All Chapters of 不仲と噂された財閥夫婦ですが、今夜も愛されています: Chapter 181 - Chapter 190

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第182話

叶翔の部屋を出た綾乃は、静かにドアを閉めると、その場で小さく息を吐いた。ホテルの廊下は深夜らしい静けさに包まれている。足元を照らす間接照明が柔らかな光を落とし、窓の外には都会の夜景が宝石のように広がっていた。先ほどまで息子の部屋にいたせいか、綾乃の胸の奥にはまだ温かな余韻が残っている。幼かった叶翔が、いつの間にか自分の人生を賭けて守りたいと思える女性に出会い、真剣に未来を考えるようになった。その事実が嬉しくて、どこか誇らしくて、同時に少しだけ寂しくもあった。そんなことを考えながら顔を上げた、その瞬間だった。「……あら」綾乃は思わず足を止めた。目の前に、まるで最初からそこにいたかのように玲司が立っていたのだ。壁にもたれかかるでもなく、ただ静かに綾乃を見つめている。その鋭い瞳の奥には、いつもの冷徹な経営者の顔ではなく、どこか柔らかな感情が宿っていた。綾乃は少し驚いたように瞬きをした。「玲司……起きていたの?」だが玲司は何も答えなかった。代わりに、一歩、また一歩と綾乃へ近づいてくる。綾乃が何か言おうとした次の瞬間――。ふわりと、温かな腕に包み込まれた。「……っ」玲司は何も言わないまま、綾乃を優しく、それでいて離したくないと言うように強く抱きしめていた。広い胸に顔を埋める形になった綾乃は、ふっと力を抜く。昔からそうだった。玲司は言葉が少ない。だが、そのぶん行動で全てを伝えてくる男だった。そして玲司は片手で綾乃を抱き寄せたまま、自分たちの部屋のドアを開けると、低く優しい声で言った。「お前は本当にいい女だな」その言葉に、綾乃は一瞬目を丸くしたあと、くすっと笑った。昔から何度も言われてきた言葉。けれど、何年経っても玲司の口から聞くたびに胸が熱くなる。綾乃もそっと玲司の体を抱きしめ返すと、穏やかな声で言った。「私たちの最愛の息子でしょ。幸せになってくれなくちゃ」その言葉を聞いた玲司は、しばらく綾乃の顔をじっと見つめていた。愛しいものを見るように。誇らしいものを見るように。やがて、小さく微笑む。「そうだな」そう言った次の瞬間――。玲司は綾乃の顎にそっと指を添え、ゆっくりと顔を近づけた。そして、綾乃の唇に深くキスをした。長年連れ添った夫婦とは思えないほど、熱く、優しく、深い口づけだった。綾乃は目を閉じながら
last updateLast Updated : 2026-05-25
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第183話

高くそびえる鉄製の門扉。その向こうに広がる一条邸は、まるで城のような威圧感を放っていた。広大な敷地の奥には重厚な洋館が見え、手入れの行き届いた庭木が並んでいる。だが、その豪華さとは裏腹に、そこに立つ者の胸を自然と重くさせるような、張り詰めた空気が漂っていた。その門の前に、叶翔と櫻羅は並んで立っていた。二人とも、いつもより言葉が少ない。互いに何も言わずとも、これから向かう先がどれほど重要な場所なのか、十分すぎるほど分かっていた。その少し後ろでは、颯太、瑛士、悠臣の三人が息をひそめるようにして二人を見守っている。普段なら騒がしい三人ですら、今だけは冗談一つ言わず、ただ静かに立っていた。叶翔はゆっくりと振り返る。その視線を受けた三人も、自然と背筋を伸ばした。そして叶翔は短く言った。「お前たちはついてくるな」その一言には、迷いも甘えもなかった。自分がやるべきことは、自分でやる。その強い意志がはっきりと伝わってくる声だった。颯太は一瞬だけ何か言いたそうな顔をしたが、すぐに口を閉じる。瑛士も悠臣も、真剣な表情のまま叶翔を見つめ――そして、無言で頷いた。それだけで十分だった。叶翔は再び前を向き、今度は隣に立つ櫻羅へ視線を向けた。櫻羅も、門の向こうを見つめたまま小さく息を整えている。叶翔はそんな櫻羅の表情をじっと見つめた。本当に覚悟はできているのか。これから先、後戻りできない道へ進むことになるかもしれない。その確認をするように、もう一度ゆっくりと言葉を紡ぐ。「櫻羅。お前のお父さんに、血液鑑定の結果を見せる。そして、お前と結婚したいと伝える。ただ、九条コーポレーションとは何の関係もなく、今後も九条コーポレーションの財産を充てにするなと伝えるが、いいか?」その言葉を、櫻羅はまっすぐに受け止めた。少しだけ伏せていた瞳を上げ、叶翔の顔を見る。その瞳には、もう迷いはなかった。櫻羅もまた、真剣な眼差しのまま静かに頷いた。「ええ。私も叶翔と結婚するなら、一条とは縁を切ることも仕方ないと思ってる」その言葉に、叶翔の表情がわずかに柔らかくなる。彼はそっと櫻羅の手を取った。細く、少し冷たくなっていたその手を、自分の手でしっかりと包み込む。そして、櫻羅の目をまっすぐ見つめながら、小さく頷いた。もう迷う必要はない。二人の覚悟は同じだっ
last updateLast Updated : 2026-05-26
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第184話

ノヴァ・テクノロジーズ最上階の執務室。先ほどまで電話の音とキーボードを打つ音が絶え間なく響いていたその部屋に、綾乃の言葉が静かに落ちた瞬間――。玲司と圭の動きがぴたりと止まった。サンドウィッチを手にしたまま、二人はほぼ同時に顔を上げる。そして、無言のまま互いの顔を見合わせた。言葉はなくても、何を思ったのかは手に取るように分かる。――とうとう行ったか。そんな思いが二人の表情に浮かんでいた。数秒の沈黙のあと、今度は二人そろって綾乃のほうへ視線を向ける。綾乃はそんな二人の反応が面白かったのか、くすっと小さく笑った。そしてコーヒーカップを手に取りながら、どこか誇らしげに言う。「父親に似て、好きな女の子はちゃんと守るわよ」その言葉には、母親としての確かな自信と、息子への絶対的な信頼が込められていた。そう言い終えると、綾乃はふっと玲司のほうを向き――。いたずらっぽく、片目を閉じてウィンクをした。「……っ」圭は思わず吹き出しそうになるのを堪える。一方の玲司は、一瞬だけ目を見開いたあと、ふっと口元を緩めた。だが、その瞳の奥には、息子への信頼と、これから起こるであろう戦いへの期待が静かに宿っていた。――その頃。一条家の広いリビングには、重苦しい空気が流れていた。高級な家具に囲まれ、豪奢なシャンデリアが頭上で輝いているにもかかわらず、その場に漂う空気は冷たく張り詰めている。ソファには、一条竜星と南條沙耶が並んで座っていた。竜星は相変わらず仏頂面で、先日、玲司に殴られた頬の腫れがまだ痛々しく残っている。青あざの浮かんだ顔はさらに不機嫌さを際立たせ、見る者を自然と身構えさせるほどだった。その隣に座る沙耶は、そんな竜星を横目で見ながら、冷めた視線を向けている。もはや怒りすら通り越し、呆れ果てているようだった。その向かい側のソファには、叶翔と櫻羅が並んで座っている。二人とも背筋をまっすぐ伸ばし、緊張感を漂わせながら前を見据えていた。静かな沈黙がしばらく続いたあと――。先に口を開いたのは竜星だった。不機嫌さを隠そうともせず、叶翔を睨みつける。「今度は何の用だ。お前は九条の御曹司のクセに、その娘をどうするつもりだ?」吐き捨てるような言い方だった。その言葉を聞いた瞬間、叶翔の拳にぐっと力が入る。テーブルの下で握り締めた拳が、わず
last updateLast Updated : 2026-05-27
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第185話

叶翔の放った言葉は、重く鋭く、一条家の広いリビングに突き刺さった。その瞬間――。沙耶の肩が大きく震える。そして次の瞬間には、糸が切れたようにその場へ崩れ落ちていた。「……っ、ぅ……」両手で顔を覆い、堪えていた感情を吐き出すように泣き始める。二十四年間。胸の奥へ押し込め、誰にも理解されず、それでも耐え続けてきた苦しみ。その全てが、一気に溢れ出してしまったかのようだった。一方、竜星はと言えば――。DNA検査の結果が記された紙を手にしたまま、まるで魂が抜けたように茫然としていた。視線は紙に落ちたまま動かない。そこに書かれている「親子関係 99.9%」という数字だけが、何度見ても視界に焼き付いて離れない。広く豪奢なリビング。高級な家具も、美しく磨き上げられた床も、今はどこか虚しく見えた。その静まり返った空間に響いているのは、沙耶の嗚咽だけだった。小さく、けれど痛々しく。いつまでも、いつまでも耳に残るように響いていた。そんな中、叶翔はゆっくりと立ち上がった。鋭い眼差しのまま、茫然と座り込む竜星を見下ろす。その瞳には怒りだけではなく、軽蔑と失望が浮かんでいた。そして、静かな声で言った。「あなたが何と言おうと、俺は櫻羅と結婚する。だが、一条と九条は親戚関係にはならない。なぜなら、あんたは実の娘すら、金のために売ろうとする男だ。九条ホールディングスに、そういった輩はいらない」冷たいほど真っ直ぐな言葉だった。竜星の肩がぴくりと震える。手にしていた検査結果の紙を、ぐしゃりと強く握りしめた。櫻羅と自分の親子関係――99.9%。その紙は竜星の手の中で無惨にくしゃくしゃになっていく。やがて竜星はゆっくりと顔を上げた。その目は血走り、悔しさとも怒りともつかない感情で濁っている。そして、吐き捨てるように言った。「櫻羅が産まれる前から、お前の親父、九条玲司と沙耶の子どもだと思ってきたんだ。今更、引き留めるつもりはない。だが……俺の娘を嫁に貰おうと言うのなら、一条を立て直す手助けはしてもらおう。九条が何を言おうが、そいつは俺の実の娘なんだ。それを連れて行こうと言うのだから、金銭的な援助をするべきだろう」その言葉を聞いた瞬間だった。叶翔の中で、張り詰めていた何かが完全に切れた。ガッ――!!勢いよく竜星の胸倉を掴み、そのまま無理やり
last updateLast Updated : 2026-05-27
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第186話

一条邸の重厚な門が、ゆっくりと背後で閉まっていく。その鈍い音は、まるで何かが完全に終わったことを告げるようだった。叶翔は櫻羅の肩を抱いたまま、ゆっくりと前へ歩いていく。櫻羅は俯き加減で、まだ涙の跡が残る瞳を伏せていた。その横顔はどこか儚く、けれど不思議と、先ほどまでよりも少しだけ肩の力が抜けているようにも見える。そんな二人の姿を見つけた瞬間――。門の少し離れた場所で待っていた颯太、瑛士、悠臣の三人が、一斉に駆け寄ってきた。「叶翔!!」颯太が真っ先に声を上げる。三人とも、ずっと落ち着かない様子で待っていたのだろう。その顔には隠しきれない心配が浮かんでいた。だが、櫻羅の肩を抱きながら悠然と歩いてくる叶翔の姿を見た瞬間――。三人は同時に、ほっと肩を撫で下ろした。少なくとも、最悪の事態にはなっていない。そう感じ取れたからだ。瑛士が最初に口を開く。「何とかうまく話がついたんだな」その問いに、叶翔はすぐには答えなかった。代わりに、大きくため息を吐く。そして隣の櫻羅は、潤んだ瞳のまま小さく首を横に振った。その反応だけで、すべてを察した三人の表情が曇る。颯太は何も言わず、そっと櫻羅の肩へ手を置いた。慰めるような、励ますような優しい眼差しを向ける。櫻羅はそんな颯太を見上げ、小さく微笑もうとしたが、うまく笑えなかった。一方、悠臣は静かに叶翔と目を合わせる。何か聞きたいことは山ほどあった。だが今は、無理に言葉を掛けるべきではない。そう判断したのか、何も言わずにいた。――その時だった。ふと悠臣の視線が、叶翔たちの後ろへ向く。そして僅かに眉を上げた。その変化に気づき、叶翔も振り返る。一条邸の方へ視線を向けた瞬間――。「……!」屋敷のほうから、慌てた様子で駆けてくる女性の姿が見えた。ドレスの裾を押さえながら必死に走ってくるその姿に、颯太も目を丸くする。「叔母さん?」駆け寄ってきたのは、一条沙耶だった。息を切らしながらも、真っ直ぐ櫻羅の元へ向かってくる。そして次の瞬間――。沙耶はそのまま櫻羅の身体を強く抱きしめた。「お母さん……?」突然のことに、櫻羅の目が大きく見開かれる。沙耶はそんな娘を抱き締めたまま、震える声で言った。「櫻羅、何かあったら必ずママに言いなさいね」その声には、今まで抑え込んできた母親とし
last updateLast Updated : 2026-05-28
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第187話

叶翔と櫻羅を乗せたタクシーは、静かに走り出した。後部座席で並んで座る二人の姿が、窓越しに小さく見える。沙耶は門の前に立ったまま、そのタクシーをずっと見送っていた。まるで、今にも見えなくなってしまう娘の姿を、少しでも長く目に焼き付けようとしているかのように。夕暮れの光が街を淡く染める中、タクシーはゆっくりと角を曲がり――やがて完全に見えなくなった。その瞬間だった。「置いて行かれたぞ、俺たち!?」颯太が今さら気づいたように大声を上げる。その声に、重かった空気が少しだけ和らいだ。悠臣は思わず吹き出し、苦笑しながらスマホを取り出す。「ホントだな。あいつら、自分たちだけ先に帰る気満々だったんじゃないか?」そう言いながら、手慣れた様子でタクシーの配車アプリを操作し始める。瑛士も肩を竦めながら笑った。「ホントに自分勝手だ、アイツ」だが、その口調には呆れよりも安堵が滲んでいた。少なくとも、叶翔が櫻羅を守り抜く覚悟を決めていることは、三人とも痛いほど理解している。だからこそ、こうして笑って見送ることができたのだ。そんな三人を見ていた沙耶が、不意に口を開いた。「颯太」呼ばれた颯太が振り返る。「叔母さん……」沙耶はどこか寂しそうに微笑んでいた。先ほどまで娘を抱きしめていたせいか、その瞳にはまだ涙の名残がある。沙耶はゆっくりと颯太へ歩み寄ると、その手をそっと取った。「櫻羅をよろしくね」その言葉には、母親としての切実な願いが込められていた。颯太は驚いたように目を瞬かせたあと、力強く頷く。「叔母さん、うちの父さんも居るし、心配しなくても大丈夫だよ。でも……」そう言いながら、一条邸を見上げる。巨大な屋敷は夕陽を受け、どこか寂しげに見えた。颯太は少し表情を曇らせながら尋ねる。「叔父さんは大丈夫?」その問いに、沙耶もゆっくりと邸宅を振り返った。先ほどまで竜星がいた場所。今頃、一人で何を考えているのだろうか――。沙耶は小さくため息を吐く。だが、すぐに颯太へ向き直ると、穏やかな表情で言った。「もう一度、夫婦二人でやり直すわ。颯太、あなたも体には気を付けて、櫻羅と兄さんのことを頼むわよ」その声は静かだったが、どこか吹っ切れたようでもあった。逃げずに向き合う。今度こそ、夫婦としてやり直す。そんな決意が感じられる。颯太は真剣
last updateLast Updated : 2026-05-31
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第188話

――半年後。ついに、叶翔と櫻羅の結婚式の日が訪れた。九条ホールディングスCEO、九条叶翔の結婚式。それは財界だけでなく、政界、海外企業、メディアまでもが注目する一大イベントとなっていた。当然、式は極めて盛大に執り行われることとなる。会場に選ばれたのは、白金に広大な庭園を持つ名門式場――“Happo-en”。四季折々の美しさを見せる日本庭園。静かな池に架かる橋。夕刻から始まる幻想的なライトアップ。そして、日本の格式と西洋のロマンティックさが自然に融合した空間。その圧倒的な美しさは、招待客たちを会場へ足を踏み入れた瞬間から魅了していた。実は最初、叶翔は別の場所を希望していた。豊洲エリアの水辺ガーデン、“La La Chance Garden Tokyo Bay”。海が見える開放的なテラス。近代的で洗練されたナイトウェディング。若い世代のセレブたちには人気の高い場所だった。叶翔自身も、櫻羅と二人で見た夜景を気に入り、「絶対ここがいい」と珍しく強く主張していたのである。しかし――。その案は、直属の部下たちによって即座に却下された。「会長と奥様の世代の“格式”を保つためにはHappo-enで」そう真顔で言われ、叶翔はかなり不満そうな顔をしていた。だが実際に見学へ訪れた際、その考えは変わる。夕暮れの庭園。池に映る柔らかな灯り。風に揺れる木々。和装も洋装も映える空間。そして何より――。そこに立つ櫻羅の姿を想像した瞬間、叶翔は確信した。ここしかない、と。格式だけではない。どこか儚く、静かで、美しい。櫻羅の持つ雰囲気に、この場所は驚くほど似合っていた。だから最終的に、叶翔自身が「ここでやる」と決めたのだった。――そして迎えた当日。人前式が始まる前。控室にいる叶翔は、いつもの堂々とした姿とは別人のように緊張していた。高級なタキシードに身を包み、髪も完璧に整えられている。だが、落ち着かない。何度も腕時計を見ては、小さく息を吐いていた。そんな叶翔を見て、瑛士が呆れたように言う。「お前、世界的企業のCEOのくせに、なんでそんな顔してるんだよ」颯太も笑いを堪えきれない。「まさか逃げたいとか言わないよな?」だが、叶翔は真剣だった。なぜなら――。叶翔はまだ、櫻羅とキスすらしたことがなかったのだ。交際期間は
last updateLast Updated : 2026-06-02
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第189話

その瞬間――。櫻羅は目を見開いた。「……っ!?」次の瞬間、顔が一気に真っ赤に染まる。耳まで熱くなり、思わず俯いてしまった。そんな櫻羅の反応を見た心春は、楽しそうに目を輝かせた。「櫻羅ちゃんかわいい!!」思わず抱きしめたくなるような反応だった。心春はケラケラ笑いながら、櫻羅の手をぐいっと掴む。「行こっ!!私のお気に入りのお店があるの!!」「えっ、ちょ、心春……っ」櫻羅が戸惑う間もなかった。心春はそのまま櫻羅の手を引っ張り、半ば強引に車へ乗せる。運転手付きの高級車が都内を滑るように走り、しばらくして二人が到着したのは、高級ブランドの女性用ランジェリー専門店だった。ガラス張りの外観。上品な照明。まるでジュエリーショップのような洗練された雰囲気。櫻羅は店名を見ただけで固まってしまう。「こ、ここ……?」一方、心春は慣れた様子で車を降りると、当然のように店内へ向かって歩いて行った。「早く早く!」だが櫻羅は、その場から動けない。こんな大きな店に入ったことなどなかった。ましてや、扱っているものが“それ”なのだ。入口から見えるだけでも、美しくディスプレイされたランジェリーが並んでいる。恥ずかしくて、とても直視できない。そんな櫻羅の様子に気づいた心春が、店の入口で振り返った。「櫻羅ちゃん、早く!」その無邪気な笑顔。どこか綾乃によく似た優しい目元。その顔を見た瞬間、不思議と櫻羅の緊張が少し和らいだ。「……うん」小さく頷き、櫻羅も恐る恐る店内へ足を踏み入れる。するとそこには、想像以上の光景が広がっていた。所狭しと並ぶ、美しいランジェリーたち。深紅のレース。純白のシルク。大胆に肌を見せる妖艶なデザイン。逆に、可憐で清楚なものもある。マネキンが身につけているだけで、どこか艶っぽく見えてしまう。櫻羅は完全に圧倒されていた。「……っ」視線のやり場に困る。恥ずかしくてまともに見られない。俯きながら、ただ心春の後ろを小走りでついていく。そんな櫻羅の様子が、心春にはたまらなく可愛かった。「ねぇ、叶翔の好きな色ってどれかしら……」楽しそうにハンガーを見ながら話しかけてくる。「叶翔なら、おもいっきり誘惑したら、絶対に櫻羅ちゃんの虜になっちゃうと思うんだけど……ねぇ、櫻羅ちゃんはどのタイプが好き?」「っ……!」
last updateLast Updated : 2026-06-02
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第190話

白金の広大な庭園には、柔らかな陽光が降り注いでいた。池の水面はきらきらと輝き、風が吹くたびに木々の葉が優しく揺れる。格式ある日本庭園と、洗練された洋風ガーデンウェディングが見事に調和した空間。そこには、政財界の著名人たちをはじめ、多くの招待客が集まっていた。誰もが今日の主役――九条ホールディングスCEO・九条叶翔の結婚式に注目している。そんな中、そろそろ式が始まるという頃だった。庭園の入口の方から、ひときわ明るい声が響く。「パパ、ママ!!」振り返ると、そこには心春と神崎和真の姿があった。心春はドレスの裾を揺らしながら、嬉しそうに玲司と綾乃の元へ駆けてくる。だが玲司は、その姿を見るなり少し眉を寄せた。「心春、走ると転ぶぞ」娘を心配する声音だった。だが心春は全く気にした様子もない。玲司の腕にぎゅっと絡みつくと、大笑いしながら言った。「パパ、いつまで私を子ども扱いする気?」玲司は呆れたように息をついたが、その目はどこか優しい。そして心春の頭を軽く撫でながら言った。「お前はいくつになっても子供だ」そのやり取りを見ていた綾乃は、思わず微笑んでしまう。昔から玲司は、心春には特に甘かった。どれだけ大人になっても、娘を守りたい気持ちは変わらないのだろう。そこへ、少し遅れて神崎和真がやってきた。和真は相変わらず真面目な顔で玲司の前に立つ。「久ぶりです……お義父さん」その瞬間、横で聞いていた綾乃が吹き出した。「和真、私のことをお義母さんと呼んだら、絶交するわよ」和真は玲司と綾乃を交互に見ながら、困ったように苦笑する。「呼ばないよ。それもなんか変だけどな」その自然な会話に、周囲の空気も和らいでいく。そして和真はふと視線を遠くへ向けた。少し離れた場所。南條家の親戚たちに囲まれながら談笑している、ウェディングドレス姿の櫻羅が見える。純白のドレスを纏った櫻羅は、庭園の景色に溶け込むほど美しかった。和真はその姿を見つめながら、静かに呟く。「沙耶によく似てるね」その言葉に、綾乃も櫻羅へ視線を向けた。そしてどこか懐かしそうに頷く。「沙耶の花嫁姿を思い出すわね」若かった頃。まだ全員が今ほど複雑な関係になる前。華やかなドレスを着て笑っていた沙耶の姿が、綾乃の脳裏に蘇っていた。そして綾乃はふと横を向くと、クスッと笑いなが
last updateLast Updated : 2026-06-03
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第191話

柔らかな風が、白金の庭園を静かに吹き抜けていく。青々とした木々の葉が揺れ、水面には陽光が反射してきらめいていた。純白のバージンロードの両脇には、多くの招待客たちが並び、今日という特別な瞬間を見守っている。その空気の中で――。櫻羅は、遠くに立つ父親の姿を見つめていた。少し離れたバージンロードの向こう側。黒のフォーマルスーツを着た一条竜星が、居心地悪そうに立っている。仏頂面なのは相変わらずだった。けれど、帰ろうとはしない。その姿を見た櫻羅の胸が、じんわりと熱くなる。「お父さんも来てくれたんだ……」思わず零れたその言葉に、隣に立つ沙耶は眉を寄せながらため息混じりに言った。「花嫁の付き添いは、本当の父親がするんじゃないのか?ですって。バカよね、意地ばっかり張って」呆れたような口調。けれどその声には、どこか安堵も混じっていた。沙耶もまた、遠くに立つ竜星を静かに見つめる。昔は誰よりも強引で、誰よりも不器用な男だった。そして今も、その不器用さだけは変わっていない。その時だった。司会者がマイクの前へ進み出る。「ただいまより、九条叶翔様、櫻羅様の結婚式を執り行います――」穏やかな声が庭園に響き渡った。招待客たちの視線が、一斉にバージンロードへ向けられる。櫻羅は付き添いの女性とともに、ゆっくりと歩き出した。ウェディングドレスの裾が、白い花びらのように揺れる。そして、バージンロードの向こう端まで辿り着いた。そこには、一条竜星が一人で立っていた。少し気まずそうに。だが、逃げ出すことなく。櫻羅は震える声で呼びかける。「お父さん……」その声に、竜星はほんの一瞬だけ目を細めた。そして何も言わず、自分の腕をサッと差し出す。「櫻羅はこっち側だ」そう言って、自分の右腕へ櫻羅の腕を回した。その瞬間だった。櫻羅の瞳に溜まっていた涙が、また静かに頬を伝う。幼い頃、一度でもいいからこうして腕を組みたかった。父親と並んで歩きたかった。その夢が、今ようやく叶っている。「お父さん、ありがとう…」震える声で、櫻羅は精いっぱいの言葉を口にした。竜星はチラッと櫻羅を見る。そして、ぶっきらぼうに言った。「まだ泣くな。沙耶に叱られるぞ『化粧が落ちる』って」その言葉に、櫻羅は涙を零しながら笑った。「さっき言われた」竜星は前を向いたま
last updateLast Updated : 2026-06-06
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