◇ 「何だと?胡桃が?」 夜。 桔梗の夫──忠が帰宅した。 夕食の時間になったが胡桃は姿を見せず、忠が胡桃の事を聞くと桔梗は昼間あった事を話したのだ。 「誠司が胡桃を苦しめているのか?胡桃は誠司の子供を妊娠しているのに?」 「ええ……。誠司は気の多い人みたいね……」 ふう、と大きく溜息を吐き出す桔梗に、忠の表情は険しい物に変わって行く。 「──けしからんな。自分の子供を妊娠した女性がいると言うのに、他の女に目移りするなど……」 「ええ、本当に」 そこまで話した桔梗はちらり、と忠の様子を盗み見る。 忠が昔の事を思い出してやいないか──。 舞奈の事を、少しでも恋しがっていないか──。 そんな心配をしていたが、それは杞憂に終わった。 今の忠は正しく胡桃の「父親」だ。 忠は忌々しげに顔を歪めた。 昔の事を思い出しているのかもしれない。 「全く……自分の子供を腹に宿してくれた女性を裏切り、他の女に目移りする馬鹿がいれば、他の男の種のくせに偽って結婚する馬鹿女もいる……」 「……あなた」 やはり、昔の事を思い出していたのだ。 桔梗は気遣わしげに忠にそっと手を伸ばした。 「──ああ、すまん。今は胡桃だ。胡桃を第一優先にしなくては」 忠は痛々しい笑みを作ると、伸ばされた桔梗の手を愛おしそうに握った。 「胡桃は部屋にいるのか?」 「ええ、そうよ。……ねえ、あなた。胡桃のために、駅舎のデザインを胡桃にやらせてあげる事は無理かしら?」 「……いや、私の力でもそれは難しい。だが、駅舎デザインは数名のデザイナーから提出され、その中から選考すると聞いた。そこに、胡桃のデザインを潜り込ませればいい。胡桃のデザインを潜り込ませる事さえ出来れば、後は私がどんな手を使ってでも胡桃のデザインを選出させる」 「──あなた!ありがとうっ!」 桔梗が嬉しそうに笑う。 忠は頷いた。 「ああ。大事な娘のためだ。これくらいお易い御用だよ。……私の娘は、1人だけだからな」 忠の言葉に、桔梗は椅子から立ち上がりぎゅっと忠に抱きつく。 「ははは、どうした珍しいな?」 少し恥ずかしそうに笑う忠に、桔梗も笑い返す。 強く抱きつき、自分の顔が見えない角度になると、桔梗はほっと安堵したように息を吐き出した──。 ◇ NEW ISLAND。 誠司は、社長室
Huling Na-update : 2026-06-18 Magbasa pa