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7

Author: はなきち
last update publish date: 2026-07-02 17:09:59

誰もいなくなった教室。

俺は窓際の席に座ったまま動かなかった。

夕日はもう落ちている。

薄暗い教室で。

机に額を押しつけ、小さく息を吐く。

「……最悪」

ぽつり、と漏れる。

分かってた。

こうなるのが嫌だった。

人と近づけば。

勝手に期待して。

勝手に大事になって。

最後には離れる。

だから。

最初から距離を取っていた。

……なのに。

放課後。

教室の扉が開く音を待つようになった。

吹奏楽部終わりの、

「つかれた〜」

その声を聞くと安心して。

どうでもいい話をする時間が。

一日の中で、一番落ち着く時間になっていた。

――私は、今の湊くん結構好きだけどな。

その言葉が。

頭から離れない。

たぶん。

柚は深い意味で言ったわけじゃない。

でも。

少しだけ期待した。

期待してしまった。

それが。

怖かった。

静かに目を閉じる。

もし。

このまま本当に好きになったら。

きっとまた。

失うのが怖くなって。

自分から壊してしまう。

___

次の日。

私と大智くんたちは、結局学校で湊くんに声をかけることができなかった。

誰も近づくな。

そう言っているみたいな空気をまとっていて、いつものグループでさえ、どう接すればいいのか分からなかった。

放課後。

部室を出ても、足はすぐに教室へ向かなかった。

昨日のことが頭から離れない。

「もう帰ってくんないかな」

そう言った湊くんの苦しそうな顔。

もし今日も拒絶されたら。

そんなことばかり考えているうちに、気づけば教室の前まで来ていた。

一度深呼吸をして、ゆっくりと扉を開ける。

ガラッ。

静かな教室。

夕日が差し込む窓際を見ても、そこにいるはずの姿はなかった。

「……いない」

思わず小さく呟く。

私は自分の席に座り、湊くんがいつも眺めている窓の外へ目を向けた。

毎日ここから何を見ていたんだろう。

そんなことを考えていると。

「……来たんだ」

後ろから聞き慣れた声がした。

振り返ると、教室の後ろ扉の前に湊くんが立っていた。

片手には缶コーヒー。

もう片方の手は制服のポケットに入っている。

その姿を見た瞬間。

胸の奥が、ほっと緩んだ。

来てくれた。

……違う。

ここにいてくれた。

湊くんは数秒だけ私を見つめると、ふっと視線を逸らした。

「……今日、来ないかと思った」

静かな声だった。

昨日、あんなふうに突き放されたのに。

怖くなかったわけじゃない。

でも。

「来ない方がよかった?」

そう聞くと、湊くんはすぐには答えなかった。

教室に靴音だけが響く。

ゆっくり窓際まで歩いていき、いつもの席の横で立ち止まる。

小さく息を吐いてから、ぽつりと言った。

「……そうやって普通に来るの、ずるい」

「え?」

「昨日あんな言い方したのに」

その表情は、初めて見るものだった。

困っているようで。

怒っているようで。

でもどこか安心しているようにも見える。

湊くんは窓の外へ視線を向けた。

「普通、ちょっと距離置くだろ」

「置いたよ。一回」

私がそう言うと、湊くんは少しだけ目を伏せた。

「……それは俺が悪かった」

思わず目を見開く。

湊くんが、こんなふうに素直に謝るなんて。

教室に夕日が差し込む。

その光の中で、湊くんは静かに続けた。

「昨日さ」

「うん」

「……柚が今の俺でも”好き”って言った時」

心臓が跳ねる。

湊くんは苦笑するように少しだけ笑った。

「ちょっと期待した」

その一言で、時間が止まったような気がした。

湊くんはすぐに目を逸らす。

「だから嫌だった」

「……」

「勝手に期待して、勝手に怖くなって」

声が少し掠れる。

「またそうなるくらいなら、最初から近づかなきゃよかったって思った」

何も言えなかった。

この人はずっと怖かったんだ。

嫌われることも。

離れられることも。

でも、それ以上に。

誰かを好きになってしまうことが。

少し間を置いて、湊くんが口を開く。

「クラスのやつに変なこと言われてさ」

視線は窓の外へ向いたままだった。

「それのせいで、俺と関わってる人まで根拠ないこと言われてる」

静かな声。

でも、その奥には諦めみたいなものが滲んでいた。

「迷惑かかるくらいだったら、一人でいた方が楽だった」

もう一度だけ目が合う。

「……なのに、来ちゃったから」

最後の一言だけ、少し弱かった。

責めているわけじゃない。

困っているような。

諦めきれないような。

そんな声だった。

私は湊くんを見上げる。

夕日が逆光になって、表情はよく見えない。

でも。

きっと今、この人は誰よりも不安なんだと思った。

「……私さ」

ゆっくり口を開く。

「最初、湊くんのこと怖かったよ」

湊くんの眉が少しだけ動く。

「話しかけんなオーラすごかったし」

「……否定できない」

思わず笑ってしまう。

「でも、話してみたら普通だった」

「普通ってなんだよ」

少しだけ空気が和らぐ。

私は続けた。

「ちゃんと笑うし、優しいし」

湊くんは黙って聞いている。

「私が部活終わりに来るの、待ってたりするし」

「待ってない」

「いや待ってるね」

即座に否定する湊くんに、思わず笑いがこぼれる。

その笑い声につられるように、湊くんの肩から少し力が抜けた気がした。

でも。

私は真剣な声に戻る。

「確かに嫌なこと言う人はいるかもしれない」

湊くんが静かにこちらを見る。

「でもさ」

机の端をぎゅっと握る。

少し震えているのが、自分でも分かった。

「私まで勝手に”迷惑だ”って決めつけないでよ」

その言葉に、湊くんが固まる。

私は息を吸って続けた。

「私は、ここ来る時間好きだった」

「……」

「湊くんと話すのも好きだった」

恋愛とか。

そういう意味じゃない。

ただ、この放課後が大事だった。

だから。

「周りが何言っても」

私は湊くんをまっすぐ見つめる。

「私は、自分でここに来てたよ」

その瞬間。

湊くんの表情が少しだけ崩れた。

泣きそうにも見える顔。

でもすぐに視線を逸らして、小さく笑う。

「……ほんと変わってる」

「またそれ言う」

「だって普通、離れるだろ」

「湊くんが離れろって言ったんじゃん」

「……あれは」

「傷つくよ、普通に」

湊くんは言葉を失った。

長い沈黙のあと。

本当に小さな声で。

「……ごめん」

今までで一番弱い声だった。

私は少し笑って言う。

「……だから明日も明後日も、ずっとここ来るから。待っててね」

湊くんは少しだけ困ったように笑う。

「……また来たければどうぞ」

いつものぶっきらぼうな返事。

でも。

数秒してから、小さく付け足した。

「……やっぱ嘘」

私は顔を上げる。

湊くんは照れくさそうに視線を逸らしたまま。

「……俺、待ってる」

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