Semua Bab 横領犯にされた経理女は、若頭の金庫を握って元社長を潰す: Bab 31 - Bab 40

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第31話:名義だけの外注先

 高津総合プランニング株式会社は、ちゃんと存在していた。  黒瀬さん側から入った最低限の情報を見て、私はまずそれに少しがっかりした。  登記はある。代表者もいる。設立は八年前。  紙の上では間違いなく、一つの会社だった。  でも、めくっていくと、すぐに気持ちが悪くなった。  事業内容が曖昧すぎた。  「経営企画支援」「総合コンサルティング」「各種業務受託」。何でもやれて何もやっていない、という書き方。  所在地はレンタルオフィスらしき住所。役員は二人だけ。会社の実績もホームページも、ほとんど見当たらない。 「会社としては、存在しています」  私は、九条さんに言った。 「でも、継続的な外注先としては、不自然です」  派手に違法だと決めつけはしなかった。  そういう言い方は、会社で負けた女のやることだ。証拠もなく相手を犯人にすれば、自分が取り乱したように見られる。私はただ、経理の目で気持ちが悪いところを一つずつ積んでいった。  会社時代の記憶を掘り起こした。  高津総合プランニング名義の請求は、毎月あったわけじゃない。  必要なときだけ、ふいに現れた。  内容が薄いのに金額だけは妙に整っていた。  端数のない、きりのいい数字。  請求書の文言は横文字で埋まっていた。  読むと、何かを説明された気になる。  でも後で考えると、何も言っていない
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第32話:紙の上では存在する

 覚えられる前に、こちらが先に握る。  白石さんの言葉が耳に残っていた。箱を覗く人間は、箱の持ち主に覚えられる。だったら、覚えられてからでは遅い。  開店前の事務室で、私は三崎の過去の領収控えを棚から引き出した。  来店ごとの写しが、月別に綴じてある。  八十万円の前後の時期。あの男が何を払い、どう宛名を濁したか。一枚ずつ突き合わせるつもりだった。  ところが、あるはずの一枚が、なかった。  最初は綴じ間違いかと思った。前後の月をめくる。ない。日付の控えだけが台帳に残り、現物の写しだけが、きれいに抜けている。  指先が冷たくなった。  失くしたのではない。抜かれたのだ。 「九条さん」  私は束を持って立った。 「この月の控え、誰かが触りましたか」  九条さんは台帳と束を見比べ、眉を寄せた。 「触る人間は限られてる。鍵を持ってるのは、おれと、会計と――」「あと、私です」  言いながら、背筋が粟立った。この棚に手が届くのは、店の中の人間だけだ。外から忍び込んで一枚だけ抜いていく泥棒なんていない。抜いたのは、ここで働いている誰かだ。  三崎が綾月で痕を残していること。それに気づいた人間がいること。――もう、向こうに伝わっている。だから先回りで、危ない一枚から消し始めている。  会社のときと同じだった。私が八十万円に気づいた、その日のうちに閲覧権限が消えた。気づいたと知られた瞬間、証拠のほうが先に動く。あのときの私は、消されるのを黙って見ているしかな
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第33話:綾月の裏口で会う男

 その夜、三崎清隆は早い時間に一人で来た。  予約表に名前を見つけた瞬間、私の指が止まる。いつもなら連れがいる。取引先らしい男か、奥に座らせる若い女。けれど今夜の欄には、三崎の名だけが書かれていた。 「珍しいですね」  私が呟くと、九条さんが手元の表を覗き込んだ。 「一人客は嫌う人だよ、あの手は。誰かに見せたくて来る」  だから一人で来る夜は、見せたくないものがある夜だ。私はそう思いながら、バックオフィスの端末に目を戻した。  三崎は奥の席に通された。会社で見せた、あの感じのいい笑顔はない。誰にも向けない顔は、薄くて冷たかった。  私はモニターの隅で、その背中を見ていた。動揺はもうない。何時に来たか。何を頼んだか。誰と、何分話したか。それだけを拾えばいい。怒りは、記録のあとでいい。  綾月は、ただ酒を出す場所じゃない。表のフロアでは綺麗な話しかしない。だが廊下があり、裏口があり、車寄せがある。人が席を立つ数分、車に乗るまでの数十秒。その隙間に、表で言えない話が落ちる。  一時間ほどして、別の男が現れた。  席には着かない。入口で九条さんに何か言い、奥へは進まず、裏口へ続く短い廊下のほうへ折れていく。三崎が席を立ったのは、その直後だった。 「お手洗い、こちらでしたか」  三崎がキャストにそう尋ねたのを、私はモニター越しに見ていた。手洗いは反対側だ。彼はそれを知っていて、わざと裏口側へ歩いた。  二人が裏口の導線で合流したのは、たった三分。  長くはない。けれど席では一言も交わさなかった話が、その三分に詰まっている気がした。
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第34話:向こうにも、数えてる人間がいる

 たった六分のあいだに、二人は一度だけ重なって、また離れた。フロアのカメラには、二人が並んだ画は一秒も残っていない。 残したくない動きを、店の死角だけで完結させている。慣れた人間の歩き方だと思った。 その夜の三崎の領収は、宛名が極端に曖昧だった。会社名でも個人名でもなく、ただ「御中」とだけ。支払いの一部は現金。記録に残したくないものを、丁寧に薄めた跡が、紙の上にはっきり残っていた。 綾月。裏口での接触。そして別の場所への移動。 ばらばらだった点が、頭の中で一本の線になっていく。席の上で笑って酒を飲むことよりも、店を出る数分のほうに、この男の本音はあった。 私はM案件のファイルに、新しい項目を立てる。「席外接触」 追うべきは、席の上だけじゃない。人が席を外す瞬間、導線が乱れる瞬間。そこに、隠したいものが滲む。 ペンを置いたとき、事務室のドアが開いた。黒瀬さんだった。九条さんから話を聞いたのだろう。私の手元のファイルに、ちらりと目をやる。「席外接触、か」「席の上では何も話していませんでした。三分だけ、外で」 黒瀬さんは少しだけ、口の端を動かした。笑ったというより、納得したという顔だった。「ようやく場所で見始めたな」 そして、ファイルの背に指を一本当てる。「数字は嘘をつかない。だが、数字を残さない場所が一番うるさい。覚えとけ」 私は頷いた。 ドアが閉まったあと、私はもう一度、今夜の送迎表を見つめた。白河オフィス前。そこに何があるのか、まだ私は知らない。 けれど、知らなくていいと思える夜は、もう二度と来ない。 異変は、翌日に来た。 開店前、九条さんが珍しく硬い顔で事務室に入ってきた。「妙な電話があった。うちの経理は今、誰が見てるのか。新しい人間を入れたのか、って。客を装ってたが、客の聞き方じゃない」 私の指が、止まった。「それと、三崎。今月の予約、二件キャンセルが入った」 心臓が、嫌な打ち方をした。あの男が、急に店を使わなくなった。ちょうど、会計担当が動かなくなった頃から。自分の金を流していた管が、急に静かになった。慎重な人間なら、まず疑う。漏れていないか、と。 誰かが、綾月の中を気にし始めている。記録が外へ出ていないかを、確かめに来ている。気づかれた、とまでは言えない。でも、嗅
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第35話:逃げるように切る宛名

 二件キャンセルしたはずの男が、その夜、ふらりと来た。 予約表にない来店だった。三崎清隆。連れもなく、一人で。フロアの空気が、わずかに張りつめる。私はバックオフィスの端末から、その背中を見ていた。 席に着くと、三崎はいつものように領収を頼んだ。「会社名で。……いや、名前の頭だけにしといて」 宛名を途中で切る。責任を固定しない、あの逃げ方。けれど今夜は、それを追っている余裕がなかった。 三崎が、席を立ったからだ。 手洗いではない。まっすぐ、バックオフィスのほうへ歩いてくる。「ねえ」三崎が、カウンター越しに私を見た。「新しい人? 経理、やってるんだって」 心臓が、跳ねた。声を聞くのは、あの会議室以来だ。横領犯ですと頭を下げさせられた、あの日以来。「……はい」かろうじて、声が出た。 三崎は私の顔を、ゆっくりと眺めた。値踏みするような、けれどどこか引っかかるような目。「どこかで、会ったことあるかな。君」 膝が、震えそうになった。覚えている。この男は、私の顔を、思い出しかけている。箱を覗く人間は、箱の持ち主に覚えられる。白石さんの言葉が、現実になっていく。「人違いかと思います」 そう返した、その時だった。「客が、勝手に裏まで入るな」 低い声が、私と三崎のあいだに割って入った。黒瀬さんだった。いつのまにか、私の前に立っている。背中で、私を隠すように。 三崎の笑みが、一瞬だけ止まった。それから、すぐに営業用の顔に戻る。「これは失礼。経理さんの顔を、つい拝みたくなってね」「うちの経理は、客に顔を売る商売はしてない」 黒瀬さんの声は、平らだった。平らなぶん、底が見えなかった。 「席へ戻ってくれ」 三崎は肩をすくめ、席へ引き返しかけた。けれど、二歩進んで、足を止めた。そして、振り返らずに、けれど確かに私へ向けて、低く言った。「経理ってのはね、長く勤まらない仕事だよ。数字を、見すぎる人ほど。……お互い、気をつけよう」 営業用の、穏やかな声だった。穏やかなぶん、刃の形が、はっきり見えた。あれは忠告じゃない。自分の金を誰かが読んでいると、薄々気づいた男の、先回りの牽制だ。 観察していたつもりが、向こうも、こちらへ手を伸ばし始めている。 もう一度だけ、三崎はこちらを振り返った。その目が、私の顔を、棚に仕
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第36話:理央の席

 出勤すると、私の席があった。  これまで使っていたのは、フロアの端の仮置きの机だった。誰のものでもなく、空いている時だけ借りる席。荷物は毎晩持ち帰り、朝にまた広げる。そういう、根のない場所だった。  それが今朝は、事務室の奥に移っていた。小さな机に、パソコン、計算機、ファイル棚。引き出しには鍵がついている。  完全な責任者の席ではない。けれど、置きっぱなしにしていい席だ。明日もここに来る人間のための席だった。  私はしばらく、座らずに立っていた。 「その方が効率いいから」  九条さんが、湯気の立つカップを置きながら言った。それ以上の説明はない。けれど、説明がないことのほうが、かえって重く感じた。 「片付けは終わってるよ。鍵は二本。一本は君が持って」  私は鍵を受け取った。手のひらの中で、思ったより冷たくて、思ったより小さい。 「席をもらうって、思ってるより重いのよ」  着替えを終えた沙耶さんが、通りすがりに言った。からかう調子ではなかった。 「ここで席を持つってことはね、いつでも辞められない側に回るってこと。あんた、それわかってる?」  わかっているとは言えなかった。けれど嫌だとも思わなかった。  少し離れたところで、ひなのが私を見ていた。いつもの、人懐こい目とは違う。裏方の地味な人、ではなく、店の勘定に関わる人。そういう距離の取り方に変わっていた。  視線が、私の立場を測り直している。  私は椅子を引いて、座った。  机に手を置いた瞬間、会社の机を思い出した。あそこにも席はあった。名前の
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第37話:ひなのが探られた夜

 席を持ったことで、私は少し前のめりになっていたと思う。  その前のめりを、一つの出来事が、冷や水のように冷ました。  開店前、ひなのが私の席まで来た。顔色が、悪い。 「あのね……変な人に、聞かれたの」  昨夜、フロアに着かない客がいたという。一杯だけ頼んで、ひなのを指名して、世間話のふりで聞いてきた。  ――最近、奥の事務を新しい子がやってるんだって? 経理に強い子だとか。前は、どこで働いてた子なの。名前、なんていうの。 「あたし、何も言ってないよ。でも、なんか……あの人、あたしのことを調べてから来てる感じがして。怖くて」  指先が、冷たくなった。  それは、私の手口の、裏返しだった。私が三崎を数えるように、向こうも、綾月の中の「数える女」を数え始めている。  そして、最初に手を伸ばした先は、私じゃない。私を助けてくれた、一番優しい子だった。  私のせいだ。ひなのを巻き込んだのは、私だ。  三崎関連の記録を整理していて、どうしても確かめたいことが出てきた。裏口で会った男の送迎を、誰が手配したのか。  その夜のシフトに入っていたスタッフに、直接聞けばすぐにわかる。私は席を立った。 「勝手に動くな」  低い声に、足が止まった。  事務室の入口に、黒瀬さんが立っていた。怒鳴ってはいない。けれど、冷たい制止だった。閉店後の店は静かで、その静けさが声をいっそう重くしていた。 「情報がいるなら、動いた方が早いです」 
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第38話:おまえの仕事は俺が決める

 店の女に手を出されて、黙ってる店だと思われたら終わりだ――ひなのを探った相手に、黒瀬さんはもう人をつけていた。そう言い切る声を、私は事務室で聞いていた。  理屈は、商売の理屈だった。けれど、その声には、理屈だけでは説明のつかない熱があった。この人は、ひなのを――たぶん、この店の人間を、ただの駒だとは思っていない。  初めて、この冷たい男の奥に、別の温度を見た気がした。  綾月は秘密が集まる場所だ。だが、漏れる場所でもある。会社のときも、八十万円を畑中課長に確かめた、あの一回が始まりだった。  気づいたと知らせた瞬間、私の閲覧権限は消えた。同じ過ちを、私はここで繰り返しかけていた。 「おまえの仕事は、俺が決める」  それは支配的な言葉だった。普通なら、苛立って当然の。  けれど、その響きの底に、別のものが混じっている気がした。聞き方を間違えれば、お前が危ない。だから俺が決める。そう聞こえてしまう自分が、危うかった。 「私は、駒じゃありません」  私は言った。ここで黙ったら、また与えられるだけの人間に戻る。会社で、上の都合で動かされ、都合よく切られた。あの感覚にだけは、二度と戻りたくなかった。  黒瀬さんは少しだけ目を細めた。 「駒なら、わざわざ席を置かない」  短い言葉だった。  完全な対等ではない。それははっきりしている。けれど、消耗品ではないとも言っている。使い捨てる相手のために、鍵付きの席は用意しない。その理屈が、妙に静かに胸に落ちた。 「役割を決める」  黒瀬さんは続けた。指を一本ずつ折るように。&nbs
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第39話:傷は一つじゃない

 数字が、合わない気がした。  閉店後の事務室で、私はここまで集めたものを並べていた。高津総合プランニング。宛名の揺れ。裏口での接触。同席者の線。  一つひとつは、確かに三崎へ向かっている。けれど、並べてみて、別の違和感が湧いた。  足りないのだ。  三崎は綾月をよく使う。来店の頻度も、一晩で動く金も、私が見てきた範囲では小さくない。  それなのに、私が掴んでいる「傷」は、八十万円の一件と、その周辺だけ。これだけでは、彼の使い方の濃さに、まるで釣り合わない。  一本の線では、説明がつかない。  私は古いメモを引き出した。会社にいた頃の手帳だ。横領犯にされる前、ただ気持ち悪いから書き残していた断片。捨てずに、ずっと持っていた。  ページをめくる。 「説明の薄い少額外注」。「月末に急いで落ちた交際費」。「請求内容不明の分割支払い」。  当時は、それぞれ単発だと思っていた。たまたま雑な処理が重なっただけ、と。だから深く追わなかった。追える立場でもなかった。  でも今は違う。  綾月という現場を知った。接待の金がどう動くか、宛名がどう逃げるか、裏口で何が起きるか。それを見たあとで読み返すと、ばらばらだった断片が、同じ匂いを持っていた。同じ手つきの跡だった。  私は手帳の断片と、綾月の記録を、机の上で突き合わせた。  時期がずれている案件もある。金額も科目も違う。けれど、共通しているものがあった。宛名が曖昧。決裁の主体が見えない。請求の中身が薄い。そして、いつも少しだけ、急いでいる。  杜撰なのではない。慣れているの
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第40話:白河の部屋

「白河オフィス。おまえが送迎表で拾った住所だ。こっちで当たりを取らせた」  私は、身を乗り出した。 「高津総合プランニングの登記と、目と鼻の先だ。同じビルに、似たような箱がいくつも入ってる。一つの会社じゃない。箱を並べて、金を回すための部屋だ」  二段底の「もっと大きい何か」が、ようやく、場所を持った。三崎は、その部屋に出入りする、一人にすぎない。あの男の背後に、本当に、もっと深い底があった。 「ただ」  黒瀬さんの声が、低くなった。 「向こうの片付けは、おまえが思ってるより手が広い。抜かれてるのは、店の控えだけじゃない。白河の箱のほうでも、古い紙が、まとめて消え始めてる」  背筋が、冷えた。  店の棚から一枚ずつ抜かれているのは知っていた。  私は先に写して、なんとか食らいついている。  けれど、向こうが消しているのは、私の手の届かない部屋のぶんもだ。  これは、店の中だけの競争じゃない。  差し替え前の原本に、先に手をかけた方が勝つ。  私が写せる範囲の外で、紙が燃やされていく。  もう、いくらでも待てる戦いじゃない。 「白石さんが、珍しく前のめりなのも、それでな」  黒瀬さんは付け足した。 「あの人、昔、こういう箱の一つに、知り合いの店を一軒、潰されてる。だから、放っておけないんだとさ。ただで助言してるわけじゃない。あの人なりの、借りの返し方だ」  白石さんの、あの踏み込み方の理由が、少しわかった気がした。急所だ
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