。「あの、隆志さんはずいぶんその……」「主導権を持ってる風に見える?」「あ、はい……」「茂さんもね、若い頃はギラギラしたアルファだったよ? 

  • 呼吸が出来る場所   11-2

     リノベーションを依頼された家は、郊外にある平屋建ての古風な家屋だった。「うわ、立派な家だなぁ」「アルファなら、これぐらいのお家が建てられるお年頃のカップルだからね」「そうなんですか?」「定年退職を期にリノベーションって言ったでしょ? 経済が活性化して、働けばお金になる時代に働き盛りだった人だよ。ちょっと目端の利くアルファなら、そんな時代が長く続かないことを見越して、ちゃんと人生計画してたんじゃない?」 インターホンを押すと、小柄な男性が出迎えに出てくる。 首に巻かれたチョーカーに、オメガだと気付いた。(アルファオメガのつがいカップルだったんだ! てっきりベータのご夫妻だと思ってた……) 陽翔は驚きを隠すように、深々とお辞儀をして誤魔化す。「お待ちしておりました、どうぞ」 どやどやと入っていく金山たちを通し、陽翔は大和の裾を引いた。「あの、つがいカップルのかただったんですか?」「片山茂さんと、隆志さんってお名前だったでしょ? 見なかった?」「あ……、苗字しか確認してなかった……」「ふふ、気をつけてね」 笑って、大和は先に行ってしまう。 慌てて陽翔は、後を追った。 実際に家具を運び出す金山たちは、アルファの茂氏に案内され── 方向性を話し合う陽翔と大和は、庭の見える和室へと通された。「あの、パートナーの方はご一緒されなくて良いんですか?」「大丈夫です。リノベーションの決定権は、僕にありますから」 相応の年輪が刻まれているが、隆志は上品で綺麗なオメガ男性だ。「綺麗なお庭ですね」「どうしても実のなる木が植えたいと言って、りんごにしたんです」「りんごの花って、白くて綺麗ですよね。……えっと、このお部屋。今は客間のようですが、お客様が多いんですか?」「うちの亭主が現役だった頃は、頻繁に部下を連れ帰ったりしましたけど。今後は

  • 呼吸が出来る場所   11-1

     その日、陽翔は大和と共に車で移動していた。 リノベーションを頼んできた家を、訪問するためである。「大幅なリノベですよね」「旦那さんが定年退職されたのを期に、生活動線が不便になっちゃった家を調整したいんだって」 二人が乗る車の後ろから、金山と助手の乗ったトラックがついてきている。「婚礼家具に、ダイニングテーブル。リペアする家具もたくさんありますね」「画像を見ただけでも、すごく良い家具ばかりだから。手入れして長く使ってもらえると思うと、嬉しいよね」「金山さんのトラックで、乗り切るかな……?」「無理して乗せる必要はないよ。大事な品物だからね」「力仕事ですよね」「僕も親方みたいなアルファだったら、あっちの仕事したかったよ?」 意外な発言に、陽翔はびっくりした。「そうなんですか?」「だって、あっちのほうが楽しそうじゃない? 一枚板からオリジナルの家具を作るのも楽しそうだし。デザインの仕事も嫌いじゃないけど、あっちのほうが物を作ってるって実感出来るでしょ」「なるほど」 陽翔はシートに背中を預け、運転する大和の横顔をちらと見た。 突発ヒートを神谷に助けてもらったあと、退院して出勤する朝は、ヒートを見られた恥ずかしさがあった。 しかし、あの時はむしろ、謝罪に行くのに勇気と怒りのほうが大きかった。 大和にその話をして、泣いた顔を見られた翌日のほうが、よほど恥ずかしくて出勤したくなかったぐらいだ。 だが、大和は翌日、何事もなかったかのように「おはよう」と言ってくれた。(高梨さんといると、呼吸をするのが楽なんだよな……) 肩に力も入らない。 余分な見栄も張らずにいられる。 なにより、仕事が楽しい。(でも、この人、アルファなんだよな……) それも、不思議な気がした。「どうしたの? あ、もしかして寝癖治ってない?」「いえ! 寝癖はありま

  • 呼吸が出来る場所   10-3

    「や……、ありえませんよ!」「あっははっ! 神谷くん、可哀想に。全然気付いてもらえてないんだ」「ちょ……、待ってください。どっからそういう話になったんです?」「だってそうでしょう? オメガの提案は上層部にウケが悪い……って、きみがそう思ってるんじゃなくて、その彼が教えてくれたんじゃないの?」「そうですね」「僕がもしその神谷くんの立場で、きみに全く興味がなかったとしよう」「はい」「出世がしたいと思っていたら、採用される可能性が皆無の〝オメガの企画〟に目を通す必要はないよね?」「……えっ? ……でも、部下の出した企画をチェックして、まとめたりするのが仕事……ですよね?」「ベータの企画の場合、アルファが〝良し〟とすれば通るけど、オメガの提案は、オメガが考えたって時点で取り合ってもらえないって分かってるなら、見る必要なくない?」「……ああ、そうか……。……でも、神谷は見てたってことですよね?」「つまり、きみ自身に興味があるから、きみの企画に全部目を通していたってことだよ?」「えっ? ……あ、……そう……なのか……?」「きみの才能を見極めて、きみをなんとか上層部にアピールしたくて……なんて。普通にきみを特別に想ってなかったら、しないでしょう?」 大和は思わず、笑ってしまった。 神谷というアルファが、どれほど陽翔に執着を覚えていたのか、会ったこともない自分ですら想像が出来るのに。 当の陽翔は、毛の筋ほども気付いていないのだ。 むしろ、神谷が哀れにすら思える。「アルファにとって、オメガって宝物のような存在だ……って言うのは、ウチの社長の持論な

  • 呼吸が出来る場所   10-2

     大和は、陽翔が泣き止むまで待った。「すみません、本当に。……僕、別にヒートの所為でアルファに強姦されたとか、そういうのは無いんです。……ただ、救急車騒ぎになってしまったから、僕が突発ヒートしちゃったの、周りにバレちゃって……」 グズグズと鼻をすすり、ティッシュで拭う陽翔を見やり、大和は大きく溜息をつく。 その様子から、陽翔が周囲の理解のない態度を〝ひどいこと〟と理解していないのが、見て取れたからだ。「うーん、突発ヒートって、はっきりした原因はわからないらしいけど。でもオメガの体は繊細だからね」「でも、社会人として、恥ずかしいです」「あのね、小泉くん。確かに体調管理は、個人がすべき大事なことだよ。でもね、きみみたいに真面目で一所懸命な子が、サボりたくて具合が悪くなってるなんて、思うほうがどうかしてるよ?」「……普通のヒートでも、一週間も休んで周囲に迷惑掛けますし……」 陽翔の答えに、大和は微かな苛立ちを覚える。「確かに、そこで実務のしわ寄せを食うベータの社員は、文句を言うだろう。だけど、オメガが繊細で、周期的にヒートがくるって分かってて、業務を調整できないのは、上司が無能なんじゃないかな?」「……えっ?」 陽翔は、ぽかんとした顔を向けてきた。 そこで大和は、自分の苛立ちが〝陽翔の元上司〟に対するものだと気付く。 この可愛らしい外見とは裏腹に、才能の塊のような輝く魂を、疲弊させ、追い詰めたアルファに、腹が立っているのだ。「だって、それって分かってることでしょ? オメガが周期的に休むのは、自然の理なんだし。ストレスを掛けたら、突発ヒートを起こす可能性があるって、管理職ならリスクとして知っておくべき……どころか、当然それに対する手配もしておかなきゃいけない立場でしょ?」「でも……、そんなことをしたら……。他の社員に

  • 呼吸が出来る場所   10-1

    「小泉くん」「はい?」「帰らないの?」 顔を上げると、オフィスには大和と陽翔しか居なかった。「えっ? あれっ?」「本当にきみ、集中すると周りが見えなくなるタイプだよね」 ふはは……と、面白そうに大和が笑う。「す……、すみません……」「いや、ごめんね、笑って。……でも、あんまり熱心で真っ直ぐだから、心配になっちゃうな」「いえ……、本当に……。すみませんでした……」「謝る必要はないよ? 悪い事をしてたわけじゃないんだから」「僕……。実は、これで以前も失敗したことがあって……」「失敗?」「根を詰め過ぎて、残業しているオフィスで突発ヒートしちゃったことがあるんです」「それは……、大変だったね。……誰かにひどいこと、されたのかい?」 陽翔は── その何の気なしの一言で、当時、周囲に囁かれた陰口がフラッシュバックした。「あっ……、えっ?! ごめん! なんか、僕、嫌なことを思い出させちゃった?」 大和が狼狽え、慌てふためきながら、草野のデスクに置かれていたティッシュボックスを持ってきたことで、陽翔は自分がボロボロ泣いていることに気がつく。「す……、すみません……。僕……、そんな……別にヒート事故とかにはなってなくて……」 大和に申し訳ないと思いながらも、陽翔の涙は止まらなかった。

  • 呼吸が出来る場所   3-2

     手の中の封筒を、陽翔はぽいとデスクの引き出しの中に放り込んだ。(自分のほうが給料がいいからって、弁償しますってか?) 立ち上がったパソコンの画面を見ると、あの晩にたたき台の形になった草案が表示された。(休んでる間に、この企画は進んじゃったんだよな。くそ、また一から考え直しか……) 陽翔はファイルをゴミ箱に入れた。 なにもかもがリセットされてしまったが、ここでくじけては神谷どころか、周囲の同僚からの蔑みは消えないのだ。 心の中の雑念を払い、新たなファイルを作る。

  • 呼吸が出来る場所   1-3

     草案がまとまったところで、陽翔は一つ息をついた。「あ〜、もうこんな時間かぁ……」 チラと、パソコン画面の端にある時計に目をやる。 周囲を見回すと、神谷のデスクのパソコンが稼働しているモーター音がしているだけで、人影はない。(アルファのくせに、こんな時間まで残業してるとか……。フィットネスにでも行って、体でも鍛えとけよ……) 椅子の背もたれに体を預けて、筋を伸ばすように仰け反る。 その瞬間、背中をぞくりといやな感覚が駆け抜けた。「え……、うそ……?」 前回のヒートは一ヶ月前。 あと二ヶ月は、来るはずのない予兆だった。(まずい……、残業続きで体調下がってた?) 慌てて鞄を

  • 呼吸が出来る場所   1-2

     退勤時間になっても、陽翔はパソコンの画面を睨みつけていた。(僕の企画、却下したくせに!) 今日の企画会議で、神谷が提案していた企画の中には、以前に陽翔が出した企画の草案が使われていた。 体の小さい、女性やオメガ向けの補助機能の提案。 しかし、神谷のそれは〝体格差のあるカップルでも使いやすい〟をコンセプトにしていて、ユーザーへのアピールが良くなっていた。(なにが〝ふたりのサイズで、ひとつのキッチン〟だよ!) キャッチコピーに上層部は絶賛の嵐で、すんなりと商品化されるのが目に見えるようだ。(僕のより洗練されてるのが、なおさら気に障るぅ!) 弱者層にアピールする陽翔の案よりも、そ

  • 呼吸が出来る場所   1-1

     小泉陽翔(こいずみはると)は、キッチン用品メーカー〝マドカ〟に勤めて三年目になる。 今日も、陽翔の企画は通してもらえなかった。 否── 陽翔の企画は、企画会議の議題にすら上がらなかった。「神谷さん! なんで僕の企画、通してくれなかったんですか? 今回は、まあまあ良いって言ってくれたのに!」 会議室を出たところで、陽翔は上司の神谷悠真(かみやゆうま)に声を掛ける。「まあまあ良いとは言ったが、通すとは言ってないだろう」 しれっと躱される。「でも先日、良いと言ったら通してやるって……」「そうだ。良いと言ったら通してやると言った。〝まあまあ〟じゃ駄目だ」 そう言い置いて、神谷は

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