Short
濃煙の果てに、愛は灰となった

濃煙の果てに、愛は灰となった

Oleh:  招き猫にゃんTamat
Bahasa: Japanese
goodnovel4goodnovel
11Bab
44Dibaca
Baca
Tambahkan

Share:  

Lapor
Ringkasan
Katalog
Pindai kode untuk membaca di Aplikasi

授賞式の夜、消防隊長である彼氏の久保大介(くぼ だいすけ)は、控室で電話を受けたきり、煙のように消えてしまった。 残されたのは私、和泉夏希(いずみ なつき)ひとり。ドレス姿のまま壇上に立ち、彼の代わりに「年間最優秀消防士」の表彰盾を受け取った。 司会者がにやりと笑いながら言う。「久保隊長の胸の内には、名誉よりも大切な方がいらっしゃるようですね」 どっと沸く会場の笑い声。私はただ立ち尽くし、手足の先がじんじんと冷えていくのを感じていた。 家に戻っても、彼が帰ってくることはなかった。出迎えたのは、鼻を突くガスの臭いだった。 次の瞬間、激しい爆発が家を襲った―― 瓦礫の中から近所の人に助け出されたとき、スマホに一枚の写真が届いた。 寮のベッドで、大介が上半身裸のまま横たわっている。その寝顔は、驚くほど穏やかだった。 一言メッセージが添えてあった――【隊長ったらもうヘトヘトで、今夜は帰れないって。「あいつがいれば、家のことは心配ない」って言ってたよ】

Lihat lebih banyak

Bab 1

第1話

濃い煙にむせて目が覚めたとき、半身は完全に麻痺していた。

視界は一面、焦げた黒に覆われている。あたりには、ガスと何かが焼けたような刺激臭が充満していた。

隣の田中さんが、私を台所から引きずり出してくれた。顔中を黒い灰で汚したまま、彼は必死に叫んでいた。「救急車を呼べ!消防車も!」

頭の中でガンガンと音が鳴り響く。朦朧とする意識の中で、大介に助けを求めるメッセージを送ったことだけを覚えていた。

返信は、たった一言だった。

【待て】

待った。言われるままに信じて待ったら、爆発が起きた。

左脚を引き裂くような激痛に視線を落とすと、くの字に曲がった足首が目に入った。

やがて、遠くから消防車と救急車のサイレンが近づいてきた。オレンジ色の救助服を着た隊員たちが、どっと駆け込んでくる。

顔はよく見えない。それでも、そのオレンジ色が、たまらなく皮肉に思えた。

私も、消防士の妻になるはずの人間だ。大介はかつて「うちの中隊の太陽だ」と笑っていた。

なのに今、その太陽は自分の家で爆発に巻き込まれ、肝心の「ヒーロー」はどこにもいない。

救急車の中で酸素マスクを当てられながら、私は医療スタッフの腕をやっとの思いで掴んだ。「スマホが……」

「現場が混乱しています!しっかりしてください、重傷ですよ!」

目を閉じると、涙が煤と混ざり、頬に二筋の黒い跡を残した。

ただ確かめたかっただけだ。あの後、彼から返信が来ていたかどうかを。

病院に着くと、そのまま救急処置室に運ばれた。

全身数カ所の火傷、左脚の粉砕骨折、軽度の脳震盪。

傷の処置をされる間、体が震えるほど痛かった。それでも声ひとつ出さなかった。

こんな肉体の痛みなど、胸の奥の痛みの何分の一にも満たない。

看護師が私のスマホを持って入ってきた。画面は割れていたが、まだ点いていた。

「上着のポケットに入っていました」

「……ありがとう、ございます」声がひどくかすれていた。

LINEを開くと、大介との画面は、あの冷たい一言【待て】で止まったままだった。

スクロールすると、その前には、血を吐くような思いで送った私のメッセージが残っていた。

【大介、またガスの臭いがするの。この前みたいな感じ。早く帰ってきて】

以前にも、コンロの老朽化でガスが微かに漏れたことがあった。大介は確認して「大したことない」と言い、窓を開けて換気しておくよう言い残した。休みになったら交換すると約束していた。

でも、彼はずっと忙しかった。

南雲市消防中隊のヒーローとして、会議も出動も新人指導も、終わりがなかった。

私は一度も不満を言わなかった。彼を愛していたから。彼のことを理解していたから。

付き合って六年。まだ初々しい新人だった頃から、栄光を重ねた今の彼まで、ずっとそばにいた。

もうすぐ結婚できると思っていた。消防署の近くに、新居も決めていた。

子供の名前まで考えていた。

「やすちゃん」――平和で安らかに育ってほしいという願いを込めて。

スマホが震えた。

大介からだった。

【ごめん、寝てた。スマホ見てなかった】

【家、大丈夫?】

【今ニュース見たんだけど、お前のマンション、何かあった?どこにいる?】

並んだ三通のメッセージを見つめていたら、ふっと笑いがこぼれた。

――寝てた?

西山麻衣(にしやま まい)が送ってきたあの写真が脳裏に蘇る。大介の逞しい胸、乱れたシーツ、そして挑発的な一言。

なるほど。私のヒーローは、他の女の腕の中で眠っていたのか。

Tampilkan Lebih Banyak
Bab Selanjutnya
Unduh

Bab terbaru

Bab Lainnya
Tidak ada komentar
11 Bab
第1話
濃い煙にむせて目が覚めたとき、半身は完全に麻痺していた。視界は一面、焦げた黒に覆われている。あたりには、ガスと何かが焼けたような刺激臭が充満していた。隣の田中さんが、私を台所から引きずり出してくれた。顔中を黒い灰で汚したまま、彼は必死に叫んでいた。「救急車を呼べ!消防車も!」頭の中でガンガンと音が鳴り響く。朦朧とする意識の中で、大介に助けを求めるメッセージを送ったことだけを覚えていた。返信は、たった一言だった。【待て】待った。言われるままに信じて待ったら、爆発が起きた。左脚を引き裂くような激痛に視線を落とすと、くの字に曲がった足首が目に入った。やがて、遠くから消防車と救急車のサイレンが近づいてきた。オレンジ色の救助服を着た隊員たちが、どっと駆け込んでくる。顔はよく見えない。それでも、そのオレンジ色が、たまらなく皮肉に思えた。私も、消防士の妻になるはずの人間だ。大介はかつて「うちの中隊の太陽だ」と笑っていた。なのに今、その太陽は自分の家で爆発に巻き込まれ、肝心の「ヒーロー」はどこにもいない。救急車の中で酸素マスクを当てられながら、私は医療スタッフの腕をやっとの思いで掴んだ。「スマホが……」「現場が混乱しています!しっかりしてください、重傷ですよ!」目を閉じると、涙が煤と混ざり、頬に二筋の黒い跡を残した。ただ確かめたかっただけだ。あの後、彼から返信が来ていたかどうかを。病院に着くと、そのまま救急処置室に運ばれた。全身数カ所の火傷、左脚の粉砕骨折、軽度の脳震盪。傷の処置をされる間、体が震えるほど痛かった。それでも声ひとつ出さなかった。こんな肉体の痛みなど、胸の奥の痛みの何分の一にも満たない。看護師が私のスマホを持って入ってきた。画面は割れていたが、まだ点いていた。「上着のポケットに入っていました」「……ありがとう、ございます」声がひどくかすれていた。LINEを開くと、大介との画面は、あの冷たい一言【待て】で止まったままだった。スクロールすると、その前には、血を吐くような思いで送った私のメッセージが残っていた。【大介、またガスの臭いがするの。この前みたいな感じ。早く帰ってきて】以前にも、コンロの老朽化でガスが微かに漏れたことがあった。大介は確認して「大したことない」と言い
Baca selengkapnya
第2話
両親が病院に駆けつけたとき、私はちょうど手術同意書にサインをしているところだった。包帯だらけの私を見て、母が泣き崩れる。「どうしてこんな……大介くんは?どこにいるの!」父は母を支えながら、目を赤くして医師に尋ねた。「娘の怪我は?」医師は深くため息をついた。「……予断を許さない状況です。左脚の粉砕骨折で、今後歩行に影響が出る可能性があります。火傷の範囲も広く、傷跡は残るでしょう。まず手術の準備を」母の泣き声がひどくなる。私の手を握って、痛いかと聞いてくる。私は首を振り、かすれた声で言った。「……お母さん、大丈夫だから」「大介のやつ!電話してやる!」父が怒りに任せてスマホを取り出した。私は止めた。「お父さん、いいの。彼は……忙しいから」見えない手に心臓を握りつぶされるようで、息が詰まった。誰よりも誠実で、献身的な男だと、みんな大介をヒーローだと思っている。でも私が一番必要としていたとき、彼は別の誰かを選んだ。その時、見知らぬ番号から着信があった。出ると――電話の向こうで、大介が焦った声を上げていた。「夏希!?」両親から連絡が入ったらしい。「中心病院にいる、今着いた。何号室?」その口ぶりが、あまりにも当たり前といった調子だった。今さら来てあげる、とでも言いたいのか。今まで何もしなかったことは、遅すぎる形ばかりの心配ひとつで帳消しになるとでも?スマホを握る指先が、手のひらに食い込んだ。「……大介、爆発からもう五時間が経ってる。外はとっくに明るいよ。今さら、何の顔で来るつもり?」電話の向こうが沈黙した。しばらくして、疲れたようなため息が聞こえた。「すまない、怒るのは分かる。でも、あのときは事情があってさ。麻衣が寮でひとりで怖がってて、俺も少し飲んでたし、それで……」そこで言葉が途切れた。続きは言わなくても、分かる。彼女を巻き込まないでくれ。女の子だし、評判が大事だから――そんな彼の本音が透けて見えた。スマホを持つ指の関節が白くなっていく。これだけ心が砕けても、涙すら出なかった。「終わりにしましょう、大介。もう、私に連絡しないで」通話を切ると、私は声を出さないように、顔を布団に押しつけた。両親に聞かれたくなかった。心配させたくなかった。すかさず
Baca selengkapnya
第3話
「それと、麻衣は新入りだ。怒りをぶつけるな。あいつは何も知らないんだから」彼は私が二人の関係を知らないと思って、麻衣を守られるべき無垢な被害者に仕立て上げようとしている。そして私は、分別もなく喚き散らす嫉妬深い女に。その言葉を聞いていたら、胃がむかついた。胸の奥に詰まったものが、今にも爆発しそうだった。「隊長」私は一言一言区切るように呼んだ。「勘違いしてる。両親に連絡したのは私じゃない。病院から家族に連絡が入っただけ。それに、その新入りのことは……これから先、私には関係ない」大介の顔色が一瞬で変わった。母が水のコップをベッド脇の台に力任せに置いた。「麻衣って誰よ。まず夏希に謝りなさい!仕事でも何でも、娘をひとりで置いて行くなんてありえない!コンロが古くなってて、ガスが漏れるって前から分かってたのに!交換するって約束したじゃないの!」大介が固まった。戸惑ったように私を見る。両親の目に、大介はずっと誠実で頼れる青年として映っていた。麻衣のことを言わずにいたのは、私に残った最後の矜持だった。彼が約束を破った理由は、両親には当然「仕事」としか映らない。「市民を守るヒーロー」が、出会って三ヶ月も経たない新入りのために判断を狂わせるとは、誰も思うまい。大介の顔が青ざめ、白くなった。唇が動く。「ごめん、夏希。俺……っ」そのとき、麻衣が保温ポットを手に病室の入り口に現れた。「すみません、おばさま。全部私のせいです。隊長を引き留めたのは私で、帰れなくさせてしまって……本当に申し訳なかったです、うう」ピンクのパジャマ姿に、大介の上着を羽織っている。潤んだ瞳で、いかにも守ってやりたくなるような顔をしていた。「あなたが麻衣さん?」母の声に怒気が滲んだ。大介が即座に麻衣をかばうように自分の背中へ隠した。「おばさん、そんな、彼女は悪くないです。いい子なんです、本当に」反射的に庇うその仕草が、刃のように私の胸に刺さった。麻衣が大介の陰からそっと顔を覗かせ、涙目で私を見た。その声には、微かな優越感が混じっていた。「夏希さん、隊長を責めないで。私のことも。自分は若いし、まだ未熟だから、どうしても隊長に頼ってしまうの。あなたみたいに強くて自立してたら、何でもひとりでできるのに」一拍置いて、唇を噛んでから
Baca selengkapnya
第4話
転院先は、整形外科のリハビリで名高い私立病院だった。費用はかさむ。けれど、静かで、大介がしつこく押し掛けてくる心配もない。新しい病室は広々としていて、窓の外には青々とした芝生が広がっていた。ベッドに横たわり、青空と白い雲を見上げながら、私の胸の内だけは、灰色のままだった。父がリンゴを剥きながら、恐る恐る切り出してきた。「夏希……大介とは、本当にもう終わりにするのか?」答える間もなく、病室のテレビから昼のニュースが流れてきた。「市内の老朽化した住宅で本日午前、火災が発生。女性1名が室内に取り残された危険な状況の中、消防中隊隊長・久保大介が先頭に立ち、濃煙と二次爆発の危険を顧みず女性の救出に成功しました」画面の中で、大介が見覚えのある人物を抱きかかえ、炎の中から飛び出してきた。あの新入り、麻衣だった。かすり傷ひとつなく、ただ怖かっただけだとでも言うように、あどけない泣き顔で大介の胸に飛び込んでいた。大介は自分の上着を脱ぐと、優しく彼女の肩にかけた。低い声で、何かをなだめるように声をかけている。記者がマイクを向けると、彼はカメラをまっすぐに見据えて言った。「これが、俺の仕事です」母はテレビを見て、それから私を見て、深くため息をついた。「夏希、ほら見てちょうだい。大介くんって、やっぱりそういう人なのよ。誰かのために動ける人。あの麻衣さんに対しても、きっと責任感からなんじゃないかしら」父もそれに続いた。「そうだよ。大介は若くて有能で、将来のある男だ。男という生き物は、たまには過ちも犯すものだ。でも本人にやり直す気があるなら、逃げ道くらい作ってやれ。我慢していれば、こんなこといつか過ぎ去るさ」その言葉は、鈍い刃物のようで、何度も何度も私の心を削り取るようだった。……我慢していれば?あやうく死ぬところだったのに、我慢しろと言うの?大介に何度も見捨てられてきたのに、それすら我慢しろと?そのとき、スマホが鳴った。着信画面には副隊長の番号。――大介だった。声は少し疲れていたけれど、どこか手柄を誇っているような響きが混じっている。「夏希、ニュース見たか?麻衣の寮、電気系統が老朽化してて火が出たんだよ。俺が間に合って本当によかった。あのままだったらどうなっていたか……」一拍置いて、当然の
Baca selengkapnya
第5話
私が大介を告訴した容疑は、過失傷害だった。同居中、当然払うべき注意を怠った結果、私の身体に重大な傷害を負わせた、というものだ。ただの恋人同士の行き違いと見るか、取り返しのつかない結果を招いた過失と見るかで、扱いは大きく変わる。依頼した弁護士は証拠が完全に揃っていると、「勝ち目は十分にあります」と言った。ガス会社の鑑定報告書、病院の傷害診断書、そして大介と私のLINEのトーク履歴。そのどれもが、彼にとって決定的に不利なものだった。この訴えが消防中隊に伝わると、隊の全員が驚きを隠せなかったようだった。まさか私たちが法廷で争う日が来るなど、誰も想像していなかったのだろう。大介の上司が、私に面会を求めてきた。大介ひとりの問題では済まなくなる。組織や周囲への影響も考えて、できれば内々に収めてほしいと。「和泉さん、久保は我が中隊で最も優秀な隊長なんです。南雲市の誇りでもある。ここでこんなことになったら、彼の将来が……君が悔しい思いをしているのはよく分かります。本人にしっかり詫びを入れさせ、補償もさせますから。どうか、それで手を打ってはいただけないでしょうか」私は車椅子に座ったまま、穏やかな顔をしたその上司を見つめ、静かに問いかけた。「もし、今回爆発で大怪我をしたのが、あなたの娘さんだったとしても……同じことが言えますか?」上司は、絶句した。大介も、いよいよじっとしてはいられなくなったようだった。謝罪のつもりなのか、持参した赤いバラの花束をぐしゃりと握りつぶしたまま、病室へ飛び込んできた。両目は血走り、真っ赤に染まっていた。「夏希、いくらなんでもやりすぎだろ……!」私の車椅子のアームレストを掴む手に、砕けんばかりの力が入っている。「最初に一線を越えたのはあなたよ、大介」大介の声がひどくしゃがれ、今にも泣き出しそうに震えていた。「なんで訴えるんだよ。俺たちのことは、二人だけで解決できるだろ……」赤く充血したその目を見つめていると、まるで彼の方が被害者で、本当に深く傷ついているかのように錯覚しそうになった。「じゃあ、私があなたを訴えない理由を、ひとつでいいから教えて」大介は、ためらわずに口を開いた。「六年間愛し合って、もう結婚するところだったじゃないか!それなのに俺を……」「そ
Baca selengkapnya
第6話
せめてもの救いは、私たちがまだ婚姻届を出していなかったことだ。もし籍を入れていたら、離婚裁判で財産まで持っていかれるところだった。大介は、私の車椅子の前に膝をついた。「夏希、俺が悪かった。頼むから訴えを取り下げて。感情に任せて、こんなことしないでくれ。もう一度だけ、やり直したいんだ」私は首を振った。「感情に任せて言ってるんじゃないわ。ちゃんと考えた末の決断よ」彼が私の手首を掴んだ。骨が軋むほどの強い力だった。「一時の気の迷いだったってことは認める!でも、お前への気持ちは本物なんだ!男なら誰だって一度くらい踏み外すことがあるだろ。だから、大目に見てくれたっていいだろ。これまでの六年間、俺はずっとちゃんとした彼氏だったじゃないか!なんで、たった一度のチャンスすらくれないんだ!」身勝手な弁明を並べ立てる、悪びれた様子もないその瞳を、私は正面から見据えた。「チャンスなら……もう一度、あげていたわ」……あの授賞式の夜のことを思い出す。私は客席に座り、大介のこれまでの救助活動をまとめたダイジェスト映像を眺めていた。手元には、彼から預かったスマホがあった。パスコードは私の誕生日で、LINEのトーク画面のトップに固定されているのも、私とのトークだった。けれど、業務連絡と隊の仲間たちの名前だけが並んでいるはずのその画面に、ひとつだけ、ピンク色のうさぎのアイコンが不自然に浮いていたのだ。新入りの麻衣だった。トークを開くと、二人の生々しいやり取りが目に飛び込んできた。【隊長、訓練がきつくて、手がもう傷だらけなの(泣)】【明日、薬を持ってってやる】【隊長、今日の救助すごくかっこよかった!まるで神様みたい!】【ちゃんと訓練すれば、お前もそうなれるさ】【隊長、眠れなくて……少しだけ、話し相手になってくれませんか】そして、その時点での最新メッセージ。彼女が送ってきた自撮り写真だった。細いキャミソールのパジャマ姿に、こんな一言が添えられている。【寮にひとりでいるの、すごく怖い。隊長、おやすみなさい】送信時刻は、深夜。そのメッセージが届く直前、大介は私との電話を「明日は重要な任務があるから、もう寝るよ」と言って切っていたのだ。作った笑顔が顔に張り付いたまま、私は動けなくなった。全身の血
Baca selengkapnya
第7話
病室のドアが開き、両親と弁護士が入ってきた。大介が床に膝をついている姿を認めるなり、父は血相を変えた。殴りかかろうとする父を、弁護士が必死に引き止めた。「落ち着いてください!ここで手を出せば、こちらまで加害者になってしまいます」後ろには、大介の副隊長もついてきていた。この惨状を見て深くため息をつくと、大介の肩を掴んで無理やり引き起こそうとする。「隊長、もうやめましょう……夏希さんは今、頭に血が上っているんです。冷静になるまで待ちましょう。今日は一旦戻りますよ」大介は目を真っ赤に腫らし、その手を荒々しく振り払った。あれほど穏やかで、仕事のことを何でも理解してくれていた彼女が、ここまで容赦なく踏み込んでくるとは、彼は本気で想像すらしていなかったのだろう。……裁判で、大介は全面敗訴した。証拠があまりにも揃いすぎていたのだ。高額な医療費と慰謝料を支払う判決が下り、彼のこれまでの蓄えは底をついたばかりか、多額の借金まで背負うことになった。判決が出たと同時に、消防中隊からは正式な停職処分が下される。旗色が悪いと悟った麻衣は素早く大介から距離を置き、新たに就任した代理隊長の側にすり寄っていった。職を追われ、借金を抱え、周囲の冷ややかな視線に晒され続けた大介は、結局、自ら辞表を出した。彼が消防署の寮を引き払った日は、ひどい土砂降りの雨だったという。その後、どこか遠くの街へ流れていったと聞いた。行き先を知る者はなく、彼の消息を気にかける人間も、もう誰ひとりとしていなかった。私は両親と共にヨーロッパへ渡り、そこから長い、本当に長いリハビリ生活を始めた。二年後。私は新進気鋭の画家として帰国し、国内で個展を開いた。会場に選んだギャラリーは、南雲市消防中隊の、通りを挟んだ真向かいにあった。かつてはあれほど威厳を放っていた門も、今見ると、別に何も変わらないように思えた。個展のキュレーターが、私に話しかけてきた。「和泉さん、ご存知ないかもしれませんが。あの向かいの消防署……昔、偉大なヒーローを生んだ場所でもあり、同時に、とんでもない不祥事を生んだ場所でもあるんですよ」彼はちらりと私の横顔をうかがい、続けた。「『久保大介』という人……聞いたことありませんか?」私は、静かに頷いた。「惜しい男でしたよ。
Baca selengkapnya
第8話
私はふっと笑い、左脚を少しだけ前に出すと、細いヒールのまま、その場で優雅に一回転してみせた。「ご覧の通り、完治したわ。激しいスポーツさえしなければ、日常生活には何の支障もないの」かつて自慢だった私の脚には、今も、あの日のやけどの痕が幾筋も走っている。けれど、丁寧な治療と毎日のケアのおかげで、ほとんど他人の目には触れない。彼は複雑な色をたたえた瞳で私の脚を見つめ、一歩踏み出したいのに、どうしても足を踏み出せずにいた。「けっ、こん……したのか?」彼は恐る恐る尋ねた。その声は、ごくかすかに震えていた。私は彼を見つめ、自分の瞳からすべての感情を消した。「ええ、もちろん」大介の瞳孔が、ぎゅっと収縮した。顔面から、最後の血の気が失われていく。「そうか……おめで、とう……」泣き顔よりもずっと見苦しい笑みを無理やり浮かべ、彼の体が大きく傾いた。今にも崩れ落ちそうだった。彼がさらに何か言うより先に、背後から耳をつんざくような急ブレーキの音が響いた。古びた軽バンが、カフェの前に乱暴に停車する。助手席のドアが開き、麻衣が勢いよく飛び降りてきた。流行りのミニスカートに、濃すぎるメイク、巻いた長い髪。彼女は車を降りるなり大介を指差し、通りに響き渡るほどの金切り声を上げた。「大介!また勝手にフラフラ歩き回って!車の中で大人しく待ってろって言ったでしょうが!」彼女の隣には、小太りの男が付き添っていた。かつて副隊長だった男で、今は南雲市消防中隊の隊長だ。腕を組んだまま、彼は冷ややかな目で大介を見ていた。麻衣が大介のそばまでズカズカと歩み寄り、彼が落としたフリーペーパーを地面から拾い上げた。そこに印刷された私の写真を目にした瞬間、彼女の顔が夜叉のように歪む。「またこの女の顔なんか見てたわけ!?」彼女は私の目の前で、紙面をずたずたに引き裂くと、地面へ叩きつけた。「言ってみなさいよ!ここでこの女と何話してたのよ!」大介の世間体など、最初から存在しないかのような口ぶりだった。道行く人にどれだけ見られようが構わないという、なりふり構わぬ開き直り。私は、ただ静かに眺めていた。――ええ、彼女は昔から何も変わっていない。自分が他人から奪うやり方でしか手に入れられなかったから、世の中の女はみんな自分と同じ泥棒なんだと
Baca selengkapnya
第9話
「今日、私がここへ足を運んだのは、情にほだされたからだとでも思った?」私は言葉を続けた。真冬の夜風よりもずっと冷たいトーンで。「勘違いも甚だしいわ。あなたが今、どれほどのどん底に這いつくばっているか……この目で直接、確認したかっただけよ」大介が、弾かれたように目を開けた。傷を負った獣のような瞳で、私を見上げている。「そんな言い方……しないでくれ……っ」「あなたにその資格があるの?」私は静かに見下ろした。私の瞳の奥には、はっきりとした軽蔑がにじんでいた。「新入りひとりの機嫌を取るために、私をガスが充満した部屋へ置き去りにして、死の淵へ追いやったとき……私がどうなるか、あなたは一度でも想像した?家のコンロが壊れていることは知っていたはずよ。私が怪我を負って助けを求めていることも分かっていた。それなのに、あなたはあの夜、別の女の世話を焼いていた。ねえ、大介。あなたは私のことを、一体なんだと思っていたの?自分がいつでも好き勝手に呼び出せる、都合のいいバカだとでも?」彼は唇をわずかに震わせただけで、弁明の一言すら紡げなかった。「……よく聞いて、大介」私は少しだけ身をかがめ、彼の耳元へと顔を寄せた。地の底から這い上がった悪鬼のような声を落とす。「最初から最後まで――私は、あなたを一度たりとも許したことなんてないわ。ただ、見せてあげたかったの。あなたが手放したものが、今、どれほど豊かに、美しく生きているかを。そして、今のあなたが……どれほど惨めで、救いようがないかをね」私は体を戻すと、二度と彼を振り返ることなく歩き出した。背後から、大介の絶望に満ちた絶叫と、ヒステリックに喚く麻衣の泣き声が、ぐちゃぐちゃに混ざり合って追いかけてくる。それはまるで、三流の劇団が路上で演じる、ひどく出来の悪い喜劇のようだった。そして私は、通りすがりの観客にすぎない。空港へは向かわなかった。両親が私のために新しく用意してくれた、この街で最もセキュリティの厳しい邸宅街へと車を走らせた。部屋へ着くと、スマホから、ある番号に電話をかけた。「もしもし、あなた。家に着いたわ」通話の向こうから、穏やかで、深い温かみのある低い声が響く。「……ねえ、寂しかった?今夜のフライトでそっちに向かうよ。深夜には着くはずだ」「ふふ、も
Baca selengkapnya
第10話
庭では招待客たちがグラスを傾け、華やいだ笑い声が絶えなかった。その人波の向こうに、大介の姿があった。邸宅を囲む鉄柵の前に立ち、虚ろな目でぼんやりと、何かをブツブツと呟いている。「夏希……俺の、夏希……」ぼろぼろの服に、ボサボサ髪。誰がどう見ても、ホームレスそのものだった。警備員が敷地から追い払おうとしていたが、彼の耳には届いていないようだった。ただ一心に、私だけを見つめている。私は彼に、とびきり明るい微笑みを向けてみせた。そして夫の温かい視線を受けながら、その腕にそっと自分の手を絡め、陽光の降り注ぐ芝生の上へと歩き出す。私の結婚式に、ヒーローはいらない。ここにいるのは、私が本当に愛している人だけだ。……それからというもの、大介はまるで幽霊のように、私の行く先々へ姿を現すようになった。ギャラリーの前に張り込んでは、汚れた指先でショーウィンドウのガラスをこつこつと叩き、意味のない言葉を呟いている。散歩に出れば、路地の角から突然飛び出してきて、カッと見開いた目で私を捉えた。「夏希!俺を見てくれ、会いたくてたまらなかった!」私の手を掴もうと駆け寄ってくる彼を、そばに控えていたボディガードが即座にねじ伏せる。そのたびに鼻を腫らし、青アザを作って路地の隅へ転がされたが、それでも彼は憑かれたように、翌日になるとまた律儀に姿を見せた。夫は、この異常な状況に対して、驚くほど辛抱強く理解を示してくれていた。私の手を優しく包み込み、耳元で静かに囁いてくれる。「怖がらなくていいよ。君のことを、もう誰にも傷つけさせはしないから」大介との過去を根掘り葉掘り聞き出すような真似もせず、彼はただ黙々と、身辺の警備レベルを引き上げてくれた。麻衣の夫――つまり、現在の南雲市消防中隊の隊長となった男が、見かねて仲裁にやってきたこともあった。彼は困り果てた顔でギャラリーを訪れ、こう言った。「久保がかつて中隊に尽くしてきた功績に免じて、もう彼をこれ以上刺激しないでやってくれませんか。あいつ、今もう精神的にかなり追い詰められているんです。このままだと、本当に廃人になってしまう」私は、静かに微笑み返した。「彼が廃人になろうがどうなろうが、私には何の関係もないことよ。あの爆発で、私のこの脚が再起不能になりかけて、家が
Baca selengkapnya
Jelajahi dan baca novel bagus secara gratis
Akses gratis ke berbagai novel bagus di aplikasi GoodNovel. Unduh buku yang kamu suka dan baca di mana saja & kapan saja.
Baca buku gratis di Aplikasi
Pindai kode untuk membaca di Aplikasi
DMCA.com Protection Status