二度目の人生、捨てたはずの彼が今さら愛を乞う

二度目の人生、捨てたはずの彼が今さら愛を乞う

last updateHuling Na-update : 2026-07-15
By:  るるねIn-update ngayon lang
Language: Japanese
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結婚して三年。 紗那はようやく、夫・裕司がずっと“理想の夫”を演じていただけだったと知る。 彼が本当に愛していたのは、紗那ではなく妹の千織だった。 すべてを奪われ、最後は二人に仕組まれた事故で命を落とした――はずが、次に目を覚ますと結婚式当日に戻っていた。 二度目の人生で彼女が決めたことはただ一つ。 裕司と千織、そして自分を地獄へ突き落としたすべてを捨てること。 だが離れようとするほど、裕司は以前とは違う執着を見せ始める。 外面完璧な夫。 誰も信じてくれない真実。 それでも紗那は、もう二度と彼に人生を奪わせない。

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Kabanata 1

第1話

 三年前、紗那さなは最も愛する人と結婚した。

 表向きは家同士の政略結婚。

 少なくとも彼女自身は、それが愛による結婚だと信じていた。家の利益のためではなく、自分は愛されているのだと。

 白府裕司しらふゆうじ

 彼は結婚式で、彼女に永遠の幸福を約束した。

 生涯を共にすると誓った。

 あのときの誓いの言葉は、あまりにも誠実で、愛に満ちていた。だからこそ三年後、裕司が別の女性とホテルにいると知った今でも、紗那はあの日彼が口にした一言一句を思い出してしまう。

 ホテルの柔らかな絨毯の上を歩きながら、紗那の心もまた足元と同じようにふわふわと沈み、どこにも着地できずにいた。

 裕司が浮気をしている兆しは、今日に限ったことではない。それでも、こうして現実として突きつけられたのは、今日が初めてだった。

 見知らぬ相手から送られてきた写真――裕司のベッドでの姿を目にした、その瞬間から。

 写真の中で、裕司は優しく微笑んでいた。まるで春風のような穏やかな笑み。それが、紗那には吐き気を催すほどに嫌悪感を抱かせた。

 これまでずっと、紗那は裕司のことを、無口で感情を表に出さない、どこか冷たい人間だと思っていた。

 結婚式でもあまり笑わず、ただ誓いの言葉を読むときだけ、目元を潤ませ、声をわずかに震わせていた。

 あのとき、彼も感動しているのだと、紗那は信じていた。

 だが今になって思う。

 あの誓いは、本当に自分に向けられたものだったのだろうか。

 紗那の中で、その確信が崩れていく。

「あなたの夫、本当にあなたのことを想っていたと思う?」

 今朝、突然そんなメールが届いた。

 画像が表示された瞬間、紗那は眠りから叩き起こされたかのように目を見開いた。

 写真は何枚もあった。場所も服装も違う。つまり、異なる時期に撮られたものだ。

 ただ一つ共通しているのは、そこに映っている女性が常に同じ人物であること。

 そして、裕司が彼女に向ける視線も、笑みも、紗那が一度も向けられたことのないものだった。

 その女性の顔に、紗那は見覚えがあった。

 白府千織しらふちおり――裕司の名目上の妹。白府家の養女であり、血の繋がりはない。

 祖父の旧友が亡くなり、その遺された子どもを不憫に思って引き取った――そんな話を聞いたことがある。

 千織が白府家に来たのはすでに小学生の頃だったため、養女であることは誰もが知っている「公然の秘密」だった。

 裕司と千織の関係についても、紗那は以前からいくつかの噂を耳にしたことがある。

 それらはすべて、ただの噂だと笑い飛ばしていた。

 裕司が結婚してから、千織は海外へ留学に出された。だから紗那が彼女と顔を合わせる機会はほとんどなかった。

 まさか三年後、こんな形で再び彼女を見ることになるとは思いもしなかった。写真の中の千織は、あまりにも明るく、無邪気に笑っていた。

「いつまで裕司の妻の座に居座るつもり?あなたは所詮、よそ者でしょう?」

 メールには、そんな言葉も添えられていた。

 あまりにも多すぎる情報に、紗那の頭は追いつかなかった。

 ただ彼女は、メールに記されていた場所へと、ほとんど反射的に駆けつけた。

 ドアを叩くその直前、紗那は心の底から祈っていた。

 どうか、すべてが嘘であってほしいと。

 だが、扉を開けたのは裕司だった。

 全身の血が逆流するような感覚に襲われる。心臓が締め付けられるほど苦しくなる。

 目の前に立つのは、上半身裸の夫。

 紗那は信じられない思いで彼を見つめた。

 一方で裕司は、彼女の姿を見てもただ眉をひそめただけ。驚きも動揺もない。まるで最初からこうなることを予想していたかのようだった。

「……紗那お姉さん?」

 室内から、もう一つの声が響く。

 ほどなくして、バスルームから現れたのは、バスタオル一枚を体に巻いた千織だった。

 まだ水滴の残る髪。

 裕司は紗那よりも先に千織を気遣い、そばにあったタオルを手に取ると、彼女の髪を拭こうとする。

「風邪ひくぞ。ちゃんと拭いてから出てこい」

「だって、紗那お姉さんか気になったんだもん。もしそうなら、来るの早いね。メール送ったばかりなのに」

 甘えるように千織が言う。

 裕司は小さく笑った。

「まったく……」

 その光景を前にして、紗那は言葉を失う。

 目の前にいるのは、三年間共に暮らしてきた夫のはずなのに、今の自分は、まるで他人の家庭に踏み込んだ侵入者のようだった。

「裕司……どういうこと……っ」

 涙がこぼれ落ちる。

 それを見た裕司は、ただわずかに眉をしかめただけだった。そこにあったのは、苛立ちにも似た嫌悪だった。

Palawakin
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Pinakabagong kabanata

Higit pang Kabanata

Rebyu

nikyta
nikyta
人の心を持ち合わせていない人間に 嫌悪感がとまらない 心がえぐられる程のヒロインの凄惨な人生 来世があるなら関わらないという選択を しないヒロインめっちゃつよ!
2026-07-11 21:14:07
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14 Kabanata
第1話
 三年前、紗那は最も愛する人と結婚した。 表向きは家同士の政略結婚。 少なくとも彼女自身は、それが愛による結婚だと信じていた。家の利益のためではなく、自分は愛されているのだと。 白府裕司。 彼は結婚式で、彼女に永遠の幸福を約束した。 生涯を共にすると誓った。 あのときの誓いの言葉は、あまりにも誠実で、愛に満ちていた。だからこそ三年後、裕司が別の女性とホテルにいると知った今でも、紗那はあの日彼が口にした一言一句を思い出してしまう。 ホテルの柔らかな絨毯の上を歩きながら、紗那の心もまた足元と同じようにふわふわと沈み、どこにも着地できずにいた。 裕司が浮気をしている兆しは、今日に限ったことではない。それでも、こうして現実として突きつけられたのは、今日が初めてだった。 見知らぬ相手から送られてきた写真――裕司のベッドでの姿を目にした、その瞬間から。 写真の中で、裕司は優しく微笑んでいた。まるで春風のような穏やかな笑み。それが、紗那には吐き気を催すほどに嫌悪感を抱かせた。 これまでずっと、紗那は裕司のことを、無口で感情を表に出さない、どこか冷たい人間だと思っていた。 結婚式でもあまり笑わず、ただ誓いの言葉を読むときだけ、目元を潤ませ、声をわずかに震わせていた。 あのとき、彼も感動しているのだと、紗那は信じていた。 だが今になって思う。 あの誓いは、本当に自分に向けられたものだったのだろうか。 紗那の中で、その確信が崩れていく。「あなたの夫、本当にあなたのことを想っていたと思う?」 今朝、突然そんなメールが届いた。 画像が表示された瞬間、紗那は眠りから叩き起こされたかのように目を見開いた。 写真は何枚もあった。場所も服装も違う。つまり、異なる時期に撮られたものだ。 ただ一つ共通しているのは、そこに映っている女性が常に同じ人物であること。 そして、裕司が彼女に向ける視線も、笑みも、紗那が一度も向けられたことのないものだった。 その女性の顔に、紗那は見覚えがあった。 白府千織――裕司の名目上の妹。白府家の養女であり、血の繋がりはない。 祖父の旧友が亡くなり、その遺された子どもを不憫に思って引き取った――そんな話を聞いたことがある。 千織が白府家に来たのはすでに小学生の頃だったため、養
Magbasa pa
第2話
 紗那が裕司を愛していた分だけ、今の彼女は壊れそうなほど泣いていた。 結婚してからの三年間、裕司は一度たりとも、彼女をこんな絶望に突き落としたことはなかった。 彼の演技が上手すぎたと言うべきなのだろうか。この三年間、紗那は彼を愛し、そして心の底から、裕司もまた自分を愛しているのだと信じていた。 たとえ裕司が口数の少ない人でも。 あまり笑わない人でも。 それでも、自分を見る彼の眼差しには確かに愛情が宿っていた。 今朝だってそうだ。 出勤前、まだ寝ぼけていた紗那に、裕司はベッドの上で軽くキスをしてくれた。あの口づけはあまりにも優しくて、今でもはっきり思い出せる。 なのに、どうして。 ほんの数時間で、こんなことになってしまったのだろう。 どうして裕司は、まるで別人のようになってしまったのだろう。 紗那にはわからなかった。「裕司……!どうして……どうして他の女と……!しかも、妹同然の女と……!あなた、自分の妹と寝てるの!?気持ち悪くないの!?」 涙で声を震わせながらも、紗那は必死に問い詰める。 その取り乱した叫びに、裕司は不快そうに眉を寄せた。 顔色は険しく、向けられた声音は、紗那がこれまで一度も聞いたことのないほど冷たい。「紗那。言葉には気をつけろ」「裕司……紗那お姉さん、そんなふうに私たちのこと言うなんて……ひどい……」 千織もまた、絶妙なタイミングで裕司へ甘えるように身を寄せる。 その声を聞いた瞬間、紗那は吐き気を覚えた。 以前の彼女は、千織を本当に妹のように思っていた。可愛くて、才能もあって、どこか放っておけない子だと。 まさかその女が、自分の夫にまで手を伸ばしていたなんて。「最低……っ、この女……!」 煮えたぎる憎悪のまま、紗那は千織へ向かって駆け出した。 だが、その手が千織に届くことはなかった。「きゃっ……!」 千織の悲鳴が響いた直後、腹部に強烈な衝撃が叩き込まれる。 次の瞬間、紗那の身体は軽々と吹き飛ばされ、そのまま床へ激しく叩きつけられた。 下腹部から全身へ、焼けるような激痛が駆け巡る。 声も出せないまま、紗那は呆然と目の前の男を見上げた。 ――今、自分を蹴ったのは裕司だった。 愛する女を庇うために。 その腕の中の女を守るために。 彼は、自分の妻へ向かって一切の躊躇なく蹴りを入れたのだ。 
Magbasa pa
第3話
 妊娠がわかったのは、ほんの数日前のことだった。 ここ最近ずっと体調に違和感があった。生理もなかなか来ず、もしかして……と、うっすら予感はしていた。 そして検査薬を使った結果、本当に妊娠していると知った。 あの瞬間、紗那は心から嬉しかった。 結婚後も、裕司は彼女に仕事を辞めろと言ったことはない。自由を制限したこともなかった。 結婚式の日、彼は紗那にこう誓ったのだ。 ――結婚しても、君の人生を縛ったりはしない。 紗那には、紗那自身の人生と自由がある。 その言葉に、紗那は感動して泣いた。 裕司は、紗那が仕事を好きなことも、キャリアを手放すつもりがないことも理解していたのだと思う。 だから三年間、夫婦として身体を重ねることは少なくなかったが、彼は徹底して避妊をしていた。 避妊薬は身体に負担がかかるからと、紗那には飲ませなかった。いつも自分で避妊具を使い、万が一を避けるよう慎重にしていた。 それでも紗那は、もし子どもができたとしても構わないと思っていた。 愛する人との子どもなら、産みたいと願っていた。 妊娠を知ってから、紗那は一人で何度もお腹に触れた。 嬉しくて、幸せでたまらなかった。 すぐには裕司へ伝えなかったのは、もっと特別なタイミングで驚かせたかったからだ。 まさかその前に、こんな地獄を見せられるとは思わなかった。「子ども……っ、う……痛……っ……」 床の上で苦しそうに身を縮める紗那を見ても、裕司はまるで動じなかった。 同情も、憐れみも、欠片すら浮かばない。 まるで彼女が、三年間連れ添った妻ではなく、赤の他人であるかのように。「子ども?……何を馬鹿なこと言ってる」 下半身から血を流している紗那を見ても、男は眉ひとつ動かさない。 千織が不安そうに裕司の袖を引いた。「裕司……紗那お姉さん、すごく血が……もしかして……」「見るな。目が汚れる」 吐き捨てるように言ってから、裕司は冷たく嗤った。「……それに、仮にこの女が妊娠してたとしても、俺の子なわけがないだろ。俺の子を産みたい? こいつが? 笑わせるな。身の程を知れ」 紗那の呼吸が止まる。 あまりにも非情な言葉だった。 全身の血が凍りつくような感覚に襲われ、紗那は目を見開いたまま動けなくなる。 目の前にいるのは、本当に自分の夫なのか。 それとも、人の皮を被っ
Magbasa pa
第4話
 痛みがあまりにも激しく、紗那は何が起きたのか理解する前に、意識が突然電源を落とされたテレビのようにぷつりと途切れた。 次に目を覚ましたとき、そこは病院だった。 全身が殴られた後のように重く、少しも動かせない。 右手は固定され、点滴の針が刺さっている。透明な薬液が一滴、また一滴と規則正しく落ちて、彼女の体内へ流れ込んでいた。 紗那は真っ先に、自分の腹へ手を伸ばした。 言葉にできない痛み。 空虚。 絶望。 すべてが一瞬で押し寄せてくる。確かめなくても、体の中で何が変わってしまったのか、紗那にははっきりとわかった。 口を大きく開けた。 泣きたいのに、なぜか声が出ない。 結局、彼女はただ真っ白な病院の天井を見つめたまま、涙だけをぼろぼろとこぼし続けた。涙はこめかみを伝い、髪の中へ、枕へと落ちていく。 一生分の涙を、ここで流し尽くしてしまうかのようだった。 それでも涙は、少しも枯れなかった。 どれほど時間が経ったのか。 病室の外から物音がした。涙に濡れた視界の中で、紗那は両親が慌ただしく入ってくるのを見た。 知らせを受けてすぐ駆けつけたのだろう。涙を流す紗那と目が合った瞬間、母の千代子の目にも悲しみが移ったように涙が浮かび、彼女はベッドのそばへ駆け寄るなり、点滴の刺さっていないほうの手を握った。「ああ……かわいそうな子……。裕司さんから聞いたわ。階段から落ちたんですって? どうしてそんなに不注意だったの……」 千代子は涙ぐみながら、紗那の手を痛いほど強く握りしめた。「かわいそうに……赤ちゃんまで……。裕司さんも、子どもは駄目だったって……あなたが思い詰めないよう、ちゃんと支えてあげてほしいって言っていたのよ」 千代子は、昔から裕司の言葉ばかりを信じていた。 裕司が、紗那は自分で階段から落ちたのだと言えば、疑いもしない。 紗那を見る目には深い痛ましさがあった。けれど同時に、どうしてそんなに不注意だったのかという責める色も混じっていた。「まだ小さな命だったのにね……私たちは、その子がいたことさえ知らないまま、お別れすることになってしまったなんて……」 紗那が流産した子どものことを、千代子はひどく惜しんでいた。 紗那が結婚して三年になる。千代子はずっと、娘が母親になる日を待ち続けていた。 ようやく授かった最初の子が
Magbasa pa
第5話
 痛みに顔を歪め、必死に裕司の手から逃れようとする紗那の姿も、両親の目には、子どもを失ったことによる取り乱し方にしか映っていなかった。 泣くことも、叫ぶこともできる。 なのに、自分が受けた仕打ちだけは、どうしても言葉にならない。 大きな事故や強い精神的衝撃を受けた人間が、一時的に言葉を失うことがある――そんな話を、紗那はどこかで聞いたことがあった。 けれど、自分がまさにその状態なのだとは理解できない。 伝えたいのに伝わらない。 焦れば焦るほど、紗那は錯乱した狂人のように見えていった。 裕司が沈痛な顔を作る。「紗那、大丈夫だ。落ち着け。子どものことは……君のせいじゃない。俺たち、きっとまた子どもを授かれる。だから、まずはちゃんと元気になろう」「ぁああああっ……!! ああっ……!」 涙を流しながら、紗那は腕を振り回して裕司を叩こうとした。 だが、弱り切った体ではほとんど力が入らない。指先がかすかに触れる程度だった。 裕司は傷ついたように目を伏せ、そのまま背を向ける。 正則から見えない位置で、彼の口元がわずかに吊り上がった。 同時に、紗那の手を握る力がさらに強くなる。 針の刺さった箇所を押し潰すように圧迫され、滲んだ血がじわりと広がっていく。その赤さは、裕司の掌の中へ巧妙に隠されていた。 紗那は声にならない。 だから叫ぶしかない。 怒りも、苦しみも、絶望も。 すべてを、獣のような悲鳴に変えるしかなかった。 何より耐え難かったのは、子どもを殺した張本人――その父親である裕司が、平然と父の前に立ち、“子どもを失った可哀想な夫”を演じていることだった。 正則でさえ、裕司へ向ける目には歉意と同情を滲ませている。 やがて千代子が看護師を連れて戻ってきた。 紗那の絶叫と取り乱した様子を見た看護師は顔色を変え、すぐに病室を出て医師を呼びに行く。 ほどなくして白衣の医師が二人の看護師を伴って現れた。 医師は紗那の状態を確認すると、看護師に片腕を押さえさせ、そのまま素早く上腕へ鎮静剤を打ち込む。 薬液が体内へ流れ込んでいく。 しばらくすると、全身が深い水の底へ沈んでいくようだった。 手足が重い。 持ち上がらない。 頭の中には濃い霧がかかったように意識がぼやけ、ベッドに横たわっているだけなのに激しい眩暈がした。 世界がぐるぐると
Magbasa pa
第6話
 紗那が目を覚まさないと思っているのだろう。二人は病室の中で遠慮することもなく言葉を交わしていた。 まさか紗那の意識が戻っているとは思いもしない。 ただ、まぶたが開かないだけだった。 声も出せず、指一本動かせないまま、紗那は二人の会話をすべて聞いていた。 かつて心から愛した夫が、本当は毎晩嫌悪を押し殺しながら自分に触れていたこと。 抱くたびに、千織の顔を思い浮かべなければ耐えられなかったこと。 その一つひとつの言葉が、刃物で心臓を削られるように胸へ突き刺さる。 先ほど殴られた頬よりも、ずっと痛かった。 ――どうして。 どうして、ここまで残酷になれるの。 どうして、こんなにも平然と私を踏みにじれるの。 耳元では、互いを慰め合い、恋人同士のように想いを囁き合う二人の声が続いていた。 聞きたくない。 けれど目は開かず、意識も再び闇へ沈んではくれない。 紗那はただ、その声を聞き続けるしかなかった。「千織。俺たちのこともバレたし、こいつの実家の会社に送り込んでいた連中も、そろそろ引き上げさせるか。もうこいつと仲睦まじい夫婦を演じるのも限界だ。会社も十分力をつけたし、あとはあの会社を取り込むだけだ」「一番目障りだったのは、この女の兄だったけどね。でも――」「ああ。まさかここまで時間がかかるとは思わなかった。光晴さえいなければ、とっくに実権は俺たちのものだった。それでも……ふっ。結局、あいつも俺たちの手のひらの上で踊らされていただけだった」「今頃もう息をしてないかもしれないな。裕司、あんたの作戦は完璧だった。海外へ誘い出してしまえば、こっちも動きやすかったし。あいつさえいなくなれば、会社なんて時間の問題だった」 光晴――。 兄の名前を耳にした瞬間、紗那の心臓が大きく跳ねた。 兄・光晴は、一か月前に海外へ向かった。 工場でトラブルが起きたと聞き、慌ただしく出発したため、まともに別れを告げる時間もなかった。ただ一本のメッセージだけを残し、その日の便で飛び立っていった。 海外支社を任されていた兄にとって、それは決して珍しいことではない。 毎年、何か月かは海外で過ごしていた。 だから紗那も、今回もいつもの出張なのだと思っていた。 この一か月、ほとんど連絡がなくても。 両親にさえ連絡していなくても。 忙しいのだろうとしか思わなかった
Magbasa pa
第7話
 まるで紗那の心を徹底的に壊そうとするかのように、裕司は愉快そうな笑みを浮かべながら、自分がどのように仕組んで光晴の支社を混乱に陥れ、海外へ誘導したのかを一つひとつ語り始めた。 そして、現地の人脈を利用し、光晴を少しずつ逃げ場のない地獄へ追い込んでいった経緯を、誇らしげに話し続ける。「紗那。光晴は一応、俺の義兄だからな。そんな簡単に死なせるわけないだろ? もちろん、じっくり苦しめてやったんだ」 裕司の口から語られる真実は、あまりにも残酷だった。 光晴は空港へ到着した直後、待ち受けていた男たちに拉致された。 意識を失わされたまま、あらかじめ用意されていた監禁部屋へ運び込まれ、十数日にわたって想像を絶する拷問を受け続けたという。 目的はただ一つ。 会社の実権と株式を裕司へ渡すこと。 しかし、光晴は最後まで首を縦には振らなかった。「紗那。この結婚生活にはもううんざりしてたんだ。だから、お前の兄には少し犠牲になってもらった。でも、本当に驚いたよ。骨を何本折っても、指を潰しても、あいつは株式譲渡書類に一度もサインしなかった」 裕司が笑いながら語る隣で、千織もくすくすと笑っている。 人の命など、二人にとっては暇つぶしの話題でしかないと言わんばかりだった。「本当は光晴を殺すつもりなんてなかったんだ。俺だって恨みがあったわけじゃない。でも、あいつが会社を守りすぎた。隙なんて一つも見せなかったからな」 最後には、すべての罪を光晴へ押しつけるように言い放つ。 あまりにも理不尽なその言葉に、紗那の身体は怒りで小刻みに震え始めた。 その震えに気づいた裕司は、点滴の刺さった紗那の手をわざと強く握り締める。 次の瞬間、針先が肉をえぐるような鋭い痛みが走った。「まあ。紗那お姉さん、手から血が出ちゃってる」 千織は嬉しそうに覗き込みながら笑う。「痛いでしょう? 紗那お姉さん、昔から痛いのが一番苦手だもんね」 裕司も口元を歪めた。「そうだな。いっそ楽にしてやろうか?」「もう、裕司ったら。そんなに紗那お姉さんに優しいなんて、私、妬いちゃう」 甘えるようにそう言った千織は、本当に嫉妬していることを証明するかのように、点滴針の刺さった箇所を何度も強く押し潰した。 紗那の顔が苦痛に歪む。 それを見た裕司は楽しそうに笑い、「千織は本当に可愛いな」 そう囁
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第8話
 想像していたような痛みは訪れなかった。 あまりにも憎しみが強すぎたせいだろうか。 紗那は天地がひっくり返るような感覚に襲われた。 目の前を眩い白い閃光が駆け抜け、次の瞬間には、どこまでも深い闇へ真っ逆さまに落ちていくような感覚に呑み込まれる。 けれど、想像していた痛みは訪れなかった。 代わりに全身を支配したのは、立っていることすらできないほどの激しい眩暈だった。 ゆっくりと目を開けた紗那の視界に飛び込んできたのは、見覚えのある――教会だった。 目の前には、聖書を手にした神父が心配そうに彼女を見つめている。 耳には神父の穏やかな声が響いていた。「裕司さん。あなたは紗那さんを妻とし、健やかなるときも病めるときも、貧しいときも富めるときも、これを愛し、敬い、慰め、命ある限り真心を尽くすことを誓いますか」「誓います」 その声を聞いた瞬間、紗那の胸の奥から込み上げたのは、憎しみに染まりきった感情だった。 ――裕司の声だ。 そっと手を取られる。 まだぐらぐらと揺れる視界の中、紗那は自分が純白のウェディングドレスを身にまとっていることに気づいた。 自ら細部までこだわり、仕立ててもらった特別な一着。 あまりにも美しく、このドレスを初めて身にまとった日の幸福も喜びも、今なお鮮やかに胸に残っている。 神父は再び穏やかな声で問いかけた。「紗那さん。あなたは裕司さんを夫とし、健やかなるときも病めるときも、貧しいときも富めるときも、これを愛し、敬い、慰め、命ある限り真心を尽くすことを誓いますか」 問いが終わった瞬間、教会は静まり返った。 その場にいた全員が、どこか様子のおかしい紗那へと視線を向けている。 誰もが微笑みながら、彼女の口から「誓います」という言葉が返ってくるのを待っていた。 紗那はそっと指先を動かした。 ようやく激しい眩暈が少しずつ収まり、目の前の景色が鮮明になっていく。 そこに広がっていたのは、三年前の結婚式と寸分違わぬ光景だった。 隣に立つ裕司は、口元にかすかな笑みを浮かべている。 幸せそうには見えない。ただ、紗那が必ず頷くと信じて疑わないような、絶対の自信だけがその瞳に宿っていた。 紗那は咄嗟に手を振り払い、怯えたように一歩後ずさる。 裕司の顔を目にした瞬間、心臓が激しく脈打った。 恐怖、憎悪、悔しさ――。 さ
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第9話
 光晴の優しい慰めの声に包まれながら、紗那はようやく少しずつ落ち着きを取り戻していった。 光晴の胸にしがみついて泣きじゃくった紗那の涙で、彼の胸元はぐっしょりと濡れ、アイメイクまで白いシャツに付いてしまっていた。 ひとしきり泣き終え、その白いシャツがすっかり汚れてしまっていることに気づいた紗那は、申し訳なさそうに俯く。「お兄ちゃん……服、汚しちゃった」「そんなこと気にするな。服なんかより、紗那のほうが大事なんだから」 光晴は優しく紗那の頭を撫でた。 幼い頃から変わらない、その温かな手つきだった。 紗那は何度見ても見飽きることのない兄の顔を見つめ、口を開こうとした、そのとき――。「紗那。説明してもらえるか」 背後から聞こえた声に、胸の奥から嫌悪感が込み上げた。 裕司だった。 珍しく怒りを滲ませてはいたが、その口調はいつも通り冷静だった。 先ほどは頭を何度も殴られ、頭の中が真っ白になっていたが、このときようやく我に返ったのだ。 千代子は痛ましそうにハンカチを取り出し、裕司の額から流れる血をそっと押さえる。 そして紗那へ向ける視線には、責める色が浮かんでいた。「紗那。女の子なんだから、あんな乱暴なことをしちゃだめでしょう。それに、相手はあなたの夫になる裕司さんなのよ」 千代子は紗那のしたことを到底受け入れられなかった。 裕司という婿に、不満は何一つない。 千代子たちの前では、いつだって物腰が柔らかく、礼儀正しい青年だったからだ。 それに対して紗那は、小さい頃から家族に大切に育てられ、少しお嬢様気質なところがある。 その裕司が今では顔中を血で染めるほどの怪我を負っている。千代子には、どう考えても悪いのは紗那だとしか思えなかった。 紗那の表情は一瞬にして冷え切る。 目の前にいる千代子と、黙ったまま何も言わない正則を見つめても、胸に込み上げるのは無力感ばかりだった。 正則は何も口にしない。 それでも、紗那へ向ける視線には、はっきりと不満の色が浮かんでいた。 この結婚は、表向きこそ政略結婚だった。 けれど、その縁談を望んだのは紗那自身だった。 裕司のことが好きだと父へ打ち明け、正則は長い間悩んだ末、自ら裕司との縁談をまとめてくれたのだ。 それなのに、結婚式はこんなことになってしまった。 父が不満を抱くのも無理はない。「
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第10話
 裕司は、紗那が何も言えないと確信していた。そして実際、紗那には裕司の罪を証明する術などなかった。 紗那の胸に刻まれた憎しみのすべては、まだ訪れていない未来で起きた出来事なのだから。 三年前の裕司は、誰の目にも非の打ちどころのない好青年であり、理想的な夫そのものだった。 紗那は唇を強く噛み締める。 何も言えない。 言ったところで、誰も信じてはくれない。 そんな紗那を見て、裕司の口元には「やはり」と言わんばかりの笑みがゆっくりと浮かんだ。 紗那がなぜ突然こんな真似をしたのかは分からない。 だが、少なくとも今の自分には、紗那に責められるような覚えは何一つなかった。 ましてや、人前で責め立てられるような証拠を残すはずもない。 裕司はそう確信していた。 口を開こうとした、そのときだった。 光晴が一歩前へ踏み出し、紗那を自分の背中へとかばう。 その背中は、誰が相手であろうと妹だけは絶対に守り抜くという強い意志を物語っていた。「白府裕司。貴様がどんな卑劣なことを企み、どんな卑劣なことをしたのか、一番よく分かっているのは貴様自身だろう。紗那はもう十分傷ついている。それなのに、まだその傷をえぐり、皆の前で話せと言うのか」 光晴の口調はあまりにも断定的だった。 まるで裕司が何かをしたことを最初から知っているかのようなその言葉に、周囲の招待客たちも次第にざわめき始める。「本当に裕司さんが何かしたのか……?」「だからあんなに取り乱したのかもしれない……」 そんな疑念が、少しずつ周囲へと広がっていく。 光晴の背中を見つめながら、紗那は驚きを隠せなかった。 三年前の光晴は、裕司に対して決して悪い印象を抱いてはいなかった。 特別親しい間柄ではなかったものの、妹の夫となる相手として認めていたはずだ。 それどころか、新婚祝いとして子会社の株式まで贈ったほどだった。 それなのに今は――。 紗那が何も説明していないにもかかわらず、事情を尋ねることも、理由を問いただすこともなく、ただ無条件に彼女を守ってくれている。 そこでようやく、紗那の脳裏に、先ほど光晴が抱きしめながら囁いた言葉がよみがえった。 ――今度こそ、兄ちゃんが紗那を守る。もう二度と、誰にも紗那を傷つけさせない。 まさか……。 お兄ちゃんも、戻ってきたの……? その考えが胸をよぎっ
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