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2.最悪の事実

last update publish date: 2026-06-25 08:58:43

昔から父は厳しい人間だった。いつも完璧を求められて、褒めてもらった記憶はない。

私のことを簡単に認めてくれないことも、嫌というほど知っている。けれど陽向が秘書を妊娠させた件は、もう私だけの問題ではない。南雲グループの名誉を傷つける醜聞だ。

陽向のことを知れば、父は私の側に立ってくれるはずだ。実家へ向かう車の中で、私はまだ愚かにもほんの少しだけ期待していた。

しかし、私は間違っていた。リビングのソファに座る実父・南雲厳一郎(げんいちろう)は、私の報告を聞き終えるなり手にしていた本を乱暴に机に叩きつけた。

「実にくだらない! 婚約破棄など私は絶対に認めないからな!」

「くだらない……? 彼は、二週間後に私との挙式を控えながら、自分の秘書との間に子どもまで作ったのですよ。南雲家の婿養子になる男が外で不貞を働き、おまけに妊娠させていたなんて、我がグループの泥を塗る行為です。南雲のブランド価値を失墜させることに繋がると思いますが……!!」

淡々と言い返す私が面白くないのか、父の歪んだ顔は怒りでみるみるうちに赤黒く染まっていった。

「黙れ!やっと後継者が見つかったと思ったのに……そもそも、陽向君の心を掴めなかったお前に責任があるとは思わないのか。男の遊びの一つや二つをいちいち根に持つなんて……これだからお前は……!」

「遊びの一つや二つ?妊娠までしてその言い方はないのではないですか?それに、南雲グループの後継者なら私がなるって再三……」

「黙れ、身の程を知れ!!」

リビングの重苦しい空気を切り裂くような父の鋭い怒号が響き渡った。 あまりの圧に言葉が喉に張り付く。父は冷酷に目を細め、私という存在そのものを値踏みするように見下した。

「後継者は代々、男がなるものだと決まっている。女のお前には最初から無理だと何度言ったら分かるんだ。どれだけ夜遅くまで働き、いくら数字を出そうがお前の努力など所詮は女の浅知恵。評価されるのも、お前が『女』だからだ。そんなことも分からないから、お前は陽向君に飽きられたんじゃないのか」

南雲グループの一人娘として、幼い頃から父の跡を継ぐことを夢見てきた。 しかし、「女だから」という理由だけで、どれだけ実績を上げても父から一度も認めてもらったことはなかった。挙句の果てに、三年前に陽向を後継者とするために結婚を命じて、それ以降、私が立てた事業計画は、すべて陽向の実績として処理された。

父は今、私の努力のすべてを「女の浅知恵」と切り捨て、浮気をされた原因は私にあると言い放ったのだ。父は最初から私の成すことを「所詮、女だから」と考え評価する気もなかったのだ。

「いいか、お前の役目は南雲家を私の代で終わらせないための、優秀な男を南雲家に迎え入れるただの器にすぎないんだ。それなのに、その唯一の役目すら果たせないなんて、まったく……実に愚かで哀れだな。黙ってすべてを受け入れるくらいの器量の大きさもないのか」

――愚かで哀れ。 実の父親から投げつけられたあまりにも残酷な侮辱の言葉。

しかし、私の心は不思議なほどに冷え切っていた。 頬を殴られるよりも深く私のプライドは抉られている。けれど、だからこそこの男に対する情も、失望すらも、今この瞬間に綺麗さっぱり消え失せた。

(父として尊敬していた時期もあるけれど、これが本音なのね……私は、ただの『器』?馬鹿にするのもいいかげんにしてよ)

私が軽蔑をこめて冷酷な視線を父に向けた、その時だった。リビングの扉が開き、二人の人物が中に入ってきた。

「失礼します。お義父様、突然すみません」

「夜分遅くにお騒がせして申し訳ありません……」

顔を上げると何故かさっきまでホテルで祝杯を挙げていたはずの陽向と結愛がいる。

(なんでホテルにいるはずの二人がここにいるの?……それにもう夜十一時よ?こんな時間に会長の家に訪ねてくるなんてどうかしている……)

「おお、よく来たな。……陽向君も来てもらってすまなかった」

不審に思う私とは違い、先程まで激高していた父はそんな様子など一切見せずに二人を歓迎している。

「いえ、とんでもない。ただ、英玲奈がホテルのレストランに乱入して大声で話しかけてきたんです。仕事の打ち合わせだと言っても聞かず、他の客もいるというのに周囲の迷惑も考えられないなんて……お義父様、英玲奈は僕や周りの人間の言うことは全く聞きません。ですので、お義父様から英玲奈に言ってほしくて……」

もうすぐ私と結婚するとはいえ、今はまだ陽向とは赤の他人だ。まだ義理の親でもない婚約者の父親に向かって、この男は自分の非を顧みずに私を異常者扱いするなんて……

「……何を言っているの?そもそも自分たちが何をしたか分かって言っているの?」

いくら父でもここまで私の事を侮辱されたら陽向に怒り狂うだろう。もしかしたら父の方から陽向の本性を知って見限るかもしれない。しかし、そんな期待はすぐに裏切られることとなった。

「……英玲奈、いいかげんにしろ!」 

父の怒号が私の言葉を遮りこの場を支配する。なぜ陽向ではなく怒号の矛先が私なのか、訳が分からず思考はしばらく停止したままだった。

「陽向君は裏切ったのではない。お前に見切りをつけて結愛を選んだんだ。……お前は捨てられたんだよ」

「どういうこと……何を言っているの?」

父は結愛の肩を優しく抱き寄せると、私に向かって最悪の真実を告げた。

「紹介しよう。結愛は、お前の妹であり私の実の娘だ」

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