私の店へ、夫が妊娠した秘書を連れて試着に訪れた
滝澤光洋(たきざわ みつひろ)は、妊娠中の秘書である森田響子(もりた きょうこ)を連れて、私が経営するオートクチュールのウェディングドレス店へやってきた。
応接室では、彼の友人たちがひそかに賭けをしていた。響子が何着目のドレスを試着したところで、私が取り乱すか――という賭けだ。
けれど、彼女が最後の一着に試着するまで、私は手にしたメジャーで、ただ正確に採寸を続けていた。
「光洋さん、奥さんが響子さんにじかにサイズを測ってるぜ。あれ、いくらなんでも我慢強すぎる」
光洋はソファにもたれかかり、タバコの灰を軽くはらった。
「あいつは子どもが産めない体でな。俺が養ってやってるだけだ。
今のうちに、ここのルールに慣れさせておかないと。将来、俺の息子の世話すらできなくなったら困るからな」
私はメジャーをしまい、仕立て代の請求書を差し出した。
「おめでとう。サイズはぴったり。内金、二千万」
光洋は、二千万円の小切手を一枚、さりげなく放ってよこした。
「サインしろ。響子はいま妊娠中で気が立っていて、どうしても妻っていう立場が欲しいんだ。
とりあえず離婚だ。財産分与なしでな。子どもが生まれたら、またお前を迎え入れてやる」
私はためらわずに署名した。そして、その二千万円の小切手を、粉々に破り捨てた。