INICIAR SESIÓN「田村さんへの贈り物は、何を?」
車に乗って、しばし。 車内で会話が弾む事もなく、お互い無言でいると御影さんから話しかけられた。 「虎おじさまは、オールドヴィンテージワインがお好きなので、良さそうな物を選び、贈ろうかと思っています」 「そうか……。ワインなら、良い店を知っている。そこに向かっていいか?」 「も、勿論です…!」 よろしくお願いします、と私が言うと御影さんは小さく頷いてくれて運転手に行き先を伝えてくれる。 百貨店に行こうと思っていたけれど、御影さんが一緒に買いに行って下さって良かった。 虎おじさまに素敵なプレゼントが贈れる。 私が頬を綻ばせている姿を、御影さんが横目でじっと見つめていた事など知らなかった。 御影さんと一緒に、都内のビンテージワイン専門店でワインを購入し、そのまま近くのレストランで昼食を摂る。 話す事は専ら今日のパーティーについてで、所謂世間話というものは一切しなかった。 時々、私が御影さんにパーティー以外の私生活の事を話そうとしても、その気配を察知した御影さんがそれとなく躱し、話題は自然にパーティーについてに戻ってしまう。 それでも、そんな中でも御影さんは食事を急かす事なく、私のペースに合わせ、ゆっくり食事をとってくれた。 優しい所は、昔から変わっていない。 変わってしまったのは、御影さんの私に対する態度だけ。 その理由を尋ねたかったけれど、難しそうで私は諦めてこのあとの予定をそつなくこなす事に集中した。 昼食が終わり、私は美容院へ。 そして、その後ドレスを購入しにお店に向かった。 美容院へも、御影さんは付き合ってくれて店内で雑誌を読みながら待っていてくれた。 退屈させてしまうから、と私は断ったけれど御影さんは店内まで一緒に来てくれて、その気遣いに泣きそうになってしまう。 美容院の店員達が御影さんを見て、色めき立ち、ざわざわと噂をしているのが良く分かる。 店員さんにも「素敵な彼ですね」と言われて、私は曖昧に笑って応えるしかできなかった。 美容院が終わり、ドレスを購入しにお店へ。 御影さんもそこでパーティー用のスーツを購入するらしく、2人でデザインを話し合いながら何着か試着をした。 御影さんも、真剣にスーツと私が着るドレスを選んでくれて、勘違いしそうになってしまう。 御影さんが真剣なのは、私と参加するパーティーが大事な「仕事」だから。 そう自分に言い聞かせておかないと、御影さんが真剣な事に私を想ってくれているから、と勘違いしそうになってしまう。 「君は、肌が白いから明るい色が似合う。ドレスは今着ている物にしよう。俺も、合うスーツに着替えて来る」 「分かりました」 御影さんは私にそう告げると、そのままスーツを手に個室に消えて行った。 程なくして戻ってきた御影さんが、そのままお店を出ようとするのを見て、私は慌てて彼を追いかける。 「み、御影さん……!お会計が終わっていません……!」 「会計は君がドレスを着ている間に済ませてある。もうすぐ開始時間だ。行こう」 「──!す、すみませんありがとうございます」 まさか、会計が済んでいるとは思わず、私は御影さんに向かってお礼を伝える。 すると、店を出た所の階段を降りた御影さんは、私に向かって手を差し出してくれた。 「気にしないでくれ。……段差がある。歩き辛いだろうから、手を」 「ありがとう、ございます……」 差し出された手に、そっと自分の手を重ねる。 御影さんの手は、温かくて、私は何だか無性に泣きたくなってしまった。「──小鳥遊、それに藤堂さん!無事だったか、良かった……!」 「谷島」 「谷島さん……!」 藤堂の門を潜り、谷島さんが姿を現すと、現場にいた警察官達にぴりっとした緊張感が走った。 谷島さんは警視庁の人間だ。 エリート中のエリート。 彼の方が身分も上なのだろう。 警察官達が一斉に敬礼をして、谷島さんに報告をしに行く。 速水 朱美は今、住居侵入の現行犯で手錠をかけられ、パトカーの中に居る。 パトカーの方へ顔を向けた谷島さんが警察官と話をした後、私たちの方へ歩いて来てくれた。 「──藤堂さん、災難でしたね。……ですが、速水 涼子の足取りが掴めていない今、彼女の母親を逮捕できた事は捜査の進展に繋がります」 「……良かった、と言うのも変ですが、彼女が侵入したのが今日で逆に良かったです」 私の言葉に、谷島さんは不思議そうに首を傾げる。 そんな彼に、私は説明をした。 今日、家にいるのは私と苓さん。 そして、数人の使用人のみで、お母様は体調を崩してしまい、病院に1日だけ入院している事。 お父様は仕事があり、出張中な事を説明すると、谷島さんは納得したように頷いてくれた。 「──ああ、だからか……なるほど……」 合点がいったようにこくり、と頷いた谷島さんに、今度は私が疑問符を浮かべる。 すると、谷島さんは信じられない事を口にした。 「──驚かないで聞いてくださいね。……どうやら、速水 朱美は藤堂本家の内部……一部の間取りを把握していたようです」 「……一部の間取り……?」 「ええ……。警備員や、彼女をパトカーで取り調べをした警察官がはっきりと聞いています」 「聞いたって……何を……」 何だか嫌な予感を感じて、私の胸は不規則に早鐘を打ち始める。 どうか、私の考えすぎであって欲しい──。 そう願った私だったけど、そんな私の願いは谷島さんが次に放った言葉によって簡単に打ち砕けてしまった。 「……藤堂さん、あなたのお母様……、藤堂 羽累さんの寝室はここじゃなかったの、とずっと呟いているそう、です……」 「──っ!?」 ぞっと、した。 谷島さんが言った言葉。 それを、速水 朱美が言ったのだとしたら。 お母様の寝室に、お部屋に行って、何をするつもりだったの──? 「茉莉花」 私の体が、ふらりとよろめいた。 それをすぐに苓さん
私が発した「警察」と言う言葉。 そして、警備員がどこかに無線で連絡を取り始めた。 その光景を見た涼子の母親は、ぎろっと私を鋭く睨んだ──。 「──藤堂の、クソ女!!」 「──ひっ」 速水 朱美はぎょろりと血走った目で私を睨み、口汚い言葉を叫びながら警備員の腕を振り払って私に向かって駆け出した。 無線での連絡に気を取られてしまったからか、警備員の拘束から抜け出してしまったのだ。 「茉莉花!」 私が速水 朱美が駆け寄って来る事に備えていると、すぐに苓さんが動いた。 私を庇うように前に出て、速水 朱美が突き出した腕を払い、手首を掴んで地面に引き倒した。 「だ、大丈夫ですか藤堂様!」 「茉莉花、怪我は!?」 警備員と苓さんから声をかけられ、私は急いで頷いた。 びっくりしたけど、苓さんがすぐに対応してくれたから私に怪我は一切ない。 地面に縫い付けられた速水 朱美は、拘束を解こうともがいている。 だけど、苓さんから代わった警備会社の人がしっかり速水 朱美を拘束してくれた。 「クソアマ!この野郎!離せ!!」 「おいっ、暴れるな!」 「お前の……っ、お前のせいだ!お前達がいるせいでっ、涼子が……っ、私の娘が!!」 速水 朱美は髪の毛を振り乱し、わけの分からない事を叫び続けている。 その様は尋常じゃない。 気が触れてしまったんじゃないか、と思うくらい彼女の様子は常軌を逸している。 「……茉莉花、離れましょう」 「藤堂様、警察がもうすぐ参ります。……今、このお家に藤堂の方は……」 「あ、私だけ、です……」 私の返答に、警備会社の人間は苓さんにちらりと視線を向ける。 彼が藤堂とは無関係だと思われ、帰らされてしまうかもしれない──。 それを危惧した私は、慌てて口を開いた。 「こちら、小鳥遊 苓さんで、私の婚約者です。今回の事件でも、彼は被害に遭っていますから、部外者ではありません」 私の言葉を聞いた警備会社の人間は「そうですか」と納得したように頷いてくれた。 「警察へ通報して下さったんですよね?」 「ええ、住居侵入の現行犯ですから。それに、指名手配犯の身内です。何か情報を持っているかもしれませんから、警察が来て犯人を引き渡した後は警察に対応を任せます」 その説明に、私は苓さんをちらりと見やった。 「苓さん、警察が来るなら
外から、言い合うような騒がしい音が聞こえてくる。 「藤堂様、今から侵入者が入ってきます。絶対に近付かないでくださいね」 「……分かりました。……聞こえてくる声は、女性、ですね……若い女性ですか?」 言い争うような騒がしい声が、外から聞こえる。 男の人の声は、警備会社の人だろう。 そして、叫んでいる声は女性──。 だけど、何て喋っているのか、そこまでは私の耳には分からなかった。 私の問いに、警備会社の人は不思議そうにしつつ、口を開く。 「──いえ、侵入者は若い女性ではなく」 その瞬間、玄関が開いて侵入者を捕らえた警備員が入ってきた。 「40代ほどの、中年の女性でした」 「離しなさい、離しなさいよ……!私を捕まえて、どうなるか分かっているの!?」 警備員の人が答えるのと、捕らえられた女性が入ってきたのは同時だった──。 うちに侵入した中年の女性。 その女性には、ある女性の面影がある──。 私には、その女性に見覚えがあった。 お祖父様の書斎にあった、形見。 藤堂の歴史が書かれた日記。 それらに、書かれていた「速水家」の言葉。 やっぱり、藤堂と速水の間には昔何かあったのだ、と分かった。 だから、今の速水家の事を調べたのだ。 現当主、そして涼子の母親。 速水 朱美(はやみ あけみ)の事は、写真を見たから知っている。 だから、うちに侵入した女性が速水家の写真に映っていた「速水 朱美」だと、私はすぐに気が付いた。 「──どうして、速水家の当主夫人が……っ」 私が呟くと、隣にいた苓さんがさっと顔色を変えた。 「──速水、速水と今言いましたか、茉莉花?」 「え、ええ……。写真とは少し……その、容貌が変わっていますが……間違いありません、速水 朱美さんです」 写真に映っていた女性は、柔らかく微笑んでいて若々しかった。 40代後半にしては若々しく、驚いた覚えがある。 だけど今、目の前にいる女性はとてもじゃないけど写真に映っていた女性と同一人物とは思えない。 それほど、やつれて肌はボロボロになり、髪の毛は艶を失っていた──。 だから、苓さんは目の前にいる女性が速水 朱美だと気が付かなかったのかもしれない。 だけど、涼子の面影がある。 だからこそ、私はこの女性が速水 朱美だと分かったのだ。 「──速水、ですか?」 警
「藤堂様」 「──!どうでしたか?」 私の質問に、警備会社の人は表情を緩め、頷いてくれる。 「セキュリティはしっかり作動していますし、施錠もちゃんとされています。母屋より、この家に居た方が暫くは安全でしょう」 「──それは良かったです」 私がほっとして胸を押さえると、苓さんが警備会社の人に話しかける。 「侵入者を検知したとの事でしたが、家の中に入って行くのが分かったのですか?」 苓さんの質問に、警備会社の人は体の向きを変え、苓さんに向き直ると頷いて答えた。 「はい。弊社は防犯カメラを多数設置させていただいております。もちろん裏門にも設置させていただいていて……裏門を乗り越え、藤堂様の母屋に侵入して行く人物を目視で確認しております」 「侵入者は1人、ですか?」 「はい。我々が現場に急行するため、社を出る時までは1人のみです。それ以降、連絡はないので単独犯だと思われます」 「……裕福な家を狙った強盗……、でしょうか?」 苓さんの質問に、警備会社の人は若干言葉に迷いながら答える。 「──いえ、どうもそうは見えなかったのです」 その答えに、私も苓さんも「え?」と疑問の声を上げる。 すると、私たちの疑問に答えてくれた。 「強盗目的ならば、貴金属などを入れる袋や箱を手に持っているはずですし、これほどの敷地に強盗に入るとするなら、単独犯だと考えにくいです」 「なら……我が家に他の目的がある、と考える方が自然ですか?」 「──ええ。それに、侵入者の影は小柄で……恐らく女性だと思います、ので……」 「──!?」 女性、と聞いた私は目を見開く。 苓さんも私と同じ考えに至ったのか、私に顔を向けた。 「茉莉花、もしかしてその侵入者って……!」 「……ええ、もしかしたら速水 涼子、その人かもしれません」 「お2人は、侵入した人物に思い至る人間が?」 警備会社の人に、私が涼子が起こした事件の事を説明しようとした時──。 警備会社の人が持っている無線に知らせが届いた。 「──すみません、少しお待ちください」 手を上げてそう断ると、無線に対応する。 〈侵入者を捕まえた。そちらに連れて行く〉 「分かりました、鍵を開けて待っています」 侵入者捕まった──!? 私と苓さんは勢い良く警備会社の人を見る。 彼はこくり、と頷いてから通信を切
サイレントモードにしているスマホに、通知が届く。 パッ、と一瞬画面が明るくなり、周囲を明るく照らした。 その光が向こう側にいる警備会社の人間にも見えたのだろう。 極力足音を立てないように気をつけながらこちらにやってくる気配がした。 私は素早く通知を確認する。 警備会社の人から、メールが届いていたのだ。 侵入者がいるかもしれない中で、電話をして着信音が流れてしまったら大変な事になる。 それを危惧して、メールでの連絡に切り替えてくれているのだ。 私は素早くメールを打つと、返信した。 メールを送信し終えると、私は苓さんを見上げて話しかける。 「苓さん、警備会社の人がこの家の入口に回ってきてくれるそうです。私たちも鍵を開けて外に出ましょう」 「分かりました」 こくり、と頷いた苓さんと手を繋ぎながら、私たちは家屋の玄関に向かう。 鍵を開けて、外に不審者がいないかしっかり確認してから外に出る。 そして、私と苓さんが外に出てすぐ。 裏手から回ってきた警備会社の人が姿を現した。 「──藤堂様」 「……お世話になっております」 警備会社の人は、3人。 腰には警棒と、催涙スプレーやスタンガンを装備している。 警備会社の人は声を潜め、私に挨拶をすると状況を報告してくれた。 「弊社の警備システムが、侵入者を検知して作動しました。お屋敷の裏門を乗り越えた人物がいるようです」 「裏門を、ですか……?」 「ええ。そのため、我々は今からご自宅内を見回ります。1人護衛のためここに置いて行きますので、この日本家屋から出ないよう、お願いします」 警備会社の人の説明に分かりました、と返事をする。 すると、警備会社の2名は警棒を構え、慎重に歩き出した。 「さあ、藤堂様。中に入ってください。施錠もしっかりとしてくださいね」 「ええ、分かりました」 こくり、と頷き私たちの護衛のために残ってくれた人に促され、私たちは家の中に戻る。 玄関を施錠し、警備会社の人は警棒を手に構え、室内を見回していた。 「こちらの家屋の侵入経路を確認して参ります、ここから動かないでください。何かあれば大声を」 「分かりました」 私が頷いた事を見て、警備会社の人はその場を離れて行く。 出入り出来るような場所を確認しに行くのだろう。 私と苓さんはその場に留まったまま、周
警報音が鳴り響き、私と苓さんはバチリと目を開いた。 「──この音、侵入者に対する警報音ですよね?」 「え、ええ……、そうです……!」 「茉莉花、服を」 ぱっ、と苓さんに服を渡され、私は急いで下着と服を身につけていく。 私が全ての衣服を身につけた時には、既に苓さんは服を着終えていて。 周囲を警戒するように見回していた。 「──この場所は、本邸から死角になっていて、見え辛いはずです。灯りも付けていないので、私と苓さんがここに居る事は誰にもバレていないはず」 「……警備会社の人が来るのに、どれくらいかかりますか?」 「恐らく、10分もかからないと思います」 苓さんの手を私が取ると、ぎゅっと強く握り返してくれる。 私は苓さんに身を寄せ、同じように周囲を警戒する。 幸い、今日は灯りを付けていない。 だから侵入者からも私たちの姿は見えていないだろう。 「……お母様が辛い時に不謹慎ですけど、お母様が入院していて良かったです」 「……確かに。家の中にいたら危険だったかもしれませんね」 私の言葉に、苓さんも頷いてくれる。 お母様は病院にいて、身の安全は保障されている。 お父様も今は出張中だから、この家にはいない。 使用人も最低限の人数しかいない。 それに、今日家にいる使用人は、自分の身は自分で守る事は出来るくらい格闘の腕がある。 この警戒音に気付いて、今は周囲を警戒してくれているだろう。 「茉莉花、俺から絶対に離れないでくださいね」 「分かりました……!」 ひそひそ、と声を落として会話をする私たち。 下手に動いて、物音を立てるより警備会社の人が来るまでの間、ここでじっとしていた方がいいだろう。 私は苓さんに抱き寄せられ、彼の腕に収まりながら周囲を確認する。 縁側があるここは、高い柵に視界を遮られていて、外から中の様子は見えにくい。 それに、外からこちら側に近付くなら、砂利道を踏みしめる足音だって聞こえるだろう。 私が庭側を警戒しているのとは逆に、苓さんは建物側をしっかりと見張ってくれている。 誰か人が入ってくるなら、建物の出入口だ。 私たちは今日、縁側の方面から入ってきたから建物の出入口は施錠されたまま。 鍵だって、私が持っている。 だから開けられ







