我が子より他人の子?産後ワンオペ妻の離婚 のすべてのチャプター: チャプター 151 - チャプター 160

254 チャプター

第151話

真司が携帯を操作する指先をじっと見つめている美紀。彼女の心の奥には、目の前にいる素性の分からないこの男は、もしかしたら奈緒が自分を威圧するために用意した、ただの見せかけの駒にすぎないのではないかという、わずかな希望が残っていた。しかし、現実は非情だ。それはまるで、激しい雨に容赦なく顔を打ち付けられるような、無常で厳しいものだった。2分も経たないうちに、青木グループの広報部から充の携帯へと電話がかかってきた。「社長、先ほどから複数のウェブメディアの記者より、続々と栗原さんのスキャンダルに関する資料が送られてきて、記事を抑える必要があるか確認したい、と。それぞれのメディアから提示されている金額は……」電話口から響く声は、美紀の耳にはっきりと届いていた。充の表情が一瞬で凍りつく。信じられないというように奈緒へと視線を向け、その瞳には隠しきれない衝撃が浮かんでいた。驚きのあまり全身が震えている美紀と、完全に冷静さを失ってしまった静香。二人は不安と恐怖に駆られたまま、ただそこに立ち尽くしているだけ。その姿はまるで、薬物中毒者が現場を押さえられたかのようだった。震えながら、揺れ動く視線だけが、必死にこの状況を探っている。「1億円!奈緒、1億円でどう?すぐにあの写真を消して!今すぐ振り込むから」静香は奥歯を噛みしめた。そして覚悟を決め、金で事態を揉み消すことにした。だが、奈緒は目を細めるだけで、一切の譲歩もみせない。「10億円です。1円たりとも減らしませんから。少しでも減らしたら、妊娠してから出産するまで、私が受けてきた苦しみや屈辱に到底釣り合わないので。あと1分待ってあげますから、よく考えてくださいね」奈緒は、彼女たちに情けをかけるつもりなど微塵もなかった。これまで、あまりにも長い間、耐え続けてきた。だから、今奈緒が求めているのは、彼女たちに一切の逃げ道を残さない、徹底的なまでの完全勝利。美紀のような人間に思い知らせてやるのだ。かつて自分が跪いていたのは、愛のため。だが、もう愛などなくなり、自分が立ち上がった今……自分を跪かせていた全員が、自分の前に跪く番だということを。充は静かに奈緒の後ろに立ち、薄い唇を強く引き結んでいた。手を握りしめたり、緩めたりしながら、それでも結局は何も言葉を発せず、静かに見守っている。
続きを読む

第152話

「そんな大金を、私たちに今すぐ用意しろって……そんなの無理に決まってるじゃないですか!いくら何でもひどすぎます。いつか罰が当たりますよ!」そう言った美紀は充を見つめた。「充さん、どうにかしてよ!奈緒さんに何とか言って!」美紀は頭を抱え、絶望のあまり崩れ落ちる。そうして泣き叫びながら美紀は、まるで狂ったかのように充と翠の足元へすがりついた。翠が深く溜息をつく。「奈緒。この件を公にしないって約束するなら……あなたの娘を、青木家の家系図に載せてあげてもいいわ」奈緒は翠に冷ややかな視線を向けた。「結構です。裏で手を打って、娘の出生届はすでに出しました。私の旧姓である酒井を名乗らせ、私個人の戸籍に入れていますから」翠の目が大きく見開かれる。「なっ……なんだって?私たちが青木家に入れてやってもいいと言っているのに!それを断るどころか……私たちに何の相談もなく、勝手に娘の戸籍を変えたっていうの?充!あなたも今の聞いたわよね?!」充は険しい表情のまま、押し黙っていた。じっとその場に立ち尽くす充。常に支配的で、人を見下ろしていたはずの彼が、今の奈緒の前では、空気のように存在感すら失っている。充はこれからどうすべきかということを、ただ静かに考えていた。かつて自分の思い通りになっていたはずの奈緒は、自由奔放な暴れ馬となってしまい、完全に自分では制御が利かない。このままではまずい、と充は思ったが、どうすることもできなかった。「では、残り10秒ですので。10、9、8、7……」奈緒は腕を組んだまま、冷めた目つきで静香たちの狼狽ぶりをじっと見つめていた。翠たちに、冷酷で邪悪な人間だと思われていることだろう。だが、そんなことはどうでもいい。母が受けた数々の屈辱を思えば、これくらい、可愛いものなのだから。美紀も静香も、10億など出せなかった。ましてや、こんなことで嫁ぎ先の家族になど泣きつけない。追い詰められた二人は、手持ちの銀行口座を全てかき集めてみたが、合わせてもわずか4000万円ほどしかなかった。この奈緒の一手は、二人が必死に隠し続けてきた現実を、容赦なく白日の下にさらしたのだった。充も思わず目を見開く。美紀は毎月かなりの額の小遣いを受け取っているはずだった。仁哉の給料はすべて彼女が管理し、栗原家
続きを読む

第153話

一方その頃。翠は、静香が奈緒の前で銀行アプリを次々と開き、残高を確認していくのをじっと見つめていた。そして、すべての口座を合わせても2000万円にすらならないと分かり、愕然としたのだった。翠はすぐに静香を部屋の隅へ引っ張っていき、信じられないというように問い詰める。「どういうことなの?なんでこんなにお金がないわけ?先月あなたのエステサロンに4億円投資してほしいって言ったよね?それに、去年は16億円の売り上げがあったって言ってたじゃない。それに、去年だって有望な会社に投資するチャンスがあるからって、私から1億6000万円借りたわよね?すぐ利益が出るから、ちゃんと返せるって話していたけど、あのお金はどうしたの?私が貸したお金は一体どこへ消えたのよ!」苛立ちを隠せない翠は、静香の腕を激しく叩いた。あまりの痛さに涙を流した静香は、顔を歪めながら必死に首を振る。「お姉ちゃん、それは……私がお姉ちゃんの代わりに運用してただけ。投資にはもともとリスクがあるんだから、あれは私がお姉ちゃんから借りたお金じゃないでしょ?それに、そのことは最初にちゃんと契約書まで書いたじゃない……い、今は資金を全部運用に回してて、まだ回収できてないの。だから手元にお金がないだけで……もう少し待ってくれたら、そのうち戻ってくるから。本当に、すぐだから……」金が絡むと、いくら血のつながっている姉妹の間でも一瞬で溝が生まれた。顔を真っ青にした翠は、幼い頃から自分よりもずる賢く立ち回っていた妹の姿を思い出した。さらに、以前耳にした嫌な噂が脳裏をよぎり、胸の底が冷えていくのを感じる。翠は静香の胸ぐらをつかみ、鋭く声を上げた。「静香……もしかして奥様方の間で噂になってた、しょっちゅう海外のカジノに入り浸って大金を溶かしている人って、あなたのことじゃないでしょうね?一昨年に2億円、去年は合わせて4億円、先月また1億6000万円。まさか……全部ギャンブルにつぎ込んだの?」長年苦労して蓄えてきたヘソクリを、すべて静香に騙し取られたことを悟り、翠は悲しみと怒りに震えた。頭の中が真っ白になり、目眩がする中で、翠は静香の髪を強く掴み、その顔に何発も平手打ちを叩き込む。悲鳴を上げて避けようとする静香に、逃すまいとつかみかかる翠。個室の中は、一瞬にして修羅場と化した。
続きを読む

第154話

奈緒は、隣の誰もいない個室へと向かった。充もすぐにあとを追ったが、その表情は暗く、目には困惑の色が色濃く浮かんでいる。今夜起きたすべてが、充の中のこれまで信じてきたことを根底から覆した。身近な人間たちの醜さを、これ以上ないほど思い知らされたのだ。頭の中は混乱していたが、1つだけ確かなことがあった。この騒動をこれ以上大きくしてはいけない。このままでは、誰にも収拾がつけられなくなる。充は事態を収めるため、自ら間を取り持つことを決めた。彼は奈緒に近づくと、そっと彼女の肩に手を乗せ、諭すように言う。「奈緒、お前も見ただろ?美紀と静香さんたちは持っている金を全部かき集めても、あれだけしか金を用意できなかったんだ。どうしても金が必要なら、残りの数億円は俺が払うし、明日朝一番に経理からお前の口座に振り込ませる。だからこの話、これ以上広めないでくれないか?」奈緒は静かに充を見つめた。その瞳には、すべてを見透かしたような冷静さと、相手を射抜くような鋭さだけが宿っている。すべては奈緒の予想通りだった。たとえ美紀の本性を知ったとしても、充は相変わらず彼女をかばい、尻ぬぐいをするのだ。しかもそれを、「みんなのためだ」という、都合のいい言い訳で……しかし、頭ではこの結果を予想していたとしても、実際に充からそう聞かされるのとは、まったく違う。奈緒の心の奥底に、ちくりと鋭い痛みが走った。この5年間の結婚生活において、充がこうして本能的に自分をかばってくれたことなど、ただの一度もなかった。充は少しの間、静かに奈緒の返事を待っていたが、奈緒が何も言わないので、再び説得を続けた。「今夜の美紀たちの振る舞いは、たしかに褒められたものじゃない。でも、羽目を外していただけで、お前に直接危害を加えたわけじゃないだろ?美紀の本当の姿を見せたかったから、お前が俺を呼び出したってことも分かってる。俺は今見たし、これからは向き合い方も考えようと思うよ」充は奈緒の背後に回り込み、彼女の肩を軽く揉みながら、耳元で低く囁いた。「奈緒、もうこれで終わりにしよう。これから先も、あの人たちとは親戚として付き合っていかなきゃならない。俺の顔を立てると思って、この件は水に流してくれないか?」どの言葉も、すべて奈緒の予想していた通り。奈緒は唇を歪め、自嘲的な笑
続きを読む

第155話

奈緒は充の目を真っすぐに見つめ、息を深く吸い込んだ。そして、揺るぎのない決意のこもった声で伝える。「離婚届にサインして、私と離婚すること」充の瞳が激しく揺れ、彼の口から反射的に声が漏れた。「奈緒……どうしても俺と離婚するって言うのか?」奈緒の目に、かつての情愛や迷いは一切ない。彼女は小さく頷いた。「うん」それ以上は何も言わずに、奈緒はそのまま足早に個室を出ていった。もうこれ以上、面倒なことには関わりたくない。欲しいのは結果だけ。奈緒が今夜望んでいたのは、美紀や静香を刑務所へ送ることではなく、本当の狙いは、最後に充へ突きつけた、あの二つ目の条件だった。クラブ・ノクターンはオープンから10年経っている。蘭はもともと、S国での療養から帰国したら店をリニューアルする予定だったのだ。だから、今回の火災はある意味では都合がよかったとも言える。そして、離婚。それは、あの日、母と一晩かけて何度も話し合い、ようやく出した結論だった。もちろん、黎から父親を奪うことになるのではないかと、ものすごく迷ったが、それでも最後には、離婚という道を選んだ。母の言う通り、苦しみを引き延ばすより、痛みがあっても早く区切りをつけるほうがいい。これから先、黎も幼い頃の自分と同じように、心ない噂を流され、偏見の目を向けられ、傷つくことがあるかもしれない。けれど振り返れば、その冷ややかな言葉があったからこそ、自分はどんな逆境にも負けない強さを手に入れられたのではないだろうか?温室で大切に育てられた花は、美しく咲いても、ひとたび嵐にさらされれば、あっけなく散ってしまう。でも、自分は違う。泥の中に根を張る葦のように、どれほど風に吹かれ、雨に打たれても、決して折れることなく、まっすぐ空を見上げて立ち続けてきた。だから黎にも、ただ守られるだけのお姫様ではなく、自分や自分の母のように、人生の主役として、堂々と生きる女王になってほしいのだ。……冷え切った空気を纏った充は、あの荒れ果てた個室へと戻った。彼の表情は暗く沈み、怒気を含んだ重い雰囲気に包まれている。こめかみには青筋が走り、その精神はすでに限界に近かった。奈緒から送られてきた証拠と録音データを全て見た充は、もうことの顛末を把握していた。まさか美紀や静香がここまで恐れ知らずで、あろう
続きを読む

第156話

「充さんが……私を……叩いたの?」世界でいちばん自分を大切にしてくれると信じていた相手。その充から平手打ちされたという現実が、どうしても受け入れられない。頬を押さえたまま、美紀は呆然と充を見上げた。充の平手打ちの音は鋭く、部屋にいた静香と翠もその一撃に言葉を失っていた。我に返った翠は慌てて美紀をかばうように抱き寄せ、充を睨みつける。「充、どうしちゃったの?奈緒があれだけ好き勝手にやっていたのを、見て見ぬふりするだけじゃなく、美紀ちゃんにまで手をあげるなんて。奈緒に何を吹き込まれたのよ!」充は冷え切った目で翠を見返した。そこには、もう以前のような情は残っていない。「俺に聞く前に、こいつらに聞いたらどうだ?自分たちが何をやったのかってな」静香が弾かれたように立ち上がる。「充、わ……私たちが一体何をしたっていうの?奈緒に何か吹き込まれたのね。そんなに怒って美紀に手をあげるなんて。いい加減にしてちょうだい」充は深く息を吐いた。その顔には怒りよりも、疲労の色が濃く浮かんでいる。「二人が裏で指図を出して、クラブ・ノクターンに火をつけさせたんだろ?証拠も、証言も、録音も……全部、奈緒から送られてきたよ。お前たち……脳みそはあるのか?」充は怒りを抑えきれず、額に青筋を浮かべる。「クラブ・ノクターンがどんな場所か知らないわけじゃないだろ!この街の財界人や政治家、著名人まで利用するような店に火をつけるなんて!もし誰かに被害が出ていたら、俺たちだけじゃ済まない。両家まとめて、この街で生きていけなくなっていたんだぞ!」怒鳴り終えた充は胸を押さえ、大きく息をつく。怒りと動揺で呼吸まで乱れていた。美紀と静香は互いに顔を見合わせる。「私たちは、やってない……」と美紀はなおも否定しようとした。だが充は黙って携帯を取り出し、美紀と放火犯との通話を再生する。部屋に流れ始めた音声を聞いた瞬間、美紀の顔からは血の気が完全に引き、膝から崩れ落ちて、その場へ座り込んでしまった。決定的な証拠を突きつけられ、美紀と静香は震えが止まらない。「本当に全部、証拠を握られてるの?奈緒はなんだって?警察に逮捕されるの?美紀ちゃんたち……捕まっちゃうの?」翠も必死になって充の袖を掴む。「充、お願い。なんとか揉み消して。美紀ちゃんたちを
続きを読む

第157話

「充、あなたのお母さんの指示でやったんだからね。録音だってある」そう言った静香は、翠に視線を向ける。「お姉ちゃん、自分だけ逃げられると思わないでよね。死ぬ時はみんな一緒だから」翠の顔から一瞬にして血の気が引いた。いつも自分と一心同体のように振る舞っていた妹が、ずっと前から自分に保険をかけていたなんて!この数年、何かと理由をつけては金を貸してほしいと頼まれ、そのたびに自分は疑うことなく応じてきた。なのに今は、この妹から真っ先に切り捨てられた。胸の奥から込み上げてきたのは、裏切られたことへの怒りと、信じていた家族への絶望だった。「し、静香!あなたって人は!あなたのことは可愛い妹だと思ってきたし、美紀ちゃんのことだって本当の娘のように大切にしてきた。あなたに頼まれれば、できる限り力になってきたのに……それなのに……」怒りと悔しさで頭が真っ白になり、心拍数が一気に上がった翠は、その場へ崩れ落ちた。充は何も言えなかった。今夜明らかになった真実の一つひとつが、刃物のように何度も何度も胸をえぐっていく。自分が信じ続けてきた、温かく理想的な家族。そんなものは、最初から存在しなかったらしい。何より大切にしてきた家族の絆も、その仮面を剥がしてみれば、目を覆いたくなるほど醜く、脆いものだった。誰よりも可愛がってきた従妹、心から尊敬していた叔母、そして、誰よりも大切にしてきた母親まで……そのすべてが音を立てて崩れていく。耐え切れないほどの衝撃と苦しさに、充は胸を押さえた。次の瞬間、口からは鮮血を吐き出したのだった。……個室には4人。その夜は、まさに修羅場だった。一人は泣き崩れ、一人は怒りのあまり脳の血管を傷めて倒れ、さらに一人は吐血する始末。誰もが軽傷では済まなかった。深夜になって救急車が到着し、その場にいた4人は全員そろって病院へ搬送された。検査の結果、もっとも容体が深刻だったのは翠で、そのまま経過観察として入院することに。翠の入院を知った充は、麟太郎、胡桃、そして海外に住む2人の姉たちへ一斉に連絡を入れた。病院から最も近くにいた胡桃は、連絡を受けるなりすぐさま病院へ駆けつけた。翠が怒りのあまり倒れ、脳の血管まで傷めたと聞いた胡桃は、真っ先に充の顔を思い浮かべる。病室へ飛び込むなり、胡桃は袖を強くつかんだ。「
続きを読む

第158話

「まさか、静香さんがそんな人だったなんて!お母さんがあれだけ助けてきて、その上、美紀まで育ててもらってたくせに。それなのに、いいように利用されていただけなんて。本当にひどい話よ!私たちも美紀をあんなに可愛がってきたのに、結局返ってきたのはこれ?もし、その優しさのほんの少しでも奈緒さんに向けていたら……こんなところまでこじれることはなかったかもしれない」もともと気性の激しい胡桃だったが、すべてを知った今、その怒りの矛先は身内にも向いていた。青木家での美紀と奈緒への天と地ほど違う扱いを思い出し、胡桃は、自分たちが以前は欲に目が眩んでいたのだと痛感する。思い返せば、美紀と奈緒はどちらも血のつながらない「家族」だった。それなのに、美紀だけが家族全員から可愛がられ、守られ、甘やかされてきた。ところが奈緒はどうだ?青木家に嫁いできて以来、全員から冷たい視線を浴び、翠から陰湿な嫌がらせを受け、麟太郎からは存在を無視されていた。それどころか、自分たち三姉妹も奈緒に一度たりとも優しい言葉をかけようとはしなかった。青木家が美紀を特別扱いしたのは、美紀が静香の養女だったから。でも奈緒は充の妻であり、娘まで産んでくれたというのに、自分たちは彼女へ向けた思いやりを、美紀に向けたもののかけらでさえ与えてこなかった。その事実に気づいた時、胡桃の心には奈緒と黎に対しての強い罪悪感が湧き上がってきた。自分も感情のある人間だ。誰を大切にし、誰をないがしろにしてきたのか、そのくらいは分かる。これまで胡桃は家族のことや日々の小さな揉め事は、自分には無関係だと思っていたから、特に口は出してこなかった。しかし今や、家族の問題は表沙汰となり、最初は些細なことだったはずが、いつの間にか取り返しのつかない大惨事にまで発展してしまった。このままでは、もっと大きな騒ぎになる気がする。だから今度こそ、自分が動かなければならないだろう。まずは、家族の関係を立て直すために、翠には美紀や静香と距離を置かせる。そして、奈緒との溝も少しずつ埋めていかなければならない。家族は仲良くあるべきだから……最近のあまりにみっともない騒ぎを、これ以上見て見ぬふりはできなかった。充は、胡桃の口からそんな反省の言葉が出てきたことに驚き、深く息をついた。「やっと分かってくれ
続きを読む

第159話

充は胡桃の言葉を聞いて、肩の荷がふっと下りたような心地がした。最近はずっと一人で板挟みになり、どうにかしようとしてきたが……海外顧客との契約交渉の方が、この家庭内の諍いよりもよっぽど楽だと感じるほどだったのだ。充は今になって、家庭が崩れることの恐ろしさを身をもって思い知っていた。今の充は、奈緒に対しての気遣いを怠り、その想いに甘え続け、何も返そうとしてこなかった行いを、本当に後悔していた。奈緒のように理知的で心優しい妻を、ここまで追い詰めたのは間違いなく自分だった。「姉さんがそう言ってくれて、本当に良かったよ。姉さん……まずは、俺と奈緒の間に入って、奈緒に離婚を考え直させてほしいんだ。黎と一緒に戻ってきてくれたら、絶対に大切にする。その代わり、これからは経営の判断で、姉さんの意見を優先するからさ」そう言った充は、感極まって胡桃の手を握りしめた。胡桃は弟の顔を見つめ、静かに口を開く。「お母さんが美紀と距離を置いて、あなたも美紀を完全に切り離せるなら……奈緒さんとやり直す道は残っているかもしれない。二人の間には子供もいるんだから。本気で離婚したくないなら、今この瞬間から何を優先すべきか考えて。どうにかして、奈緒さんへの埋め合わせをして、美紀とは一線を引く。私から見れば、この家がここまで壊れた原因のほとんどは、奈緒さんの性格のせいなんかじゃない。充とお母さんが美紀ばかりを優先してきたからなんだよ」そう言い残すと、胡桃は翠の病室へ向かって歩いていった。取り残された充の頭の中に、まるで銃弾を撃ち込まれたかのような衝撃が走った。今まで見えていなかったものが、一気につながっていく。仁哉や弘樹からも似たようなことを言われていたはずなのに、自分は一切耳を貸さなかった。自分が何を間違えたのか、どうして奈緒が、あれほどまでに変わってしまったのか、ずっと答えが分からなかった。だが姉の言葉を聞き、これまでの奈緒の行動を一つひとつ思い返したとき――ようやく、その意味が少しだけ見えてきた気がする。胡桃が病室に入ると、翠がちょうど目を覚ましたところだった。顔色はかなり悪く、目の下の隈も酷い。そして、胡桃の姿を見るや否や、翠は興奮気味に喚き散らし始めた。「胡桃、あなたはこの家の長女なんだから、今すぐ青木家を代表して、奈緒と離婚の
続きを読む

第160話

怒りに震えていた翠は、胡桃が見せようとしてきた携帯を、思わず払いのけようとした。1秒たりとも見たくなかったのだ。その時ちょうど、画面の中で黎が笑った。天使のような笑顔のあまりの愛らしさに、翠は思わず動きを止め、画面から目が離せなくなってしまった。携帯を押しやろうとしていた手を、そっと下に下ろす。翠は1分以上、じっと画面を見つめていた。それは黎が生まれてから今日まで、祖母である彼女が初めて、孫娘の顔をしっかりと見つめた時間でもあった。画面の中の黎は、まるで人形のように愛らしく、無邪気に笑っている。その笑顔を見て、心を動かされない人などいないだろう。翠の胸を覆っていた頑なさも、その笑顔を前に、ほんの少しだけ和らいでいった。「この動画どうしたの?まさか、この……会いに行ったの?」思わずいつものように悪態をつきかけた翠だったが、途中で言葉を飲み込む。胡桃の言う通り、どんな事情があろうと、あの子は自分の孫なのだから。胡桃は携帯をしまった。「奈緒さんは私たちのことを快く思ってないんだから、会わせてくれるわけがないでしょ?動画は私なりにお願いして、送ってもらっただけ。そんなことより、お母さん。静香さんと美紀がしたこと、本当に何とも思わないの?今まであれだけ助けてあげてきたのに、返ってきたのは裏切りだったなんてさ」翠は額を押さえ、悔しそうに歯を食いしばる。「腹が立つに決まってるでしょ!まさか、静香がずっと私を警戒して、裏で保険までかけていたなんて思わなかった。私は何でも信じて力になってきたのに……美紀ちゃんの方は……はぁ。あなたたち三人の娘より可愛がってきたくらいなのに、いざとなったら私じゃなくて、真っ先に自分の母親を選んだ。私のことなんて、最初から眼中になかったのよ」胡桃は静かに母の肩へ手を回した。「ほらね。お母さんはずっと、あの人たちを家族だと思ってきたけど、向こうは、お母さんのことを都合のいい人としか見てなかった。じゃあ逆に聞くけど、お母さんは奈緒さんに何をしてきた?奈緒さんはお母さんに何をしてくれた?嫁いできたばかりの頃から、毎朝早起きさせて朝食を作らせて、夜は身の回りの世話までさせてた。美紀はそんなこと、一度でもしてくれた?」翠が黙り込む。「充がいない日なんかは、奈緒に用事を言いつけて、買い物に行かせ
続きを読む
前へ
1
...
1415161718
...
26
コードをスキャンしてアプリで読む
DMCA.com Protection Status