로그인「そうですか」
翔太はそれ以上、追及しなかった。
昔なら、もっと絡んできた。
今、俺のこと見てたよね。
そう言って、私が認めるまで嬉しそうに笑っていた。
今は、こちらが答えなければすぐに引く。
余裕があるというより、最初から何も期待していないように見えた。
翔太の抱えた段ボールの中で、ペットボトルが小さくぶつかる。
「重くない?」
気づけば、そう聞いていた。
「今さらですか」
「確認しただけ」
「重いですよ」
「じゃあ、少し持つ」
「持てないから頼んだんでしょ」
あまりにも自然な言い方だった。
敬語が消えている。
翔太自身は気づいていないのか、そのまま正面を向いていた。
「落としたら困るので、そのままでいてください」
すぐに元の距離へ戻る。
けれど耳には、さっきの声が残った。
五年前と同じだった。
エレベーターが止まり、翔太が先に降りる。
私はその後ろを歩いた。
部屋の前まで来ると、翔太は段ボールを静かに下ろした。
「ここでいいですか」
「うん。ありがとう」
バッグの中から鍵を探す。
なかなか見つからず、翔太を待たせてしまう。
「先に戻っていいよ」
「鍵が開くまでいます」
「正人と同じこと言うんだね」
言ったあとで、余計だったと思った。
翔太の視線が上がる。
「昨日の人?」
「そう」
「会社の同期。五年くらい友達なの」
「へえ」
翔太は短く答えた。
興味があるのかないのか、分からない。
ようやく鍵が見つかる。
差し込もうとした時、翔太が口を開いた。
「この前は、本当にすみませんでした」
「騒音?」
「壁があんなに響くと思ってなくて」
「三日分、かなり聞こえてた」
「……三日とも?」
「全部」
翔太が気まずそうに眉を寄せる。
「それは、本当にすみません」
今度は素直な謝罪だった。
「正人の前では、最初からその感じだったよね」
「その感じ?」
「私が文句を言いに行った時とは、態度が全然違った」
「あれは、愛子さんが怖かったからでしょ」
「怖い?」
「夜中に髪ぼさぼさで、すごい顔して立ってたので」
思わず翔太を見る。
笑いを堪えるように、唇の端が上がっていた。
「そんなにひどかった?」
「かなり」
「見るところ、そこ?」
「最初に目に入ったから」
「最悪」
翔太が小さく笑う。
その笑い方が、昔と少しだけ重なった。
「でも、前もよくあんな顔してましたよね」
「いつ」
「仕事が忙しい時。寝てないのに、大丈夫って言ってた」
胸の奥が揺れる。
私自身が忘れかけていた姿を、翔太は覚えている。
「よく覚えてるね」
翔太の目が一瞬だけ止まった。
「分かりやすかったので」
すぐに軽い調子へ戻る。
私は鍵を回した。
「今は、もう静かですよね」
「うん」
「ならよかった」
「女性、帰したの?」
口から出た瞬間、後悔した。
翔太がゆっくり私を見る。
「気になります?」
「騒音の確認」
「そういうことにしておきます」
「何、その言い方」
「聞いたのは愛子さんでしょ」
翔太の笑みが少し深くなる。
昔も、私が困るとこんなふうに笑った。
反応を見られることが、ただ嬉しいような顔。
「帰しましたよ」
「そう」
「静かにするの、難しそうだったので」
意味を理解した途端、頬が熱くなる。
「そこまで説明しなくていい」
「聞かれたので」
「帰したかしか聞いてないから」
「じゃあ、帰した。それだけです」
翔太が楽しそうに笑う。
私も堪えきれず、少し笑ってしまった。
一度笑うと、言葉が自然に続いた。
「本当に変わったね」
「愛子さんも」
「私は変わってないって言ったでしょ」
「前より素直じゃなくなった」
「元から素直じゃない」
「そうでしたっけ」
「そうだよ」
「じゃあ、俺が忘れてたのかも」
昔と同じようなテンポだった。
考える前に言葉が返る。
五年前の時間だけが、不意に戻ってきたように感じた。
けれど。
先に笑みを消したのは翔太だった。
「じゃあ、俺は戻ります」
「あ、うん」
急に会話を切られた気がした。
引き止める理由はないのに、わずかな物足りなさが残る。
「今日はありがとう」
「次から、水は分けて頼んでください」
「そうする」
「おやすみなさい」
「おやすみ」
互いの扉が閉まる。
静かになった玄関で、私は小さく息を吐いた。
五年前のことは、何も解決していない。
それでも、翔太と普通に話していた。
軽口を交わして。
少しだけ笑った。
顔を見るだけで身体が強張っていた数日前とは、明らかに違う。
段ボールを開けようとして、右手に提げた袋へ気づいた。
「……あ」
翔太のコンビニ袋だった。
荷物を持ってもらう代わりに預かり、そのまま忘れていた。
中には水とコーヒーとサンドイッチ。
時計を見る。
もう二十三時を過ぎている。
隣まで数歩とはいえ、さっきおやすみと言ったばかりだった。
わざわざ呼び出して返すほどでもない。
「明日でいいか」
袋をキッチンへ置く。
サンドイッチと水だけ冷蔵庫へ入れた。
翔太も、必要なら取りに来るだろう。
けれど、しばらく待ってもインターホンは鳴らなかった。
気づいていないのか。
気づいても、明日でいいと思っているのか。
どちらでもいい。
忘れ物を返すだけだ。
そう思いながら照明を消す。
それでも眠る直前。
明日は何時頃、翔太が部屋を出るのだろうと。
そんなことを考えている自分に気づいた。
窓を開けてベランダに出ると、夜風が頬に触れた。少し冷たい。けれど、部屋の中にいるより息がしやすい。隣のベランダから、声がした。「珍しい」翔太だった。黒のスウェット。少し疲れた顔をしている。でも、私を見る時だけ、目元が少し柔らかくなる。最近、それに気づくようになった。昔みたいに分かりやすく近づいてくるわけではない。でも、距離の取り方が前よりずっと静かになっている。踏み込まない。でも、見ている。「何かあった?」低い声だった。決めつけない。ただ聞く。私は少し笑った。「顔に出てる?」「わりと」翔太も少し笑った。昔より余裕がある。でも、こういう時の空気の入り方は変わらない。話しやすい。少しだけ安心する。最初は、仕事の話だった。新しい案件。忙しさ。残業。クライアントの優先順位。制作との調整。話しているうちに、言葉が少しずつほどけていった。そして、気づけば正人の話になっていた。「なんかさ」私は缶を持ちながら言った。「最近、仕事だとすごい厳しいんだよね」翔太はすぐに返さなかった。缶に口をつけるわけでもなく、こちらを見るわけでもなく。ただ、ちゃんと聞いている。その間が、妙に安心した。「正人は最近、冷たいっていうか」自分で言いながら、少し違うとも思った。正人は冷たいわけではない。ただ、遠い。「告白されてから、明らかになんか違くて」言ってから、少しだけ心臓が跳ねた。前にジムで会ったときに、濁しながら話したけど。正人に告白された、とはっきり言ったのは初めてだった。翔太の動きが、一瞬だけ止まった。缶を持つ指先。ほんの少し。でも、すぐに戻る。「へえ」低い声だった。静かだった。「で、距離取ってるように見えるんだけど」私は続けた。「今日、仕事でぶつかって」翔太は少し考えるように、夜景の方へ目を向けた。風が吹く。沈黙が少しだけ挟まる。それから、静かに言った。「……でも」「うん」「正人さんの言ってること、ちょっと分かる」私は止まった。「え?」味方してくれると思っていた。少なくとも、少しは。翔太は私を見る。少しだけ困ったような顔だった。でも、誤魔化さなかった。「愛子、結構甘えるじゃん」責める言い方ではなかった。事実を置くみたいな声。だから余計に、少し刺
新しい案件が始まったのは、イベントの熱がようやく落ち着いた頃だった。大型クライアント。制作、メディア、営業が全部絡む。しかも進行がかなりタイトで、最初のキックオフから空気が少し張っていた。自然と、正人と一緒に動く時間が増えた。増えたはずだった。なのに、前とは少し違った。正人は変わらず助けてくれる。資料も見てくれる。先方との調整も早い。抜けそうな論点があれば、ちゃんと拾ってくれる。でも、前みたいな近さがない。たとえば、以前なら。「先これやっとく」そう言って、私が詰まりそうなところを自然に拾ってくれていた。私がまだ言葉にする前に、正人の方が気づくことも多かった。それが今は違う。「一回整理して」「愛子はどう考えてる?」「そこ、先に前提置いた方がいい」返ってくるのは、問いだった。突き放されているわけではない。助けてくれないわけでもない。でも、自分で考えさせる。前みたいに先回りして守らない。それが、仕事としては正しいことも分かっている。分かっているのに、胸のどこかが落ち着かなかった。雑談も減った。夜の残業中、コンビニへ行く時に、「タバコ行くけど」と言われることもなくなった。以前は、私は吸わないのに、なんとなく一緒についていっていた。外の空気を吸って、どうでもいい話をする。新商品の話とか、会議で少し面白かった発言とか。本当に意味のない会話。でも、あの時間が、気づかないうちに休憩になっていた。そういうものが、静かになくなっていた。最初は、正人なりに距離を取っているのだと思った。告白された。私はすぐに答えを出せなかった。だから、正人が線を引こうとするのは分かる。分かるけど。仕事まで急に変わらなくてもいいじゃん。そう思ってしまう自分もいた。その日、会議室に残ったのは、もう二人だけだった。時計を見ると、二十二時半を少し過ぎている。外のフロアは静かで、空調の音だけが妙にはっきり聞こえた。正人はモニターを見ながら、淡々と言った。「これ、訴求ズレてる」私は眉を寄せる。「ズレてないよ。クライアントの優先順位考えたらこっちでしょ」正人が静かに首を振る。「感情で押してる」その言葉に、私の中の空気が少し止まった。「……何それ」「愛子、多分今、自分の成功体験に寄ってる」言い方は冷静だった。
夜十時を少し回った頃だった。帰宅して、メイクを落として、仕事用の服を脱ぐ。部屋着に着替えて、ようやく肩の力が抜けたところで、スマホが震えた。画面を見る。翔太だった。少しだけ意外だった。最近、連絡が来ることは増えた。でも、大抵は短い。明日、可燃ごみの日らしいです。とか。宅配、エントランスに置かれてました。とか。隣人らしい、少し事務的なやり取り。だから、通知が続いていることが珍しかった。『今日、蓮すみませんでした』思わず小さく笑ってしまった。真面目。本当に、そういうところは変わらない。別に翔太が謝ることではない。むしろ、止めてくれた側だ。それなのに、変な空気になると、自分が悪くなくても一度引き受ける。相手が困るくらいなら、自分が気まずい役をやる。昔から、そういうところがあった。少し不器用なくらいの優しさ。それが、昔は少し可愛かった。――可愛い?自分の中に浮かんだ言葉に、少しだけ手が止まる。今、何を思ったんだろう。私は誤魔化すように返信を打った。『全然大丈夫』『気まずかったよね笑』既読は早かった。『あれはまあ……』『蓮が空気読まなかった』少し間があいて、続けてメッセージが来る。『ベランダ出てるんだけど』『少し飲む?』ベランダ。そういえば、前に言っていた。春とか秋は、少し気が晴れると。このマンションは見晴らしがいい。でも、住み始めてから私は一度もちゃんと出たことがなかった。少し迷う。でも今日は、誰かと少しだけ話したかった。正人との会話が、まだ胸に残っている。待つよ。そんな軽い気持ちじゃないから。あの静かな真剣さは、嬉しかった。でも、少しだけ苦しかった。私は短く返した。『行く』すぐに返事が来る。『外ちょっと寒いので羽織った方がいいです』また少し笑ってしまう。こういうところ。本当に、変に真面目だ。カーディガンを羽織って、窓を開ける。ベランダへ出ると、思っていたより風が気持ちよかった。遠くに東京の夜景が広がっている。道路の光が細く流れて、電車の音が小さく遠くに聞こえた。少し肌寒い。でも、息が詰まる感じがしない。「お」隣から声がした。翔太だった。黒のロンTに、ラフなパンツ。力の抜けた格好なのに、妙に様になる。仕事終わりらしい疲れは少し出ていた。け
タクシーの後部座席は、冷房が少し効きすぎていた。運転手さんが行き先を確認し、車は静かに走り出す。窓の外で、丸の内の整った街路樹が流れていく。ガラス張りのビルが夕方の光を反射して、歩道を行く人たちの影が長く伸びていた。少し前なら、こういう移動時間は、たいていどうでもいい話をしていた。コンビニの新作。部内の誰かの癖。案件の愚痴。あるいは、何も話さないこともあった。でも、それが気まずいと思ったことはない。今は違う。会話がないわけじゃない。沈黙が苦しいわけでもない。ただ、お互い少しだけ言葉を選んでいる。その空気がある。正人が窓の外を見たまま、ふと口を開いた。「あの二人、イベント来てたんだっけ」声は自然だった。探る感じではない。ただ、今日の出来事を整理するみたいに。私は少しだけ間を置く。「あ、うん」窓の外へ視線を逃がす。「翔太が……来てくれて」“元彼”という言葉を飲み込む。なんとなく。まだ、正人の前では使いづらかった。「同僚の蓮くんもいて」「へえ」正人はそれ以上深く聞かなかった。ただ、小さく頷く。その反応が、逆に少しだけ気まずい。さっきの空気を、二人とも忘れていない。翔太の言葉。付き合ってた、というか。そして、正人の、感情を閉じたみたいな顔。私は無意識に指先をいじった。言わなきゃ。そう思っていたことがある。ずっと。今日じゃなくても良かったのかもしれない。でも、今日じゃないと、言えない気がした。「あのさ」声が少し小さくなる。正人が視線を向けた。私は一瞬だけ迷う。でも、逃げたくなかった。「私……ちゃんと考えてるから」言葉を探しながら、慎重に言う。「正人のこと」呼吸が少し浅くなる。窓に映る自分の顔が、少しだけ強張って見えた。「ただ……時間が必要で」指先が、スカートの生地を小さく掴む。自分でも、情けないくらい不器用な言い方だと思った。でも、期待だけ持たせるのも嫌だった。残酷になりたくなかった。「だから」少し視線を落とす。「待ってて、とは言わない」言葉を置くみたいに、ゆっくり言った。「正人は、正人の時間も大事にして」誰かと会ってもいい。前に進んでもいい。自分を優先してほしい。そう思う。本当に、そう思っている。でも、その未来を想像すると、少しだけ胸が苦し
エレベーターが一階に着き、扉が開いた。ロビーの高い天井から、午後の光が落ちている。人の靴音が硬い床に反射し、どこか遠くで受付の機械音が鳴っていた。媒体社の入るビルらしく、行き交う人たちはきれいに整った服装で、手にはPCバッグや紙袋を持っている。次のクライアント先へ向かうため、私と正人がエレベーターホールを抜けようとした時だった。「あれ?」先に気づいたのは、向こうから歩いてきた男の人だった。イベントで会った、翔太の同僚の....確か、蓮くんだ。「あ、イベントの時のお姉さん」蓮くんは私を見て、ぱっと表情を明るくした。その隣に、翔太がいた。黒いシャツに、細身のスラックス。片手にはPCバッグを持っている。仕事の途中なのか、少し疲れた顔をしていたけれど、それでもロビーの中で妙に目立っていた。背が高い。姿勢がいい。黒い服が似合う。何より、顔が整っている。本人は何もしていないのに、通り過ぎる女性が一瞬だけ視線を向ける。すぐに逸らす人もいれば、もう一度だけ見る人もいる。その目線を見て、私は思った。外で見る翔太は、少し違う。マンションの廊下で会う隣人でもなく、ジム帰りに少し話す元彼でもなく。ちゃんと社会の中に立っている大人の男だった。そして、普通に目立つ。そういう人だったのだと、今さら思い出す。翔太は私を見つけた瞬間、目元だけがほんの少し緩んだ。その変化は小さかった。でも、最近の私は、それが分かってしまう。「お疲れ」翔太の声はいつも通り低かった。でも、私に向ける時だけ、角が少し取れる。「お疲れ」私が返すと、蓮くんが楽しそうに笑った。「え、すごい。また会ったじゃないですか」それからロビーを軽く見回し、「あ、こっち来てたんですね」と言う。「媒体の打ち合わせで」私が答えると、蓮くんは納得したように頷いた。「なるほど。俺らこのビルなんですよ。たまに下でコーヒー買うくらいですけど」そう言いながら、自然に私を見る。視線がまっすぐだった。イベントの時にも感じたけれど、蓮くんは人との距離を詰めるのが早い。軽い。でも、悪い人ではない。「この後、時間あります?」少し明るい調子だった。「せっかくだし、ご飯でも」その瞬間。「蓮」翔太が静かに止めた。強くはない。でも、その一言で蓮くんの言葉が途切れた。
イベントの報告がすべて終わると、数週間ぶりに仕事の時間が通常の速度へ戻った。朝から鳴り続けていた通知も減り、会議室の予約にも少し余白が出てきた。誰かが「やっと息できる」と笑っていて、その声につられるように、オフィス全体が小さく緩んでいる。それでも、私の中だけはまだ少し落ち着かなかった。正人との距離は、前よりずっと丁寧になった。仕事では変わらず助けてくれる。資料の穴にも気づくし、先方との調整も早い。困った時には、必要なことを必要なだけ渡してくれる。でも、雑談の余白や、肩が触れそうな距離や。何も言わなくても隣にいる感じだけが、少しずつ消えている。消えたというより、正人が意識してそこに線を引いている。そのことが、私にはよく分かった。だからこそ、丸の内の媒体社へ二人で向かうことになった時、少しだけ息が詰まった。正人が関係を持っている媒体社で、私が担当するクライアント案件のクリエイティブ面を詰める必要が出た。正人がメディア側の調整役として入り、私がクリエイティブ営業として要件を握る。仕事としては、これ以上なく自然な同行だった。東京駅を出ると、丸の内のビル群が午後の光を反射していた。高いガラス壁。整えられた歩道。黒いスーツの人たちが、迷いなくビルからビルへ流れていく。その中を、正人と並んで歩く。「最後の資料、差し替えた?」正人が前を向いたまま聞く。「朝入れた。媒体別のクリエイティブ案も追加してる」「なら大丈夫。あそこ、最後に急に条件足してくることあるから」「それ先に言って」「今言った」私が少し睨むと、正人はかすかに笑った。そのやり取りは、昔の二人に似ていた。でも、完全には戻らない。信号待ちで立ち止まった時、正人は以前より半歩だけ離れていた。近すぎず、遠すぎず、仕事の相手として不自然ではない距離。たぶん、誰が見ても何も思わない。でも私は、その半歩の意味を知っている。媒体社の会議室は、窓から皇居側の緑が少し見える部屋だった。テーブルの上には水のペットボトルが並び、プロジェクターの光が白い壁に薄く滲んでいる。打ち合わせは、最初のうちは順調だった。媒体側の営業、三浦さんは愛想がよく、話も早い。正人とは以前から付き合いがあるらしく、軽口も多かった。問題が出たのは、最後のスケジュール確認に入った時だった。「追加の