All Chapters of 離婚まであと30日、なのに彼が情緒バグってきた: Chapter 1701 - Chapter 1710

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第1701話

新井グループの株価については、大輔もそれほど心配してはいなかった。瑞相グループと提携している三つのプロジェクトがあるおかげで、業界内からの投資は依然として非常に安定していたからだ。ネット民のバッシングが影響するのは世間のイメージだけで、企業利益そのものには直結しない。ネット上の炎上がさらに燃え広がり、熱を帯びていく中、ユーザーたちは次々にコメントを書き込んだ。【前は新井の広報って、何かあれば秒で対応してなかった?どうして今回はだんまりなわけ?】【声明を出さないってことは、マジってことだろ?新井蓮司は遺産目当てで実の祖父まで殺したんだぞ。こんなイカれた奴、死刑でも文句言えないだろ!】【もう待つだけ無駄でしょ。真相は全部バレてるんだから。新井蓮司は今頃、どうやって自分を悲劇の主人公に見せるか必死で考えてるんじゃない?予言しとくけど、あいつはこのあと絶対、「自分は濡れ衣だ、無実だ」って動画を出すよ】……ユーザーたちの罵倒と嘲笑が飛び交う中、ついに新井側の動きがあった。投稿したのは会社のアカウントではなく、蓮司個人のSNSアカウントだった。多くのユーザーが本人のアカウントにまで押しかけ、直接罵倒のコメントを書き込んでいたため、蓮司が投稿すると、すぐに気づく者が現れた。その後、彼の投稿は瞬く間に拡散され、十分後には再びトレンド一位へ躍り出た。蓮司の投稿内容は、次のようなものだった。【ネット上で拡散されている動画と発言について、皆様にはどうか冷静に受け止めていただきたく存じます。現在、私はすでに辞表を提出しており、新井グループの最高経営責任者を退任しております。どうか会社に対する無差別な攻撃はお控えください】この言葉は、言外の意味をはっきりと世間に示しているようなものだった。――叩くなら俺を叩け。会社は関係ない。――俺に非があることは認める。だからすでに辞職した。自ら退路を断ったことで、もはや取り繕う余地はなくなった。一連の事件はすべて蓮司の仕業であり、実の弟まで陥れようとしたのだと、本人が認めたも同然の形になったのだ。これにより、ネット民の非難はさらに過熱し、蓮司の投稿には、彼を罵倒するコメントがまたたく間に数万件も殺到した。その頃。ネット上でこれほど大きな騒ぎになっているのだから、理恵が気づかな
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第1702話

電話口の理恵は、本気で驚いたような声を上げた。「新井って、本当におかしくなったの?ついに壊れて、まともじゃなくなったわけ?」透子は少し間を置いて返した。「……たぶん、そうじゃないと思う」ちょうどその時、画面上部に執事からのメッセージがポップアップで表示された。透子はそれをそのまま読み上げた。「新井はネット民の矛先を自分へ向けるためにそうしたみたい。世論の怒りを会社のほうへ向かわせず、新井グループの評判に傷がつくのを避けるためだって」つまり彼は、ユーザーたちを自分の投稿のコメント欄で罵倒させ、会社への非難を避けることで、新井グループに影響が及ばないようにしたのだ。スマホの向こうで話を聞いていた理恵は、少し沈黙したあと、鋭く核心を突いてきた。「透子、どうしてそれを知ってるの?しかも、そんなに早く」「高橋さんが送ってくれたの」理恵は、高橋が新井家の執事だと知っている。少し考えてから、さらに追及した。「あの執事、何もないのにわざわざあなたへそんなこと送ってくるわけ?あなたのほうから先に聞いたんじゃないの?」透子はあっさりと「うん」と認めた。親友がそれを認めた瞬間、理恵の頭の中で盛大に警報が鳴り響いた。「ちょっと透子、どうして新井蓮司の動向なんか気にしてるの!?しかも真っ先に聞きに行くなんて!まさか、またあのクズ男にほだされたんじゃないでしょうね?言っとくけど、あいつはマジでその価値ないからね!いい女は一度捨てたゴミを拾いに戻ったりしないの!ましてや、あいつは血も涙もない最低男なんだから!うちのお兄ちゃんのほうが一万倍マシよ!せっかく抜け出した地獄に、自分からもう一回飛び込むような真似だけは絶対にしないでよ!」透子はスマホを少し耳から離した。理恵の怒りに満ちた声が、鼓膜を破りそうな勢いだったからだ。声のボリュームが収まるのを待って、透子は口を開いた。「落ち着いて。理恵が思っているようなことじゃないから」だが、理恵は引かない。「否定しないでよ!絶対そうでしょ。そうじゃなきゃ、どうして真っ先に新井家の執事に、新井のことを聞くのよ?」透子は眉を寄せ、不思議そうに言い返した。「だって、理恵が知りたがっていたんじゃないの?新井がどうしてネットにあんな投稿をしたのか分からないって、言っていたでしょう?」理恵は一瞬言葉に詰
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第1703話

ただ、悠斗が釈放されたことについては、透子も気を配っておく必要があった。現在、地下資金ルートに関わっている可能性が最も高い容疑者は、他でもない悠斗だからだ。彼が外に出た以上、警察も二十四時間体制で監視し続けることはできない。もしその隙に証拠を消滅させられたらどうなるか。そう考えた透子は、スティーブへメッセージを送った。追跡調査の過程で、不審なIPからのログインや記録の消去といった動きがないか、厳重に警戒してほしいと伝えた。一方、新井グループの会議室では、近藤取締役たちが悠斗を交え、簡単な打ち合わせを開いていた。本題に入る前だというのに、彼らの顔には隠しきれない興奮と歓喜の色が浮かんでいた。それぞれスマホを手に、ネット上で炎上している世論の動向を眺めている。近藤取締役が興奮気味に口火を切った。「これで新井蓮司は完全に終わりだな。本人がネットで認めた以上、もう逃げ道はない。こちらが改めて決定的な証拠を突きつけてやる手間すら省けたというわけだ」別の取締役が懸念を示す。「彼の辞表は見ましたか?口先だけで辞めると言っても、正式に辞表を提出していなければ意味がありませんよ。こちらを油断させるためのブラフかもしれません」近藤取締役は鼻で笑い飛ばした。「何を恐れる必要がある?もし辞表が出ていないなら、それをまた暴露してやればいいだけだ。新井蓮司の嘘を暴けば、その時は辞めたくなくても辞めざるを得なくなる」他の取締役たちも深く頷いた。たしかに、今の流れは完全に自分たちの側へ傾いている。蓮司がこれ以上、反撃に出られるはずもなかった。高見の見物を十分に楽しんだところで、彼らは本題に入った。蓮司が失脚して空席となる新井グループの最高経営責任者の座を、誰がどう埋めるかについてだ。一人の取締役が提案する。「明日、取締役会を開き、反対を押し切ってでも悠斗様をトップに据えましょう。悠斗様には正当な相続権があるのですから」別の取締役もすぐに同調した。「賛成です。新井会長の孫は二人だけ。長孫である蓮司が実の祖父を害して失脚した以上、新井グループは順当に悠斗様のものになるべきでしょう」近藤取締役は眉をひそめ、思案顔になった。「問題は、大島取締役たちが同意しないことだ。決定票は彼らの手にあるからな」他の取締役が嘲るように鼻を鳴らす。「大島東吾(おおしま
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第1704話

そうなれば、次にやるべきことは、蓮司の配下にいた幹部たちと直接「面談」し、誰が買収に応じるかを探ることだった。今回は近藤取締役たちが自ら交渉の表に出ることにした。そのほうが、相手への「評価の高さ」と「人材を惜しむ気持ち」を十分にアピールできるからだ。蓮司がかつて引き上げた人材は、たしかに優秀だった。近藤取締役たちはかなりの労力を費やし、何人もの手強い相手に跳ね返された。だが、完全に失敗に終わったわけではない。なびかなかった者たちの名前は、すでに彼らの手元のブラックリストに記されていた。報復の準備は着々と進められていた。……一週間後、取締役会が開かれ、新たな社長を選任するための投票が行われた。この間に蓮司の辞表も正式に会社へ届いていたため、近藤取締役たちが外部に向けて二度目の世論操作を行う必要はなくなっていた。今はただ、自分たちの息のかかった人間をトップに押し上げることだけを急いでいた。周防取締役の派閥も、こればかりはどうすることもできなかった。外部からの登用は断固として認められない。近藤取締役たちが買収した操り人形を送り込んでくる恐れが強いからだ。だから今は、中立派である大島取締役たちが提案した「社内からの登用」に賛成するしかなかった。ところが、その社内登用の場で、近藤取締役たちはある一人の人物を推してきた。しかも、ご丁寧にありとあらゆる説明資料まで準備している。その人物が新井グループで立てた功績や、成功に導いた重大プロジェクトの数々が、完璧に書面にまとめられていた。周防取締役は近藤取締役の熱弁を聞きながら、深く眉をひそめた。近藤取締役がここまで強く推し、肩入れする人物だ。裏に何かあるとしか思えない。だが、その人物の名は、たしかに聞き覚えのある蓮司の元部下のものだった。――坂本勝。周防派の人間も愚かではない。相手が元々蓮司の部下だからといって、それだけで疑いを完全に消し去ることはできない。強力な後ろ盾を失えば、人心も離れるものだ。坂本勝という男が、すでに近藤取締役たちに買収されていないと誰が言い切れるだろうか。彼らがこれほど強引に推してくる以上、間違いなく裏で利益を共有しているはずだ。いざ投票の段階になると、周防派は誰一人として手を挙げなかった。向かいに座る近藤取締役はそれを見て、すべて想定内だと言わん
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第1705話

近藤取締役はさらに言葉を続けた。「我々も皆、会社のことを第一に考えているのですよ。新井社長が辞任した以上、トップが不在のままというわけにはいかないでしょう?この坂本勝は、前社長が一から育て上げた人物です。彼の実力なら、周防取締役も信頼できるはずですぞ」そう言い残すと、近藤取締役は勝ち誇ったような笑みを浮かべ、悠然と歩き去っていった。周防取締役はその背中を見つめながら、どうにもその言葉の裏に別の含みがあるような気がしてならなかった。だが、蓮司が辞任を固く決意しているのは事実だった。正式に辞表まで提出されている以上、周防取締役たちが彼の地位を守ろうと奔走したところで、もうどうにもならない。周防取締役は蓮司へ電話をかけ、今日の取締役会の結果を伝えた。電話の向こうにいた蓮司は、勝が近藤取締役たちに推されて新たな社長に就くことが暫定決定したと聞いても、ただ唇を引き結んで沈黙するだけで、何の意見も述べなかった。彼にとって、この結果は完全に想定内であり、驚きはなかったのだ。というのも、勝裕や光佑たちは、数日前にすでに蓮司へ話を通していた。近藤取締役が彼らを「引き抜き」、新たなトップの座に推そうと接触してきた事実を報告してきていたのだ。だが、ただ一人だけ、蓮司にメッセージも電話も寄こさなかった者がいた。それこそが、勝だった。だから、勝がすでに近藤取締役たちに買収され、向こうの陣営に寝返ったことは疑いようがなかった。周防取締役は、自分が話し終えても蓮司から一切の返事がないことに気づき、すぐに眉をひそめて言った。「君はとっくに読んでいたのか。だから驚きもしないのだな」電話の向こうの沈黙を、周防取締役は肯定と受け取った。「これは君が仕組んだことなのか?あの坂本勝は元々、君の部下だった男だ。つまり、会社は実質的にまだ君の掌握下にあるということか」周防取締役は、自分の中で合点がいったように言った。本当にそうであるなら、彼が心配する必要はない。蓮司が表向き職を離れていても、裏では彼が権限を握っていることになるからだ。しかし、その安堵の息を吐ききる前に、スマホの向こうから蓮司の冷ややかな声が聞こえた。「俺が仕組んだことではありません。一切関与していません」周防取締役は一瞬言葉を失い、問い返した。「では、坂本勝は本当に近藤たちに寝
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第1706話

取締役たちの祝いの言葉を聞きながら、すべてが決着し、自分が本当に新井グループの社長になったのだと思うと、勝は顔に浮かぶ笑みをどうしても抑えきれなかった。彼は深々と九十度に腰を折り、興奮と感激を隠しきれない声で応じた。「近藤取締役、池田取締役、吉田取締役、そして皆様のご厚意とご指導に、心より感謝申し上げます。この重責を担い、必ずや皆様のご期待に応え、新井グループをさらに高みへ導いてみせます!」近藤取締役は満足げに微笑み、勝の肩を軽く叩いて発破をかけた。「我々は前から分かっていたよ。高山ら旧体制の幹部の中で、お前がいちばん能力があるとね。だから我々の信頼を裏切らないでくれ」勝は満面の笑みで誓った。「近藤取締役にそう言っていただけて光栄の至りです。必ずやご期待に応えてみせます!」吉田取締役も柔和な笑みを浮かべて言葉を添えた。「これからは我々も一蓮托生だ。困ったことがあれば、いつでもすぐに相談してくれたまえ。君には我々がついている。万が一、君の就任に不服を唱える者がいるなら、こちらで片をつけてやろう」勝は力強く頷いた。彼らが去っていくのを恭しく見送り、自分を引き立て、支えてくれた恩に何度も感謝を述べながら、今夜はぜひ宴席を設けたいと申し出た。近藤取締役たちもそれを快諾し、夜は大いに飲んで親睦を深めようと言い置いて去っていった。エレベーターの扉が閉まるのを見届けてから、勝はようやく身を翻した。あまりの喜びと興奮で、まるでまだ雲の上にいるような心地だった。嬉しさのあまり、下の階まで駆け下りて何周も走り回りたい衝動に駆られるほどだ。自分のオフィスに戻っても、その高揚感はなかなか引かなかった。だが不意に、何かを思い出したように口元の笑みがスッと消えた。勝はスマホを取り出し、連絡先の画面を見つめた。親指を無言のまま発信ボタンの上に滑らせたが、最後までそのボタンが押されることはなかった。彼は静かに目を閉じ、画面を消した。真っ暗になる直前、ディスプレイに表示されていた名前は――「新井社長」勝の昇進の知らせは、すぐに関連部署へ通知され、人事異動の手続きも正式に動き出した。半日もしないうちに、関連公告が社内メールで一斉配信された。その公告が出るやいなや、管理職の間には一気に大きなどよめきが広がった。同時に、近藤取締役たちは勝のために専属
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第1707話

机を叩く音に驚いて振り返った啓人は、大輔の姿を認めるなり、すぐに嘲るような笑みを浮かべた。そして、鼻で笑い飛ばすように言い放った。「何ですか?反乱でも起こすつもりですか?佐藤大輔……でしたね。言い忘れていましたが、人事部からの辞令で、今日から私が君の役職を引き継ぐことになりました。君は一段降格、ただの平アシスタントです。これからは私の指示に従ってもらいますよ。さあ、そのデスクはさっさと片づけてください。すぐに私が使いますから」大輔は激昂し、その場で怒鳴り返した。「ふざけたこと抜かしてんじゃねえ!」その言葉に啓人も完全に頭に血が上り、大輔のほうへ歩み寄ると、険しい目で睨みつけて吐き捨てた。「これは正式な人事部の辞令です。不服なら人事部へ言えばいいでしょう!まだ自分が以前のチーフだとでも思っているんですか。君の『社長』はとっくに失脚したんですよ。今の君は、後ろ盾を失ったただの負け犬です!会社が情けをかけてクビにしなかっただけでも、ありがたく思いなさい。アシスタント室に残ることを許されているのに、それでも身の程をわきまえないというなら、今すぐ自分から辞表を書いて出て行きなさい!」その言葉を聞き、ぽっと出の小物が勝ち誇った顔で調子に乗る姿に、大輔の堪忍袋の緒が切れた。たちまち相手の襟元を乱暴に掴み上げる。啓人も負けじと反撃に出て、二人はその場で激しい揉み合いになった。周囲のアシスタントたちは慌てて立ち上がり、必死に二人を引き離そうとした。その時ようやく、ずっと入口で傍観していた勝が中へ足を踏み入れた。彼はなおも殴りかかろうとする啓人を引き止め、低く声を響かせた。「もういい。手を出すな」啓人は不服そうに振り向き、声を荒らげた。「坂本社長!この身の程知らずの佐藤が先に手を出したんです!一体どれだけ偉いつもりなんですか。まだ自分が社長の片腕だとでも思っているんでしょうか。よくもまあ、この私に食ってかかれますね!警察を呼びます。先に手を出したのは奴です。ここの監視カメラが証明してくれますよ!」そう言い捨てるなり、啓人はポケットからスマホを取り出した。そして、他のアシスタントたちに腕を押さえられ、羽交い締めにされている大輔へ冷笑を向けた。「感謝してくださいよ、佐藤アシスタント。君を警察に突き出して、前の上司に会わせてあげますよ。
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第1708話

「坂本社長!見ましたか、あいつの態度を。あれだけ身の程知らずで、恩を仇で返すような真似をするなんて!スマホを返してください。警察に突き出して、署でしっかり反省させてやりますよ!」勝は無表情で大輔を見ていた。だが啓人にスマホを返すこともしなかった。その時、大輔が鼻で笑い飛ばした。「通報したきゃしろよ!僕が先に手を出したからってなんだ。君だってやり返してきて、散々殴り合っただろうが。喧嘩両成敗だ、通報したところで僕だけどうこうできるとでも思ってんのか!自分がどれだけ偉いと勘違いしてんだか。警察がお前の言いなりになるとでも思ってんのか?法的な常識すらないなんて、本当に笑えるぜ。見苦しい小物だな!」「このっ……!くそ、この野郎……!」痛いところを突かれた啓人は怒りで顔を真っ赤にし、また大輔へ飛びかかろうとした。拳を振り上げ、大輔の顔を殴ろうとする。大輔も負ける気はなく、自分を押さえているアシスタントたちに手を放せと怒鳴った。だが彼らは強く押さえたままで、勝も啓人を引き止め、再び叱りつけた。「柳田!初日から会社で殴り合いの騒ぎを起こしたいなら、好きにしろ!」啓人は不服そうに声を荒らげた。「佐藤が先に手を出してきたのに……」その言葉を遮るように、勝は大輔へ向き直った。「佐藤。お前がまだこの事実を受け入れられないことは分かる。だが人事辞令はすでに出た。これから俺がお前の直属の上司だ。かつて一緒に働いた仲じゃないか。お前に辛く当たるつもりはないし、アシスタント室の他の者たちを冷遇するつもりもない。無理に俺を敬えと強要する気もない。すべて仕事として割り切ってくれればいい。俺はただ、私情を挟まず、業務を円滑に進めたいだけだ」その一連の言葉は、いかにも寛大さに満ちていた。まるで「前体制の古参」を厚遇してやっているような口ぶりだ。普通に空気を読む者なら、感謝して当然という場面だった。だが大輔はただ冷たく鼻を鳴らし、勝を見て冷笑した。「坂本社長、ご昇進おめでとうございます。上司が窮地に陥った隙にのし上がるなんて、さすがですね。昔、新井社長が引き上げてくれなければ、あなたは今でもせいぜいマーケティング部の部長止まりだったことを、すっかりお忘れのようですが。その寛大なご配慮には感謝しますよ。けれど、そんな温情はこっちから願い下げです。あ
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第1709話

その言葉を聞いた勝は大輔を見た。大輔が虚勢を張っているわけではないと分かっていたからだ。前回、橘家の送別の宴で、大輔も招待状を受け取っていた。一方、横にいた啓人は、大輔が強気に出ているのを聞いて腹立たしくてたまらなかった。だが勝に引き止められ、これ以上騒ぎを起こすなと命じられている。勝は淡々と返した。「それなら、佐藤の今後のご活躍をお祈りしよう。これ以上は引き留めない」大輔は鼻で笑い、皮肉を放った。「ありがとうございます。坂本社長も、せっかく手に入れたその席にしっかりしがみついていてくださいよ。元上司が窮地に陥った隙に、踏み台にしてまで奪い取った席ですからね」勝はそれが自分への当てつけだと分かっていた。だが怒りを表に出すことはなく、啓人を連れて無言で身を翻した。啓人は聞いていて腹の虫が収まらなかった。だが当の勝が気にしていないうえ、自分も手を出すなと釘を刺されている以上、どうやって代わりに怒りをぶつければいいのか。入口まで歩いたところで、啓人はまた振り返り、大輔を睨みつけて要求した。「社長室の権限を私に渡せ。これからあそこは坂本社長のオフィスになるんだ」大輔は顔を上げ、冷ややかな視線を向けて言い放った。「すみませんが、僕にあるのは使用権限だけだ。社長室の管理者権限は新井社長が持っている。欲しいなら、社長に直接頼みに行け」啓人はたちまち怒りに顔を歪めた。「てめえ……」その次の瞬間、大輔はさらに畳み掛けた。「ああ、忘れていた。君みたいな取るに足りない小物じゃ、新井社長に会う資格もないんだったな。なら、君の飼い主である坂本社長に電話してもらえよ。坂本社長なら新井社長の連絡先を知っているし、新井社長も、かつて手塩にかけた部下からの電話なら、きっと出てくださるだろうからな」大輔は勝を見て、冷たく嘲笑した。入口のそばに立ったまま。勝はまたしても大輔に手痛い皮肉を浴びせられた。何度も耐えてきたが、今は拳をきつく握りしめ、陰気な目で大輔を睨みつけていた。大輔は新しい社長をここまで挑発し、相手の顔を少しも立てず、痛烈な言葉を次々と浴びせている。そばにいた若いアシスタントたちは、勝の顔色が変わっていくのを見て、今度こそ本当に怒り出すのではないかと肝を冷やした。皆、内心で大輔の身を案じていた。だが結局、その場面は訪れなか
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第1710話

「坂本社長が就任したあと、以前新井社長の部下だった私たちを冷遇して、排除しようとするんじゃないかと怖くて……」大輔は宥めるように返した。「あれだけ大見得を切ったんだ。君たちをあからさまに不当に扱うような真似はしないさ」そのアシスタントは不安げに眉をひそめ、何か言い返そうとした。だが大輔はそれを制して言葉を続けた。「人事部は君たちをクビにはしていない。君たちは立派なアシスタント室のメンバーだ。厚かましく居座っているわけじゃない。せいぜい柳田の野郎が君たちにいい顔をしないくらいだろうが、理不尽に耐える必要はない。あいつが嫌がらせをしてきたら、直接坂本社長に直訴しろ」勝は前任者の隙に乗じてのし上がった。そもそも道義的に後ろめたい立場なのだ。今日、大輔にあれほど痛烈な皮肉を浴びせられても、言い返さなかったのを見ただろう。啓人が大輔とやり合うのも止めていた。勝のような人間は世間体を気にする。ただひたすら権力だけを追い求めているわけではないのだ。ましてや新井グループの最高経営責任者代理というポストは、業界内でも注目の的だ。かつての部下が席を「簒奪」したとなれば、他の経営者たちの耳にも入る。彼らが勝に好意的な目を向けるはずがなかった。そんな状況で、前体制のスタッフまで徹底的に弾圧するような真似をすれば、評判はさらに地に落ちる。会社間の取引はこれまで通り続くとしても、勝が大物経営者たちの輪に受け入れられることなど永遠にできなくなるからだ。大輔は話し終える頃には、ほとんど荷物をまとめ終えていた。パソコンから人事部へ辞表を送信し、手元の仕事を他のアシスタントたちへ引き継ぐと、そのまま潔く会社を後にした。外へ出たあと、大輔は青い空と白い雲を見上げた。いつもなら、こんな時間に立ち止まって空を眺める余裕などどこにもなかった。ただひたすらに忙しく働き続けていたのだから。今、ようやく身軽さと自由を手に入れた。大輔は大きく息を吐き出すと、通りへと歩き出した。蓮司から電話がかかってきたのは、大輔が家に着く前のことだった。電話に出るなり、蓮司が口を開いた。「佐藤、辞めたのか?!」大輔は落ち着いた声で返した。「はい、社長。辞めさせてもらいました。社内の人事異動メールもご覧になったと思いますが、これからは坂本勝が社長になります」スマホの向こうから
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