Todos los capítulos de 迷宮都市の葬儀人: Capítulo 11 - Capítulo 20

50 Capítulos

第11話 葬儀人vs道化師

 アイラとサイラスが地階で死闘を繰り広げていた頃、中二階に降り立ったエンバーは道化師と対峙していた。 棺に弾き飛ばされ、砕けた壁にめり込んだ道化師は、くふくふと笑い声をあげて瓦礫に中に立ち上がった。手にしていたリュートは砕け、縦笛は喉奥に刺さって血を垂らし、背負っていた打楽器は原型を失い足元に散乱している。「これはこれは……ひゅっ……驚きのゲひゅトでございまひゅっ……ああ、鬱陶ひゅい」 道化師は縦笛を引き抜いて捨てる。そして血の塊を吐き捨てて、右腕を抱え込むんで膝を折り曲げ、深いお辞儀をした。「改めましてようこそ、望外のゲスト様。まさかまさか<骸の王>に連なる者がこんな場末に足をお運びなさってくださるとは。紅茶でもお淹れしましょう。お好みの茶葉はございますか?」「<骸の王>を知っているのか?」 棺を縛っていた鎖が蛇のように蠢き、道化師を捉えようと暴れまわる。しかし、道化師はくるくるととんぼ返りをしてそれを躱す。「存じております。存じております。偉大なる我らが主、<骸の王>のことであればよーく存じております。何しろわたくしめは王に仕える最遠にして最近の道化師でございますからな。表に見せる偉大にきらめく御姿も、裏に抱える卑屈でさもしい心根も、どちらもよーっく存じております」「<骸の王>はどこにいる?」 棺が引き戻され、エンバーの細い手を中心にぐるりと廻る。風切り音を立てながら天井を砕き、シャンデリアを落とし、廊下の手すりを砕いて道化の眼前の床を砕いた。「ほう、あなたも<骸の王>の行方をご存知でない?」「知らないから聞いている」 エンバーの姿が消える。否、速すぎて見えなかっただけだ。床に突き刺さった棺の鎖を手繰り寄せて勢いをつけたエンバーの身体は矢のごとく加速し、道化の喉を掴んで壁に押し付けていた。「お゛お゛お゛……これはすさまじい゛……。しかしお嬢さん゛、ごれではまともに゛お話じも……」 エンバーの手が離れ、道化の身体が床に崩れ落ちる。「はぁー……はぁー……はぁ。助かりました。これでゆっくりお話もできようと言うもの。まずはお近づきにちょっとした手妻でも」 道化師の両腕が振られる。袖口から赤い花びらが撒かれた。それはふわりふわりと宙を舞い、エンバーの身体を覆って――紅蓮の炎とともに爆発する。「お祝いごとには
last updateÚltima actualización : 2026-07-13
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第12話 後始末

 半壊した広間で血と肉片にまみれながら、アイラとサイラスは残ったワイトにとどめを刺していた。エンバーが嵐のように暴れ回ったおかげで、五体満足の敵はいない。掃討自体にさほどの困難はなかった。「つ、疲れた……」「休む前に、道化とエンバーの行方の確認だ。戦闘音は聞こえん。地下室でもあるのかもしれない」「はい……」 アイラは重い体を引きずってサイラスの後を追う。<聖鎧>の奇跡は全能力を爆発的に引き上げるが、持続時間は非常に短い。解除後は長距離を全力で走ったあとのような疲労感に襲われ、しかも次の朝日が昇るまで奇跡を使用できなくなる。 正真正銘、最後の切り札なのだ。今回はエンバーの攻撃に巻き込まれて活躍の機会はなかったが、生身で受けていれば原型を留めぬ挽肉に変わっていただろうからそれはそれでよかったのかもれない。 エンバーの足取りを追うと、地下へと向かう階段が見つかった。どこに隠していたのか、サイラスが折りたたみのランタンで足元を照らす。もともとは食料庫として使っていたのだろう。階段を降るとひんやりと肌寒い。「ちっ、こいつは厄介だな」「これって、迷宮への入り口ですか?」 降りた先にあったのは瘴気が漂い出る穴だった。食料庫の床の一部が崩落しており、真っ暗な坂道が地下深くに向かって伸びている。「いまは迷宮内を探索できる準備がない。一旦戻るぞ。いや、その前に少し休憩だな」「す、すみません……」 青息吐息のアイラは、サイラスが差し出す水筒を受け取る。中身は蜂蜜酒。甘い酒精がアイラの身体を芯から温めた。 * * * 都市に戻った二人は教会と領主府への報告を行った。どちらも「なぜ援軍を呼ばなかった」といきり立ったが、教会の戦士団や領主府の衛兵たちが大挙していたならば、事前に気取られて逃走されていただろう。それ以前に、取引の時刻まで出陣が間に合ったのかも怪しい。 しかし、そんな正論を言って神経を逆撫でても仕方がない。サイラスは胡麻塩頭をぺこぺこと下げ、己の判断ミスだったと謝罪し、それは意外にあっさりと受け入れられた。ワイトの返り血にまみれ、ひどい腐臭を漂わせていたためかもしれないが。 廃屋に残ったワイトの死骸の後始末は教会に依頼した。不死者には死霊が宿っている。肉体を破壊しても残った死霊が悪さをしかねない。聖職者によって祓い清めなければ万事解決とはならないの
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第13話 出会い

 あれは二十五年前のことだ。 当時の俺は神学校を出たばかりの若造で、髪は黒々として、髭も生やしておらず、パイプも吸っていなかった。あ、何だその目は? 疑ってるんのか? 俺だって生まれたときから老け顔だったわけじゃねえんだよ。 この街に配属された俺は、下っ端として真面目に働いてたよ。この分局も教会の敷地内にあって、今みたいに離れた場所にはなかった。葬儀人も十人はいて、行き倒れの収容と供養、ゾンビやグールなんかの退治。たまに迷宮に潜ったりもしていた。ま、他の街と似たようなもんだ。 ある日、郊外の農村からの連絡が一切途絶えた。 不死者……あるいは強力な魔物の襲撃を受けたんだろうと予想された。教会と領主府が兵を出して、三十人の部隊を組んで現地に向かった。 村は……まあ率直に言って地獄だったよ。 出現していたのは人狼の群れ。<陰神の忌み子>ってやつだな。感染の他に、夜闇に紛れて悪事を繰り返した野盗なんかが陰神の呪いを受けて不死者になったもんだ。見た目は狼の頭をした獣人で、身体能力と再生能力は上位吸血鬼にも匹敵――って、お前にそんな説明は不要か。 村人はひとり残らず食い殺されるか、感染して人狼に変異していた。三十人なんかじゃとても足りなかったんだ。神官戦士は四肢をもぎ取られて僧服を赤く染め、兵士たちははらわたを貪られて糞尿の臭いを撒き散らした。 俺? 戦うどころじゃなかったよ。聖水や退魔香で牽制して逃げ回るので精一杯だった。上級の不死者なんてまともな人間に相手できるもんじゃない。それこそ<聖騎士>様でもいなけりゃ太刀打ちなんてとてもできん。 そこに、ずるずる、ずるずると何かを引きずる音が近づいてきた、石臼を挽くような重い音だ。ま、もったいぶる必要はねえわな。そう、エンバーが来たんだ。 真っ黒でぼろぼろの服を頭からかぶって、肩には棺を担いでいた。俺はそのとき、いよいよ死神が迎えに来たって思ったね。あの作り物めいた……人形みてえなツラが表情ひとつも変えずに現れたんだ。アイラ、お前だってその場にいりゃあ同じように思ったろうさ。 だが、それは俺の死神じゃなかった。 一匹の人狼がエンバーに飛びかかった。蠢く鎖がそれを捕えた。人間なんて紙切れみたいに引き裂く人狼が、あっさりとだ。で、その首根っこを捕まえて、いつもの調子だよ。 ――骸の王を
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第14話 アイラ、成長期

「えっ、サイラスさんが何かこう……すごい交渉をしたとか、儀式で束縛したとかじゃないんですか?」 サイラスの話を聞き終えたアイラは思わずこう洩らした。サイラスはそれに苦笑いで応じる。「話したとおりだよ。たまたまだ、たまたま。俺にはエンバーが何を考えているのかすらわからん」「じゃあエンバーさんが戻るかどうかは……」「あの道化は骸の王とつながりがあるようだった。エンバーについても『骸の王の傑作』とか言っていたな。追った先で<骸の王>が見つかったなら、もうどうなるか読めん。骸の王がエンバーにとって味方なのか、敵なのかもだ」「骸の王がエンバーさんの味方だった場合は……」「エンバーが敵になる可能性があるな」 アイラの顔から血の気が引く。<聖鎧:天意無崩>を発動したアイラの戦闘能力は教会の中でも上位だ。だが、そのアイラもエンバーの一撃に軽々と吹き飛ばされてしまった。もしもエンバーが敵に回ったのなら、アイラではまばたきをする間もなく殺されるだろう。「骸の王って何者なんですかね……」「それについちゃ、俺もお前と同じくらいしか知らないと思うぞ。千年前の伝説の大死霊術師。お伽噺や童謡に散らばった言い伝え。それくらいだ」「はい、じつは禁書庫も調べてみたんですが、まるで記録が残ってませんでした。なんだか意図的に記録を消したみたいに……」「へえ、禁書庫にねえ」 サイラスの目が細くなる。禁書庫は教会が禁忌と定めた魔術や外法、邪教の教えなどを封じた場所だ。聖都エッセレシアの教会の地下深くに封印されており、並のことでは入室の許可すら下りない。「さて、お嬢ちゃん。そろそろお前さんの話も聞かせてもらおうかね? <聖鎧>にまで至った聖騎士様が、なぜこの街に来た? エンバーを仕留める手段でも探っていたのか?」「いえ、私はその……」 口ごもるアイラに、サイラスは冷たく言い放つ。「話さないのなら俺はお前を信用しない。エンバーの捜索も手伝わせない」 サイラスにとって最優先事項はエンバーの居場所を掴むことだ。敵になるにせよ、味方のままでいるにせよ、所在知れずで放置してよい存在ではない。そして無闇にエンバーを刺激し、自ら敵に回してしまいかねない要因は看過できなかった。「……わかりました。お話します」 エンバーは姿勢を直し、小さく咳払いをした。「ええと、まず私は聖騎士ではありま
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第15話 死体1体、銀貨2枚で引き取ります

「本当にこれを街中に掲示するんですか?」「そうだ、急ぐぞ」 アイラが押し付けられた紙束には『死体1体、銀貨2枚で引き取ります。通報のみでも銀貨1枚。葬儀屋より(正式名称:エッセレシア聖光教会退魔庁不死者対策省メイズ分局)』という文言が書かれていた。「死体を買い取るなんて、それこそ死霊術師の所業ではないでしょうか……」「昔はよくやってたがな」「えっ!?」 サイラスの言葉にアイラは耳を疑う。「他の街なら今でも普通だろうよ。神学校じゃ習わなかったかもしれんがな。赤の他人の死体なんて誰も関わりたくはない。だから放置されて不死者になる。よくあることだ」 農村や小さな町では死体を放置するなどありえない。たった一体のゾンビでも、己の日常を破壊する脅威であると肌身で感じられるからだ。 だが、メイズのような大都市ではそうではない。問題は誰かが処理をしてくれるとたかを括り、面倒事を避けようとする者の方が多くなる。「だから、死体に懸賞金をかける。金になるなら進んで面倒を引き受けるやつがいるってことは、今回の事件でわかっただろ?」「はい……」 死体を無視するどころか、ゾンビになるまで隠す人間まで存在する。そのことをアイラはもう理解していた。「でも、それじゃお金目当てに人を殺す人まで現れるんじゃ……」「かもしれん。が、可能性は低い。銀貨2枚ってのは荷運びを7日もすれば稼げる額だ。大金ならともかく、小銭で人を殺せるやつは多くない」「ゼロじゃないってことじゃないですか!」「ああ、ゼロじゃない。だが少ない。許容できるリスクだ。それにそんなことで人を殺せるやつは、どうせそのうち別の理由で人を殺す」「でもそんなのは……」「諦めろ。忘れろ。見過ごせ。釣り合いを考えろ。教会や領主府の人員だけじゃ、この街の死者をすべて捕捉することなんてできないんだ」 メイズ分局がサイラスとエンバーの二人だけで回せていたのは、エンバーの異常な探知能力によるものだ。通常は地道な聞き込みや見回りによって遺体を見つけなければならない。それができる人員がいないのであれば、住民が自ら死体を運んでくる仕組み――つまり懸賞金が必要になる。 黙りこくったアイラに、サイラスはゆっくりと続ける。噛んで含めるように。「諦めろ。忘れろ。見過ごせ。釣り合いを考えろ。エンバーっていう存在は。そういうクソみたい
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第16話 祝福技師

 エッセレシア聖光教会退魔庁不死者対策省メイズ分局――通称「葬儀屋」の地下室で二人の人間が作業していた。 一人は白髪の混じった短髪に顎髭。時折パイプを吸いながら、砥石に向かって武器を研いでいる。「サイラスさん、この壺に順番に漬けていけばいいんですか?」「ああ、それぞれに砂時計がついてる。時間になったら引き上げて、水気を切ってから次の壺に移してくれ。手袋は外すなよ。手の皮がずる剥けになるぞ」「えっ!? はっ、はい!」 アイラはサイラスが研いだ武器を受け取り、鉗子に挟んで壺の中の溶液に漬けていく。最初は煮立った湯。次はツンと鼻を突く臭いのする薄茶色の液体。最後は銀色に輝く液体だ。 ひとつ目はゴゴロガの戦斧だ。分厚くずっしりと重い。ところどころに傷があるが、錆は浮いていない。装飾はひとつもない無骨な代物だが、それだけに染み付いた年月が浮かび上がるようだった。 最後の壺から引き上げると、その刃は鮮やかな銀色の光を放った。「わあ、キレイですね。祭具みたいです」「蒸発した水銀は毒だからな。あまり顔を近づけるなよ。竈の上に干してくれ」 赤々と炭を燃やす竈の上に金具を使って戦斧を吊るす。銀色の刃が鏡のように炎を照らし返した。「銀の武器ってこうやって作ってたんですね。私、全然知りませんでした」「パチもんのメッキだよ。長持ちはしない。本物は鍛造時点で練り込む」 祝福を宿した銀は不死者に対して有効だ。だが、言うまでもなく銀は高価で、しかも柔らかい。それを練り込んだ上でさらに武器として十分な強度を持たせるためには熟練の鍛冶師の腕も要る。それを簡略化するためのメッキ処理だ。「大物が済んだら次は小物だ」「短剣と……この楔みたいのは何ですか?」「棒手裏剣だな。投げて使う。あのハーフエルフは東方の出身らしいな。こういうのはそっちの籠に入れていっぺんにやってくれ」 サイラスはゴゴロガとツバキから武器を預かり、対不死者用に銀メッキを施す処理をしていたのだ。メッキをかけるためには武器に染み付いた血脂やわずかな汚れをすっかり落とす必要がある。ひとりでは手が足りず、アイラに手伝いを頼んでいた。「お次は聖水の仕込みだな」 サイラスはパイプをくゆらしながら作業台を移る。そちらには複数のフラスコが複雑に組み合わされた器具があった。「それって何なんですか?」「
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第17話 岩をも断ち切るゴゴロガ

 迷宮への探索が開始された。 迷宮への入り口は複数存在し、領主府が管理して出入りする冒険者から税を取ったり、封鎖したりしている。廃屋の地下のものは未発見だったため、まだ何の管理もされていない。地図もなければどんな魔物や罠が存在しているかもわからない。当然、斥候役であるツバキが先行して警戒に当たることとなる。「ってもねえ……。これ、斥候のいる意味ある?」 ツバキのランタンに照らし出されたのは夥しい破壊痕だった。床も天井も壁もあちこちが砕けてひび割れ、瓦礫が点在している。罠も無数にあったのだろう。曲がった鉄槍や引きちぎられた網、へし折られた矢などが転がっている。「これ、あのエンバーってのが強行したってことだよね。どんな怪力してるのよ。こんな暴れられたんじゃ罠を仕掛けた方も浮かばれないだろうな」 身長の倍ほどの長い棒で瓦礫をつつきながらぼやく。この棒は迷宮探索の基本装備のひとつだ。距離を取って安全に罠を探れる上に、いざとなれば武器にもなる。つついた瓦礫がこぼれ、がらりと音を立てる。 そして瓦礫が巨大な人型となって立ち上がった。「やばっ!? ストーンゴーレム!?」 石の巨人は全身がひび割れだらけで左腕は肩から失われている。魔法生物であるストーンゴーレムは核が破壊されない限り自己修復する。エンバーに行動不能にまで破壊されてから時間をかけて再生したのだろう。「っぶな!?」 巨岩の拳が何度も振り下ろされる。ツバキは前に後ろに転がりながらその攻撃を躱す。猛攻の間隙を突いて棒手裏剣を投げるがあっさりと弾き返される。石の塊であるストーンゴーレムに対し、軽量の投擲武器はあまりにも相性が悪かった。 攻撃が通じないことを悟ると今度は防御に徹する。最初こそ不意を突かれて動揺したが、一旦落ち着いてしまえば十分に対応できる。ツバキの素早さはストーンゴーレムの鈍重な動きに捉えられるものではない。 ――何も事故がなければ、だが。「痛っ!?」 ツバキが悲鳴を上げ、床に転がる。外套の裾が折り曲げられた鉄槍に引っかかっていた。普通、迷宮の罠がこのように破壊されることなどはない。経験則とはあまりにも異なる状況のせいでツバキの勘が鈍っていたのだ。 巨拳が振り上げられる。ツバキは焦って外套を引っ張るが、厚い亜麻布で織られた生地は簡単には千切れない。ツバキの頭よりも大きい
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第18話 蒼き渦雷のオドゥオール

「右と左、どっちに行く?」 一行は二股の分かれ道に立っていた。これまではエンバーが残した破壊の痕跡や、棺を引きずった跡を追ってきたため迷うこともなかった。だが、そこは赤茶色に濁った水に没しており、エンバーが左右どちらの道に進んだのか判断できる手がかりがなかったのだ。「左から行こう」 迷ったところで仕方がない。サイラスは即断し、水辺に足を踏み込もうとする。それをオドゥオールが引き止めた。「深さも不明ですし、水中には何が潜んでいるかわかりません。<水上歩行>を使います」「へえ、そんな魔術も使えるのか」 サイラスは素直に感心した。迷宮に挑む魔術士は正規の教育を受けておらず、攻撃魔術だけに偏重していることが多い。<水上歩行>などの地味な魔術は習得するものが少ないのだ。 オドゥオールの杖から水色の煌めきが放たれ、一行の身体を包む。元々オドゥオールと組んでいたツバキは慣れているのだろう。何の躊躇もなく水面を歩いていく。一歩ごとに波紋が拡がるが、普通の地面を歩くのと何か違う様子もない。 アイラもおっかなびっくり足を踏み出す。水上を歩くのは初めての経験だ。水面は微妙に柔らかく独特の反発があり、ツバキのように歩くには多少の慣れが必要そうだった。「何か来る」 ツバキが両手を広げて一行を止める。長い耳がぴくぴくと動き、周辺の気配を探っていた。「水中。前から来る。5体か6体。たぶん人間サイズ」 そう言い終えるかどうかの時だった。水面が弾け、何かが飛び出してくる。細い鞭のようなそれがツバキに向かって真っすぐ伸びてきた。それを短剣で打ち払いつつ、ツバキは後ろに跳ぶ。 続けて濁った水面から現れた顔は潰れたヒキガエルに似ていた。飛び出た丸い目に左右に大きく広がった口。肌は灰色でランタンの光をぬらぬらと照り返している。ツバキを襲ったのはこの魔物の舌だった。「ヴォジャノーイか。陸じゃ雑魚だが……ここじゃ厄介だな」 水中から襲ってくる舌を盾で受けながらゴゴロガがつぶやく。時折、戦斧で水中に向かって斬りつけているが手応えはない。「<聖光>を水中に放ちますか?」「いや、奇跡のたぐいはこういうのには効き目が薄い。そもそもこの水じゃ照らすこともできないだろ」 三節棍を振るうアイラに、サイラスは小剣を振るいながら答える。舌は粘液で覆われていて、打撃も斬撃も通りにくい
last updateÚltima actualización : 2026-07-13
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第19話 音無し脱兎のツバキ

「そういえば、エンバーさんはどうやって水路を渡ったんですかね?」「水ん中を歩いたんだろ」「息はできたんでしょうか?」「不死者は呼吸しない」「ああ、たしかに」 アイラがふと口にした疑問にサイラスが答える。遭遇したヴォジャノーイは6体だったが、本当はもっと多かったのかもしれない。あれらがエンバーに襲いかかっていたならば、水中だろうが関係なく返り討ちにされていただろう。「うわぁ……こりゃ派手にやったね」 先頭を行くツバキが立ち止まる。その先には分厚い鉄製の扉――の残骸があった。扉は両開きで、左側は折れ曲がって蝶番から外れかけ、右側はなくなっている。周辺の壁に無数のひび割れが走っていることから力づくで強引に開けたことが伺えた。 それを調べたツバキが首を傾げる。「鍵もついてない扉をどうしてわざわざ壊したかなあ。あ、なんか書かれてるね。オドゥオール、読める?」「この地方の古代文字ですね。潰れていますが『骸の王は千年の安息を……』までは読めます。反対側の扉にも言葉が続いていたと思いますが……」 折れ曲がった扉に刻まれた文字をオドゥオールが現代語に訳して読み上げる。右側に続きが書いてあったのだろうが、残骸はどこに吹き飛ばされてしまったのか周辺には見当たらなかった。 扉の中に進むと、ちょっとした広間になっていた。円形で中央に太い柱が立っている。そしてその周辺には無数の人骨が散乱していた。人骨はカタカタと乾いた音を立てながら立ち上がっていく。人骨の手には丸い小楯と赤錆びた小剣が握られていた。「スケルトンか。少し数が多いな」「スケルトンの弱点は腰骨です。砕けばほぼ無力化できます!」 ゴゴロガが戦斧を、アイラが三節棍を構えて前に出る。数十のスケルトンの群れがじりじりと近づいてくる。「魔術で一掃しますか?」「いや、こういう手合いなら俺の仕事だ」 サイラスが陶器の小壺をスケルトンの真ん中に放り込む。砕けた小壺から液体が飛び散り、しゅうしゅうと沸騰して白い蒸気を上げた。蒸気に包まれたスケルトンが小刻みに震えて動きが鈍る。「聖水のサウナだ。瘴気まみれの垢でも落としてくれや」「これ、吸っても大丈夫なんですか?」「不死者にしか害はねえよ」「了解しました!」 白い湯気の中にアイラとゴゴロガが突っ込む。得物を振るうたびに砕けた人骨の破片が床に積もっていく。
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第20話 牛挽肉

 轟音。 迷宮が震える。 鉄棺が床に突き刺さり、爆発したかのように石畳が砕け散る。瓦礫に混じって飛び散るのは腐肉の欠片。黒く変色したはらわた。千切れた太い腕。蹄のついた足。そして牙を生やした牛の生首。 牛頭人身の魔物の群れが、黄燐の火をまとってエンバーに押し寄せていた。道化師によってワイト化されたミノタウロスだ。不死者になったことにより、生者だった頃より膂力も耐久力も増している。 長身のエンバーだがミノタウロスの巨体に比べれば遥かに小さい。倍以上は大きい体格のミノタウロスワイトを、エンバーは鎖に繋がれた棺をフレイルのように振るって軽々と吹き飛ばし、そして叩き潰して肉塊に変えていく。「うはははは! うはははは! これはこれは恐ろしい! さすがは骸の王の最高傑作! 恐ろしや恐ろしや!」 燐火の群れの先には天井を這う道化師がいる。厚塗りの化粧で覆われた顔が狂笑に歪む。その顔面に向かって鎖が伸びる。道化師は六本足で壁面を這ってそれを躱す。「三十余りのミノタウロスをワイト化しても一瞬で挽肉でございますか! これはこれは喜ばしい! 悦ばしい! ああ、偉大なるは骸の王よ!」 迫りくる鎖の本流を道化師は踊りながら避けていく。燕尾服はあちこちが破れ血と泥で汚れている。今や異形と化しているのは左腕の虫の肢だけではない。右腕は蜥蜴のそれに、両足は腫瘍と粘液にまみれた何かに変わっていた。「こちらはどうか!? 骸の王の道化師たるわたくしが戯れを超えて創り上げたる全身全霊一世一代前人未到の渾身のお巫山戯でございます!」 通路の先から小山のような黒い影が現れる。人間を一飲みにできる巨大な顎門。大剣の如き鋭い牙。その隙間からは生木を燃やしたような黒い煙が漏れている。そして鈍い放つ全身を覆う鱗に、直立する鰐を思わせる全身の形。 ――ドラゴン 魔物の頂点に位置する種族。それが腐った肉汁を全身の穴から――虚ろな眼窩から、耳孔から、鼻孔から、肛門から、だらりと垂れた性器の先から――どろりどろりと垂れ流しながら、地響きを伴ってエンバーに迫る。 ドラゴンゾンビ。物語の中ですら滅多に現れない怪物が通路を埋め尽くす質量を持って現れたのだ。「ブレース! 毒息を! 鉄をも溶かす高熱の毒息を! 一息で鼻血ぶー! 肺が腐って泥を吐き! はらわたをひり出
last updateÚltima actualización : 2026-07-13
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