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縁が結ぶ影〜呪われた巫女と結ぶ少年〜
縁が結ぶ影〜呪われた巫女と結ぶ少年〜
Author: 渡瀬藍兵

一話:春風が紡ぐもの

Author: 渡瀬藍兵
last update publish date: 2025-05-15 18:19:40

 ────────────────

『私は……何のために生まれてきたんだろう』

「……君にしか成し得ないことがあったからだ」

『でも、そこに私の気持ちが入り込む隙間なんてなかった』

「君は、それでもその命を燃やし続けた。鮮やかに——春になれば咲いては散る桜のように…」

「君が成し遂げたことは無駄ではない。払った代償はたしかに大きかった。だが、私は知っている。……私こそが、君がここにいた証だ」

 ─────────────────

 桜が、ひらひらと舞っていた。

 淡い花びらは春の風にほどかれ、街のいたるところへ静かに降り積もってゆく。見上げれば枝という枝が薄紅に霞み、目を落とせば石畳の端にまで花の色が入り込んでいた。

 ここは風穂県にある古い都、桜織市。

 この街が、いつから桜によって彩られていたのか――その起こりを正確に知る者はいない。けれど、少なくとも人々の記憶よりはるか昔から、この地では春になるたび桜が咲き誇り、街を桃色に染め上げてきたという。時代が移り、人の営みが変わっても、その景色だけは絶えず受け継がれてきた。

 人と桜が寄り添い、重なり合って、長い歴史を織り上げてきた街。

 だから人々は、この都を桜織市と呼んだ。

 その名は土地を示すだけのものではない。春が来れば誰もが思い出す、花に包まれた記憶そのものだった。

 。❀ 𓂃𓈒𓏸 。❀ 𓂃𓈒𓏸 。❀ 𓂃𓈒𓏸

 そんな春の気配をまとった街の中で、悠斗は新学期の熱が漂う教室へ足を踏み入れた。

 新しいクラスは、二年い組。桜織高校では、学級を「いろは」で分けている。つまり今日は、二年生としての学校生活が始まる最初の日でもあった。

「お! お前と一緒か!」

「うわ、今年も同じかよ〜!」

 教室のあちこちで、そんな声が弾ける。再び同じクラスになれたことを素直に喜ぶ者もいれば、わざと大げさに肩を落としてみせる者もいて、そのどちらにも春先らしい浮ついた明るさがあった。窓から差し込む陽の光まで、どこか落ち着きなく揺れて見える。

 悠斗はそんな賑わいの中を、騒ぎ立てるでもなく、自分の席へ向かった。

 そのとき、始業を告げるチャイムが鳴る。

 ほとんど同時に教室の扉が開き、担任が姿を見せた。時間ぴったり――いや、ぴったりすぎるほどの登場に、何人かが小さく笑う。

「ほらほらー、座れ〜」

 気さくな声に急かされ、生徒たちはばらばらと席へ着いていく。教壇に立ったのは、小柄で親しみやすそうな雰囲気の女性教師だった。肩の力の抜けた笑みを浮かべたまま、教室をひと通り見渡してから口を開く。

「よし、みんな座ったね。去年も同じクラスだった顔がちらほら見えるけど、そうじゃない子もいるし、まずは自己紹介からいこうか。二年い組の担任を務めることになった、鈴木広子です。よろしくね」

 よろしくお願いします、と教室のあちこちから声が返る。

「それじゃ、早速だけど今度はみんなの番。順番に自己紹介していこう」

 そうして、新学期らしい恒例の流れが始まった。

 運動部らしく勢いよく名乗る者がいれば、いかにも優等生然とした落ち着いた口調で話す者もいる。短い自己紹介ひとつ取っても、それぞれの性格が妙に透けて見えるのがおかしかった。教室はさっきまでより少し整った空気をまといながら、それでもまだ、初日のそわそわした明るさを手放してはいない。

 自分の番が近づくにつれ、悠斗はなるべく目立たないようにしようと決めていた。変に印象を残す必要はない。無難に、静かに、それで終わればいい。

「櫻井悠斗です。趣味は読書と、植物を育てることです。……よろしくお願いします」

 簡素で、癖のない自己紹介。

 それで十分だった。誰の記憶にも強く引っかからないくらいが、悠斗にはちょうどいい。

 教室にはまた次の生徒の声が重なり、新しいクラスの輪郭が少しずつ形を取りはじめていく。

 こうして、悠斗の二年目の学生生活が静かに幕を開けた。

 *

 新学期初日のざわめきがようやく遠のき、放課後の空気が校舎をゆるやかに包みはじめたころ、悠斗は昇降口を出た。

 向かう先は決まっている。桜織高校からでも見上げることのできる、あの丘の上の巨大な鳥居。その先に鎮座するのが、数百年という気の遠くなるほどの歳月を、この街とともに重ねてきた桜織神社だった。

 桜織には、古くから語り継がれている話がある。

 かつてこの地には、ひと柱の神がいたという。その神は桜を植え、やがて己の身を、葉を持たぬ一本の桜へと宿した。すると、その木はたちまち無数の花を咲かせ、それ以来、長い長い春を越えながら、この土地を見守り続けているのだと。

 そして、その神話の中心にある桜こそ、いまも丘の上に根を張る大樹――桜翁だ。

 樹齢千年を超えるともいわれるその桜は、遠く離れたこの場所からでもはっきりと見える。街を見下ろすように枝を広げる姿には、ただ古いというだけでは済まされない、何かしらの重みがあった。

 悠斗は緩やかな坂を抜け、やがて石段の前へ辿り着く。

 一段、また一段と上るごとに、街の気配が少しずつ足元へ沈んでいった。人の話し声も、車の走る音も、下界へ置いてくるように薄れていく。代わりに耳へ入ってくるのは、風に揺れる花枝のかすかな擦れ合いと、どこからともなく降ってくる春の静けさだった。

 鳥居の前まで来ると、悠斗は足を止め、軽く一礼する。

 見上げた先で、桜翁は変わらぬ姿のまま枝を広げていた。薄紅の花々は夕方の光をやわらかく含み、千年という途方もない時の重なりさえ、いまこの瞬間だけは穏やかな春景へ溶かしてしまっているように見える。

 相変わらず、見事な桜だった。

 春になるとここを訪れる。それは、悠斗にとってもうずいぶん前から続いている習慣だった。

 そして、何気なく桜翁の根元へ視線を落とした、そのときだった。

 そこに、一人の少女が立っていた。

 桜織高校のブレザー。春の風に揺れる、茶色のポニーテール。けれど悠斗には、その姿に見覚えがない。少なくとも同級生ではないだろうし、校内で一度でも見かけていれば、きっと記憶に残っている。おそらく一年生――そんな推測が、遅れて頭の隅に浮かぶ。

 少女は悠斗の存在に気づいていないようだった。

 だから彼は、物音を立てないよう息を浅くしながら、そっとその横顔へ目を向ける。

 次の瞬間、足が止まった。

 いや、止まったというより、その場に縫い留められたに近い。根を張った桜のように、ぴたりと動けなくなってしまったのだ。

 少女はただ、桜翁を見上げていた。

 それだけだった。たったそれだけの仕草なのに、どうしてか、その横顔はひどく危うく見えた。薄紅の花びらが舞うたび、輪郭までも春の光にほどけてしまいそうで、目を離せない。境内を満たす静けさの中で、彼女だけが別の季節に立っているようでもあった。

(なんだろう、これ)

 胸の奥で生まれた戸惑いは、言葉になる前に脈の速さへ変わっていく。心臓が妙に騒がしい。理由などわからないまま、悠斗はただ、その姿に見入っていた。

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Comments (2)
goodnovel comment avatar
塚田空
美しい描写ですね! なんだかすごい作品に出会ってしまった そんな気がします!
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ネム……
しっかりとキャラクターの個性が出ていて物語に入りやすくフリガナもあるところも読者に対して配慮が行き届いていてこの先も読みたくなるそんな物語ですね!! この先も読んでいきます...*゜
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