บททั้งหมดของ 横領犯にされた経理女は、若頭の金庫を握って元社長を潰す: บทที่ 1 - บทที่ 10

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第1話:消えた八十万円

 半年後。私は、若頭の店で、自分を横領犯に仕立てて捨てた会社へ続く、最初の確かな線を握っていた。数字で、あの会社を追い詰める側へ――ようやく、回り始めていた。隣には、表の世界には絶対に出てこない男がいて、低い声で私にこう言う。「その席、誰にも譲るな」 ――でも、この夜の私は、まだ何も知らない。 一枚の伝票が、私の人生を焼き払おうとしていることも。その火を、いつか私が同じ数字で消し止めることも。 横領犯。八十万円を盗んだ女。そう書かれた紙一枚で、私は仕事も、信用も、明日も、いっぺんに失った。盗んでなんか、いない。一円も。それを胸を張って言える場所にたどり着くまで、半年かかった。 始まりは、八十万円だった。 経理の月末は、空気が薄い。電卓の音、誰かのため息、コピー機の唸り。私はただのパートだ。でも月次の入出金チェックは、いつのまにか私の仕事になっていた。 画面の一行で、指が止まった。 外注費。八十万円。支払先「リベルタ企画」。見覚えのない名義。 請求書はある。でも備考が曖昧だった。「コンサルティング業務一式」。日付も、いつもの締めから一日だけずれている。 大きすぎれば監査に引っかかる。 小さすぎれば手間に合わない。 八十万円は、紛れ込ませるのにちょうどいい額だ。 直感がそう言った。 私はこの会社で七年、数字の手触りだけで居場所を作ってきた。 健全な金は季節のように流れる。 給与の山、仕入れの谷、家賃の定点。 この八十万円は、その流れに混じった異物だった。 「畑中さん」 経理課長を呼んだ。畑中は顔も上げない。「この外注費、内容が確認できないんですが」「社長決裁だよ」「請求書の中身が、ちょっと」「請求書があるなら通して」声に、面倒の色が混じった。「パートさんが踏み込むとこじゃないから」 私は引き下がった。表向きは。畑中がちらりと私を見た。値踏みする目だった。お前の言葉に重さはない。そういう目。知っている。同じことを正社員が言えば検討事項になり、パートが言えば余計な詮索になる。 それでも、引っかかったものは消えない。私は手帳に短く書いた。請求書番号。支払日。口座の下四桁。父が死んでから、ずっとこうやって生きてきた。覚えておくこと。残しておくこと。後ろ盾のない人間の、唯一の武器だ。 請求書の現物を、もう一度引っ張り
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第2話:被害者の顔をした社長

「誠実な仕事をしましょう」 朝礼で、三崎清隆はそう言った。私はその言葉を、昨日の八十万円と一緒に飲み込んだ。 穏やかな声。取引先との好調な案件、社員への感謝、地域への責任。社員たちが頷く。隣の女性も、感じ入った顔で小さく頷いた。 私だけが、頷けなかった。 誰も疑っていない。腰が低くて、人当たりがよくて、社員を大事にする社長。七年間、私もそう信じてきた。その像が崩れているのは、私一人の中だけ。会社の誰一人、その崩れを共有していない。 午後、経理の数人が会議室に呼ばれた。名目は監査前の事前確認。私もその中にいた。 確認は、雑だった。質問の順番が整理されていない。なのに、一点にだけ妙に丁寧に触れてくる。「先日の外注費の処理ですが」切り出したのは人事部長の長尾だった。 指が冷えた。例の八十万円だ。「入力したのは誰ですか」「私です。決裁は社長案件で」「請求書は確認しましたか」「内容に疑問があったので、畑中課長に相談しました」「振込データには触れましたか」「実務で触れています。でも承認権限はありません」 質問のたびに、何かが少しずつ私の方へ寄せられていく。他の社員には、ここまで聞いていない気配があった。「ご協力ありがとう」長尾が笑った。事務的で、清潔で、隙のない笑み。怒鳴られるより怖い笑みだった。 出る前に、一つだけ確かめた。「これは、全員に伺っていることですか」 長尾の手が、ほんの一瞬止まった。それから、また穏やかに動き出す。「順番に、ね。誰にでも聞いていることよ」 嘘だ。順番なら、なぜ私の処理にだけ三回も触れる。手元の用紙は、私の名前のところだけ、行が埋まっていた。 夕方、コピー機の前。畑中と長尾の声が、切れ切れに届いた。はっきり聞こえたのは、一言だけ。「パートだから、説明しやすいでしょう」 息が止まった。 説明しやすい人間。 つまり、押しつけやすい人間だ。 承認権限がなくても、実務で金に触れている。 正社員じゃないから、辞めさせても波風が立たない。 家族がいて、強く出られない。 私は、その条件を全部そろえていた。 誰かが責任を負わせる相手を探すなら、これ以上に都合のいい人間はいない。 夜、自販機の前で三崎が声をかけてきた。「槻木さん、顔色悪いね。大丈夫? 一人で抱え込まない
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第3話:パートは切りやすい

 出勤して五分で、私は横領犯にされた。 朝一番、会議室に呼ばれた。扉を開けた瞬間に分かった。三崎がいる。長尾がいる。畑中がいる。総務もいる。空気が、もう決まっている。 机の上に、数枚の書類。 振込一覧。 請求書のコピー。 ログイン履歴の抜粋。 書類は、私が呼ばれる前にもう揃っていた。 確認なら、私と一緒に集めるはずだ。 先に揃っているということは、結論が先にあったということ。 私は、判決を聞きに来た被告だった。 それも、弁護人のいない被告。「お座りください」長尾が淡々と言った。座らないと足が震える気がした。「一部資金の不適切な処理が確認されました」天気を読み上げるような声。「社内調査の結果、槻木さんの関与が濃厚だという結論に至りました」「……私は、何もしていません」「八十万円の外注費。入力したのは槻木さんですね」「入力はしました。でも決裁は社長案件です。承認権限もありません。だから確認しようとしたんです。畑中課長にも相談しました」 並べるそばから、私の言葉は「自己弁護」という箱に放り込まれていく。 三崎は、悲しそうな顔をしていた。口を挟まない。私に喋らせるだけ喋らせて、低く言う。「君を信じたい気持ちは、あるんだよ。でもね。ログも書類も、ここまで揃っている。会社としては、対応しないわけにいかないんだ。分かってくれるね」 会社として。その四文字が、足元を崩した。組織対、一人。私が何を言っても、向こうには「会社」という顔がある。 書類を見た。請求書のコピー。社判の位置が、昨日見たものと違う。「この請求書、昨日のものと違います。社判の位置も、綴じ方も。これは、差し替えられて――」「混乱しているようですね」長尾が、優しく遮った。「落ち着いてください。今は事実を確認しているだけです」 私の指摘は、取り乱した人間の言い逃れとして処理された。畑中が露骨に顔をしかめる。総務は目を伏せる。誰も、私の言葉を検討しなかった。「念のため、こちらも」長尾が一枚を差し出す。私のアカウントのログだった。実務で触ったのだから、当然残っている。でもそれは、完全否定を不可能にする一枚だった。 三崎が、決定打のように言った。「会社としては、被害届も含めて検討せざるを得ないんだよ」 血の気が引いた
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第4話:返したいのはお金じゃない

「不足分の返還に応じる意思を見せれば、表向きは大事にしない方向で」 長尾の電話を切ったあと、私は思った。返したいのは、お金じゃない。 私物をまとめて、半ば追い出されるように会社を出た。段ボール一つ。七年分の荷物が、両手で抱えられる量しかなかった。 社員たちは、見ないふりをした。 目が合いそうになると書類に戻る。 誰も助けない。 誰も、何があったのか正面から聞かない。 その静けさが一番こたえた。 軽蔑ならまだ相手がいる。 見ないふりは、私をもう「終わった人間」にしていた。 生きているのに、いないことにされている。 その日の午後、また長尾から電話が来た。「会社としては穏便に解決したいんです。槻木さんが返還に応じる意思を見せてくだされば、被害届の件も、再考の余地があります」 つまり、認めて金を返せ。盗んでいないものを、盗んだことにして、返せ。「私は、盗んでいません」「ええ。あくまで意思の問題です。前向きな姿勢を見せることで、お互い損をしない形に」 切ってから、気づいた。この人たちは本気で「金で済む話」だと思っている。 違う。八十万円を返した瞬間、私は「盗んだ女」として確定する。返したという行為そのものが、罪を認めた証拠になる。三崎は、それを狙っている。金を返させて、私の口を永遠に塞ぐつもりだ。返せば、もう二度と無実を主張できない。 夜、母から電話が来た。「理央、会社で何かあったの? 大丈夫?」 少し揉めて辞めることになった、とだけ答えた。横領、という言葉は口にできなかった。「何か誤解なら、ちゃんと謝れば、許してもらえるんじゃない?」 胸が痛んだ。母は悪くない。母はただ、怖いのだ。世間が。波風が。娘が指をさされることが。「うん。大丈夫。心配しないで」 電話を切った直後、弟からメッセージが来た。「姉ちゃん、会社でなんかあった? 変な電話きたんだけど」 凍りついた。 火は、もう会社の外へ回っている。 家族にまで、手が伸びている。 本人を直接潰すだけじゃ足りない。 周りから、退路を奪う。 家族。 友人。 次の職場。 声を上げても誰も信じない状況を、先に作る。 そうすれば、私が何を叫んでも「往生際の悪い横領犯」にしかならない。 これが、三崎のやり方だ。 私は部屋の真ん中に立って、初めて
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第5話:落ちた女の履歴書

 退職理由の欄で、ペンが止まった。「一身上の都合」では弱い。正直に書けば終わる。嘘を書いても、照会されれば詰む。たった一行が、これほど書けないとは思わなかった。 それでも応募を始めた。経理補助。一般事務。地味で堅実な仕事ばかり。派手な転身じゃなく、元の場所に近いところへ戻ろうとした。まだ表の社会に戻れると思っていた。 最初の面接は、悪くなかった。受け答えは丁寧だ。実務経験もある。面接官が何度か頷いた。手応えがある、と思った瞬間があった。 退職理由に触れるまでは。「前職は、どういった理由で?」「社内で、行き違いがありまして」「行き違い、というと」 言葉を選んだ。選んでいる時間が、すでに不利だった。沈黙が長いほど、相手は何かを隠していると感じる。「経理処理をめぐって、見解の相違が」 面接官の表情が、わずかに変わった。責めるのではない。慎重になる。経理の人間が、経理処理で揉めて辞めた。それだけで相手は身構える。「確認できる、推薦者の方は?」 詰まった。前職の上司は三崎だ。推薦してくれるはずがない。 数日後、感触の良かった一社から連絡が来た。少しだけ、期待した。受話器を取る手が、わずかに速くなった。「慎重に検討させていただいた結果、今回はご縁がなかったということで」 不採用。理由は言わない。ただ、担当者の声に、含みがあった。「確認の結果、と申しますか……あの、申し訳ありません」 確認の結果。私はその言葉を、頭の中で何度も転がした。何を確認したのか。前職に。業界に。誰かが、私の経歴に傷をつけて回している。 ノートに、応募した会社を書き出した。日付。職種。結果。並べると、傾向が見えた。書類で落ちる会社は規模が小さい。面接まで進んで落ちる会社は、前職に照会をかけられる規模だ。 確認できる相手ほど、確認した上で落としている。私の名前は、確認すれば必ず傷が出る名前になっていた。 ぞっとした。これは、ただクビにするより手が込んでいる。私が表のどこへ行っても扉が閉まるように、先回りして名前に傷を塗って回っている。八十万円を差し替えた手口と、同じ静かさで。あの社長は、私が思っていたより、ずっと用意周到だ。 帰り道、求人サイトを開いた。「経理経験者、歓迎」。乾いた笑いがこぼれた。 歓迎されるのは、傷のない経理だ。金に
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第6話:採られない理由

「採用は、リスク管理ですから」  転職エージェントの担当者は、申し訳なさそうに、けれど迷いなくそう言った。私の中で、何かが固まった。 「率直に申し上げますと、今は槻木さんを推薦しにくい状況でして」 「理由を、伺っても?」 「前職への照会や、業界内での確認で……少し、懸念が出ていまして」  懸念。聞き返さなかった。聞き返せば、もっと言葉を濁す。 「窃取の事実なんて、ありません。立証もされていない。なぜそんな扱いに?」 「採用は、リスク管理ですから。グレーな案件は、企業さんも避けたがるんです」  グレー。私は白だ。けれど世間は、白を証明する手間より、グレーを避ける合理を選ぶ。担当者を責める気にはなれなかった。この人もただ仕事をしているだけだ。私を遠ざけることが、この人の正しい仕事なのだ。それが、一番こたえた。  帰り道、ようやく元同僚から電話がかかってきた。何度かけても出なかった相手だ。 「ごめんね、なかなか出られなくて」声に、後ろめたさがあった。 「いいの。それより、会社で私がどう言われてるか、教えて」  しばらく黙ってから、ためらいがちに口を開いた。 「あのね……経費処理が、ずっと怪しかったとか。情緒が不安定だったとか。お金にだらしないところがあったとか……そういう話が、回ってて」  足が止まった。  横領犯にされただけじゃなかった。「元々問題のある女」という物語を、上から作られていた。経理として無能で、人格的にも危うい。そういう人
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第7話:家賃と口座残高

 詰むまで、あと三週間。ATMの残高を見て、私はそう計算した。  路頭に迷うほどじゃない。でも、収入がゼロのまま固定費だけが続けば、引き算はいつか必ず底を打つ。当たり前の算数だ。私は何度も、客の代わりにこの算数を解いてきた。今度は、自分の番だった。  底打ちの日付まで分かっているのに、止める手立てがない。それが、静かに怖かった。  翌日、追い打ちのように管理会社から電話が来た。 「更新のお手続きですが、審査のために勤務先の確認をお願いしておりまして」  詰まった。「あの……今、転職活動中でして」 「では、収入を証明できる書類が、何か」  ない。退職したばかりで、次が決まっていない。電話の向こうの声が、ほんの少し冷たくなった。  それで、思い知った。信用は、仕事だけの話じゃない。仕事を失うと、住む場所まで揺らぐ。信用は見えない土台だった。崩れて初めて、それがすべてを支えていたと分かる。  母に頼る選択肢が、頭をよぎった。でも、横領犯と噂された娘が転がり込めば、母の小さな暮らしまで世間の目にさらされる。私には帰る場所があった。けれど、戻れる場所はなかった。  夜、スマホを開く。沙耶からの返信は、もう来ていた。 「事務だけ、ってわけにはいかないよ。最初はフロアの手伝いもある。でも金払いは早いし、過去は聞かれない。あんた、たぶん向いてる」  向いている。何に。接客にじゃないだろう。沙耶は、別の何かを見ている。  夜の店。自分が行く場所じゃない。ずっとそう思ってきた。行ったら終わりだと。――でも、まっとうな道は、もう私を受け入れない。私が外れたんじゃない。私は、外された。 
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第8話:夜の入口

「あんた、接客には向いてない。でも、数字は強そうね」  会って三分で、柏木沙耶はそう言った。私の何を見たのか、その目は的確だった。  待ち合わせはホテルのラウンジ。沙耶は華やかだが下品じゃない。きれいに化粧して、品のいいワンピース、背筋が伸びている。昼間のラウンジにいても、夜の匂いだけは隠せなかった。  前職には深く触れなかった。社会から押し出された女の空気は、説明しなくても分かるらしい。 「真面目な女ほど、昼で潰れたあと、逃げ場がないのよ」  その一言で、私は自分が特別に不運なわけじゃないと知った。同じように押し出された女が、この世界にはたくさんいる。 「店の話、するね。会員制。客層はいい。守秘が絶対。キャバクラ想像してるなら、少し違う。でも綺麗事だけの場所でもない」  仕事は完全な事務じゃない。最初は接客補助や雑務もある。私の顔が、わずかに曇った。 「見た目で売るしかない店なら、あんたに声なんかかけない」沙耶が言った。「金の流れが見られる子は、別の値段がつくの。そういう子は、なかなか入ってこない」  夜、沙耶に連れられて南城区へ向かった。  オフィス街とは灯りが違った。安っぽいネオンはない。静かな高級車が音もなく停まり、走り去る。表通りより一本裏。そこに、見えない金が流れていた。派手な騒がしさじゃなく、上等な秘密が街全体に染みている。  店の前で、足が止まった。「綾月」。落ち着いた木目の扉。控えめな看板。中は外から見えない。ここに入れば、元の自分には戻れない。はっきり、そう感じた。  引き返したくなった。でも、元の世界は私を戻す気がない。表の扉は、すべて閉じた。残されているのは、この扉だけ。戻れない場所と、必要な
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第9話:値踏みの前夜

 伝票の並びがおかしい。そう気づいた瞬間、背後で低い声がした。 「何を見てる」  綾月で働き始めて、数日。私はまだフロアの補助と裏方を行き来している。接客は、向いていなかった。客に向ける笑顔が、どうしても固くなる。沙耶さんが何度もフォローしてくれたけれど、自分でも分かった。私は、人に媚びる仕事では値がつかない。  それでも、店の流れは掴めてきた。開店前の準備。ボトルの管理。送り表。閉店後の片付け。覚えることだけは、昔から得意だ。  その夜、私はバックヤードで領収の控えを整理していた。  頼まれたわけじゃない。  保管箱の中が、あまりに雑然としていたからだ。  日付がばらばら。  宛名の順も揃っていない。  同じ会社の控えが、別々の場所に挟まっている。  指が勝手に動いた。  日付順に。  宛名ごとに。  七年、しみついた癖だ。   並べ替えているうちに、手が止まった。  ある一週間分だけ、控えの枚数が、送り表の記録と合わない。その週、フロアではもっと多くの卓が動いている。なのに、領収の控えが数枚、足りない。  抜けているのか。最初から切っていないのか。それとも――誰かが、後から抜いたのか。  背筋が冷えた。会社で見た、あの八十万円と同じ匂い。数字のズレは、いつも小さく始まる。気づく人間が少ないからだ。小さいうちに気づける人間は、もっと少ない。私は、その少ない一人だった。
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第10話:値踏み

「一枚足りない。どれだ」  翌日の開店前。黒瀬は、前の晩の領収の束を、私の前に置いた。分厚い。指に吸いつく、上等な紙だった。挨拶もない。説明もない。ただ、試されている。  昨夜、私は先週分の控えの欠けを指摘した。黒瀬は「明日、数えさせろ」と言った。これは、その答え合わせだ。私がまぐれか、本物か。この男は今、それを測ろうとしている。  私は束を手に取った。重さを測る。指でめくる。宛名。金額。席の順。  私の中で、いつもの作業が始まる。会社にいた頃と同じだ。数字は嘘をつかない。嘘をつくのは、数字を扱う人間だけ。  めくる手が、ある場所で止まった。  三件の法人利用。そのうち二件は、人数と金額が釣り合っている。残り一件だけ、控えがない。人数のわりに、金額が浮いている。 「これです」私は、一枚の隙間を指した。「ここに、法人利用が一件あったはずです。控えだけ、抜かれています」 「理由は」 「他の束は、日付も席順も揃っています。これだけ金額が浮いていて、この会社の宛名はいつも雑です。請求を急ぐ癖がある。急ぐ人間は、後から消したい一枚を、作りやすいんです」  言い終えて、自分でも驚いた。久しぶりに、頭が回っている。社会から落とされて以来、初めてだった。  黒瀬は、しばらく私を見ていた。値踏みの目のまま。それから束を閉じ、背を向ける。 「客に笑ってみせる女は、いくらでもいる」  足を止めずに、低い声が続いた。 「金の嘘を見る女は、めったにいない。……その目、安く使われるな。安く使えば、おまえはまた、安く切られる」 
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