All Chapters of 私の夫は義妹のために99回離婚を切り出した: Chapter 261 - Chapter 270

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261話

「で、出来たわ……!」 自宅のリビング。 もみじは、パソコンから顔を上げ、明るい声を上げた。 あれから、また数日。 自宅に籠り、仕事をしていたもみじは早速髙野辺に連絡をしようとスマホを取り出した。 連絡するといつも髙野辺はすぐに電話に出てくれる。 会議中の時などは、電源が切れているが会議が終わるとすぐにもみじに折り返してくれるのだ。 「──おかしいわね、出ない……?」 今は、コール音が鳴り響くだけ。 電源が入っている。 何かあったのだろうか。 そう思ったもみじは、万が一の時のため、と渡されていた蒔田と田島の名刺を手帳から取り出した。 「えっと……蒔田さんに連絡すればいいかしら?」 蒔田の名刺を確認すると、仕事用の電話番号が記載されている。 もみじは早速蒔田の電話番号をスマホに打ち込み、電話をかけた。 数コールでコール音が止み、蒔田の声が聞こえる。 〈──はい?〉 「あっ、蒔田さんですか?私、玖渡川です!玖渡川もみじです!」 最初は、もみじからの電話だと分からなかったのだろう。 蒔田の声は硬く、冷たかった。 だが、もみじが名乗るなり蒔田の声は一瞬で柔らかく変化した。 〈玖渡川さん……、良かった、あなたでしたか〉 「は、はい、突然お電話をしてしまいすみません」 〈いえ、大丈夫ですよ。どうなさいましたか?〉 優しく柔らかな蒔田の声に、もみじは素直に髙野辺の事を聞く事にした。 〈デザインが完成したので髙野辺さんにお電話をしたんです……。だけど、電話が繋がらなくって……髙野辺さんに何かありましたか?〉 もみじが心配そうに問うと、蒔田は「ああ」と納得がいったように答えた。 〈それは大変失礼しました。社長は今、体調を崩されていて……〉 「──えっ!?」 まさか、髙野辺が体調を崩しているなんて、ともみじは驚く。 すると、蒔田から更に驚く提案をされた。 〈申し訳ないのですが、私共は今手が離せなくて……。もしよろしければ、社長の様子を見て来てくださると大変助かるのですが……玖渡川さんにお願いしてもよろしいでしょうか?〉 ◇ 高級住宅街。 1度は誰もが憧れるような、タワーマンション。 購入するためには数億円が必要だと言われているような場所だ。 もみじの元夫、誠司もいつかはこのマンションに住みたい、と言っていたのを
last updateLast Updated : 2026-06-08
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262話

誠司が待ち伏せしている事なんて露知らず、もみじはエレベーターで最上階まで上がると、恐る恐るフロアに足を踏み出した。 「えっと……、確か左側……」 コンシェルジュの言葉を思い出しつつ、もみじが歩き出した所で。 もみじの視線の先で、扉が開いた。 「──もみじさん」 「えっ、あ!髙野辺さん……!」 扉からひょこりと顔を出したのは、髙野辺だ。 普段はきっちりとセットされている髪の毛が、今日は自宅だからだろうか、セットされておらずどこか幼く見えた。 申し訳なさそうに眉を下げる髙野辺が、扉から出て来てもみじを出迎えた。 「わざわざすみません……」 「いえ、とんでもないです!体調は大丈夫ですか?熱は?食欲はありますか!?」 そもそも、私を出迎えたら駄目ですよ! そうもみじは矢継ぎ早に伝えると、髙野辺に駆け寄った。 髙野辺の服装も、普段のスーツ姿とは違い、ラフな格好だ。 そんな髙野辺の姿を見て、もみじは何だか自分の胸がそわつくのを感じた。 だが、それより今は早く部屋に戻ってもらわないと、という一心で急いで髙野辺を部屋に戻るように進める。 「微熱があるだけで、それ以外は何ともないんです。蒔田が無理をせず、休んだ方がいいと言って……」 「それは当然です!無理をしたら悪化しちゃいますから!まだ症状が軽い内にしっかり休んで治しちゃいましょう!」 ね!と笑顔で自分に笑いかけるもみじに、髙野辺は困ったように眉を下げて笑う。 蒔田から電話を貰った時、髙野辺は自分の頭がおかしくなったのかと思った。 もみじが、来る──? しかも、わざわざお見舞いに──? それを蒔田から聞いた瞬間、髙野辺は急いで書類で散らかった部屋を片付けた。 「休め」とは言われたが、軽く熱があるだけだ。 体調は、少し怠さを感じるだけ。それ以上の不調は無い。 だから家で仕事をしていたのだが、まさかもみじをお見舞いに来させるなんて。 (蒔田め……。俺が大人しく休まないと分かって、もみじさんを……) 心配してやって来てくれたもみじを、すぐに帰す事は出来ない。 蒔田の思惑通り、しっかり休む事になりそうだ、と髙野辺は家の扉を開けてもみじを迎え入れた。 「──髙野辺さん!熱があるのに仕事をしていたんですね?しっかり休まないと駄目です!」 もみじを迎え入れて、リビングにやって来た時
last updateLast Updated : 2026-06-09
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263話

髙野辺の家の台所は、使った形跡がほとんどなく、綺麗だった。 シンクにはグラスが1つだけぽつんと置かれている。 それを手早く洗い、水切り用のタオルを拝借して置くと、もみじは棚を見上げた。 「──お鍋って……あるかな……」 髙野辺の高身長に合わせて設置されているのだろう。 恐らく調理器具が収納されているだろう棚は、もみじからしたら高く、何か踏み台がないと手が届かない場所にあった。 「どうしよう……」 わざわざ髙野辺を呼んで、鍋を出してもらうのは気が引ける。 何か踏み台は無いだろうか、ともみじが探そうとした所で、背後から声がかけられた。 「すみません、調理器具は使わないので全部上の棚に閉まっているんです。今、出しますね」 「──わっ」 調理器具を高い場所に閉まっている事を思い出した髙野辺は慌ててキッチンにやって来て、もみじの背後から手を伸ばす。 シンクと背後にいる髙野辺に挟まれるような形になってしまったもみじは、髙野辺が腕を伸ばし棚から小さな鍋を取り出してくれるのをかちん、と固まりながら見上げていた。 「──取れた、もみじさんすみません」 髙野辺は鍋を取り、ふともみじに顔を向ける。 そこで、自分の体勢を思い出し、もみじと同様一瞬固まった。 小さなもみじを、自分の体でまるで閉じ込めるようにしてしまっている。 もみじはシンクと、自分の体に挟まれ、身動きが出来ない状態だった。 (し、しまった……!近付きすぎた……) 髙野辺は慌ててもみじから顔を逸らすと、もみじに鍋を手渡す。 そして、誤魔化すように咳払いを1つしてから口を開いた。 「ほ、他に必要な物はありますか?」 「えっ、あっ、大丈夫です……!髙野辺さん、体調が悪いのにすみません、ありがとうございます!」 「いえ……、俺はリビングに居るので、何か必要な物があれば言ってくださいね……」 2人はぎこちなく笑い合うと、もみじはお粥を作るためにコンロに向かい、髙野辺はリビングに戻って行く。 もみじはお鍋にレトルトのお粥を入れ、火を火を付けた。 (び、びっくり……した……っ) 今も尚、もみじの心臓はどくどくと速い鼓動を刻んでいた。 髙野辺の声が聞こえた瞬間、自分のすぐ後ろに髙野辺の気配を感じた。 まるで自分をすっぽりと覆い隠してしまう程、髙野辺の身長は高く、逞しい体だった。
last updateLast Updated : 2026-06-09
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264話

ほかほかと温かな湯気を立てた美味しそうなお粥が完成した。 もみじは小皿にお粥をよそうと、トレーに乗せてリビングに運んだ。 「髙野辺さん、お待たせしました」 「──もみじさん!すみません、呼んでくれれば運んだのに……!」 ガタッ、と勢い良く立ち上がった髙野辺がもみじのもとへ歩いて行く。 「重いですよね、俺が持って行きますよ」 「えっ、あ……!髙野辺さん……っ」 もみじの手から優しくトレーを奪うと、髙野辺はリビングに向かう。 そんな髙野辺の背中を、もみじは急いで追いかけた。 テーブルに着いた髙野辺が、もみじにも座るよう促してくれる。 お粥を作って、買って来た物を髙野辺に渡したらもみじはすぐにお暇するつもりだった。 だから座ってもいいものか、と迷っていたのだが髙野辺が笑顔でもみじが座る椅子を引いてくれた。 それを断る事は出来ず、もみじは申し訳なさそうに椅子に座った。 「わ、美味しそうですね。ありがとうございます、もみじさん。いただきます」 「ど、どうぞ召し上がれ……!」 市販のお粥に、もみじが栄養を、と思ってアレンジを加えた。 とても食欲を唆る匂いに、お腹が空いていなかったはずの髙野辺だったが、お腹がくぅ、と鳴いた。 恥ずかしそうに笑った髙野辺につられて、もみじもくすくすと笑ってしまう。 髙野辺がお粥を美味しそうに食べてくれる姿に、もみじは緊張していたが、緊張が解けたようにふっと体から力を抜いた。 あっという間に全て平らげた髙野辺は、キッチンに残っているお粥も殆ど食べてしまい、もみじは驚いた。 「わっ、凄い、殆ど全部……!」 「すみません、もみじさんの作ってくれたお粥が美味しくて。ご馳走さまです」 「──ふふ、ありがとうございます。もし良ければ夕食の分も作って行きましょうか?体調が悪いと、自分で作るのは少ししんどいですよね?」 「……お願いしてもいいですか?」 「勿論です!作り置きしておきますので、食べられそうでしたら食べて下さいね」 笑うもみじに、髙野辺は目を細めて優しく見つめる。 体調を崩した自分のために、心配して様子を見に来てくれた──。 そして、食欲が無いだろう、と消化に良いご飯を作ってくれている。 キッチンで手際良く料理をするもみじの後ろ姿を髙野辺は見つめながら、自分の額を手で覆う。 (──ああ、くそ
last updateLast Updated : 2026-06-10
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265話

◇ 「ありがとうございました、もみじさん」 「いえっ、お役に立てて良かったです!早く元気になってくださいね。また一緒にお仕事しましょう!」 夕方。 もみじは髙野辺のために食事を作り置きし、軽くキッチンとリビングの掃除をした。 体調が悪いと、掃除や洗濯が出来ないだろう。 そう思い、洗濯は流石に出来なかったが、使用したキッチンの掃除と、軽くリビングの掃除をした。 髙野辺も手伝おうとしたが、もみじは髙野辺を寝室に促し、少しだけでも休んでもらった。 予め触っても大丈夫な物や、部分を聞いていたため、スムーズに掃除は済んだ。 とは言え、髙野辺の家はとても広い。 キッチンは普段から使用していなかったようであっという間に掃除は終わったが、リビングの掃除は少々骨が折れた。 何しろ、もみじが暮らしているマンションの部屋を全部足しても髙野辺の家のリビングの広さには敵わない。 軽く掃除機をかけるだけでも時間がかかる。 掃除機の後は拭き掃除をして、触っても大丈夫な箇所を整理整頓をした。 それだけで既に夕方になってしまったのだ。 そして、寝室から慌てて出て来た髙野辺にお礼を告げられ、今に至る。 帰ろうとするもみじを、髙野辺が下まで送ろうと上着を羽織る姿を見て、もみじは慌てて口を開いた。 「髙野辺さん、体調が悪いのですから大丈夫ですよ!お家で休んでいてください……!」 「いえ、わざわざ来て下さったんですから、せめてお見送りはさせてください」 「た、髙野辺さん……」 さあ行きましょう、もみじさん。 笑顔で振り向く髙野辺に、もみじは困ったように笑い返し、気遣いに甘える事にした。 2人でエレベーターに乗り込み、下に降りる。 「今日は本当にありがとうございます、もみじさん。とても助かりました」 「急に来てしまってご迷惑かと思ったんですが、良かったです」 「迷惑なんかじゃないですよ。ありがとうございます」 2人で談笑をしていると、エレベーターが下に到着する。 「外まで送ります。今日は車ですか?」 「そうなんです、近くの駐車場に停めていて……」 「そうなんですね。車まで送ります」 「──あ、ありがとうございます」 2人で話しながら外に出る。 そして、すぐ側にある駐車場に着いていき、もみじが車に乗り込むのを髙野辺は見つめる。 「髙野辺さん、
last updateLast Updated : 2026-06-10
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266話

もみじの車が視界に入る度、誠司は苛立ちが増して行く。 (ふざけるな……!俺が何時間待ったと思っている!?4時間、4時間だぞ!?そんな長い時間、あの男の家で、2人きりで……!) 怒りで目の前が真っ赤に染まる。 そして、噛み締めた奥歯が嫌な音を立てた。 誠司の額にはいくつも青筋が浮かんでおり、もみじの車を見つめる目は据わって行く。 トントン、と苛立ちを表すように誠司は自分の膝を指で叩いた。 (俺と離婚してすぐ、あの男に家に上がり込むなんて……!やっぱりもみじは不倫をしていたのか?いや、そもそも病院で初めて会った時からあの男がもみじに向ける目は普通じゃなかった……!) ドン!と車の窓を叩く。 運転手が小さく悲鳴を上げたような気がしたが、誠司は気にせず考え続けた。 (この間のパーティーの時もそうだ……!あの男、俺の女の腰を我が物顔で掴みやがって……!もみじももみじだ!あんな顔だけの男にへらへらしやがって……!) 誠司が舌打ちをした時。 運転手が怖々と口を開いた。 「しゃ、社長……」 「──なんだ」 「その、目的の車が……あるマンションの駐車場に入りました……」 「……後を追え」 「分かりました……」 もみじの車が入った駐車場に、誠司の車も遅れて入って行く。 もみじが車を停め、降りて来るのをじっとりとした目で誠司は見つめた。 「しゃ、社長……?」 「……俺が戻るまで待ってろ」 誠司はそれだけを言うと、もみじから少し遅れて車を降りる。 そして、歩いて行くもみじの後を一定の距離を保ち、着いて行った。 マンションの駐車場からエレベーターに向かう後ろ姿を見る。 もみじが乗り込んだ事を確認した誠司は、エレベーターが動き出してから歩き出した。 エレベーターの前に向かい、もみじが乗ったエレベーターが何階で止まったのかを確認してから誠司は隣にあったもう1台のエレベーターに乗り込んだ。 「──13階、か」 ぽつりと呟いた誠司の声は酷く低く、冷たい。 だが、その口元には嫌な笑みが浮かんでいた。 軽快な音を立ててエレベーターの扉が開き、誠司は降りた。 ふらり、と適当に歩き出し、通り過ぎる家の表札を流し見て行く。 ──田中、須藤、表札無し。 流し見ている誠司の目に、とある表札が入りぴたり、と足を止めた。 誠司の目は酷い執着心に歪み
last updateLast Updated : 2026-06-11
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267話

◇ 誠司に家がバレてしまった事など露知らず、もみじは穏やかに過ごしていた。 髙野辺が体調を崩した、と聞いてお見舞いに行ってから数日。 次の出社日には髙野辺も普通に出社しており、もみじはほっと安心した。 髙野辺の家で話す事は出来なかったが、もみじは自分のデザインが完成した事を髙野辺に報告し、髙野辺は早速商品化について打ち合わせをしてくれた。 何度か打ち合わせをし、手直しをしてもみじのデザインが本決定した。 後は、生産と販路確保。 それに関してはもみじはもう打ち合わせに混ざる事は出来ない。 だが、髙野辺は最後まで打ち合わせに参加してはどうだろう、ともみじを誘ってくれたのだ。 ◇ 社長室。 髙野辺がもみじに対して、今後も打ち合わせへの参加をお願いしていた。 「自分が手がけたデザインが商品になり、そして営業達が販路を確保して市場に出回る。その瞬間の感動や、嬉しさは言葉では表せられないんです。だから、もみじさんにもそれを経験していただきたい」 「──髙野辺さん」 そんな風にただのデザイナーである自分を慮ってくれる髙野辺の優しさに、もみじは感動した。 そんなもみじに優しい目を向けていた髙野辺は、今回の商品化記念として、記念パーティーの開催も考えていたのだ。 「Sea」としてではなく「玖渡川 もみじ」として。玖渡川デザイナーとして、もみじの名前を業界中にまずは知らしめる。 そして、1年後に行われる駅舎立て替えの大規模なパーティー。 そこで、恐らくもみじは「Sea」が自分だと世間に公表するつもりなのだろう、と考えていた。 だからその前に、なるべくパーティーの場数を踏んでもらいたい。 髙野辺は今回も記念パーティーを開催するつもりだった。 だが、それはまだ企画段階。 もみじがデザイナーとして人前に出たくないと言うなら、髙野辺はもみじの気持ちを尊重しようとしていた。 だが、その前にもみじの気持ちを確認しないといけない。 髙野辺はもみじに向かって口を開いた。 「今回の商品化は、TKにとっても大きなイベントになります。発売記念のパーティーも開催する予定なので、もみじさんにもまたデザイナーとして参加してもらおうと思っていて……大丈夫ですか?」 不安そうに顔を覗き込んでくる髙野辺に、もみじは「もちろん大丈夫です!」と頷いた。 もみじが嫌が
last updateLast Updated : 2026-06-11
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268話

「社長、今年の営業職中途採用の2名です」 「──ああ、そうか。初出社は今日だったか」 「はい。2人にはこれから営業部に向かってもらい、早速業務に」 「ああ、例年通りで頼むよ」 軽く会話をし、蒔田が営業部に入る2人を前に出した。 社長にご挨拶を、と言う蒔田に緊張した面持ちで2人の内、1人が前へ進み出た。 「は、初めまして!TK株式会社で働かせていただくのが夢でした!精一杯頑張ります!本日からどうぞよろしくお願いいたします!」 ガチガチに緊張した様子で、男性社員が頭を下げる。 蒔田秘書が慌てたようにその男性に声をかけた。 「名前を忘れていますよ」 「──はっ!し、失礼しました!神咲 悠仁(かんざき ゆうじ)と申します!」 顔を真っ青にし、焦ったように頭を下げる神咲。 髙野辺は苦笑いを浮かべ、神咲に向かって声をかけた。 「緊張しなくていい。社長の髙野辺だ。これから一緒に働ける事が嬉しいよ。頼りにしてる、頑張ってくれ」 「はい!よろしくお願いします!!」 嬉しそうに満面の笑みを浮かべる神咲。 とてもやる気に満ち溢れた様子に、もみじも何だか嬉しくなってしまった。 (やる気に満ち溢れている人を見ると、刺激になって良いデザインが浮かぶのよね。後でデザイン室に籠って仕事をしよう……!) もみじがそんな事を考えていると、もう1人採用された営業職の人間が前に出た。 先程の神咲は男性社員だったが、もう1人の中途採用者は女性のようだ。 「──徳居 朱音(とくい あかね)と申します。やっと、ここまでこれました……。精一杯頑張ります、よろしくお願いいたします」 「徳居さん、よろしくお願いします。社長の髙野辺です」 軽い挨拶が終わる。 だが、それでも徳居社員はじっと髙野辺を見つめたままだ。 「──?」 まだ何か話があるのだろうか。 そう思い、髙野辺が徳居に顔を向けた所で、徳居はさっと頭を下げて1歩下がった。 何だかじっと見られていたが、気のせいだろうか。 そんな風に髙野辺は思ったが、すぐに思考を切り替える。 「では、社長。営業部に2人を連れて行きます」 「ああ、頼む」 「失礼いたしました」 蒔田が頭を下げ、社長室から退出する。 扉が閉まる、その瞬間まで徳居はドアの僅かな隙間から髙野辺の姿をずうっと見つめていた。 中途採用者が
last updateLast Updated : 2026-06-12
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269話

社長室を出たもみじと髙野辺は、並んで廊下を歩く。 和気あいあいと話す2人に、廊下を歩いていた社員は驚いたように2人を凝視したが、すぐに頭を下げる。 社長である髙野辺があんな風に笑う姿を、社員は殆ど見た事が無い。 驚くのは無理なかった。 「もみじさん、今日は何を食べたいですか?」 にこにこ、と楽しそうに自分の顔を覗き込む髙野辺。 そんな彼にもみじはにこりと笑みを浮かべて答えた。 「まだ髙野辺さんは病み上がりですから、消化に良いご飯を食べましょう」 「──え?」 だが、この辺りで消化に良いご飯屋などは──。 そう考える髙野辺に、もみじは言葉を続ける。 「その……実は消化に良いご飯を作って来ているんです」 「──えっ!?」 「私の手作りなんですけど、髙野辺さんは他人が作った手作りのお弁当とか、嫌じゃないですか?この間のお粥は、市販の物も使っていたけど……今回のは本当に全部私が作ったので……」 まさか、もみじが自分の体の事を考えて手作り弁当を作って来てくれるなんて。 髙野辺はじん、と胸が熱くなった。 「ぜ、全然大丈夫です!食べたいです!」 若干食い気味に髙野辺が返事をする。 その勢いにもみじはきょとりと目を瞬かせた。 だが、すぐにおかしくなって笑ってしまう。 「ふっ、ふふっ、美味しいかどうか分かりませんよ?」 「もみじさんが作ってくれるご飯は絶対美味しいです。お腹が減って来ました、早く食べたいです」 「では、私のデザイン室に行きましょう。そこの冷蔵庫に保管していますから」 「分かりました」 髙野辺が嬉しそうに笑ってくれている。 何だか擽ったい気持ちになって、もみじも自然と笑みが浮かんだ。 2人で廊下を歩いていると、目の前の曲がり角から人が出て来た。 そちら側を歩いていたもみじが人とぶつかってしまう──。 髙野辺は咄嗟にもみじの腕を掴み、引き寄せた。 「──わっ」 「す、すみませんもみじさん……っ!」 思いっきり引っ張ってしまったからだろうか。 もみじの体が勢い良く自分の方に倒れて来て、咄嗟に髙野辺はもみじの体を受け止めた。 「すみません、強く引っ張りすぎてしまいました。大丈夫ですか、もみじさん?」 「だ、大丈夫です。ありがとうございま
last updateLast Updated : 2026-06-12
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270話

ぐいぐいと髙野辺に話しかけ、昼食を一緒にと誘う徳居に、一緒にいた神咲はぎょっと目を丸くした。 髙野辺本人も驚いたような顔をしたが、それも一瞬。 普段の落ち着いた表情に戻り、徳居の誘いを断るべく答える。 「有難いお誘いだが、遠慮しておくよ」 ゆっくり食べて来てくれ。 そう断った髙野辺だったが、それでも徳居は諦めないようで、ぐっと身を乗り出した。 「そんな事を言わず、ぜひ……!あの定食屋さん、新メニューが始まったみたいなんです!きっと社長もお好きです!」 「──定食屋?」 「はい!ぜひ一緒に行きましょう!」 徳居は眉を顰め、難しい顔をする髙野辺やあわあわと戸惑う神咲やもみじが視界に入っていないようにぐいぐいと髙野辺に詰め寄る。 そして、あろう事か髙野辺の腕を掴み、引っ張った。 「──ひっ、と、とととと徳居さん!」 その光景を見た瞬間、顔を真っ青にした神咲が慌てて徳居の暴挙を止めに入ろうとした。 だが、神咲が止めに入るより早く髙野辺はやんわりと徳居の手を払い、すっと一歩下がった。 徳居から距離を取るように離れた髙野辺の表情は、とても険しい。 「……遠慮しておく、とさっきも言っただろう?」 髙野辺の声音が、先程よりも明らかに低くなっている。 明らかに怒気を含んだような声に、もみじは自分に向けられた言葉ではないのにひゅっと息を呑んだ。 普段穏やかで、優しい人が静かに怒るのは、とても恐ろしい──。 ここまで言われてしまえば、普通は空気を察して諦めるのだが、どうやら徳居は諦めるような人間ではなかった。 むっと不服そうに眉を寄せ、尚も口を開く。 「もしかして……社長は私の事を覚えていらっしゃらないですか?先日、あの定食屋でお話をさせていただいたのに……ハンカチを拾ってくださったお礼をしたのは、私です」 「──定食屋、ハンカチ……」 そこまで言われて、ようやく髙野辺はその女性があの定食屋の常連客だと思い出した。 だが、興味無さそうに「ああ……」と呟くと、変わらずキッパリと答えた。 「あの店の常連客なのは分かった。だが、それが……?行かないと行っているだろう」 「──えっ、そんな……」 髙野辺の冷たい態度に、徳居はショックを受けたように呟いた。 だが髙野辺はもう話す事はない、と言うようにくるりと振り返り、もみじに話しかける。
last updateLast Updated : 2026-06-13
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