LOGIN川崎賢斗(かわさき けんと)と、子どもを持たない結婚生活を始めて5年目。思いがけず、私のお腹に小さな命が宿った。 勇気を振り絞って妊娠を告げた私に、賢斗は驚くほど平坦な声で答えた。 「俺の研究計画に、子育てを組み込む余裕はない」 そう言って、迷いもなく中絶を勧めた。 私はお腹の子への未練も悲しみも胸の奥に押し込め、彼の言うとおりにした。 ところが心まで冷え切るような療養生活を送る中、彼は教え子と人目も憚らず抱き合っていた。 やがて、その教え子が大きなお腹を抱え、家にやってきた。
View More異国での最初の冬、私は帰国せず、初めてのクリスマスを外国で過ごした。街の窓には温かな明かりが灯り、外ではちらほらと白い雪が舞っていた。ソファに座り、冷えたコーラのグラスを手にしながら、今の静かな時間を味わっていた。猫を1匹飼い始めていた。名前はコーラという。遠く異国の地でも、この子だけはそばにいてくれる。午前零時を回った瞬間、窓の外で花火の音が鳴り始めた。猫を抱いたまま、大きな窓の前に立ち、花火を眺める。その時、ドアベルが鳴った。扉を開けると、真っ赤な薔薇の花束が目の前に差し出された。澄んだ声が響く。「なつめ、メリークリスマス!」真っ赤な薔薇の花束の向こうに立っていたのは、他でもない、蓮だった。(おわり)
私と賢斗は離婚した。彼は強硬に拒もうとしたが、私の決意は、それ以上に固かった。離婚後、賢斗はまるで何かに取り憑かれたように、何度も何度も電話をかけてきた。うんざりした私は、彼のすべてのSNSアカウントをブロックした。連絡が取れなくなると、彼は私のマンションの下で、夜な夜な立ち尽くすようになった。けれど、結果が変わることは、決してなかった。1週間後、玲那から1本の電話がかかってきた。電話越しに彼女は泣き叫び、この上ない罵詈雑言を私に浴びせてきた。その狂ったような叫び声と断片的な言葉から、事の顛末が把握できた。玲那が流産したのだという。賢斗の仕業だった。妊娠6ヶ月を過ぎた子どもを、賢斗はもう要らないと言い出したらしい。無理やり病院へ連れていこうとした際、激しく抵抗した彼女のお腹がテーブルの角にぶつかり、その場で大出血を起こしたのだという。玲那はかすれた声で、鋭く叫んだ。「あなた、どうしてそんなひどいことが言えるの!?自分の子を失ったからって、他人の子まで産ませたくないっていうの!?」その言葉を聞いても、怒りも悲しみも湧かなかった。ただ、笑みがこぼれた。最初から最後まで、子どもを望まなかったのは、私ではなかったのだから。玲那の罵倒に対して、私は淡々と言い返した。「不倫相手になったことが、そんなに自慢なの?あなたを流産させたのは賢斗でしょう。それなのに、本人を責めもせず、私に八つ当たりするなんて……あなた、いったい何様のつもり?よくそこまで恥知らずになれるわね」電話の向こうがしばらく沈黙し、やがて賢斗の声が響いた。「なつめ、玲那の子どもはもういなくなった。これで、戻ってきてくれるか?」賢斗は狂気じみていて、ただただ嫌悪感を覚えた。私は冷たく言い放つ。「賢斗、あなたの子どもはふたりとも、あなたが殺したのよ。これで満足?あなたみたいな畜生に、子どもを持つ資格なんて一生ないわ」……蓮が私を訪ねてきた時、私の心は驚くほど晴れやかだった。彼は向かいに座り、私を真っすぐに見つめてきた。その瞳には、掴みきれない感情が揺れていた。「なつめ、先生から聞いたよ。海外に行くって」否定はせず、頷いた。学校の彫刻展の後、私はまるで長い夢から醒めたように過去を振り返り、自分の青春の半分近くを賢
学校の彫刻展当日、キャンパスは大勢の来場者で賑わっていた。メイン展示品の前で、蓮と一緒に写真を撮った。帰ろうとしたその時、突然手首を掴まれた。賢斗の顔が目の前に現れた。彼の顔色は険しく、歯を食いしばっている。「なつめ、俺と離婚したのは、この男のためだったのか?俺を汚らわしいと言ったのは、自分の浮気を正当化するための言い訳だったんだろう」蓮は冷ややかな視線を彼に向けながらも、何も言わず、さりげなく私の前に立った。賢斗に視線を移すと、久しぶりに見る彼の目の下には濃いくまができていた。あまり良い暮らしをしていないようだった。玲那は賢斗のもう片方の腕に両手でしがみついていて、お腹はすでに目立つほど膨らんでいた。私は冷笑を浮かべ、賢斗の手を強く振り払った。「賢斗、まだ分からないの?私がどうしてあなたと離婚したのか。可愛がってる弟子のお腹が、あれだけ大きくなってるのよ。それだけで、あなたが浮気してた証拠としては十分でしょう。それを今さら、私のせいにするつもり?私たちはもう他人なの。私が誰といようと、あなたには関係ないでしょう。それに、彼はあなたより若いし、見た目だっていい。あなたが張り合えるところなんて、どこにあるの?」一言一句、容赦なく彼の心を抉る言葉を放った。賢斗の顔は赤くなったり青くなったりを繰り返している。深く息を吸って怒りを抑え込むと、彼は打って変わって穏やかな調子で言った。「……わかった。玲那に子どもを堕ろさせたら、俺の元に戻ってくれるのか?」その言葉に、思わず驚愕した。まさかこの場でそんなことを口にするとは思ってもいなかった。玲那の顔色もみるみる青ざめていく。私が黙っているのを見て、賢斗はさらに畳みかけてきた。「なつめ、この数日、ひとりで家にいて、家の何もかもが急によそよそしく感じられるようになったんだ。だから、戻ってきてくれ。今すぐ玲那に堕ろさせる。俺たちで、また新しい子どもを作ろう」彼の瞳は真剣だった。けれど私はただ、全身に寒気が走るような嫌悪感しか覚えなかった。思わず笑いがこぼれ、瞳には冷ややかな色が浮かぶ。「無理よ、賢斗。私はもう産めなくなったのよ。この先一生、子どもを授かることなんてできない」胸を無数の刃で抉られるように痛んだが、もうこれ以上彼と話す気力もなか
家を出た後、この数年で貯めてきた貯金を使い、自分だけの小さな家を買った。賢斗との思い出をすべて忘れようと、そこで新しい暮らしを始めた。賢斗と別れてから初めて人前に出たのは、母校に戻り、指導教官の彫刻展の手伝いをすることだった。教官の学生たちの技術がまだ未熟な上、時間も差し迫っていて、短期間で完成度の高い作品を仕上げるのは難しい状況だった。たまたま卒業後もずっとこの街に留まっていた私は、大学で何か催しがあるたびに、時間があれば母校を訪れていた。教官から急いで助けてほしいと電話をもらった時、私はちょうど自分の作品の下絵を仕上げているところだった。学校の彫刻教室に駆けつけると、すでに大勢の人が集まっていた。教官は私を見つけるなり、慌ただしく未完成の彫刻のデザイン案の前へと私を引っ張っていった。「なつめ、よく来てくれた」「君が来てくれたから、もう安心だ。あとはふたりに任せられる。君が来るまでは心配で、昼飯も喉を通らなかったよ」そう言うと、荷物を手に慌ただしく立ち去った。去り際、振り返って声をかけるのも忘れなかった。「蓮、事情を先輩に説明しておいてくれ。俺は飯を食ったら戻る」いつまでも子どものような教官の様子に、私は呆れながらも思わず苦笑した。蓮が私のそばに立った。「先輩、これが今回のメイン展示品のデザイン案と資料です。本来なら時間は十分あったんですが、担当グループの手違いで遅れが出てしまって」資料を受け取りながら、思わずからかってしまう。「ふふ。今日はなつめって呼ばないのね。やけに他人行儀に感じるわ」蓮は一瞬驚いた顔をして、それから目を細めて笑った。「だって、僕ももう大人になったから。それに、これだけ親しくなったのに先輩なんて呼んだら、他人行儀じゃないか」彼を見上げて笑いながら、確かにその通りだと思った。手元のデザイン案に目を落とし、思わず眉をひそめる。蓮の言う通りだった。担当グループのコンセプトは「人と自然の共生」。当初の計画では樹脂とガラス繊維を使い、高さ2.4メートルの幻想的な自然の女神像を作る予定だったらしい。けれど今、目の前にあるのは組み立てたばかりで、しかもところどころ壊れてしまった不完全な骨組みだけだった。「先生の考えでは、これを一度解体して、一から作り直すべきだと