LOGIN亘は、司野に突き飛ばされそうになった楓華をしっかりと受け止めた。だが楓華は、司野から放たれる凄まじい殺気にもひるむことなく、自分を支える亘を乱暴に突き飛ばし、そのまま真っすぐ司野へと突進した。「来なさいよ!やれるもんなら、私を殺してみなさいよ!あんたみたいな最低のクズが、今さら純愛でも気取ってるつもり!?素羽ちゃんが味わった苦しみも、受けた痛みも、全部あんたのせいじゃない!どうしてあんたみたいな人間のクズが、のうのうと生きてるのよ!無惨に死ぬべきなのはあんたの方でしょう!なんで死なないの!?なんでさっさと死んでくれないのよ!」司野の眼差しは、底知れないほど陰惨で冷え切っていた。それでも楓華は一歩も退かず、司野への憎悪をむき出しにしたまま、再び腕を振り上げて力いっぱい平手打ちを浴びせる。そして、怒りのままに罵声を叩きつけた。「何睨んでんのよ!隣にいるクソ女と一緒に地獄へ落ちなさいよ……八つ裂きにされたって足りないくらいのゲス野郎!」今の楓華の胸には、本気で司野を殺してやりたいほどの殺意が渦巻いていた。再び司野に掴みかかり、殴る蹴るの暴行を加えようとした、その瞬間だった。不意に腰を強く引かれる。亘が背後から彼女の腰を抱き寄せ、司野の反撃から守るように自分の後ろへ引き下がらせたのだ。「司野!」楓華は顔を真っ赤に染め、理性を失ったように叫び続けた。もがきながら手足を振り回し、距離が離れていても司野に飛びかかろうと暴れる。「離してよ!このクズ野郎!絶対に殺してやるんだから!」司野の漆黒の瞳には濃密な殺気が宿り、今にも本当に彼女を殺しかねないほど凄絶な形相で、楓華を睨み据えていた。亘は片腕で楓華をしっかり羽交い締めにし、もう一方の手で司野の肩を押さえながら、必死に二人をなだめた。「二人とも、落ち着け!」今は互いに牙をむき出しにして争っている場合ではない。「どけ」司野もまた、素羽を侮辱し続けるこの女を、今すぐ黙らせたいという衝動に駆られていた。亘はまるでクッキーに挟まれたクリームのような板挟みになりながら、二人の怒りを鎮めようと声を張り上げる。「今やるべきことは、素羽を見つけ出すことだろう!」――「素羽」。その名前は、まるで精神安定剤のように、爆発寸前だった二人の理性を引き戻し
亘は言葉に詰まった。だが、彼が何かを口にするより早く、楓華が鋭い声を張り上げた。「黙って!嘘よ、そんなの絶対に嘘でしょう!?」楓華は力任せに亘を突き飛ばし、そのまま真っすぐ外へ飛び出そうとした。「どこへ行くんだ!」亘は慌てて、ふらつく彼女の体を引き止めた。「素羽ちゃんを探しに行くの。あの子に何かあるはずないじゃない!」亘は裸足のままの彼女の足元に目を落とすと、しゃがみ込み、静かに靴を履かせた。現実は、もう動かしようのないものとなっていた。亘に連れられて事故現場へ向かうと、救助隊はまだ撤収しておらず、なおも素羽の遺体の捜索を続けていた。楓華の足は震えが止まらず、一歩踏み出すたびに膝から崩れ落ちそうになる。亘が身体を支えていなければ、橋のたもとまで歩くことすらできなかっただろう。川に浮かぶ救助艇を見つめながら、楓華は胸が張り裂けそうな痛みに襲われた。亘の腕をつかむ指先には、血の気が失せるほど力がこもっていた。「あの人たち……何をしてるの?」亘は乾いた唇を舌で湿らせ、小さく唾を飲み込んでから答えた。「……素羽の遺体が、まだ見つかってないんだ」その言葉が最後まで言い終わる前に、楓華が怒鳴り声で遮った。「黙って!素羽ちゃんは生きてる!遺体なんて言わないで!あの子を呪わないでよ!」彼女は亘の胸ぐらを力いっぱいつかみ上げた。「司野の仕業なんでしょう!?あいつが素羽ちゃんをどこかに閉じ込めて、私を騙すためにこんな芝居を打ってるのよ!そうなんでしょう!?」亘は楓華の腰を支える手を緩めなかった。ここで手を離せば、彼女はその場に崩れ落ちてしまうと分かっていたからだ。彼自身も、どう慰めればいいのか分からなかった。今朝この知らせを聞いた時、自分もまた楓華と同じように受け入れられなかった。昨日まで元気だった人が、どうして一夜にしてこの世から消えてしまうのか。亘は深く息を吐いた。「楓華……」楓華は何度も首を横に振り続けた。「嘘よ……絶対に嘘。素羽ちゃんがこんな所にいるはずない。私をあの子のところへ連れてって。素羽ちゃんに会わせて!」そう言うと、楓華は亘の腕を引っ張り、この場を離れようとした。「早く!私を素羽ちゃんのところへ連れてって!」ちょうどその時、一台の車が現場に滑り込んできた。車
時間は、そのまま生存の可能性を意味していた。引き揚げに時間がかかればかかるほど、生還の望みは薄れていく。救急車の運転手も医療スタッフも全員救助され、病院へ同行していた警察官までもが無事に岸へ上がった。それなのに――素羽だけが、ただ素羽だけが、生きた姿も、遺体すらも見つからなかった。痕跡は何一つ残されていなかった。最初のうちは、司野も岩治の説得にどうにか耳を傾けていた。だが時間が経つにつれ、彼はまるで追い詰められた猛獣のようになり、誰が何を言おうと、どれだけなだめようと、一切耳を貸さなくなっていった。誰もが心のどこかで理解していた。素羽が生きている可能性は限りなく低く、この状況を楽観視できる者など誰一人いない。ただ一人、司野だけがその現実を認めようとしなかった。認められないからこそ激しく取り乱し、自ら川へ飛び込んで捜索しようと必死にもがいていた。こんな状態の彼を、岩治が川へ向かわせられるはずがない。素羽が見つからないどころか、司野まで命を落としてしまいかねなかった。しかし、司野の凄まじい力を前に、岩治一人ではもう抑えきれなかった。最後は、幸雄が手配した者たちによって強引に取り押さえられ、その場で気絶させられて運び去られた。幸雄は杖を突きながら、崩れ落ちたガードレールのそばに立っていた。風が吹き荒れる中、底知れぬ闇をたたえた川面をじっと見つめるその瞳は、ひどく濁り、何を考えているのか読み取れなかった。やがて彼は静かに命じる。「素羽の葬儀は、盛大に執り行え」その言葉に、岩治は息を呑んだ。胸の奥が重く塞がる。これで、すべてが終わったというのか。まだ引き揚げられていない。だから、死んだと決まったわけではない――そう言いたかった。だが、その言葉は結局、喉の奥で飲み込むしかなかった。本当は、自分でも分かっていたからだ。素羽の結末は、もう決まってしまったも同然だと。今日この日をもって、この世から「素羽」という人間は消えたのだ。岩治の胸には、言葉では言い尽くせない苦しみが渦巻いていた。何年も顔を合わせてきた人が、どうしてこんなにもあっけなく、この世から消えてしまうのだろう。悔しさもある。やるせなさもある。だが何よりも、素羽という一人の女性の運命が悲しくて
阪田高速道路。司野が現場に到着した頃には、まだ夜明け前だというのに、そこは幾重にも人だかりができていた。投光器のまばゆい光が高速道路を照らしている。それなのに司野の目には、世界のすべてが漆黒の闇に沈んでいるようにしか映らなかった。前方の道さえ見失うほどの、深い闇だった。司野は行く手を阻む野次馬たちを乱暴にかき分けながら、一歩、また一歩と事故現場へ向かっていく。「どけ……!全員、どけ!」突き飛ばされた人々は文句を言おうと口を開きかけたが、魂が抜け落ちたように取り乱した司野の様子を目の当たりにすると、誰もが言葉を失い、自ら道を譲った。崩れ落ちたガードレールへ近づこうとしたその時、現場を規制していた警察官が彼の前に立ちはだかった。「下がってください。ここは立入禁止です」「どけと言ってるだろう!」司野は警察官など眼中になく、その身体を突き飛ばして強引に中へ入ろうとした。警察官が取り押さえようとした、その瞬間――「社長、落ち着いてください!」岩治が慌てて駆けつけた。彼は司野を必死になだめながら、警察官に自分たちの身分を説明する。厳しい表情だった警察官も司野の身元を知ると多少態度を和らげたが、それでも目を離さず、救助活動の妨げにならないよう岩治へ厳しく念を押した。岩治は何度も頭を下げ、必ず目を離さないと約束した。だが、その約束に意味はなかった。司野の耳には何一つ届いていなかった。今の彼の頭にあるのは、ただ一つ。――素羽が川へ落ちた。俺が助けなければ。岩治は、暴れ狂う猛牛のような司野をもう止めきれなかった。パンッ――!乾いた平手打ちの音が、静まり返った夜気を鋭く切り裂いた。司野の顔が横へ弾かれる。岩治は痺れるような痛みが残る掌をぎゅっと握り締め、喉を鳴らしながら唾を飲み込んだ。司野はゆっくりと首を巡らせ、岩治を見据えた。その漆黒の瞳には、思わず背筋が凍るほどの凄まじい光が宿っていた。岩治はその眼差しに思わず身をすくませた。それでも背筋を伸ばし、必死に平静を装いながら訴える。「社長、救助隊が今も引き揚げ作業を続けています。今飛び込めば救助の邪魔になるだけです。それでは素羽さんの救出が遅れてしまいます。どうか落ち着いてください。彼女はきっと無事です」岩治は司野より先
夜明け前、静まり返っていた拘置所が、突如として騒然となった。奥の独房の扉が勢いよく開かれ、ほどなくして、顔面蒼白の素羽が担架で運び出され、そのまま救急車へと搬送された。サイレンが拘置所の外に鳴り響き、夜の静寂を切り裂くように鼓膜を打ち震わせる。深夜の景苑。司野は悪夢にうなされ、飛び起きた。秋の冷え切った空気とは裏腹に、背中は冷や汗でぐっしょりと濡れていた。ベッドサイドに置いてあった煙草とライターを手探りで掴み、火をつける。肺へ流し込んだニコチンが、悪夢で乱れた鼓動を少しずつ鎮めていった。司野はヘッドボードにもたれかかり、虚空へと視線を向ける。指先に挟んだ煙草の火だけが、暗闇の中でかすかに明滅していた。どんな夢を見たのかは思い出せない。ただ、夢の中で味わった恐怖と不安だけが、胸にまとわりついて離れなかった。今もなお、鼓動が異様なほど速いことを、自分でもはっきりと感じていた。一本吸い終える頃になって、ようやく胸のざわつきが少しだけ和らいだ。静まり返った寝室に、不意にスマートフォンの着信音が鳴り響く。その甲高い音に、心臓が大きく跳ねた。画面に表示された名前を見た司野は、わずかに眉をひそめる。何もなければ、岩治がこんな深夜に電話をかけてくるはずがない。通話ボタンを押した瞬間、受話器の向こうから切迫した岩治の声が飛び込んできた。「社長、大変です。拘置所から連絡が入りました。素羽さんが突発性の心筋梗塞を起こし、病院へ搬送されたそうです」吸い殻を灰皿へ押しつけようとしていた司野の手が、ぴくりと止まる。赤く燃えた灰が手の甲へ落ちたが、熱さなどまるで感じなかった。全身が硬直し、頭の中が真っ白になる。数秒遅れて、ようやく喉の奥からかすれた声が漏れた。「……なんだと」岩治は焦ったように繰り返す。「素羽さんが心筋梗塞で病院へ運ばれました」煙草を挟んでいた司野の指に力がこもる。まだ火のついた吸い殻を、そのまま掌の中で握り潰した。岩治が悪趣味な冗談を言っているのではないか――そんな考えが一瞬頭をよぎる。昼間に会った時、素羽はあれほど普通だった。心筋梗塞など起こすはずがない。だが同時に、岩治がこんなことで冗談を口にする男ではないことも、司野はよく知っていた。荒く息を吐き出し、低い声で尋ねる
それを見た瞬間、素羽の無表情だった顔に、ほんのわずかな変化が走った。長いまつ毛がかすかに震え、彼女はゆっくりと視線を上げる。「さっさと食え。あとで食器を下げに来る」――早く読め。そんな無言の合図だった。看守が立ち去るのを確認すると、素羽はしゃがみ込み、床に落ちていたメモを拾い上げた。食事を手に取ったものの、口をつけることはせず、先にメモを開く。密かに手紙を寄こした相手は、なんと――幸雄だった。静かな瞳に、わずかな波紋が広がる。やはり幸雄も琴子と同じ考えだった。素羽を、この場所から遠ざけようとしている。本当に、誰も彼も見事なくらい同じ結論にたどり着くものだ。メモをしまい込むと、素羽の表情は再び何事もなかったかのような冷たさを取り戻し、味気ない夕食を機械のように口へ運び始めた。志乃との交渉を終えた司野は、逸る気持ちを抑えきれず、その足で素羽のもとへ向かった。「夕飯は食べたか?傷の手当はちゃんとしたか?」どれだけ気遣う言葉を並べられても、素羽の心は一切動かなかった。むしろ煩わしいだけで、その感情は隠すことなく表情に表れていた。その露骨な拒絶に司野は胸を痛めたが、すぐに気持ちを立て直す。嫌われるのも当然だ。彼女の心を、ここまで傷つけたのは他ならぬ自分なのだから。司野は机の上に置かれた彼女の手へ、そっと手を伸ばした。しかし、指先が触れる寸前、素羽は素早く手を引き、彼を避けた。宙をさまよう自分の手を見つめ、司野の表情に影が差す。それでも無理に笑みを作り、静かに言った。「もう少しだけ我慢してくれ。すぐにここから出してやる」素羽は淡々とした口調のまま問い返す。「用件は、それだけ?」「素羽。言ったはずだ。これからは俺がお前を守るって」もう二度と、あんな悪夢のような出来事は繰り返させない。だが、司野の必死な想いにも、素羽は何の興味も示さなかった。そのまま静かに立ち上がると、一度も振り返ることなく面会室を後にする。司野は去っていくその背中を見つめながら声をかけた。「素羽。明日、迎えに来る。待っていてくれ」返ってきたのは、一度も振り返ることのない冷たい背中だけだった。拘置所の外。岩治が車のドアを開け、司野は身をかがめて車内へ乗り込んだ。煙草に火をつけると、