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Todos os capítulos de 氷龍の檻姫: Capítulo 61 - Capítulo 70

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1-61 龍神会の法

「最近、襲撃が増えていますね」あやめの言葉に、早苗が頷いた。「系列施設に被害は?」「姐さんのご提案以降、大幅に減少しました」朱雀会が唆しているのか、最近龍神会の組員への”ちょっかい”が増えていた。一般人の被害が増えている上に、龍神会側の負傷者も増えている。戦場を固定する。誘い込み、最大戦力で叩きのめす。場所はキングのいる神崎邸。あやめが提案し、冬弥が実行している方針だった。.「庭を管理する人たちには申し訳ないですね」あやめは、庭を見ながら苦笑する。「しばらく頑張ってもらいましょう」「そうですね……しかし、特別手当が必要ではないかと」早苗の言葉に、あやめは負傷者を運ぶ車のほうを見る。「彼らは、法律上は“被雇用者”ですよね」「ええ。まあ。朱雀会傘下の企業の社員ではあります」早苗の答えに、あやめは頷く。「怪我させてしまった人、神崎の系列の病院に運びましょう。徹底的に検査し、できるだけ医療費をふんだくって、庭師の特別手当としましょう」早苗が笑う。「姐さんは、ちゃっかりしていらっしゃる」◇◇◇夜。廊下を歩いていたあやめは、ふと足を止めた。 開け放たれた扉の向こう。「……あいつ、まだ口割らねえのか?」「歯は全部折れてる。でも、拠点を吐きやしねえ」「じゃあ、もう一発いくか」休憩中なのか、火がついた煙草を持つ彼の手には真っ赤な血がついていた。胃の奥が重くなる。あやめは、その場を離れた。 心臓が早鐘のように打っている。それでも目を逸らしたいとは思わなかった。(私は、わがままなのだろう)これまでは、みんなのために正しくあろうとした。正しくあること。それは、法に従うことだと思っていた。法に背く者はもちろん、自分勝手な人間も社会に適合しないと軽蔑してきた。だが、そんな自分も、冬弥への思いだけで“法律”を捻じ曲げて解釈している。仕方がない。必要悪。力は悪いことではない、と。(問題は、誰にそれが向くのか)彼らの血に濡れた手も、それがあやめに向けられることはない。その確信があった。(だから……怖くない)「姐さん?」声をかけられ、顔をあげる。「どうしましたか?」別の組員が、心配そうに覗き込んでいた。「おい、姐さんがきたぞ!」さらに別の組員が声をあげる。がっしりとした体格の男が、慌てた様子で
last updateÚltima atualização : 2026-04-14
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1-62 待っていた

月のきれいな夜だった。雲ひとつない空に浮かぶ月はどこか冷たく、それでいて優しい光を落としている。その光に照らされながら、あやめは四阿に立っていた。頬を撫でる風はひやりと冷たい。春の名残と初夏の気配が入り混じるような夜気が、肌を静かに刺激する。薄手のカーディガンの上からでも、その冷気は伝わってくる。あやめは無意識に自分の腕を抱いた。眼下には無数の灯りが広がっている。神崎邸は高台にあり、東京の夜景を遠くまで見渡せた。無機質な光の群れ。けれど、その一つ一つに人の営みがあると思うと不思議と温もりも感じられる。(あの中にも、色々な暮らしがある……)そう思ったときだった。背後から、ゆっくりとした足音が近づいてくる。振り返らなくても、誰かは分かる。気配だけで分かるほどに、その存在はあやめの中に深く刻まれていた。「冬弥さん」名前を呼ぶと、すぐ隣に気配を並べたところで歩みを止める。「寒くないか?」低く、落ち着いた声。それだけで、あやめの胸の奥が微かに痺れる。「少しだけ。でも、平気です」そう答えると、冬弥は何も言わずに視線を正面に戻した。あやめと並んで、同じ夜景を見下ろす。言葉はない。けれど、その沈黙はどこか心地よかった。息遣いの距離。体温の気配。触れてはいないのに、すぐそばにあると分かる存在。それだけで、あやめは十分だった。あやめは口を開く。「最近……血を見ることが増えました」静かな声だった。けれど、その奥にはゆるぎない芯があった。「手についた血、庭石についた血」一拍。「一生分見た気もします。でも、これからも見るのだろうなと思っています」あやめの言葉に、冬弥はわずかに目を伏せた。すぐには答えなかったが、しばらくするとその薄い唇が動いた。「……怖いか?」その言葉に滲むのは、ほんのわずかな不安。あやめはそれを敏感に感じ取る。誘拐されたとき、助け出された瞬間に自分が見せてしまった“恐怖”。誘拐犯のせいにして誤魔化したつもりだったが、誤魔化しきれていなかったことをあやめは悟る。(それなら……)「怖かったです」正直に答える。「でも、最近は……慣れてきた、というより……受け入れられてきた、気がします」“慣れ”という言葉を言い換える。それが正しいのかは分からない。けれど、慣れたなど軽々しく言ってはい
last updateÚltima atualização : 2026-02-03
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1-63 受け止める

あやめは、冬弥の部屋の前に立っていた。襖は、大きく開かれている。「入れよ」短い言葉。それだけで、背中を押された。.初めて足を踏み入れた冬弥の部屋は、無駄がなかった。 整えられた空間は、静かだった。 壁に掛けられた墨絵が、月の光を受けて淡く浮かび上がる。「……入らないのか?」その声に、あやめは気づく。まだ、一歩しか中に入っていない。あやめは視線を前に向ける。自然と、敷かれた布団に目がいく。僅かに躊躇する。「あやめ」冬弥の言葉は、簡単なものだった。「おいで」その一言に、全てが込められていた。あやめは、自分の足で歩いた。一歩ずつ、距離を詰める。すぐ目の前まで来たとき、冬弥の表情がやわらかくほどけた。頬に触れる指。吐息が触れる距離。「……俺も、怖い」冬弥が、低く囁く。「お前を抱いたら、もう戻れなくなるから」「戻り、たいのですか?」逃げ道を塞ぐようなあやめの問い。冬弥は短く笑う。 「いや、戻りたくない」そして、真っ直ぐに告げる。「お前が、俺のすべてだ」あやめは微笑んだ。涙を滲ませながら、それでも確かに笑っていた。「私は、あなたの女になりたかったのです」あやめの声が震えた。「あなたの心にも、身体にも……ちゃんと触れたかった」その言葉に、冬弥の手が強くあやめを引き寄せる。指先が触れる。肩が重なる。呼吸が交わる。全てが、確かめあうようにゆっくりと。急がない。奪わない。ただ、埋めるように。壊れていたものが、静かに繋がっていく。月は変わらず夜空に浮かんでいる。街の灯りも、いつも通り瞬いている。.夜の帳は静かに降りていく。照明を点けていない部屋は、月明かりだけに満たされている。障子越しに差し込む淡い光が、畳の目をなぞり、壁にやわらかな陰影を落としていた。その光の中で、あやめと冬弥は、布団の上に向かい合って座っている。互いの距離は、手を伸ばせば触れられるほど近い。けれど、そのわずかな空間には、これまで積み重ねてきた時間と、言葉にならなかった想いが、静かに満ちていた。沈黙は、重くはなかった。むしろ、どこか甘く、息をひそめるような緊張を帯びている。「あやめ……」冬弥の指先が、そっとあやめの頬に触れる。その仕草はいつもと同じはずなのに、今夜はどこか慎重で、確かめるようだっ
last updateÚltima atualização : 2026-02-04
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1-64 確かめながら

あやめの指が冬弥のシャツへと移った。ひとつ、ボタンを外した。またひとつ。その動きはゆっくりで、ぎこちなかったが、確かだった。指先が微かに震えている。寒さのせいではない。戸惑っていたからだ。男性の服を脱がせるなど、あやめには初めてのことだった。未知の領域。初めて踏み込む距離。経験したことのないことばかりで、あやめの指先は震えていた。それでも、あやめは手を止めない。冬弥はただそれを見ていた。いつものように静かな目だった。けれど、その奥には熱があった。止めもしない。急かしもしない。ただ、あやめの選択をそのまま受け止めていた。「私は……あなたのすべてを受け入れたい」ボタンを全て外し、襟元を開く。露わになった冬弥の鎖骨へとあやめは唇を寄せた。近づくほどに、強くなる冬弥の匂い。体温。呼吸。心臓の鼓動。冬弥のすべてが、あやめの感覚を満たしていった。そっと唇を触れさせた瞬間、冬弥の身体がわずかに強張った。その反応は意外なほど素直だった。強く、揺るがないはずの男が、一瞬見せた少年のような戸惑い。(かわいい)そんな感情があやめの胸の奥に灯る。それと同時に。(大切にされている)そんな実感がじわりと広がっていった。けれど―――。(この先……って?)あやめの手が止まった。思考も戸惑いを露わにしていた。この先のことについては、知識があるだけ。映画やドラマで見ただけの知識。しかも、こういう雰囲気からの先の描写は曖昧で、次のシーンは朝へと繋がっていた。行為として最終的になにを、どうするかは、保健体育の授業レベルでしか知らなかった。つまり―――頭の中で知っていることと、実際に進むことの間には、あやめが思っていた以上の距離があった。自分がどれほど守られてきたかを思い知らされた。指先が戸惑い、目が泳いだ。そんなあやめの変化を冬弥は見逃さなかった。「……どうした」低い声にあやめはさらに視線を彷徨わせたものの、覚悟を決めるために小さく息を吸う。「その……分から、ないんです」言葉を選びながら続ける。「ここからどうしたら、いいのか……」この先を知らない。性に対して無知であることを曝け出したことに、冬弥は驚いたようだった。だが、静かに笑った。「……それでいい」あやめの手を取りそっと包む。指先が絡まり、体
last updateÚltima atualização : 2026-04-15
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1-65 穏やかな怒り

「あやめ」髪をそっと引かれる感触とともに、低く名前を呼ばれる。その声音は、昨夜とは違う静けさを帯びていて、けれど確かに熱を孕んでいた。「……あやめ」もう一度呼ばれ、あやめはゆっくりと顔を上げる。視線の先には、至近距離にある冬弥の瞳。夜の余韻を残したその眼差しは、どこか柔らかく、それでいて逃がす気のない強さを宿していた。冬弥の指が、あやめの髪をすくい上げるように撫でる。梳くように、確かめるように。指先が髪の流れを辿るたび、あやめの背筋にかすかな震えが走った。その仕草は優しいのに、どこか所有を確かめるようで。あやめはそれを拒まず、受け入れていた。「おはようございます」小さく、けれど整った声で告げる。「おはよう」短い返事。それだけなのに、ふたりの間には確かな親密さが満ちていた。冬弥の手は止まらない。髪を撫で、頬に触れ、顎のラインをなぞる。まるで、そこにあやめが存在していることを、一つひとつ確かめているかのようだった。やがて冬弥はぽつりと呟く。「体は? 大丈夫か?」「あ……はい。優しく、していただけたので」ほんの少し視線を伏せながら答えると、冬弥の目元が緩む。安堵と、どこか誇らしげな色。だがその次の瞬間、冬弥の表情にわずかな影が差した。「……そうか」そして上体を起こすと、あやめの上に、体重をかけないように気をつけつつも、のしかかる様にあやめを抑える。「……冬弥、さん?」静かに身体を起こしたかと思うと、そのままあやめの上に覆いかぶさるように身を落とす。重さはかけていない。けれど、逃げ場を塞ぐような距離。「あの……冬弥、さん?」朝の光が遮られ、冬弥の影に包まれる。夜とは違う明るさの中で、肌をさらされているという現実が、遅れてあやめの頬を熱く染めた。冬弥の視線が、あやめの身体をゆっくりとなぞる。その視線は決して乱暴ではない。だが、逃げ場のない熱を孕んでいた。冬弥の視線がふと止まった。その瞬間、穏やかだった表情からわずかに笑みが消える。「我ながら……よく優しく抱けたと思うよ」低く、押し殺したような声。その中に混じる僅かな棘に、あやめは戸惑う。「あやめ」冬弥の指先が、胸元へと落ちる。そして、ゆっくりとその一箇所に触れた。「お前の胸に……俺より先に痕をつけたのは誰だ?」空気が、一瞬で変わる。
last updateÚltima atualização : 2026-02-04
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1-66 誓いの口づけ

外から掛けられた声にあやめの体が強張る。現実が割り込んできた。あやめはそう思った。冬弥も同じなのだろう。大きく息を吐いて、一瞬だけ名残惜しそうにしながら、冬弥はわずかに上体を起こした。「なんだ?」何事もなかったかのように応じる声。「姐さんがいらっしゃいません」「ここにいるから問題ない」あまりにもあっさりとした返答。あやめは顔を覆いたくなった。(そんな……!)羞恥で言葉も出ない。だが冬弥は構わない。「取り込み中だ。そこで用件を言え」(言い方……!)冬弥が圧し掛かってきたので、言葉は内心の叫びで終わる。恥ずかしくて声は出せない。知られていると思うと気まずすぎる。扉の向こうも同じようだった。確かにいま扉を開けられては困る。だが、着替え中とかいい言い訳が他にあるはず。『取り込み中』はない。あやめは冬弥を睨む。「あいつも、こんなことだろうと思っていただろう」「え?」あやめが戸惑うと、冬弥は苦笑する。「早苗がお前を寄越したのか?」「はい。弟遣いが荒い姉なので」(姉……と、弟)冷静になると、扉の向こうに誰がいるのか分かった。如月樹。冬弥の結婚を機にあやめの護衛役へ回った鷹見に代わり、冬弥の側付きになった冬弥の幼馴染。(それは聞いていたけれど)早苗の弟とは聞いていなかった。(鷹見さんの後継者として若頭になる予定だとかよりも、そっちのほうが重要な紹介だと思うのですけれど)すでに甘い雰囲気は消えていた。素肌を触れ合わせていることが気恥ずかしくなる。あやめは冬弥に退いてもらおうと体を押したが、押し返そうとしても冬弥はまるで動かなかった。両手を使い、赤い顔をして目いっぱい冬弥を押しのけようとしていたあやめは、冬弥が優しい目で見ていることに気づく。途端に恥ずかしくなり、あやめが顔をそらすと、その頭を優しい手つきで叩かれた。「何があった?」冬弥は掛け布団でしっかりあやめの体を包むと、体を離した。冬弥が離れたことで、あやめの羞恥心は落ち着いた。しかし、離れてしまったことであやめの恋心は寂しさを感じる。布団越しにぴったりとくっついてきたあやめに、冬弥は口角を上げたが、その時――。「柊さくらの処遇が決まりました」その一言で空気が変わった。あやめの身体が強張る。冬弥はすぐにその変
last updateÚltima atualização : 2026-04-15
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1-67 裁きの席

柊邸の応接間には、重く、沈んだ空気が満ちていた。外は昼だというのに、厚手のカーテンによって光が抑えられた室内は薄暗い。そのわずかな陰影が、場に集う人間たちの表情をより深く刻み込んでいた。ただの家族の話し合いの場ではない。神崎家と柊家。表と裏の権力が向かい合い、一つの決着を下す場。その中心にいるのは――柊さくら。あやめの誘拐事件の首謀者。あやめの姉でありながら、明確な敵となった存在だった。.柊謙一の隣に座るさくらは背筋を崩し、脚を組んでいる。その態度はこれから裁かれる人間のものではなかった。むしろ退屈そうですらある。対して、上座に座る冬弥は微動だにしない。冬弥の左手側にあやめが座る。その隣には腕を組んで座る鷹見。護衛としての鷹見ならこの態度は取らないが、今は龍神会の若頭として参加している。押し潰されそうな沈黙。この場は明らかに神崎側が支配していた。ここが柊邸であることなど、もはや誰も意識していない。全ての視線の先にいるのは神崎冬弥。最終的な判断は冬弥が下す。それを覆せる者は、この場にはいない。◇◇◇「柊家として、今回の件は責任を痛感しております」謙一の声はかすかに掠れていた。疲労と悔恨、そして父親としての痛みが混じった声音だった。(お父様……)あやめの胸が締め付けられる。やつれた頬、落ちた肩。この数日でどれだけの決断をしてきたのか、想像するだけで苦しかった。だが―――。あやめは視線を父親からさくらへと動かす。さくらは笑っていた。余裕を感じる微笑み。この場を劇として楽しんでいるようだった。(やはり、そうなのね)あやめは確信する。さくらは自分が裁かれないと信じている。その理由は明確だ。あやめはすでに神崎家に嫁いだ。だから、柊家を継ぐのは自分しかいない。柊家は大臣を定期的に輩出する名家。その後継者を極道がどうこうできるはずがない。政治と裏社会。表と裏の均衡。自分が罰せられることはない。そう思っているからこその余裕。(でも――)「さくらは朝倉家に嫁がせます」その一言で空気が変わった。さくらの眉が動く。初めて見せた動揺だった。「……朝倉?」低く、探るようなさくらの声。謙一は静かに答える。「北陸地方の名家だ。古くからの家系で、政財界との繋がりもある」「へえ……」興味
last updateÚltima atualização : 2026-02-05
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1-68 無価値

場の空気が音もなく塗り替えられていく。それまで確かに存在していたはずの温度が引いていくような感覚。誰もが言葉を失い、意識を冬弥に向けさせられた。この場は冬弥が完全に支配した。謙一が息を飲む。その小さな音さえ、この場ではやけに大きく響いた。(違う)これまで見てきた冬弥とは違った。優しさも情も、全てを削ぎ落としたような――純度の高い覇気。静かで、冷たく、そして、揺るがない。そこにいるのは夫ではない。龍神会の長。数多の人間を従える支配者だった。.「柊さくら」よく通る低い声が響いた。感情の色はほとんど感じることができない。「お前が分かるよう、“価値”で話をしようか」場の空気がさらに硬質なものへと変わる。価値。さくら自身が持ち出したその基準で冬弥は語ると言ったのだ。逃げ場はなくなった。「俺にとって、お前は無価値だ」あまりにも明確な拒絶だった。曖昧さも含みも一切ない。切り捨てるための言葉ですらなかった。ただ事実を述べたに過ぎないような声音だった。無機質さが残酷だった。さくらの表情が初めて崩れる。目を見開き、言葉を探すように唇が震えた。「神崎に必要なのはあやめだ」その一言が、すべてを決定づけた。静かな断言。覆る余地のない選別。その言葉は鋭く、真っ直ぐにあやめの胸を打った。心臓が大きく脈打つ。嬉しさも、誇りも感じられる。でも最も響いたのは、もっと重く、逃れられないもの。選ばれたという事実と、その重さ。あやめは背筋を伸ばし、それを受け入れた。.さくらは完全に言葉を失っていた。理解が遅れてやってきたようだった。自分が選ばれなかった、ということではない。最初から違った。自分は選択肢ですらなかったという事実を理解させられていた。沈黙が落ちた。誰も何も言わない。静寂の中であやめはゆっくりと息を吸い込んだ。(終わり、なんだ)胸の奥でひとつの区切りがつく。姉妹であることが、音もなく断ち切られた。どこかで再びさくらと関わることがあるかもしれない。しかし、そのときはもう姉妹としてではない。神崎家はさくらを決して受け入れない。それが罰の結末。この決定は覆らない。(私も、冷たいわね)自嘲にも似た感情が胸を掠めた。涙が出なかった。悲しみがないわけではない。ただ、それ以上に理解していた。
last updateÚltima atualização : 2026-04-15
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1-69 区切り

「お父様」開いたままの書斎の入口に立ち、あやめは静かに声をかけた。夕刻の光が廊下から差し込み、書斎の中に長い影を落としている。部屋の奥、窓際に立つ謙一はその光を背負うようにして外を見ていた。あやめの呼びかけに謙一がすぐに振り向くことはなかった。あやめもまた、それを急かすようなことはしない。言葉を挟むにはこの静けさはあまりにも繊細だった。窓の外では庭木の葉が風に揺れている。かすかな葉擦れの音が室内の沈黙を際立たせていた。どれほど時間が経ったのか。数十秒かもしれないし、数分だったのかもしれない。謙一は小さく息を吐いた。その吐息は、長く、深く、どこか重たい。謙一はゆっくりと踵を返し、部屋の中央へと歩みを進めた。そこにはマホガニーの重厚な机。長年使い込まれたそれは、光沢を帯びながらもところどころに細かな傷を刻んでいる。謙一はその机の角に手を置き、指先でなぞるように撫でた。まるで、過去を辿るかのようだった。次に、椅子の背に手をかけ、ゆっくりと腰を下ろす。肘掛けに施された装飾に指を添え、その感触を確かめるように軽くなぞる。一連の動作は、どこか儀式めいていた。この場所に戻り、この椅子に座ることで、自分を――自分の理想とする“柊謙一”へと戻しているかのように見える。あやめは、その姿を黙って見つめていた。.「冬弥君は?」ようやく発せられたその声には、先ほどまでの硬質さはなく、人間らしい疲労の色があった。「先に帰りました。夕方、迎えを寄越すそうです」「そうか……」短い応答。それ以上の言葉は続かない。あやめは静かに歩み寄り、応接テーブルの上に置かれていたティーセットへと手を伸ばした。茶葉の瓶の蓋を開ける。広がった香りだけで、謙一が好んでいる銘柄だと分かった。幼い頃から嗅ぎなれていた香りだった。(お母様が選んだものなのかもしれないわ)謙一の一途さを感じながら、いつも通りの手順で紅茶をいれる。あやめの動きに無駄はない。あやめが差し出したカップを謙一は無言で受け取り、一口だけ口をつけた。その仕草に、あやめはほんのわずかな安堵を覚えた。「……疲れたな」謙一がぽつりと漏らした。あやめは、その一言にほっとする。あやめから見て、謙一は自分の疲れを簡単には口にしない人だ。疲れているのは見て分かる。しかし、だから休むと
last updateÚltima atualização : 2026-02-05
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1-70 過去からの伝言

謙一はあやめに視線を向けた。「私は冬弥君の父親、神崎宗一郎とは若い頃からの付き合いだった」「そうだったのですね」初めて聞く話だった。「表には出せない関係だったがな」謙一は苦笑する。「親友だった。互いに家を継ぎ、表と裏で……支え合ってきたよ」短い言葉で語られる関係。だが、その言葉には長い年月が凝縮されているように感じた。「あやめ、冬弥君の母親については聞いているか?」「いいえ、何も」誰も冬弥の母親のことを口にしない。その不自然さがずっと気にはなっていた。先代組長である神崎宗一郎に関する話はよく聞く。だからこそ、誰もその妻について話さないことがあやめの印象に残っていた。「そうか」謙一は少しだけ目を細めた。「お前と同じように、彼女も結婚と同時に常に家の中にいることを望まれた」あやめの脳裏に、神崎邸で与えられている部屋が浮かんだ。和建築の神崎邸の中では異質な洋間に作り変えられた部屋。「家に閉じ込めるなど時代遅れで、今なら虐待と言われても仕方がない」「でも、必要だったのですよね」「自由は『必要だから』で諦められるものではない。言っただろう、適材適所だ。お前ができる、できない者もいる。神崎の妻は閉じ込められることに我慢ができなかった」謙一はため息を吐く。「神崎は妻を満足させるため、妻の要求に応え続けた。完璧な環境を作ろうとした、檻であることは変わりがないのに」冬弥に初めて会った日の言葉が蘇る。檻だと言ったあやめに対して、居心地の悪くない檻を用意すると言った。あやめは静かに考える。居心地が『良い』ではなく、『悪くない』という言い方。居心地の良さを与えることはできない。仕方がないという諦めを伴う現実認識がそこにはあった。「神崎の妻の要求はどんどんエスカレートした。家具、宝石、服、そして夫以外の男」「それは……愛人ですか?」思わず聞き返す。理解が追いつかなかったからだ。しかし、あやめは思考を止める。(理解ができないのは『今』だからだわ)冬弥と結ばれた今だからこそ、そう思うのだ。なぜなら、あくまでも政略結婚だと思っていたときは『愛人』を受け入れるつもりだった。愛のない政略結婚なのだから、それも必要だとさえ思っていた。「神崎は男児を産めば愛人を認めると妻に約束した。そして彼女は冬弥君を産んだあと、複数の愛人を
last updateÚltima atualização : 2026-02-06
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