Semua Bab 横領犯にされた経理女は、若頭の金庫を握って元社長を潰す: Bab 21 - Bab 30

86 Bab

第21話:金庫の外側

「今日から、少し仕事が変わる」  九条さんに、そう告げられた。  完全に経理へ入るわけじゃない。営業後の売上照合。領収控えの整理。送り表との突き合わせ。日次の簡易確認。その手伝いから始まる、という話だった。  私は説明を聞きながら、店の構造を頭に入れていた。金庫の位置。事務机の配置。保管箱がどこにあるか。まだ金庫そのものに触る権限はない。でも、誰が何を持って入り、何を持って出るかは見える。その位置に私は立たされた。 「日次確認のやり方は、こいつが教える」  九条さんが会計担当のスタッフを示した。例の売上を抜いていた件で残った人ではない。別の若いスタッフだ。けれど、彼も面白くなさそうな顔をしていた。新人同然の女に数字を触らせることへの警戒が、態度に出ていた。  歓迎されていない。それは、すぐにわかった。  会社でも同じだった。便利に使われながら、輪の中には入れてもらえない。給湯室で私が来ると会話が止まる、あの感じ。慣れている。慣れてしまった自分が少し嫌だった。  でも、見ているうちに、別のことに気づいた。  綾月のバックオフィスは、思ったより人間頼みだった。高級店なのに。誰がいつ何を直したのか。それがどこにも残っていない。全部、その場の記憶で回している。修正履歴がない。属人的すぎる。  つまり、誰かが抜こうと思えば、いくらでも抜ける。記録が残らないから、後から辿れない。先日の売上の傷も、たぶんこの穴を使っていた。傷の手口より、傷ができる土壌の方が問題だった。  会社なら、ありえない。けれど、ここではそれが当たり前らしい。  私は、指摘を飲み込んだ。  まだ早い。最初は覚える側に徹する。出しゃばって嫌われ
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第22話:帳尻を合わせる女

 伝票と送り表とボトル管理表。その間に、細かい乱れが積み重なっていた。表記の揺れ。記入漏れ。直し忘れ。一つひとつは小さい。でも、月単位で見れば、必ず後から面倒になるズレだった。  九条さんは「いつもこんなもの」と言った。けれど私には、それが危うく見えた。穴は小さいうちは誰も気にしない。気にしないから、誰かが付け込む。整っていない場所には、必ず手が伸びる。会社で、嫌というほど見た。  私は、最低限の整理を始めた。記入ルールの揺れを統一する。控えを並べ替える。直した箇所を、見えるようにする。やり方そのものは変えない。ただ、後から「誰が、いつ、どこを触ったか」が残るようにした。  それだけのことが、ある人間にとっては、致命的だった。 「……勝手なことを」  会計担当のスタッフだった。私が整えた束を見て、顔色を変えていた。怒りじゃない。もっと冷たい、焦りに近いもの。 「触らなくていいって、言いましたよね」 「効率を上げただけです」私は、目を合わせた。「直した跡が、残るようにしただけ。何か、まずいことでも」  相手の頬が、一瞬こわばった。その反応で、十分だった。  直した跡が残ると、困る人間。それは、跡を残したくない処理をしている人間だ。先日の売上の傷も、女たちの明細から削っていた手も――たぶん、全部この人につながっている。  確信に近かった。けれど、私は何も言わなかった。指をさした瞬間に、終わる。逃げられる。証拠をまとめて消される。慌てて刺すのは、いちばん下手なやり方だ。  その夜、黒瀬に呼ばれた。 「あの会計、揺さぶったな」  見られていた。私はうなずいた。「跡が残るようにしただけです」
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第23話:ひなのの明細

 給料日の翌日、ひなのの機嫌が床に落ちていた。  更衣スペースの鏡の前で、口紅を塗る手が止まっている。明るい子のはずだった。それが、今夜は唇の端も上がらない。 「また?」  沙耶が呆れ半分に言って、私を見た。  私は何も言わなかった。関わるつもりはなかった。新人同然の裏方が、稼ぎ頭でもない女の不機嫌に口を挟む立場じゃない。  ゴミ箱に、丸めた紙が捨ててあった。  拾うつもりはなかったのに、開いた口から数字が覗いていた。給与明細。天引きの欄が、やけに長い。  送り代。貸衣装。ヘアメイク。雑費。  私の目は、勝手にその列を上から下へ走った。  そして、止まった。  おかしい。  計算が、合っていない。 「ねえ、ひなのちゃん」  気づいたら呼んでいた。ひなのが振り返る。警戒の色がある。地味な裏方の女に、財布の中身を覗かれたくない。その目だ。 「人の明細、勝手に見るの?」「ごめんなさい。でも、これ、たぶん引かれすぎてる」  ひなのの肩が、わずかに動いた。 「……どういうこと」「先月の送りって、何回乗った?」「えっと……三回くらい。終電あったし」「ここには六回分ある」  ひなのが紙を引ったくった。数字を追う指が、途中で止まる。  私は続けた。 
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第24話:店の女たちはよく見ている

 ひなのの明細の件から、店の空気が少し変わった。  誰かが急に私を褒めたわけじゃない。賞賛なんて、夜の店ではいちばん安い通貨だ。そうじゃなくて、雑に扱われなくなった。すれ違いざまに肩で押されることがなくなった。更衣スペースの隅の椅子を、当たり前みたいに譲られるようになった。  それだけだ。  だが、それで十分だった。 「言ったでしょ」  沙耶が口紅を引きながら笑った。 「敵も増えるけど、味方も増えるって」「敵の方は、まだ顔が見えませんけど」「見えなくていいの。見えてくる頃には、こっちが上にいるんだから」  沙耶は鏡越しに私を見た。 「あんた、ひなのの金を守ったでしょ。あれね、店中に回ってるわよ。誰がしゃべったわけでもないのに、勝手に伝わるの。そういう話だけは、足が速いのよ」  私は黙っていた。広めてほしくてやったわけじゃない。だが広まったなら、それも数字のうちだ。  店の女たちは口では何でも軽く流す。  だが、よく見ている。  誰が自分たちの金を軽く見るか。  誰が軽く見ないか。  客の財布より、店の天引きより、女たちは女たち同士の値踏みに敏感だった。  誰が信用できて、誰が裏切るか。  それを読み違えれば、稼ぎが減るどころか、店に居られなくなる。  だから女たちは、笑いながら、相手の芯をいつも測っている。   営業前のバックヤードで、新人の子が領収の
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第25話:三崎の領収書

 三崎が来た夜の控えを、私が整理することになった。  正式な担当じゃない。九条さんが「ついでに見ておいて」と渡してきただけだ。だが、その「ついで」が、私の手を震わせた。  領収の束を開いた瞬間、匂いがした。  紙の匂いじゃない。処理の匂いだ。  法人名を、正式名称で書かせない。  部署名や担当者名で濁す。一部だけ現金。たまに、宛名なしの控えを欲しがる。同席人数のわりに、ボトルと飲食の計上が浮いている。  私は、この匂いを知っていた。  ミサキアセットソリューションズで何度も嗅いだ匂いだ。三崎案件にはいつもこの匂いがついていた。説明の薄い交際費。不自然に割れた金額。月末駆け込みの精算。  たとえば、ボトルが二本入っているのに、領収は一本分の金額に丸めてある。  残りは別の名目に散らしてある。  たとえば、宛名の途中で書き直した跡がある。  一度「株式会社」と書きかけて、消して、個人名にしてある。  素人なら見落とす。  でも、これを毎晩何百枚も見てきた人間には、傷のように浮いて見える。   夜の店の領収の切り方は、あの会社の経費処理と相性が良すぎる。  良すぎて、気持ちが悪い。  私は過去の手帳を思い返した。  あの頃、私は違和感をメモに残すだけで何もできなかった。誰も聞いてくれなかった。パートの女が何を言っても、社長案件は社長案件で、それ以上は触れるなと壁ができた。  でも、今は違う。
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第26話:同席者の名前

 三崎を潰すには、三崎一人を見ていてはだめだ。  M案件のファイルを開きながら、私はそれに気づき始めていた。金は一人では動かない。誰かが渡し、誰かが受け取る。三崎の周りには必ず影がいる。  その影を、女たちが覚えていた。 「あの人と来る税理士っぽい人いるよね」  ひなのが送り表を畳みながら言う。 「あー、いるいる。眼鏡の。でも喋らないの、あの人」  別のキャストが続ける。 「いつも最後だけ顔出す若い男もいない? 三崎さんが帰る直前にちょっとだけ来るの」「いた。一回だけ政治家の秘書みたいなのも見たかも」  断片だ。曖昧で頼りない。  だが続ければ線になる。私はその全部を書き留めた。来店日。卓の位置。支払い方法。宛名。同席者の特徴。実名はまだ少ない。それでいい。今は誰が誰と来るか、その並びを掴むことが先だ。 「ねえ、理央さん」  ひなのが不思議そうに私を見た。 「なんで客のこと、そんなに書いてるの? 名前も知らないのに」  私は手を止めた。 「金は一人で動かないから」「え?」「誰といるかで処理が変わるの。同じ人でも一人で来た日と誰かと来た日では、領収の切り方が違う。それは隠したいものの形が違うってこと」  ひなのは、ぽかんとしていた。沙耶が横で低く笑った。 「あんた、ほんと向いてないわ。夜の店に」「それ、二度目です」「何度でも言うわよ」沙耶は煙草に火をつけた。「でもね。その向いてなさで稼ぐ女、私
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第27話:使える女の条件

 その夜、三崎が来ていた。  私はバックヤードにいて、表には出なかった。出なくても、わかった。あの男が店に入ると、空気の温度が下がる。少なくとも、私の中では下がる。  営業が終わって、片付けをしていると、低い声がした。 「残れ」  黒瀬さんだった。  事務室に入ると、明かりが半分落ちていた。黒瀬さんは椅子に座らず、机に寄りかかっていた。私を見る目が、いつもより少しだけ長かった。 「あの男が来るたび、顔に出る」  私は反発した。出していないつもりだったからだ。 「出してません」「出てる」黒瀬さんは短く言った。「おまえは隠せてると思ってる。だが、息が止まる。グラスを置く音が消える。わかる奴にはわかる」  言葉が、刺さった。  私は黙った。  黒瀬さんは、責めなかった。淡々と続けた。 「恨みがあるのはいい。それは構わない。だが、恨みを見せるのは下手だ」「……」「相手に勘づかれたら終わる。使える人間は、感情を隠して数字に変える。おまえはそれができる頭を持ってるのに、顔が追いついてない」  悔しかった。  だが、その指摘は、正しかった。  会社で負けたときも、そうだった。  私は正しさを信じていた。  無実だと叫べば、いつか伝わると思っていた。  けれど相手は先に物語を作っていた。 「情緒不安定な女
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第28話:泳がせろ

「金じゃないんですか」  私は思わず聞いた。 「あの人を潰すなら、金の流れを暴けばいいと思ってました」  黒瀬さんは首を横に振らなかった。否定もしなかった。ただ、こう言った。 「金は結果だ。あいつが本当に守りたいのは、金そのものじゃない。金で買える顔だ。誠実な社長の顔。それを失う方が、あいつには死より怖い」  私は、息を呑んだ。  そうだ。あの男は、私を切ったときも、最後まで「いい上司」の顔をしていた。被害者の顔まで作っていた。金より先に、あの顔を剥がす。それが、あの男にとって、いちばん効く。 「わかりました。でも」  私は、引かなかった。 「あの会計の人は、どうするんですか。店の金を抜いて、女の子たちの明細まで削ってる。あれは、今、起きてることです。それも、泳がせるんですか」  黒瀬さんの目が、少し冷えた。 「泳がせる」「ひなのさんのお金は、戻りました。でも、また削られます。見えてるのに、待つんですか」「待て」  黒瀬さんは短く言った。 「あの会計を今潰せば、店の小銭は守れる。だが、その先にいる男は、永遠に捕まらない。お前は、どっちが欲しい」  私は、答えられなかった。守りたいものと、潰したいものが、同じ手で天秤にかかっていた。 「お前が線を引くまで、待て。それが、いちばん多くを守る道だ」  命令だった。正しいと、頭ではわかる。でも、守られているのか、手綱を握られているのか、わからなくなる。この人は、私を勝たせようとしている。&n
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第29話:最初の線

 その夜、私は綾月の事務室に一人で残った。机の上に、ここまで集めたものを、全部並べた。  三崎の来店日。宛名の揺れ。同席者の特徴。支払い方法。そして、自宅から持ってきた、会社時代の手帳。  ばらばらだった。でも、私は知っていた。無関係に見えるものほど、本当は繋がっている。会社で見てきた不正は、いつもそうだった。一枚では何でもない。並べて初めて、形が浮く。  来店日の一覧を、指でなぞる。ある一日で、指が止まった。  その日、三崎と同席した男の苗字が、八十万円案件の請求書――リベルタ企画に絡む名義と、近い。  心臓が跳ねた。すぐに自分を抑えた。  慌てて刺すな。黒瀬の声が、頭で響く。字面の一致だけでは弱い。  でも、その日だけ支払いが特殊だった。法人カードと現金の併用。宛名は、極端に濁してある。八十万円が振り込まれた四月の頭と、時期も重なる。  私は、手帳を開いた。あの日の、自分の字。 「4/7 外注費80万 社長決裁 請求内容不明 履歴制限」  会社を追われる、ずっと前。何も知らずに、ただ気持ち悪さだけで残した、一行。それが今、息を吹き返した。誰も聞いてくれなかったメモが、長い時間を越えて、夜の店の領収と繋がろうとしている。  線が見えた――その夜だった。  事務室の隅で、物音がした。  会計担当のスタッフだった。私が、もう帰ったと思っていたらしい。彼は、保管箱から、ある束を抜こうとしていた。先日、私が「直した跡が残るように」整え直した、あの束を。  指が、止まった。今、動いた。  以前、黒瀬は「泳がせろ」と言った。私は
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第30話:会社を取れ

 名前が取れたら、次は会社を取れ。  黒瀬さんの言葉を、私は何度も頭の中で繰り返していた。  数日、私はほとんど眠らなかった。  営業が終わってから、事務室にこもって記録を並べ直した。  九条さんが「無理するな」と顔を出したが、私は手を止められなかった。  会社にいた頃、私は何もできなかった。  気づいていたのに、止められなかった。  八十万円が振り込まれるのを、ただ見ていた。  あの無力さを、もう繰り返したくなかった。  今度は、見ているだけでは終わらせない。  苗字は入口にすぎない。一人の名前を掴んでも、それだけでは何も動かない。その名前がどの会社に属し、どんな役割で金に触れているか。そこまで届かなければ、線は線のまま、縄にはならない。  私は、ただのメモから、一歩進めることにした。  表を作った。  来店日。同席者の特徴。呼ばれ方。宛名。支払い方法。三崎との距離感。そして、会社時代のメモとの関連。  縦と横で情報を交差させる。  帳簿の数字を読むのと同じだった。一行ずつでは意味がない。並べて規則を見る。  人間関係にも規則があった。  誰が先に座るか。誰が途中から来るか。どの人間のときだけ領収の宛名が曖昧になるか。  それは座席表ではなく、関係の帳簿だった。誰が金を出し、誰が受け取り、誰が間に立つか。私はそれを管理し始めた。  黒瀬さんが、確認に来た。
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