記憶を消した私と北の暖かな光
辛い記憶を消すための通電療法・MECTの処置室で、月城影(つきしろ えい)のそばには誰もいなかった。
心から愛する婚約者、神崎蒼真(かんざき そうま)の姿すらない。
医師によって筋弛緩薬が投与され、意識が薄れていく中、影はあの日の夕暮れをぼんやりと回想していた。
三時間も並んで買ったケーキを手に、蒼真を驚かせようと帰宅した彼女が目にしたのは、彼と妹の月城結愛(つきしろ ゆあ)が唇を重ねている光景だった。
二人はきつく抱き合い、互いを貪るように口づけを交わしていた。
手から滑り落ちたケーキが床で無惨に潰れる。影は蒼真の頬を力任せに張り飛ばした。だがその直後、結愛の手によって階段から突き落とされた。
階段を転げ落ちていく最中、影の胸の内にあったのは、どこか「やっぱり」という奇妙な納得感だった。
影の周りにいる人間は皆、最終的には結愛に奪われていくのだ。