เข้าสู่ระบบため息交じりにぼんやりと作業を続けるルーシーを、ウルフが最初に見つけた時、彼は――なぜこの娘が収穫で忙しいはずの夏に、たった一人でこんな場所にいるのだろうと不思議に思った。
だが、それ以上の興味は湧かなかった。 この森において、最大の異分子は自分の方なのだという自覚があったからだ。 ウェールズの辺境伯フィッツアランのもとを逃げ出したウルフには、身分証もなければ領主発行の通行証も一枚とてない。公道を歩けば即座に捕縛される身の上だ。今はひとまず、追手を撒くためにこの森に潜伏しているに過ぎない。 本来、ウルフのようなならず者がいれば、村の警備兵に早々に叩き出されるはずだった。 しかし、今のところ誰も近づいてくる気配はない。ウルフは拍子抜けするほどマイペースな日々を過ごしていた。 幸い、季節は夏。食べられる木の実こそ少ないが森はそれなりに豊かだし、川には魚が泳いでいる。 生きるための食料を得るのに、そう苦労はしなかった。 ウルフは自分が食べる分だけを適当に獲っては、木陰で泥のように眠る。皮肉にも、逃亡生活の中で彼は「スローライフ」を満喫していた。 辺境伯の兵士として明けても暮れても戦い続け、拳を人の血で染め抜いていた日々に比べれば、ここは天国も同然だった。 (……あとは、自由都市にでも逃げ込んで市民権を得れば、あいつの手から完全に逃げ切れるわけだが) 正式な市民権を得るためには、自由都市に逃げ込んで『一年と一日』を無事に過ごさなければならない。今滞在しているアッシュワースから最寄りの都市はブリストルだが、そこは海峡を挟んでフィッツアラン領の目と鼻の先だ。 敵の喉元で一年もやり過ごすのは、現実的ではないだろう。たとえ無事にやり過ごしても、迎えが来た時に後ろ盾がなければ連れて行かれ可能性の方が高いし……。 何より、この白い髪と赤い瞳は目立ちすぎる。追手に「見つけてくれ」と言っているようなものだ。 ならば、ロンドンのような大都市を目指すのも手だが、あそこまで行くには数週間の旅路を要する。移動の面倒臭さを考えると、どうにも腰が重かった。 そんな中、危険な旅をせず、かつ自由都市で逃げ回るよりも楽に身分を造れそうな場所が、たった一つだけあった──教会だ。 教会に保護され、身元引受人になってもらえれば、時間をかけずにこの地での定住権を得ることも不可能ではない――はずだった。 教会、と考えた瞬間。先日自分のキャンプに突撃してきた、あの司祭の顔が脳裏をよぎる。 (アーサー・ドミニク・クロムウェル……。あの男なら、泣いて喜んで俺を保護しそうだが) だが、それはカトリックの洗礼を受け、神に跪くことを意味する。 ──「流浪人さん、友達になってください!」 子犬のように飛びついてきたアーサーの熱烈な勧誘を思い出し、ウルフは思わず身震いをした。 (ないな。イングランド人の神に頭を下げるのも御免だし、何よりあの男の息子に何をされるか分かったもんじゃない。ゾッとする……) 結局、ウルフは考えるのをやめた。 とりあえず、追い出されるまではこのまま森でゆっくりさせてもらおう──。 そんなことを考えつつ微睡んでいると、聞き慣れない男の怒声が聞こえてきて、ウルフは意識を声の方に向けた。 どうやらルーシーが村の男に、収穫物のことで怒鳴られているらしい。 「朝からやって、まだこんな程度なのか! 森には慣れてると聞いたから任せたのに!」 「ごめんなさい……」 怒られて項垂れるルーシーの横には、野草がこんもり盛られた籠が置いてあるが、それでは不十分だというのか。 籠の中身は、洗えばすぐ使えるほど丁寧に選別された野草ばかりだ。一人きりの作業で、一定の基準を設けて収穫すればそんなものだろうとウルフは思うが、きっと村には村の基準があるのだろう。 村の男はひとしきりルーシーを罵倒し終えると去っていき、彼女はまた一人になった。 残されたルーシーは暗い顔で、休憩もせずに収穫作業を再開する。 昼食の時間はもう過ぎていたが、そもそも彼女の周りに弁当らしきものは見当たらなかったし、食べるつもりもないのだろう。 ウルフはそんな彼女を見かねて、高い枝にある野生のサクランボを採っては彼女の近くに少しずつ落としてやったり、籠にあるのと同じ野草を採ってきては、目を盗んで側に置いてやったりした。 ついでに、皿代わりにしているフキの葉に、野イチゴやビルベリーを盛っておいた。 彼女の昼飯にでもすればいいと思ったのだ。 それに気づいたルーシーは、ウルフの意図を察して表情を明るくすると、木の上に向かってお礼を言ってそれを持って行った。 アーサーが来た時も思ったが、ルーシーもまたウルフに臆さず話しかけてくれていた。 もしかしたら変人には変人が集うのかもしれない。 その日からウルフは、ルーシーが森にやってくると、見守るだけでなく一緒に作業するようになった。作業しながら、彼女の知らない野草の知識を少しずつ教えたりもした。 そんなことを繰り返していると、ある日を境にルーシーが森を訪れなくなった。 森の収穫時期はまだまだ続くはずなのにどうしたのだろう、とウルフが思っていると、二、三日してやっと森を訪れる人影があった。しかも、昼下がりに。 やっと作業に戻ったのかと思ったが、そこにいたのはルーシーではなくアーサーだった。 突如現れたアーサーを警戒し、ウルフはテントから離れて木の上からそっと様子を伺った。 アーサーはウルフを探して森をうろついていていた。 時折声を張り、「すみません」とか「あの」とか「居ませんか?」と叫んでいるが、名前を呼ばれたわけではないので、しばらく無視を決め込むことにした。 しかし、いつまで経ってもアーサーは帰る様子がなく、うろつき続ける。ウルフは堪らず地上に降りて「なんだ」とぶっきらぼうに話しかけた。 「る、流浪人さああーん!」 アーサーはウルフの姿を見つけるなり、一目散に駆け寄って抱きついた。あまりの勢いに突き返してやろうと思ったが、アーサーが縋って泣きながら「助けて」と懇願し始めたので、仕方なくまずは事情を聞くことにした。 「急にやって来て何なんだよ。俺がお前にしてやれることなんてないだろう」 ウルフがそう言っても、アーサーは首をぶんぶんと横に振りながら「ルーシーが……」と呟いた。 「あの女が、どうしたんだ?」 最近顔馴染みになったルーシーの身に何かがあったらしいと聞き、ウルフの背筋に冷たいものが走る。 「ルーシーが、村人に毒を盛ったって……。森でずっと一人で作業していたから、何をやっていたか分からないって言うんです。でも、ルーシーが最近あなたと一緒にいたことは聞いています。お願いします、ルーシーを助ける手伝いをしてください!」 「毒だって? そんなことはありえない。あの籠の中に、毒になりそうなものは一つだって入ってなかった! 俺も一緒に確認したんだぞ!」 「だから来たんです。お願いします!」 アーサーが言うには、ルーシーが働いている診療所が出した薬を飲んだ患者から、中毒者が出てしまったらしい。 その原因として、ルーシーが採ってきた薬草のせいだと言い張る人間がいて、騒ぎになっているとのことだった。 当然、ルーシーは症状を聞いて自分の薬草のせいではないと主張したが、一人で収穫していたことは周知の事実だ。これ幸いと責任を押し付けられているらしい。 アーサーはルーシーの知識を信じているが、彼自身にはそれ以上の発言権も薬草の知識もない。だからこそ、彼女の作業をずっと見ていたウルフなら状況を打破できるのではないかと思い、人目を盗んでここまでやって来たのだという。 話を聞き、ウルフはまた頭を抱える。 ルーシーを助けてやりたくとも、貴族の坊ちゃんに解決できないことを、身元のない流浪人の自分がどうにかできるはずがない。 それにしてもこのアーサーという男は、どうにも他の人間とは様子が違って扱いに困る。異教徒の流浪人と友達になりたいと言ってみたり、村娘一人のために危険を承知で森に来ては、臆面もなく助けを求めたり。 本来貴族が兼ね備えておくべき危機感がごっそり抜け落ちていて、ウルフの方が冷や汗をかいてしまう。 ウルフ自身一人なら、静かに暮らしていれば捨て置かれるかもしれないが、この坊ちゃんに関わるだけで、ウルフは不埒な村の敵として認識されかねないのだ。 ウルフはただ、ここで穏やかに過ごせればそれで良かった。しかし、いわれなき罪を着せられた少女が窮地に立たされていると聞いては、アーサーに帰れとは言いづらかった。 【続く】■14世紀のカソリック聖職者の衣装について Ⅰ.儀式用の服(祭服) 14世紀イングランドで主流だった「サラム典礼」に基づく構成です。 チェジブル(上祭服):最上位の服。袖のないマント型。 14世紀イングランドでは、色よりも「布の豪華さ」が優先され、祝日には「その教会で一番良い服」を着ました。また、四旬節には紫ではなく「灰色のリネン」を用いるのが一般的でした。 ストラ(帯状の布):首から垂らす細長い帯。司祭の権威の象徴。 マニプル(腕帯):左手首にかける短い帯。 アルバ(長白衣):足首まである白いリネンの長袖チュニック。 【特徴】 14世紀には、アルバの裾や袖口に「アパレル」と呼ばれる刺繍を施した布を縫い付けるのが流行していました。 アミス(肩衣):首回りに巻く白い布。Ⅱ.日常生活の服(平服):村の司祭の実態 アーサーが普段村で着ている、より現実的な服装です。 カソック(長法衣):足首までの丈がある長袖の服。 当時のカソックは現代のような真っ黒ではありません。14世紀の村の司祭は、未染色の羊毛(褐色や灰色)、あるいは濃紺や暗い茶色のウールを着ていました。 現代のようなボタンが並んだタイトな形ではなく、もっとゆったりとした「ガウン」や「チュニック」に近い形状で、上から被るか、紐で結ぶタイプが主流でした。 クローク(外套):寒冷なイングランドで屋外に出る際に羽織るウールのマント。フード付きが多く、雨風をしのぐための必需品です。 Ⅲ.下級聖職者(教区書記など)の服装 衣服: 司祭と同様のカソック(長法衣)を着ますが、アルバやチェジブルを着てミサを執り行う権限はありません。 トンスラ(髪型):規則では頭頂部を剃ることになっていましたが、多くの聖職者が不精をして髪を伸ばし放しにしている事が多く、司教が来る時だけ慌てて剃るという実態が当時の文献で皮肉られています。 ◎アーサーとトンスラ ちなみにアーサーはトンスラをしていません。 キリスト教に帰依してはいても、トンスラはあまり好まなかったようです。 大学時代など、人目のある場所ではしてい
ルーシーには、自分が無実である確信があった。 患者の症状から、ジキタリスと間違えてドクニンジンが混入された薬を摂取したのは明白だった。 だが、ルーシーは最近ジキタリスを採取していない。ましてやドクニンジンが生えているような水辺での作業など、ここ最近は一切行っていなかった。 つまりこれは、完全な言いがかりだ。 犯人ではない以上、いわれなき冤罪を受け入れるわけにはいかない。 ここで認めたら最後。親が無く、荘園の民として相互保証の後ろ盾のないルーシーは即座に死刑が決定してしまう。 毒殺は、相手が防御できない「不意打ち」であり、かつ「食事を共にする」という信頼を裏切る重罪──ましてや身寄りのない下層民が村人に毒を盛ったと確定すれば、慈悲の余地など欠片も望めない。 (私、死んじゃうの?) 何度か罪人が首吊りになる光景を見たことがあり、怖くて眠れなかった。今度は自分があそこに吊られるというのだろうか。もしかしたら魔女として火あぶりにされる可能性もある──そんな事、あってはならない。 だからこそルーシーは必死に抗っているし、おかげで村はこの大騒ぎになっているのだ。 濡れ衣を拒む理由は、他にもあった。 今まで懸命に働いて積み上げた信頼を失いたくないし──何より、アーサーにこの騒ぎを知られて、失望されたくなかった。 こうなったら駄目で元々。徹底的に抵抗してやろう。 それで殺される前に裁判にでも持ち込んで、アーサー兄さんとアリス姉さんだけでも自分の潔白を信じてくれるなら、ルーシーも諦めがつくかもしれない。 いや、きっと二人は信じてくれるし、命を救おうと尽力してくれるだろう。 彼らさえ味方でいてくれるなら、死刑になっても構わない。 けれど、誰かの嘘によって、アーサーに失望されることだけは……それだけは、何としてでも避けたかった。 ルーシーはその一心で、厳しい尋問に耐え続けた。 視界の端では、トーマスが相変わらず冷静に成り行きを見守っている。 いつの間にか彼の側にはアッシュワースの村長バーソロミューも立っており、
その日の夕暮れ、一日の農作業を終えた男は、重い足取りで診療所に立ち寄った。 「……これを。寝る前に煎じて飲んでくださいね。楽になりますから」 薄暗い診療所の軒先で、手伝いの女性から薬草の包みを受け取ると、男は軽く会釈をして家路を急いだ。 家では、質素ながらも温かい家族との食事が待っていた。 食後、妻が薪の火で丁寧に煎じてくれた薬を、男は何の疑いもなく飲み干した。 「ふぅ、これで明日には少しは身体が軽くなればいいんだが……」 そう言って一息つこうとした、その直後だった。 男の顔から、みるみるうちに血の気が引いていった。 「……あ、がっ、う、ううぅ……!」 突如として胃を掴まれたような激痛に襲われ、男は自分の腹を抱えたまま、椅子をなぎ倒して床に崩れ落ちた。 「あなた!? ちょっと、どうしたの!」 妻が悲鳴を上げ、駆け寄る。 男は全身から嫌な汗を噴き出し、喉をかき鳴らしながら、脂汗を浮かべて畳みかけるような苦しみにのたうち回った。 「お父ちゃん! お父ちゃん!」 子供たちの泣き叫ぶ声と、狂ったように助けを呼ぶ妻の叫びが、静まり返った夜の村に響き渡った。 戸を叩く音、駆けつける隣人たちの足音。 倒れた男を囲んで「毒だ!」「診療所の薬を飲んだせいだ!」と叫ぶ野次馬たちの怒号が重なり、アッシュワース村は一晩にして、逃げ場のない不穏な熱狂に包まれていった。 ルーシーが村人に毒を盛った――その報せを聞いた瞬間、アーサーは診療所前の広場へと飛び出していた。 だが、そこまでだった。 「──……ッ!」 野次馬の怒号を掻き分け、中心で震えるルーシーに駆け寄ろうとしたアーサーの足が、凍りついたように止まる。 人垣の向こう、代官トーマスの冷徹な視線がアーサーを射抜いたのだ。 ――(余計な真似をするな、坊ちゃん)
3. 教会 ・アーサー(司祭): 精神的な指導者ですが、経済的には村人から**十分の一税(Tithes)**を徴収する立場でもあります。■人々の生活に欠かせないミサについてまとめました。 ◎朝のミサ 14世紀のイングランドにおける平日の朝ミサ(Low Mass / 低ミサ)は、日曜日の盛大なミサとは異なり、非常に静かで、司祭の「個人的な献身」に近い形で行われていました。 アーサーが毎朝、夜明け頃に行うミサの具体的な進行を解説します。 ◎ 朝ミサ(低ミサ)の特徴 言語: すべてラテン語です。 音楽: 原則としてありません(無言、または司祭が唱えるのみ)。 補助者: 侍者(ピーターのような雑務係)が一人つけば十分です。 位置: 司祭は常に**祭壇に向かって(信徒に背を向けて)**執式します。 ◎ 朝ミサの進行スケジュール(所要時間:約30分) 1. 準備と入祭 身支度: アーサーはサクリスティ(祭具室)で、日常着のキャソックの上に、アリスが整えたかもしれない白いアルバと、その日の典礼色のカズラを重ね着します。 入祭: 聖杯(カルリス)を手に持ち、侍者を連れて静かに祭壇へ進みます。 祭壇下での祈り: 祭壇の階段の下で、自分の罪を告白する祈り(コンフィテオル)を低く唱えます。2. 言葉の典礼(教えの時間) キリエ・エレイソン: 「主よ、憐れんでください」と9回唱えます。 集会祈願: その日のための短い祈りを唱えます。 書簡と福音: 聖書の特定の箇所を音読します。平日なので説教(村人への話)は省略されることが多く、アーサーはただ淡々とラテン語の聖句を読み上げます。 3. 感謝の祭儀(ミサの核心) 奉納: パンとワインを神に捧げます。 聖変化(コンセクラティオ): ミサの中で最も神聖な瞬間です。 アーサーが「Hoc est enim corpus meum(これはわたしの体である)」と唱え、パン(ホスチア)を高く掲げます。 鐘(サンクタス・ベル): 侍者が小さな手持ちの鐘を鳴らし、近くにいる村人に「今、パンがキリストの体に変
行商人が持ってきた商品の参考価格を調べてきました。 チャッピー調べなので参考程度にどうぞ。★中世イングランドの単位 £ = pound/ポンド s = shilling/シリング d = penny/ペニー、複数 pence/ペンス1 farthing(ファージング)= 1/4d 4 farthings = 1 penny 48 farthings = 1 shilling 960 farthings = 1 pound■骨を削った独楽 0.5〜1ペンス程度 生活価値換算:約2,500〜10,000円 備考:下層の子には贅沢。買える家なら買える小物■小刀:2〜5ペンス程度 生活価値換算:約10,000〜50,000円 備考:労働者の1〜数日分。子ども用でも普通に高い■磨いた石のビー玉 1個1〜2ファージング程度、数個で1〜2ペンス 生活価値換算 1個:約1,250〜5,000円 数個:約5,000〜20,000円 備考:小さな贅沢品■真鍮の飾りボタン数個 合計1〜3ペンス程度 生活価値換算:約5,000〜30,000円 備考:実用品兼飾り。庶民には気軽ではない■真鍮の指輪:1〜4ペンス程度 生活価値換算:約5,000〜40,000円 安物なら買えるが、子どもの衝動買いには高い■錫・ピューターの騎士人形 1体なら1〜3ペンス 数体セットなら4〜12ペンス程度 生活価値換算 1体:約5,000〜30,000円 セット:約20,000〜120,000円 備考:かなり贅沢。村の子向けではなく裕福層向け★おまけ。アーサーの隼セット ■鳥籠:鉄・木・白っぽい金属なら1〜3シリング程度 生活価値換算:約60,000〜360,000円 備考:かなり上等な付
ため息交じりにぼんやりと作業を続けるルーシーを、ウルフが最初に見つけた時、彼は――なぜこの娘が収穫で忙しいはずの夏に、たった一人でこんな場所にいるのだろうと不思議に思った。 だが、それ以上の興味は湧かなかった。 この森において、最大の異分子は自分の方なのだという自覚があったからだ。 ウェールズの辺境伯フィッツアランのもとを逃げ出したウルフには、身分証もなければ領主発行の通行証も一枚とてない。公道を歩けば即座に捕縛される身の上だ。今はひとまず、追手を撒くためにこの森に潜伏しているに過ぎない。 本来、ウルフのようなならず者がいれば、村の警備兵に早々に叩き出されるはずだった。 しかし、今のところ誰も近づいてくる気配はない。ウルフは拍子抜けするほどマイペースな日々を過ごしていた。 幸い、季節は夏。食べられる木の実こそ少ないが森はそれなりに豊かだし、川には魚が泳いでいる。 生きるための食料を得るのに、そう苦労はしなかった。 ウルフは自分が食べる分だけを適当に獲っては、木陰で泥のように眠る。皮肉にも、逃亡生活の中で彼は「スローライフ」を満喫していた。 辺境伯の兵士として明けても暮れても戦い続け、拳を人の血で染め抜いていた日々に比べれば、ここは天国も同然だった。 (……あとは、自由都市にでも逃げ込んで市民権を得れば、あいつの手から完全に逃げ切れるわけだが) 正式な市民権を得るためには、自由都市に逃げ込んで『一年と一日』を無事に過ごさなければならない。今滞在しているアッシュワースから最寄りの都市はブリストルだが、そこは海峡を挟んでフィッツアラン領の目と鼻の先だ。 敵の喉元で一年もやり過ごすのは、現実的ではないだろう。たとえ無事にやり過ごしても、迎えが来た時に後ろ盾がなければ連れて行かれ可能性の方が高いし……。 何より、この白い髪と赤い瞳は目立ちすぎる。追手に「見つけてくれ」と言っているようなものだ。 ならば、ロンドンのような大都市を目指すのも手だが、あそこまで行くには数週間の旅路を要する。移動の面倒臭さを考えると、どうにも腰が重かった。