誰かに見られている気がする。 自分たちの知らない場所から、何者かがこちらを覗いているような感覚。 そんな曖昧な不安に、ただ名前を与えただけ。 それだけのはずだった。 けれど、人は名前を与えたものを認識してしまう。 輪郭のないものに境界が生まれる。 境界を得たものは、少しずつ存在感を増していく。 そうして、いつの間にか誰もが口にするようになった。 観測者。 まるで最初からそこにいたかのように。 ◇ ◇ ◇「岩倉君、やほー」 部室の扉が開き、朝山先輩がいつもの調子で顔を覗かせる。 その明るい声を聞くだけで、部室の空気が少し柔らかくなるから不思議だった。 俺は軽く会釈を返す。 今日は俺が一番乗りだった。 部室には、まだ香月先輩も神崎も来ていない。 朝山先輩は学生鞄を椅子の横へ置くと、そのまま俺の正面へ腰を下ろした。 なぜか、じっとこちらを見てくる。「……なんですか」「二人きりだねーって」 ニコニコしている。 嫌な予感しかしない。 何度か話して分かったが、この人は人の反応を見て楽しむタイプだ。 しかも、かなり無自覚に。「ねえねえ、岩倉君って好きな人いる?」 やっぱり来た。 なんでこの人はこう、会話の初手から距離が近いんだろう。 俺は少し考えてから口を開く。「……定義次第じゃないですか」「え?」「恋愛感情と執着心って、案外区別つかないと思うので」 数秒、沈黙が下りた。 朝山先輩は目を丸くしている。「え、なにそれ」「聞いてきたの、先輩ですよね」 朝山先輩は吹き出すみたいに笑った。「ほんと、高校生っぽくないよね」 高校生っぽくない。
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