LOGIN今日はバイトがあるから研究会には顔を出せない。小夜子のこと、よろしくね。
そんな言葉を最後に、朝山先輩とは別れた。
あそこまで言われてしまえば、流石に無視はできない。
放課後、俺はそのまま部室棟へ向かっていた。
途中、神崎からメッセージが届く。
【今日は中間考査の勉強するから研究会へは行けない】
流石は優等生だ。俺なんて、勉強しないとなと思っているだけで一日が終わるタイプだというのに。
そんな現実逃避じみたことを考えているうちに、万物研究会の部室前へ辿り着く。
扉を開けると、室内には既に香月先輩の姿があった。
香月先輩は窓際に立ち、ぼんやり外を眺めていた。
夕暮れ前の曇り空。ガラスには室内が薄く反射している。
その姿が妙に静かで、一瞬声を掛けるのを躊躇った。
俺に気付いた香月先輩が振り返る。
「やあ、岩倉君。お疲れ様」
笑っている。けれど、どこか無理に口角を上げているようにも見えた。
「お疲れ様です」
香月先輩の瞳を見る。紺色。沈んだ色だった。
悲嘆。
疲労。 諦念。そんな感情が薄く混ざっている。
「珈琲を淹れよう」
そう言って立ち上がろうとした香月先輩を、俺は軽く手で制した。
「今日は俺がやりますよ。先輩、座っててください」
「おや、気を遣わせてしまったかな」 「そういうわけじゃないです」 「ふふ。では、お言葉に甘えよう」香月先輩は再び椅子へ腰を下ろす。
俺は棚から器具を取り出し、珈琲を淹れ始めた。
豆を挽く音が、静かな部室へ広がる。その間も香月先輩は窓の外を見ていた。
いや、 正確には窓に映るこちら側を見ているようにも思えた。
朝山先輩の言っていた通りだ。どう見ても様子がおかしい。
二人分の珈琲を淹れ終え、紙コップを差し出す。
香月先輩は「ありがとう」と小さく呟いた。
「……元気ないですね」
俺がそう言うと、香月先輩の動きが一瞬だけ止まった。
「何かありました?」
「いや、別に――」そこで目が合う。紺色の奥へ、黄緑が滲む。
香月先輩が小さく笑った。
「何もない、と言っても、君にはあまり意味がないみたいだね」
「顔色見るの、得意なんで」 「顔色というより、もっと別のものを見ている気がするけれど」図星だった。俺が誤魔化すように珈琲へ口をつけると、香月先輩もそれに倣う。
「少しね、気力を削がれてしまったんだ」
「気力?」 「ああ。やる気、と言ってもいい」彼女は紙コップを眺めながら続ける。
「私は昔から、世界の真理を知りたいと思っていた」
その声音は穏やかだった。けれど、どこか遠いと感じた。
「人類はいずれそこへ辿り着けると、本気で思っていたんだ」
香月先輩らしい考え方だと思った。
この人はずっと、理解することを諦めない人だから。
「でも最近、ふと思ってしまったんだよ。もし最初から、全部決められていたとしたら――ってね」
その言葉に、妙な寒気が走る。
「ラプラスの悪魔って知っているかい?」
俺は首を横に振った。
「簡単に言えば、完全に世界を理解できる存在だよ」
香月先輩は静かに説明を始める。
「この瞬間の全情報を把握できれば、未来も過去も全て予測できるという考え方だ」
聞いているだけで頭が痛くなりそうな話だった。
「量子力学によって否定された概念ではある。けれど」
香月先輩は小さく息を吐く。
「もし、それに近しい存在が本当にいたら?」
窓ガラスに、俺たちの姿がぼんやり映る。
「私達の選択も、思考も、出会いも、全部最初から決まっていたのかもしれない」
その瞬間、香月先輩の瞳の色が、ほんの一瞬だけ多彩な色を宿したように見えた。
神崎と……同じ。
「そうだとしたら、私の知る人類は、永遠に私が求めている真理へと到達は出来ない」
それはいったい、どういう意味だろう。
俺は黙って香月先輩を見ていた。
この人が、ここまで弱気になっているのを初めて見た気がした。
だから、気付けば口が動いていた。
「なら」
香月先輩がこちらを見る。
「その悪魔、ぶっとばしましょう」
数秒、沈黙の時が流れた。
「……え?」
「だから、全部決めてる奴がいるなら、そいつぶっとばせばいいじゃないですか」香月先輩がぽかんとする。
「邪魔してくるなら、まず殴る。それから考える」
「はは……」香月先輩は堪えきれないみたいに笑った。
「君は時々、本当に予測できないね」
「よく言われます」 「悪魔を殴る高校生か……」肩を震わせながら笑う香月先輩を見て、少し安心する。
「そうだね」
香月先輩は小さく呟く。
「立ち止まっていても仕方ない」
その視線が、一瞬だけ窓へ向く。
「例えここが箱の中だったとしても」
「え?」 「……いや、なんでもない」香月先輩はすぐに笑みを作って首を左右に振る。
「ありがとう、岩倉君。少し元気が出たよ」
「なら良かったです」 「会長なのに情けない姿を見せてしまったね」 「たまには、そういう日もあると思います」 「優しいな、君は」そう言って笑う香月先輩の色は、多彩ではなく落ち着いた色へと戻っていた。
その後、 話題は自然と中間考査の方へ移る。
「勉強の方は大丈夫なのかい?」
「……多分」香月先輩が苦笑した。
「今の間で察してしまったよ」
「努力はします」 「君は地頭は悪くないんだ。きちんとやれば結果は出る」親に言われるより、この人に言われる方が妙に効く。
「……頑張ります」
「ああ、それがいい」時計を見ると、もう帰る時間だった。珈琲を飲み終え、 俺は片付けを済ませ席から立つ。
「それじゃ、お疲れ様でした」
鞄を肩へ掛け、部室を出ようとすると、すぐに声が掛かった。
「ああ、待ってくれ」
香月先輩の声に振り返る。
いつの間にか、彼女はすぐ近くまで来ていた。
その距離に、心臓が跳ねる。
香月先輩は、真っ直ぐ俺の目を覗き込んだ。
虹彩が揺れている。
複数の色が混ざっていた。
決意。
反抗。 恐怖。 高揚。理解不能な色。
「私は」
香月先輩が、静かに言う。
「思い通りになるつもりはない」
その声は、今まで聞いたどの声より低かった。
「箱の中の猫であり続けるつもりもない」
香月先輩の瞳が、ほんの少しだけ細められる。
「いつか必ず、この箱から脱出してみせるよ」
その瞬間。
俺はなぜか、自分という存在が見透かされたような感覚を覚えていた。
「つまり、小夜子先輩は、観測者をラプラスの悪魔みたいな万能の存在だと思ってるってこと?」「多分な。少なくとも、俺にはそう聞こえた」 中間考査を終えた週の日曜日。 俺は神崎に誘われ、以前にも立ち寄った駅前のファーストフード店へ来ていた。 本を買いに行きたいから付き合ってほしい。 理由はそれだけだった。 呼び出されたのが十一時過ぎだったこともあり、先に昼食を済ませてから本屋へ向かう流れになっている。 窓際のカウンター席。 前と同じように、神崎は両手でハンバーガーを持ちながら、小動物みたいに少しずつ食べ進めている。 その様子を眺めていた俺の視線に気づいたのか、神崎がこちらを見た。 そして、 静かに二度、瞬きをする。 観測者がいる。 最近では、その合図にも随分慣れてしまった。 その瞬間だけはいつも、神崎の瞳がほんの少しだけ遠くを見る。 俺ではない何かを。「小夜子先輩は私なんかより、全然思考が深い人だから」 神崎が紙コップを指先で回しながら言う。「だから、そう思ったってことは、きっと私達が気づけてない何かに辿り着いたんだと思う」「かもな。でも、俺にはさっぱり分からん」 俺は自分の目元を軽く指差した。「神崎の仮説だと、観測者って俺の顕在意識を通して世界を見てるだけなんだろ?」「うん」「だったら、なんで全知全能みたいな話になるんだよ。考えれば考えるほど意味分からん」 神崎は少しだけ考え込むように視線を落とした。「……小夜子先輩、他にも何か言ってなかった?」「他?」 香月先輩とのやり取りを思い返す。そういえば、妙に引っかかる言葉が他にもあった。「確か、箱の中がどうとか言ってたな」「箱?」「ああ。箱の中の猫であり続けるつもりはないとか」 神崎の表情が僅かに変わる。「…&hel
今日はバイトがあるから研究会には顔を出せない。小夜子のこと、よろしくね。 そんな言葉を最後に、朝山先輩とは別れた。 あそこまで言われてしまえば、流石に無視はできない。 放課後、俺はそのまま部室棟へ向かっていた。 途中、神崎からメッセージが届く。【今日は中間考査の勉強するから研究会へは行けない】 流石は優等生だ。俺なんて、勉強しないとなと思っているだけで一日が終わるタイプだというのに。 そんな現実逃避じみたことを考えているうちに、万物研究会の部室前へ辿り着く。 扉を開けると、室内には既に香月先輩の姿があった。 香月先輩は窓際に立ち、ぼんやり外を眺めていた。 夕暮れ前の曇り空。ガラスには室内が薄く反射している。 その姿が妙に静かで、一瞬声を掛けるのを躊躇った。 俺に気付いた香月先輩が振り返る。「やあ、岩倉君。お疲れ様」 笑っている。けれど、どこか無理に口角を上げているようにも見えた。「お疲れ様です」 香月先輩の瞳を見る。紺色。沈んだ色だった。 悲嘆。 疲労。 諦念。 そんな感情が薄く混ざっている。「珈琲を淹れよう」 そう言って立ち上がろうとした香月先輩を、俺は軽く手で制した。「今日は俺がやりますよ。先輩、座っててください」「おや、気を遣わせてしまったかな」「そういうわけじゃないです」「ふふ。では、お言葉に甘えよう」 香月先輩は再び椅子へ腰を下ろす。 俺は棚から器具を取り出し、珈琲を淹れ始めた。 豆を挽く音が、静かな部室へ広がる。その間も香月先輩は窓の外を見ていた。 いや、 正確には窓に映るこちら側を見ているようにも思えた。 朝山先輩の言っていた通りだ。どう見ても様子がおかしい。 二人分の珈琲を淹れ終え、紙コップを差し出す。 香月先輩は「ありがとう」と小さく呟いた。
全くもって非日常的な存在である観測者の存在に一歩近づけたとはいえ、日常に何かしら劇的な変化が起きるわけでもなく、日々は淡々と過ぎていった。 気がつけば、あっという間に四月も終わり、五月になっていた。 体力テストや開校記念日といった学校行事を終え、中間考査を翌週に控えた日の昼休み。 俺は購買でパンを買い、教室に戻って昼食を摂ろうと、校舎内を歩いていた。 一年の教室がある三階への階段を登ろうとしていた矢先、ばったりと朝山先輩と遭遇する。「あれー、岩倉君だー。やほー。これからお昼かな?」 声を掛けて来た朝山先輩の手には、同じ購買で買ったと思われるパン数個と飲み物があった。 俺は先輩に一度頭を下げた後、言葉を返す。「はい、これから教室に戻って、お昼にしようかと」「そっかそっかー。もし他に約束がなければ、一緒に食べない? ちょーっと、話したい事もあるし」 先輩の誘いを、無下に断ることもできない。 それに、朝山先輩が話したい事というのが何なのかも気になった。 俺は朝山先輩の誘いに頷いて答えると、その後に付いていく事にした。 辿り着いた先は、体育館と校舎を繋ぐ渡り廊下、その横に位置する屋外ベンチだった。 朝山先輩はベンチに腰かけ、その隣に腰かけるよう、ポンポンとベンチを叩いて俺に促してくる。 誘われるがまま、俺は朝山先輩の隣に腰かけた。「えっとね、実はお昼一緒に食べようって言うのは口実なんだ。私ね、ずっと前から岩倉君のこと……」「え?」「なーんて、冗談! ここを進んだ先の校舎裏ってねー、人が来ないからたまに告白する場所とかになってたりするんだよねー」 悪戯な笑みでニコニコしたまま、朝山先輩は手に持ったメロンパンの袋を開け始める。 最初こそかなりドギマギとさせられたが、朝山先輩とのこういったやり取りにも、少しずつ耐性がついてきたように思う。 俺は「そうなんですね」と返事をしながら、購入したコロッケパンの袋を開けて、それに噛り付い
観測者について話している内に、気付けば辺りは夕暮れに染まっていた。 研究会で過ごす時間は、妙に短く感じられてしまう。 香月先輩と朝山先輩は隣町から通学しているため、活動後はバス停方面へ向かう。 一方で、俺と神崎は徒歩圏内だ。 だから自然と、帰り道は二人になることが多かった。 校門を出ると、夕日が街全体を橙色へ染めていた。「皆には感謝してる。あの実験のおかげで、観測者の正体を解明するという私の目的に、かなり近づけたんじゃないかなって思うから」 確かに、観測者について判明した事実は多いだろう。 今回の実験結果は、その正体を解明するための足がかりとするには、及第点といった所ではないだろうか。 とりあえずは、一歩前進したと言える。 神崎もそう思っているから、満足そうにしているのだろう。 俺は今回の結果を受け研究会のメンバーで考察を重ねていけば、やがて観測者の正体を解明出来る日が本当にくるのではないかと、そんな気持ちにさえなっていた。 しかし、現時点においては、その存在の正体は未だ分からぬままだ。「考えれば考える程に、訳の分からない存在だよな。この観測者ってやつは」 隣を歩きながら、俺の言葉にコクリと頷く神崎。 俺の言葉には全くもって同意だと、その目が告げていた。「見ているのに、視覚から情報を得ていないっていうのが、一番意味が分からん。じゃあ、何で見ているんだよって話だろ」「岩倉君の顕在意識を読み取れるのであれば、そもそも見る必要はない。視覚から得た情報の処理については、岩倉君に任せれば良い。だというのに、観測者はこちらを見ている」「……観測者は、窓越しに香月先輩の姿を見たんだよな?」「うん。あの日は外が暗かったから、反射した姿は私達にもハッキリと視認できた」「うーん……そもそも、人間とは構造が違うって可能性はないか?」「というと?」「つまり、《《人間の目は窓に反射した姿を視認で
翌日の放課後、俺は早速、研究会の部室へと赴いた。 早く実験の結果を知りたいと気持ちが逸り、少し足早になったせいか、到着したのは俺が最初だった。 その後、香月先輩、神崎、朝山先輩の順番で研究会のメンバー全員が部室内に集まり、いつものように円卓を囲む形となる。 神崎からは、瞬きの合図を受け取った。 このタイミングで現れるという事は、お前も実験についての詳細を聞きたいという事なんだろうな。「さて、岩倉君も気になっている様子だからね。先ずは、実験の結果から話そう。君の提案のもと遂行した実験の結果は……成功だ」 正直な話、俺はこの実験から得られる成果はないだろうなと考えていた。 なので、成功という結果には内心かなり驚かされた。 俺が睡眠状態にある間、香月先輩が俺を演じた所で、観測者は現れないだろうと高を括っていた。 思い付きの実験が、成功するとは思っていなかったのだ。「観測者は、岩倉君を演じていた私の視点に移動した。そうだよね、怜菜」「はい。驚きましたが……確かにいつもは岩倉君から感じていた二重の視線を、あの時は小夜子先輩から感じました」 実験の成功。 つまり、それは新たに考えなければならない事が増えたという事だ。 その事実に俺は、つい考えこむ姿勢を見せてしまう。 そんな俺に一瞥をくれた後、香月先輩が話を続ける。「その結果を踏まえた上で、整理しつつ話を進めよう。まず発表の時に怜菜が言っていた視点の制約について、その制約は存在する前提で話を進めてしまっていいだろう。ただ、ここは正確な言葉で定義しておきたいのだが、その制約というのは観測者が岩倉優雨と認識した存在の視点でなければならないというものだ。つまり、その認識を狂わせてしまえば、岩倉君以外の人物に、その視点を動かすことも可能であるという事が実験によって証明された」 香月先輩の言う通りだ。 そして、そこから分かる事がある。 俺たちが思っているよりも、観測者が俺という人間
誰かに見られている気がする。 自分たちの知らない場所から、何者かがこちらを覗いているような感覚。 そんな曖昧な不安に、ただ名前を与えただけ。 それだけのはずだった。 けれど、人は名前を与えたものを認識してしまう。 輪郭のないものに境界が生まれる。 境界を得たものは、少しずつ存在感を増していく。 そうして、いつの間にか誰もが口にするようになった。 観測者。 まるで最初からそこにいたかのように。 ◇ ◇ ◇「岩倉君、やほー」 部室の扉が開き、朝山先輩がいつもの調子で顔を覗かせる。 その明るい声を聞くだけで、部室の空気が少し柔らかくなるから不思議だった。 俺は軽く会釈を返す。 今日は俺が一番乗りだった。 部室には、まだ香月先輩も神崎も来ていない。 朝山先輩は学生鞄を椅子の横へ置くと、そのまま俺の正面へ腰を下ろした。 なぜか、じっとこちらを見てくる。「……なんですか」「二人きりだねーって」 ニコニコしている。 嫌な予感しかしない。 何度か話して分かったが、この人は人の反応を見て楽しむタイプだ。 しかも、かなり無自覚に。「ねえねえ、岩倉君って好きな人いる?」 やっぱり来た。 なんでこの人はこう、会話の初手から距離が近いんだろう。 俺は少し考えてから口を開く。「……定義次第じゃないですか」「え?」「恋愛感情と執着心って、案外区別つかないと思うので」 数秒、沈黙が下りた。 朝山先輩は目を丸くしている。「え、なにそれ」「聞いてきたの、先輩ですよね」 朝山先輩は吹き出すみたいに笑った。「ほんと、高校生っぽくないよね」 高校生っぽくない。
水曜日の放課後になった。 俺は緊張に弾む心臓の音を少しでも落ち着かせようと、一度だけ深呼吸をしてから、万物研究会への扉を開く。 部屋には既に、香月先輩の姿があった。 今日は俺が研究テーマを発表する日なのだが、彼女は機材の準備だけ既に進めてくれているようだった。「やあ、岩倉君。発表用のデータは持ってきてくれたかな?」「あ、はい。これです」 俺は学生鞄の中から、予め香月先輩から預かっていたSDカードを取り出し、それを彼女に渡す。 SDカードの中には発表用に使うスライドデータのテンプレ
日曜日の午後、俺は学校からタブレットPCを家に持ち帰り、そのキーボードを叩いては、頭を捻るという行動をひたすらに繰り返していた。 香月先輩と朝山先輩、万物研究会の既存メンバーである二人の発表が終わった。 そのため、次は新メンバーである俺と神崎が研究テーマについて発表する運びとなったのがその原因だ。 香月先輩からは、今週どこかのタイミングで、簡単に研究テーマについての発表をしてほしいと頼まれている。 しかし、その研究テーマというものが、中々決まらない。 研究対象は何でも良いとは言われているものの、そこまで自由
朝山先輩の発表が終わり、機材の片づけを皆で協力して完了させた後、俺たち万物研究会のメンバー四人は中央のテーブルに集まって一息ついていた。 発表を終えた朝山先輩は何だかんだ緊張していたようで、その糸がほぐれたかのように脱力している。 香月先輩は優雅に珈琲の入ったカップを啜っており、その視線はテーブルに突っ伏している朝山先輩へと向いている。 神崎はというと、前回と同様にスマートフォンで何かを調べているようだった。「妃那美、発表について質疑応答の時間を取りたいんだが、いけるかな?」 香月先輩の言葉に勢いよく体を起
そんなこんなで火曜、水曜、木曜日と日々は過ぎていき、あっという間に朝山先輩が発表する日である金曜日になった。 放課後に研究会へとやってきた俺は、既に三人揃っていた面々への挨拶を済ませた後、いつもの定位置へと腰かける。 今日の主役とも言える朝山先輩は「配線間違えたー」とか「あれー? スライドどこに格納したっけー」等と独り言を言いながら、準備を進めている途中だった。 そこから発表までの流れは、香月先輩の時とほとんど同じだった。 朝山先輩の「準備かんりょー」という言葉を合図に、香月先輩が室内灯のスイッチをオフにする。