All Chapters of 輝く私の背中に、夫は必死に追いつこうとした: Chapter 591 - Chapter 600

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第591話

【ほかの可愛い女の子たちの楽屋裏が見たいの。デザイナーが袖口をどうデザインしたかなんて話、興味ないんだけど】【夢実ちゃんって、一見おとなしそうな陰キャ顔なのに、しゃべり出したら止まらないタイプだったんだね】【さっき通り過ぎたショートカットの女の子、めちゃくちゃ可愛かった!カメラマン、少しはその重い腰を上げて追いかけてよ!】【もうお経みたいな解説はお腹いっぱい!かわいい女の子たちをもっと映して!】生配信のコメント欄では不満の声が次第に大きくなり、一時は五千人を超えていた同時視聴者数も、あっという間に三千人まで落ち込んでしまった。いくら事前に夢実の所属先から撮影の便宜を頼まれていたとはいえ、ここまで露骨な身内贔屓を続けていては番組として成り立たない。何より、周囲のブランドスタッフたちも口には出さないものの、あからさまに不快そうな視線を向けていた。自分を「芋っぽい」などと揶揄するコメントが目に入っても、夢実は眉一つ動かさず、完璧な営業スマイルを崩さなかった。「はーい、楽屋ツアーはここまでです。これ以上の見どころは、ぜひステージの上で、里緒さんの素敵な着こなしと一緒にお楽しみくださいね」彼女がそう締めくくると、カメラマンは待っていたとばかりに即座にカメラを切り替えた。カメラが自分たちから離れた瞬間、夢実の顔から笑みがすっと消え、わずかに表情が曇る。しかし次の瞬間にはすでにプロの顔へ戻り、里緒のために水を一杯注いでそっと手元へ置いた。「里緒さん、本番はよろしくね。今日のファッションショーには、海原のそうそうたる名士の奥様方がたくさんいらっしゃるらしいの。特に『メタモルフ』と『TK』、二大グループの奥様方は、ご年配ではあるけれど、こういう伝統的なスタイルを取り入れたお洋服への造詣がとても深いって聞いているわ。里緒さんが私のドレスを着てステージに立てば、きっとあの奥様方の目にも留まるはずよ」その言葉を聞いた瞬間、里緒の瞳の奥が妖しくきらりと光った。「……あまり期待しないでちょうだい。私はただ、あなたが作った服を着て歩くだけなんだから」実のところ、里緒は夢実の、やたらと装飾ばかりが目立つデザインにまったく魅力を感じていなかった。しかし、彼女が口にした「メタモルフ」と「TK」の夫人たちとなれば話は別だ。どちらも業
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第592話

紬が自己紹介を終えた瞬間、配信画面のコメント欄はさらに大きな盛り上がりを見せた。【えええ!?お姉さん、このレベルの美貌でまさかの実力派デザイナー枠なの!?情報量が多すぎて脳が追いつかない!】【なんか、この綺麗な人どこかで見たことある気がするんだけど……気のせいかな?】【顔だけじゃなくて声も聞き覚えあるんだよね。どこだったっけ……絶対どこかで聞いたことある!】同時視聴者数が膨れ上がるにつれ、紬の「声」からその正体に気づく者が現れ始めた。【待って、分かった!!!この人、高橋繊維工業の配信で売り子をしてたアシスタントのお姉さんじゃない!?社長の高橋さんが『今回は助っ人として来てもらった本物のデザイナーさんです』って紹介してた人だ!】【ビンゴ!やっと点と点が繋がった!当時『顔出しできないのはブスだからだろ』とか叩いてたアンチ、息してるー!?美しすぎてこっちの目が潰れそうなんだけど!】以前、紬は高橋繊維工業の賢人を手伝い、ウールセーターを完売へと導いた。その後も工場側に対してデザイン監修や技術指導を続けていた。今ではその工場のオンラインショップは、この配信プラットフォームでもトップクラスの売上を誇っている。賢人自身も人気インフルエンサーとして名を上げ、ライブコマースで次々と成果を出していた。画面を流れる興奮気味のコメントを見たカメラマンは、すかさず紬へ問いかけた。「本当に、あの賢人さんの配信に出演されていたアシスタントの方なんですか?」紬は上品に微笑むだけで、肯定も否定もしなかった。ただ、カメラに向かって一言だけ付け加える。「皆さん、今日の私たちの作品をご覧になった後も、あの時と同じように『理性的な消費』を心がけてくださいね」【キャーーー!!『理性的な消費』!間違いない、本人だーーー!!】その時だった。画面上にひときわ派手な演出が走る。アカウントレベルは最高ランクの50。だが表示名は、たった一文字――【K】。配信界隈では知らぬ者のいない超大物ユーザーが入室したのだ。【うわっ!伝説の貢ぎ大富豪が匂いを嗅ぎつけてやってきたぞ!】【私の推しCP、また営業開始したーーー!】バックステージ潜入配信がこれ以上ないほどの盛り上がりを見せる一方で、フロントステージのメイン配信も同時にスタートしていた。
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第593話

里緒は、デビュー当時から体型のことばかり取り沙汰されてきた。そのためここ数年は、公の場で露出の多い衣装を着ることを極力避けていた。今回も、夢実が「ショールは絶対に外さない」と約束したからこそ、彼女は渋々ながら了承したのだ。リアルタイム投票が始まると、夢実のチームの衣装は瞬く間に五千票を獲得した。これは前回優勝者が記録した数字の、実に二倍に相当する。夢実は内心で歓喜に震え、口元の笑みは先ほどよりもさらに深くなっていった。その後も他のデザイナーたちが次々と作品を披露していったが、どのチームも票の伸びは今ひとつだった。「美」をテーマに掲げた夢実のチームは、終始圧倒的な票差で首位を独走している。このままトップを維持すれば、里緒は夢実がデザインしたあの衣装を身につけたまま、ステージ脇の特設展示スペースに立ち続けなければならない。そうなれば、新たに配信へ流入してきた視聴者たちの目にも、嫌でも真っ先に映ることになる。会場の壁面には視聴者のコメントがリアルタイムで映し出されており、里緒はそれを見るたびに、屈辱のあまり何度もその場を蹴って立ち去りたい衝動に駆られた。だが、ここで持ち場を放棄すれば、後に待っているペナルティはさらに悲惨なものになる。結局彼女は、限界まで膨れ上がる怒りを押し殺し、マネージャーにマスクを持ってこさせるしかなかった。夢実はそんな彼女を横目に見ながらも、終始涼しい顔を崩さなかった。――欲をかくからこうなるのよ。自業自得だわ。この業界にこれだけ長く身を置いていながら、こんな簡単なことすら読めないなんて。裏で「おめでたいお姉さん」と陰口を叩かれているのも無理はない。一方で、現場の統括責任者は頭を抱えていた。開幕直後に五千票を叩き出した夢実のチームなら、後半には少なくとも一万票は超えるだろうと見込んでいた。しかし、なぜかそこから数字はまったく伸びず、生配信の同時視聴者数も増えては減りを繰り返し、一万人前後で完全に足踏み状態になっていたのだ。不審に思った責任者は、状況確認のためにバックステージ潜入配信の数字へ目を向けた。そして次の瞬間、心臓が止まりそうになるほどの衝撃を受けた。――何だこれは!?見間違いじゃないのか!?なんと画面右上には、「10万人以上が視聴中」という信じがたい数字が
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第594話

ランウェイへと、カナと千鶴が手を取り合って姿を現した。二人が身にまとっているのは、同じコンセプトから生まれた一連のコレクションだ。一方は包み込むような温もりを湛え、もう一方はひまわりのような明るい輝きを放っている。対照的な魅力を纏いながらも、衣服そのものが持つ洗練された美しさを、この上なく鮮やかに引き立てていた。カナが着用している衣装は、デザイナー本人もモデルとともにステージへ立つ必要があると知った紬が、急遽彼女のために仕立て直した一着だった。本来、主催者側はブランドオーナーである紬本人の登壇を希望していた。しかし紬は、カナと千鶴が二人で手を取り合って舞台に立つことこそが最も美しく、そして深い意味を持つと考え、運営側と交渉して出演者の変更を実現させたのだ。先ほど、試着室から二人が着替えを終えて出てきた瞬間、バックステージではあちこちから感嘆の声が上がっていた。その光景を思い返しながら、紬の胸には深い感慨が込み上げてくる。舞台上の二人は、おおらかな気品をまといながら、それぞれが持つ天性の美しさを衣装の質感へ自然に溶け込ませていた。互いの存在感を打ち消すことなく、美しく響き合っている。紬はスマートフォンを手に取り、雅乃へ連絡を入れた。「雅乃、準備はいい?三分後にオンラインよ」今回、このファッションショーをこれほど重視していた理由はただ一つ。スタジオの公式アカウントが、まさに今日その産声を上げるからだった。カナと千鶴がステージに立つ瞬間に合わせ、公式アカウントからもプロモーション用のビジュアルや映像を一斉公開する手筈になっている。スタジオで待機していた雅乃も、配信画面を食い入るように見つめながら、いつでも動ける状態で待機していた。「準備万端です!」「準備万端だよ!」突然混じった別の声に、雅乃は居座ったまま帰ろうとしない清彦を鋭く睨みつけた。紬の耳にも、受話口の向こうから妙な雑音が混じったのが聞こえていた。それが誰の声なのかは、すぐに察しがついた。紬は何も言わず、ただ穏やかに微笑んだ。千鶴とカナがステージ上の定位置についた、その瞬間だった。彼女たちのチーム専用の投票フォームが解放された。次の瞬間、表示された数字は一気に三十万票の大台を突破した。運営の統括責任者は、自分の目を疑って何度も瞬
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第595話

夢実は、まさか紬が自分の言葉をそのまま切り返してくるとは思ってもみなかった。バックステージの潜入カメラがこちらへ近づいてくるのを確認すると、彼女は即座に表情を整え、いかにも謙虚に助言を求めるような顔を作った。「あら?ぜひご意見をお聞かせいただきたいですわ」今の自分には三十万票もの支持がある。もしここで紬が少しでも的外れな批判を口にすれば、ネット民の容赦ない言葉が彼女を木っ端微塵に叩き潰す――夢実はそう確信していた。だが、紬の瞳はどこまでも穏やかで、柔らかな光を湛えているだけだった。「意見だなんて、とんでもないわ。ただの個人的な感想よ。今回のコレクションは主に『伝統スタイル』の気品や魅力を伝えることを重視しているのでしょう?夢実さんのお洋服は確かにとても美しいけれど、少しサイズが小さすぎるように見受けられたわ。モデルの方も窮屈そうに歩いていたし。もし大人の艶やかな雰囲気を際立たせたいのなら、いっそオフショルダーにしたほうがすっきり見えたのではないかしら。あのホルターネックのデザインだと、かえって主役と脇役が入れ替わってしまっているように感じられて。……もちろん、夢実さんが二週間という長い時間をかけて一生懸命デザインされたものですものね。それだけ時間をかければ、最初に抱いていたコンセプトから少しずつズレが生じてしまうのも無理はないわ」夢実の顔色が目まぐるしく変わった。青ざめたかと思えば赤くなり、それでも必死に声を絞り出す。「綾瀬さんにそう言っていただけると、何だか目の前が開けたような気がしますわ。でも、トレンドというものは結局、大衆が決めるものですもの。お洋服は人に着られてこそ価値があるのだから。あまりにニッチすぎるものは受け入れられにくいわ。観客の皆さんの投票結果こそが、何よりの証明ではなくて?」紬はそれ以上、言葉を重ねるつもりはなく、ただ静かに、一言だけ返す。「ええ、その通りね」ステージの上では、ちょうど千鶴とカナのウォーキングが終わろうとしていた。夢実は再び自信を取り戻したかのように胸を張る。傍らにいたマネージャーは、先ほどから何度も二人の会話に割って入ろうとしていたが、ようやく口を挟む隙を見つけた。「もう……五十万票を突破したよ!」「何をそんなに慌てているの。これからもっと伸びる
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第596話

「これが、私に見せたかったもの?」あの人を小馬鹿にしたような、艶を含んだ女の声が再び降ってきた。夢実は瞳の奥に渦巻く昏い感情を瞬時に押し隠し、訝しげな表情で馨を見つめる。「……どうして怒らないの?彼女が一位になるなんて、あなたなら黙って見ていられないはずでしょう?」「私がどうして怒らなきゃいけないわけ?」馨は蔑むような視線を向けた。「私が何をするか、あんたに指図される筋合いなんてないんだけど?」夢実の心臓がどくりと跳ねた。「馨さん、そんなつもりでは……ただ、馨さんは理玖さんのことがお好きだと伺っていましたから。あの紬という女は理玖さんの傍にいる女です。彼女が、自分にふさわしくもない賞を手にするのを、このまま黙って見過ごしてよろしいのですか?」「伺ってました、ねえ。じゃあ、あんたは私が『間抜け』っていう生き物を一番嫌ってるって話は聞いてないわけ?」馨は盛大に白目をむくと、そのまま未練の欠片もなく背を向けた。こんな女と一秒でも長く言葉を交わすこと自体、時間の無駄でしかない。少しは頭の回る女かと思っていたのに、蓋を開けてみればこの有様だ。こんな浅はかな方法で人を蹴落とそうとした挙げ句、実力で完敗するなんて。この程度の能無しが、よくもまあ紬を潰そうなどと大口を叩けたものだ。――本当に、豚並みの間抜けね。馨は心の底から、この愚かな女のために丸一日を無駄にしたことを後悔していた。遠ざかっていく馨の背中を見つめながら、夢実は胸に杭を打ち込まれたような衝撃に震えていた。――あの女……今、私を間抜け呼ばわりしたの……!?夢実の顔色はみるみる土気色に変わり、握り締めた拳の爪が手のひらに食い込み、皮膚が紫色に変わっていく。――恥をかかせやがって……!だからあの男にいつまで経っても振り向いてもらえないのよ!一方、紬はカナと千鶴を連れ、会場をもう一巡しながら最後に残っていた特別展示のスケジュールをすべてこなしていた。スタジオで留守を預かっている雅乃からも、次々と朗報が届く。「『Nirvana』の公式アカウントのフォロワー数が、もう十万人を突破したわ」紬はスマートフォンを軽く振ってみせた。「カナ、あなたの『風響』の予約数も、もう千着を超えているわよ」カナは思わず両手で口を覆い、高い悲鳴を
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第597話

「あら、あそこにいるの、理玖さんじゃない?」窓に張りつくように外を眺めていた千鶴が、理玖の姿を見つけるなり驚いた声を上げた。以前、大塚家で紬を救い出したあの男――初めて彼を見た時から、紬との間に流れる空気はどこか特別だと感じていた。二人の複雑な関係を知ったのはここ数日のことだったが、愛さえあれば乗り越えられないものなんてないはずだ。千鶴の視線は、理玖から再び紬へと移る。紬はすでにシートベルトを外し、車のドアを開けていた。理玖のもとへ向かおうとしたその時、不意に見覚えのある後ろ姿が彼女の前を横切った。そして、いかにもわざとらしく足をもつれさせたかと思うと、次の瞬間には理玖の胸元へ真っ直ぐ倒れ込もうとした。紬の足がぴたりと止まる。――困っている人を放っておけない理玖のことだ。きっと受け止めるのでしょう。しかし予想に反し、理玖の反応は驚くほど素早かった。反射的に車のドアを押し開け、そのままひらりと身をかわしたのだ。行き場を失った女は、その勢いのまま車内の柔らかな本革シートへ突っ込んでいった。それでも、その女――夢実はめげなかった。シートに手をついて身を起こすと、愛想よく声をかける。「あの、本当にありがとうございました」「軽々しく礼なんて言うな」理玖は少し離れた場所で立ち止まっている紬に気づき、それから車内の女へ視線を戻すと、内心で舌打ちした。――面倒なことになったな。夢実は、いつもの可憐な悲劇のヒロインを演じるような笑みを浮かべた。「さっき転びそうになった時、あなたがドアを開けてくださったおかげで怪我をせずに済みました。ありがとうございます」なんという幸運だろう。まさか入口で理玖に遭遇できるなんて。理玖は眼鏡を外した。その瞬間、彼を包んでいた物憂げな雰囲気は消え失せ、鋭い刃のような空気へと変わる。「第一に、さっきも言ったが軽々しく礼を言うな。第二に、そのまま倒れ込んできたら俺の車にぶつかっていただろう。修理は面倒だ。お前を助けたわけじゃない。分かったか?第三に、さっさと車から降りろ。汚れたら車内を清掃しなければならない」夢実は危うく表情を崩しかけながらも、慌ててバッグを掴み、車内から這い出した。そして、深く傷ついたような顔を作る。「……先輩、私のことをもう忘れて
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第598話

理玖の言葉を聞いた瞬間、紬は胸の奥をぎゅっと掴まれたような苦しさを覚えた。――自分には彼を問い詰める立場もなければ、そんな資格もない。今の二人は、互いの利害が一致しているから一緒にいるに過ぎないのだ。理玖は素晴らしい男性だ。けれど、完璧な人間などこの世には存在しない。もし本当にその時が来たなら、自分から静かにこの関係を終わらせよう。「ええ、分かりましたわ。今の関係を解消したくなったら、いつでもおっしゃってください」もともとは、彼の母親からの追及をかわすために始まった関係だった。この役目なら、自分でなくても務まるはずだ。だが、そんな紬のどこか投げやりな態度を見て、理玖は彼女が本気で機嫌を損ねているのだと察した。少し表情を引き締めると、含みのある声で問いかける。「……どうして彼女のことを忘れられないのか、その理由は聞かないのか?」夢実が先ほど大声で叫んだおかげで、理玖もようやく当時の記憶を思い出していた。かつて母校の大学で講演を行った際、停電の混乱に紛れて彼のスマホを盗もうとした女子学生がいたのだ。ロックが解除された瞬間、液晶画面の光がその女の顔を真正面から照らし出した。あの信じ難いほどの愚かさは、今思い返しても理解の範疇を超えている。後日、大学側は本人に直接謝罪させようとしたが、理玖は一蹴した。「デザイナーだろうが何だろうが、あれほど手癖の悪い人間にまともな作品が作れるとは思えないな」理玖から真相を聞かされ、その冷徹な評価まで耳にした紬は、あまりの衝撃に言葉を失った。あれほどプライドが高そうで、清純派を装っていた夢実が、まさか裏でそんなことをしていたなんて。理玖が忘れられないと言ったのは、彼女への未練などではなく、度を越した愚かさが記憶に焼き付いていたからだったのだ。紬の心は、まるでジェットコースターに乗せられたかのように激しく揺さぶられ、複雑な感情でいっぱいになった。二人が来た道を戻る頃には、夢実の姿はすでにどこにもなかった。だがその時、また別の女性の声が響いた。「あら、神谷さん。奇遇ね」紬が顔を上げると、理玖はすでに完全に感情を閉ざしたような無表情になっていた。ただ、その近づいてくる女性の顔を見て、紬は見覚えがあることに気づく。確かあの日、自動車ディーラーで詐欺
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第599話

「かしこまりました、社長!」馨がさらに何か言うより早く、文人は即座にアクセルを踏み込み、この騒動の元凶とも言える女をその場から連れ去った。「ちょっと!そんなに飛ばして、何を急いでるのよ!?」急発進の勢いに振り回され、馨は危うく前の座席に顔をぶつけそうになる。だが文人は意味深な笑みを浮かべるだけで、聞こえないふりを貫いた。――これくらい急がないと、若旦那の未来のお子さんがこの世に生まれてこられなくなりますからね。紬は走り去る車を呆然と見送っていたが、しばらくしてようやく我に返った。「じゃあ、あなたは……」どうやって帰るの――そう言いかけた瞬間、理玖はごく自然な足取りで彼女の車へ向かい、当然のように運転席へ腰を下ろしていた。そして後部座席の二人に視線を向け、軽く声をかける。「お邪魔するよ」「い、いえ……お邪魔だなんて、とんでもないです」カナはシートベルトを握り締めながら、少し緊張した面持ちで答えた。先ほどのやり取りは、車内にいた彼女たちにも一言残らず聞こえていたのだ。理玖への印象は、このところ上がったり下がったりを繰り返していたが、少なくとも今この瞬間だけは文句なしに格好良かった。紬は理玖がすっかり運転席に収まってしまったのを見て、観念して助手席へ乗り込むしかなかった。カナと千鶴をそれぞれ自宅まで送り届けると、車内には二人きりの静寂が訪れる。静まり返った夜の街。車は赤信号の手前で滑らかに停車した。理玖はハンドルを握ったまま、静かに口を開く。「井上馨は取引先の令嬢だ。もし彼女が君に何か仕掛けてくるようなことがあれば、俺に言いなさい。俺が対処する」「ええ、分かったわ」紬は、なぜ彼が「馨が自分に何かしてくる」と確信しているのか、あえて深く追及しなかった。大人同士の関係なら、察しているだけで十分なこともある。だが、理玖はそう考えていないらしかった。不意に首を巡らせ、真っ直ぐ紬を見つめる。「なぜ、俺に何も聞かないんだ?」「聞くって、何を?」紬は誤魔化すように視線を落とし、スマホへ目を向けた。理玖は少し拗ねたような、それでいて冷ややかな声を漏らす。「……君は、俺に無関心なんだな」その言葉に、紬は思わず顔を上げ、彼の涼やかな視線と正面からぶつかった。ちょうど
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第600話

電話の向こうで文人はちょうど横になったところだったが、慌てて上体を起こした。社長は一体どういうおつもりだ?これは試されているのか?文人はしばし思案し、探るように答えた。「それは……特別な人物、という意味でございます」「特別な人物?どんな人物だ」電話越しの理玖の声に大きな抑揚はない。だが、これまでの経験から文人には分かっていた――この男は今、その答えの中身をかなり気にしている。かなりどころではない。相当、だ。さっきさ社長は紬さんの車に乗ってそのまま行ってしまった。ああ、なるほど。謎が解けましたね。紬さんは含蓄のある方ですから、きっと社長に対して遠回しに告白したに違いない。「あなたが私の本命です」と。文人の頭の中で推理が一気に加速し、これこそ正解だと勝手に確信する。紬さんが、まさか社長に向かって――天野家のあの男、あの筋金入りのろくでなしの元夫こそ本命だ、などと言うはずがない!文人は軽く咳払いをして、いかにもそれらしく説明を始めた。「社長、『オリジナル』とは本命を指す言葉でして、その意味は配偶者としての地位を示す場合がございます。さらにもう一つの意味もありまして、こちらはより重い意味合いでございます。誰にも代えがたい、心に宿る永遠の想い人、という意味でございます」「そうか」理玖は口角をわずかに上げた。そのまま、さらにもう一度わずかに上げる。そして無言のまま通話終了ボタンを押した。喉仏が小さく上下する。車内でのあの場面を思い返し、低く短い笑いが喉の奥から漏れた。文人は、あっさり切れた通話画面を見つめたまま固まった。――それだけ!?残業代の一つも出ないとは、社長は相変わらずだ。用が済めば即終了、というわけか。彼はそのままベッドにどさりと倒れ込んだ。――翌朝、紬は悠真から電話を受けた。崇はすでに一般病棟へ移っており、危険な状態は脱していた。「ママ、お医者さんとパパが話してるの聞こえたんだけど、ひいおじいちゃんは毒を盛られたって」悠真は声をひそめながらも、子どもらしい純粋な疑問を滲ませる。「ひいおじいちゃん、どうして毒を盛られたの?」その言葉に、紬の胸もひやりと跳ねた。「悠真、このことは誰にも言ってはいけないわ。ひいおじいちゃんが毒を盛られたってことも、パパに
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