九条コーポレーション、会長室――。重厚な空気が部屋全体を包み込んでいた。応接用のソファには神代雪乃と康太が並んで座り、その向かいには玲司が静かに腰を下ろしている。誰も口を開かない。時計の秒針だけが、静かに時間を刻んでいた。落ち着かない様子で座る神代雪乃を見ていた叶翔は、軽く息をつくと玲司の隣へ歩み寄り、自分もソファへ腰を下ろした。父の隣に座りながらも、視線は雪乃親子へ向けられる。康太はその視線に気付いた。恐る恐る上目遣いで叶翔を見る。その瞳には、怯えと不安が入り混じっていた。目が合った途端、康太は慌てるようにうつむいてしまう。その小さな肩がわずかに震えているようにも見えた。叶翔は心の中で小さく息をついた。(この子には罪はない……)そう思っても、今は感情だけで動くわけにはいかなかった。九条親子が雪乃を静かに見つめる中、肝心の話はなかなか始まらない。互いに相手の出方を探るような沈黙だけが続いていた。その空気に業を煮やした瑛士が、ゆっくりソファへ近づいてくる。そして苦笑しながら言った。「黙ってにらみ合ってても何も始まりませんよ。まずは、彼女の話を聞きましょう」その言葉で張り詰めていた空気が少しだけ動く。瑛士は叶翔の後ろへ立つと、雪乃へ優しく視線を向けた。「どうぞ」促され、雪乃は小さく息を吸う。瑛士。そして叶翔。最後に玲司。三人の顔を順番に見つめたあと、ついに重い口を開いた。雪乃の話はこうだった。自分たちが若いころ、和真たち御曹司仲間とは、よく遊んでいた。当時は何度も飲み会へ誘われた。華やかな世界に憧れていた自分にとって、それは特別な時間だった。飲み会などには必ずと言っていいほど呼ばれ、その夜は一緒に帰るといった、大人の遊びを楽しんでいた。雪乃は淡々と語る。まるで何度も練習してきた話を読み上げるようだった。やがて皆も年を取り、それぞれの人生を歩み始める。自然と連絡も途絶えた。もう会うこともないと思っていた。しかし、自分が四十歳になる少し前、あるバーで、酔っぱらった和真と久しぶりに遭遇した。偶然だった。そのときの和真は何かで落ち込んでいたらしく、昔のよしみで慰めていた自分と、その晩一緒に帰り、ベッドを共にした……という内容だった。雪乃は一度言葉を区切る。部屋の空気は変わらない。玲司も叶翔も
Last Updated : 2026-07-09 Read more