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第1.5章:027

last update Fecha de publicación: 2026-07-09 11:04:20

 やがて、玲と渚は人波に流されるようにして本殿の前へと辿り着いた。

 お賽銭を投げ入れ、鈴の音が夜空に響いた瞬間――。

 お祈りをするために、結ばれていた渚の手がそっと離れた。

 指先から伝わっていた温もりが急に消え、玲の胸に冷たい風が吹き抜けるような寂しさが走る。早くもう一度触れたい、その衝動を抑えながら、玲もまた賽銭箱に向かって手を合わせた。

(これから先も、ずっと渚と過ごせますように)

 神様への願い事は、それ以外に何もなかった。彼女が自分の目の届く場所で、手が届く距離で、いつまでも笑っていてほしい。

 願い終えてすぐに目を開けると、隣にいる渚は、まだ静かに目を閉じて手を合わせていた。

「…………」

 吐き出す息が白く、神社の灯籠の光に照らされている。真剣に何かを祈っている渚の横顔は、言葉を失うほどに綺麗で、玲はただ、その神聖な姿に息を詰めて見惚れてしまった。

 やがて渚がゆっくりと目を開け、視線に気付いて玲を見上げる。二人の目が
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  • 壊したいほど好きだから、   第1.5章:042

      今度は、はっきりと耳に届いた。 けれど、何が「いい」のか、玲にはさっぱり分からない。不安混じりに首を傾げると、渚がゆっくりと顔を上げた。 玲も一緒に視線を戻すと、渚は彼の正面へと一歩踏み出し、玲の着ているコートの袖口を軽く摘まんだ。 そして――小さく息を吸い込み、背伸びをするように爪先を上げる。 ほんの一瞬。 柔らかく温かい渚の唇が、玲の唇に、触れるか触れないかほどの優しさで重なった。 突然のことで、玲の脳は理解するのに時間を要した。 渚の唇がぶつかった。触れた。 柔らかかった。 ――めちゃくちゃ、柔らかかった。 渚からキスをされたのだと理解して、数秒。 残った彼女の感触を噛み締めようと、無意識に舌をちろっと覗かせたその瞬間、口元にハンカチをぐっと押し付けられた。 渚が、玲の唇を必死に拭っている。「ごめんね、汚いよね……っ」 玲の唇をハンカチでゴシゴシと拭く渚の瞳は、今にも崩れ落ちそうなほど傷ついていた。自分のトラウマや「汚い」という呪縛から逃れられず、怯えているのだと、その痛々しい眼差しが物語っていた。 玲は渚の手首をやんわりと掴み、優しく下ろさせた。 そのまま彼女の華奢な身体を自分の方へと軽く引き寄せると、迷うことなく、渚の唇に自分の唇を重ねた。 周囲から「うおっ」と冷やかしの声がまた聞こえたけれど、今の玲にはそんな雑音はどうでもよかった。 目の前で、渚の瞳が驚きで大きく見開かれる。 けれど、動揺を乗り越えるようにしてゆっくりと瞼が閉じていくのを確かめ、玲も静かに目を閉じた。(舌、入れていいかな……) そんな欲望が頭をよぎったけれど、彼女のペースを守るために――実行には移さなかった。 時間にしてはほんの数秒――二人にとっては、何分にも、何十分にも感じるような、深く愛おしい時間だった。 玲は唇を離したものの、渚の腰を抱いた手は離さなかった。 渚が自分を見上げてくる。その瞳の中に映る自分を、玲は食い入る

  • 壊したいほど好きだから、   第1.5章:041

      そう言って渚が差し出したのは、今日会った時からずっと彼女が大切そうに抱えていた小さな紙袋だった。 ランチのとき、玲からはプレゼントを渡したが、渚からは何もなかった。あの袋は自分のためのプレゼントではないのだと理解して、実は少しだけ落ち込んでいたのだ。別に何ももらえないことがショックだったわけではない。ただ、渚から何か形に残るものが欲しかった。彼女と会えない時間、彼女の代わりに触れていられるような何かを。「これ、遅くなったけど……クリスマスプレゼント」「俺に……? 開けてもいい?」「うん……」 渚の許可を得て、玲は紙袋の中からそっと中身を取り出した。 現れたのは、黒と白の縞々模様が編み込まれた毛糸のマフラーだった。丁寧に、けれどどこか素朴な編み目。「あのね、重いと思うんだけど……手作り、なのっ」「えっ……」 驚きのあまり、声が漏れた。(渚が、これを? 俺のために、時間をかけて編んでくれたのか?) 胸がいっぱいになり、言葉を失って固まってしまう玲。 しかし、その静寂を渚はまったく違う意味に受け取ってしまったようだった。青ざめた顔で両手を振る。「す、捨ててっ!」「えっ!?」「でも、私の前で捨てられたらショックだから、家で捨ててっ……!」「捨てるわけないじゃん! 俺、すっげー嬉しいのにっ!」 堪らなくなった玲は、衝動のままに渚の身体をぎゅっと強く抱き締め返していた。「ひゅーっ」と揶揄うような通りすがりの声や、いつもより人が多い駅前で周囲から向けられる温かな視線。初々しいカップルの抱擁に、渚は耳まで真っ赤にして「ちょっと、玲っ」と彼の背中をぽんぽんと叩いた。「ご、ごめんっ! つい、嬉しくなっちゃって……」「嬉しいの……?」「当たり前だろ! 俺、今まで生きてきた中で一番嬉しい」

  • 壊したいほど好きだから、   第1.5章:040

     ※ ※ ※ 季節は巡り、街が色鮮やかなイルミネーションと華やかな狂騒に包まれる冬――クリスマスがやってきた。 推薦入試で早々に進路を決めた二人は、無事に希望通りの東京の大学への進学を確定させていた。春からの新生活を数ヶ月後に控え、玲と渚は冬の澄んだ空気のなか、クリスマスデートを楽しんでいた。 街には休日を楽しむ大勢の人々が行き交い、人波が絶えることはない。 玲は人混みを遮るように前を歩き、渚の手を引いた。 かつての渚なら、見知らぬ人々の気配に気後れし、身を縮こませていたはずだった。けれど今の渚は、玲の大きな背中に守られるようにしながら、引かれたその手をしっかりと握り返してきた。 指を絡ませ合うような、繋ぎ方ではなくて。 指先を揃え、お互いの掌の温もりを確かめ合うような繋ぎ方。 ゆっくりと、焦らずに。渚のペースを守りながら重なり合うその手からは、確かな信頼と、玲の深い愛おしさがじんわりと伝わっていた。「玲、見て……すごくきれい」 街灯の光に照らされた渚の頬が、寒さのせいかほんのりと赤く染まっている。 握り返された手の力を感じながら、玲は優しく微笑み返し、彼女の隣で歩調を緩めた。「渚の方がきれい」「もう……馬鹿言わないで」 渚が隣を歩く玲の横腹を、肘でつんと突く。「本気だよ」 玲が真剣な目を向けて、優しく微笑むと、渚は「もう……」と小さく呟いて、赤くなった顔を誤魔化すようにふいっと目を逸らした。 逸らされた横顔の愛おしさに、玲は胸の奥が温かくなるのを感じる。 指先を重ねたままの手に少しだけ力を込めると、渚もまた、その温もりに応えるように小さな手でキュッと握り返してきた。(幸せだな) 渚とクリスマスを過ごせるなんて。 彼女とこうして、手を繋いでクリスマスの夜景を見に行けるなんて夢にも思っていなかった。(これからも、ずっとずっと渚と一緒に過ごしたい) 視線の先には、色とりどりの光を纏った巨大なイルミネーションのクリスマスツリーが、夜空に向かって誇らしげにそびえ立っていた。無数の光が降り注ぎ、周囲の喧騒すらどこか遠い世界の出来事のように思える。 渚はその光を見上げていた。眩しそうに瞳を輝かせ、息をのむ彼女の横顔を、玲は静かに見つめる。 ツリーの光が幾重にも重なり、渚の瞳の中に小さな星のように映り込んでいた。寒さのせいで赤く

  • 壊したいほど好きだから、   第1.5章:039

      家を出て通学路を歩き、最初の角を曲がったところで、見覚えのある人影が立っていた。真央だ。 玲は視線すら合わせず、そのまま横を通り過ぎようとする。「玲」 名前を呼ばれても無視して歩みを進めるが、続く彼女の言葉に足を止めざるを得なかった。「相良さんと、付き合ってるの?」 玲はゆっくりと足を止め、振り向いた。その瞳には一切の温度がなく、まったく笑っていない。「……関係あるか? ないよな、お前に」「最近、男子たちが『玲の付き合いが悪くなった』って言ってるよ」 渚が苦手な男性のタイプは、男らしくてガサツで、騒がしいやつらだ。だから、そういうクラスメイトの男子たちとは学校以外での付き合いをすべて切った。セフレ関係も全員清算し、連絡先も着信拒否にしている。 もちろん、目の前にいる真央だって例外ではない。「俺たち受験生なんだから、遊んでる場合じゃないだろ」 冷淡に言い放ち、玲は真央の元から立ち去ろうとした。 しかし、不意に腕を引っ張られ、真央に手を掴まれた。「なにすんだよ」 玲は底冷えするような眼差しで彼女を睨みつけ、その手を強引に払い除ける。けれど真央は怯む様子もなく、玲を絶対に逃さないと言わんばかりに、再び力任せに手首を掴んできた。「なに?」 苛立ちを隠さず低く問い詰める玲に対し、真央は伏し目がちに、ボソッと何かを呟いた。 蝉の鳴き声に掻き消されて聞き取れず、玲は不快そうに眉間に皺を寄せる。 すると真央はゆっくりと顔を上げ、今度ははっきりとした、どこか狂気すら孕んだ声で言った。「玲には無理だよ」 一瞬、言われた意味が理解できず、玲の思考が凍りつく。 真央はゆっくりと口元を歪めた。「玲は、宮原さんで満足できない」「玲は、私に戻ってくる」 胸の奥にドス黒い毒を注ぎ込まれるような、気味の悪い呪いのような言霊。「……は?」 ゾッとするような寒気が背筋を走り、玲は吐き気を催しながら今度こそ激しくその手を振

  • 壊したいほど好きだから、   第1.5章:038

      ※ ※ ※「父さん、夏休みに車の免許取りたいんだけど」 朝食のテーブル。新聞を開いていた父親が、パラリと紙面を下げて顔を上げた。「大学は東京なんだろ? なら、わざわざ車なんて乗らんだろ。免許なんて取る必要ないじゃないか」「あっても困らないって。それに、あったら身分証にもなるし……お願い」 向かいのキッチンで味噌汁をよそっていた母親が、呆れたように振り返る。「ちょっと玲、まだ受験すら終わってないのよ? 受かってから言いなさい受かってから」「……俺が大学落ちると思う?」 不敵に口角を上げてみせると、父親は「ははっ!」と痛快そうに声を上げて笑い、新聞をパタンと畳んだ。「だな! よし、いいぞ。費用は出してやるから受講の手続きしてこい」「あなたったら、甘いんだから……」 呆れる母親を横目に、玲は「サンキュー」と言ってトーストをかじった。――東京の大学に進学する理由はただ一つ。 渚が東京のデザイン科がある女子大を志望しているからだ。 渚の両親からは県外の大学へ進学することを最初は心配されたらしいが、「このままでは前に進めないから」と必死に説得し、合格したら一人暮らしを許されたと聞いていた。引っ越し先も女子専用マンションにするつもりだと言っていた。 渚が県外へ行くなら、俺も行く。 大学は違っても、東京にいればいつだって会える。渚の近くのマンションに部屋を借りよう。 そして、夏休みに車の免許を取る本当の理由。それも渚が同じタイミングで教習所に通うからだ。同じ教習所を選べば、一緒に講義や技能教習を受けられる。 それに、免許を取れば人混みを避けて渚をどこにでも連れて行ってあげられる。「教習所は、うちの近くのところで申し込むのよね?」 台所で片付けをしながら母親が聞いてくる。玲は指定の教習所の名前を口にした。「えっ……そこ、うちからだとかなり遠いわよ」 母親が渋い顔をする。

  • 壊したいほど好きだから、   第1.5章:037

     「ごめんなさい。私は玲とは付き合えません」 渚の声は震えておらず、はっきりとしていた。「私は汚い、ずっとそれが頭から離れないの。私は汚い」 その口から壊れたように零れ落ちる「汚い」という自虐の言葉。玲は衝動的に渚の両手を強く掴み取っていた。 渚が驚いて目を見開き、恐怖に身体を強張らせて怯む。けれど、今の玲にはそんな恐怖の視線すらどうでもよかった。 玲にとって、今この瞬間に何よりも重要なのは、ただ一つだけだった。「汚くない! そんなはずないだろ!」 玲は張り裂けんばかりの声で叫んだ。「俺は思わない!」 そのまま、渚の華奢な身体を強く抱き寄せた。 腕の中で、渚の身体がビクッと大きく強張るのが分かった。男性への恐怖からくる拒絶の反応。けれど、今の玲にはどうしても腕の力を緩めることができなかった。渚が自分自身を否定する言葉が、責める言葉が、どうしても許せなかった。彼女は何一つ、責められることはない。責められるべきなのは渚を傷つけた変質者であり、そいつに会わせてしまった自分だと玲は思った。あの日、この公園に約束通りに行っていれば、砂場で上級生に歯向かったように渚を守ることが出来ていたはずだから。「俺が好きな渚を、渚自身が自分のことをそんなふうに言うなよ! 傷つけるな!」 玲の胸に顔を押し付けられたまま、渚が短く喉を鳴らした。 直後、「うわーん」と、堰を切ったような大きな泣き声が公園の空気に響き渡った。 それは、かつてこの場所の砂場でお城を壊されたときに聞いた、幼い渚の泣き声よりもずっと不格好で、まるで泣き方を忘れてしまったかのように歪んでいた。 あの日から今まで、渚が声すら出さずに一人で涙を流し続けてきた孤独な時間を想像して、玲の胸は引き裂かれるように苦しくなる。 玲は渚の後頭部に手を回し、さらに強く自分の胸へと引き寄せた。コートの肩口が、見る見るうちに彼女の熱い涙で濡れていく。そんなことは少しも気に留めなかった。 だらりと力なく落ちていた渚の両手が、ぎゅっと玲の背中の生地を掴んだ。まるで唯一の命綱に縋り付くように、激しくしがみついてくる。(―

  • 壊したいほど好きだから、   序章:002

    渚とばかり遊んでいたことをクラスメイトに囃し立てられ、思春期特有の照れ隠しから、好きじゃない、と否定した。それを証明するために渚との約束を連絡なしにすっぽかし、クラスメイト達と校庭でサッカーをして遊んだ。その次の日からだ。渚が学校に登校しなくなったのは。プリントを毎日届けても、渚の母親しか対応してくれず。話したい、とお願いしても「風邪をうつすと悪いから」と門前払い。二階の渚の部屋のカーテンは固く閉じたままだった。いつも玲が遊びに来ると必ず、あの窓から顔を見せてくれるのに。渚を怒らせてしまった、と玲は思った。体調が悪いのは本当かもしれない。でも、自分が家の外から渚を呼んでも返事さえ

  • 壊したいほど好きだから、   序章:001

    滑らかな肌、掌に吸い付く肌触り。 躰の線を指先で撫でれば、小刻みに震え、甘い吐息を漏らす愛しい人。 宮原玲はフェザータッチから徐々に手の動きを大胆にしていき、大きな掌で、薄い腹に触れた。 その手に驚いたのか、玲の下にいる相良渚の腰が跳ねた。 玲は渚の反応にすぐに手を止めた。 両眉を八の字に下げて、彼女を心配そうに見下ろす。渚は頬を赤く染め、瞳が潤んでいた。 「ごめん、驚かせた。大丈夫?」 答えの代わりに、渚は玲の背中に手を回した。遠慮がちに触れるだけ――爪を立ててくれても良いのに。血が出るほど、消えない痕を残

  • 壊したいほど好きだから、   第1章:007

    ※ 玲が渚と初めてセックスしたのは、高校三年生のクリスマスイヴだった。 渚が手編みのマフラーをくれた。「重いよね、ごめんね」と謝った渚に、強く首を振った。渚は知らない。玲にとって、渚から貰えるなら何でも嬉しいことを。 (あのマフラーは今でも使っている) 解れるたびに渚が手直しをしてくれる。冬になると、渚に毎日抱きしめられているような気分になる。 (あのデートも、セックスも、全部覚えてる) ――こんな、安っぽいホテルではなかったのは確かだ。 消毒液の匂いが混じったラブホテルの室内。 「ほら、ちゃんと力抜いて」 優しく言っている筈なのに、声は低く、逃げ道を塞ぐ響きを持っていた

  • 壊したいほど好きだから、   第1章:001

    (あぁ……嫌だ。どうしよ……)職場のトイレで相良 渚は手洗い場の鏡の前から動けずにいた。鏡に映るのは、薄化粧を施した顔。肩にかかるくらいのミディアムストレート。丁寧に整えれば、綺麗に見える筈なのに、どこか少しだけ不揃いで、自分のために髪を整えることに、まだ慣れていない。 そんな渚の表情は両眉が情なく下がり、胸の前で指をずっと弄っている。 「どうしよ……」 一週間前、渚が働く化粧品会社に事業部長が海外本社から異動してきた。本社で実績を残し、日本支部も盛り上げるため、という理由での異動。 異動自体は珍しくない。渚が新卒で入社した時の事業部長は半年後に海外に転勤になったくらいだ。よくある

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