「知る必要があるか?」冬弥の眉間に薄く皺が寄る。「必要だと思っています」あやめはカップを手に取り、視線を落とす。白磁の縁に薄く残る口紅の跡。真っ白な中に異質な赤。(まるで私たちみたい)混ざりきらない存在。だからこそ――。「互いのことを知っていたほうが、コミュニケーションのストレスは減ると思います」「コミュニケーションは必要か?」「必要か、ですか……」小さく息をつく。(価値観が違うならすり合わせるしかない)これまでの経験から得た答えだった。「冬弥さんは、先ほど“足りないものがあれば言え”と仰いましたよね」「言ったな」「私は冬弥さんと違って命令するのが苦手なのです」あやめは、ゆっくりと言葉を紡ぐ。「冬弥さんの“言え”は、私にとって“お願い”になります」冬弥は黙って聞いている。「私はこれからずっと冬弥さんに“お願い”をしていくことになるのです」一度、言葉を切る。理解を待つための間。「そう、なのか?」理解できない。そんなことを気にする必要がない。そう聞こえる冬弥の声音にあやめは苦笑する。「人間性の違いです。良し悪しではなく、違うだけ」視線を上げる。「冬弥さんにとっては“できるかどうか”のようですが、私にできる・できないではなく、“そう”なのです」まっすぐに冬弥を見る。「私はろくに知らない人に“お願い”をすることがとても苦手です」静かに、だが逃げずに。「お願いには見返りが必要になりますから」その瞬間。冬弥がふっと笑った。それは温度のない笑みだった。「なるほど。それでコミュニケーションか」探るような視線があやめをなぞる。「俺は、“お願い”の見返りを求めるつもりはないが?」その言葉の裏にある意味は、あやめにも分かった。思わず笑みが零れた。(こういうところも他の人と変わらないわね)「あいにくですが、そのような見返りは求めておりませんわ」きっぱりと、しかし柔らかく。「それは、求める相手が他にいると?」「そういうことも含めて話し合うのが、コミュニケーションではありませんか?」にこやかに言いながらも、その言葉は冬弥の逃げ道を塞ぐ。冬弥は言葉を失った。沈黙。だが、先ほどまでの冷たい沈黙ではない。考えるための静けさ。やがて。「お前は、怖くないのか?」低く、わずかに揺らいだ声。あやめ
Last Updated : 2026-03-31 Read more