All Chapters of 夫と愛人に地獄に突き落とされた私を救ってくれたのは「若」と呼ばれる裏の世界の人でした: Chapter 271 - Chapter 280

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271話

伏見の重い言葉と、叱責するような声に音羽はぐっと唇を噛み締めた。 そんな音羽を見て、伏見は抱きしめていた腕を緩めると噛み締めている音羽の唇に優しく触れた。 「……傷が付く。噛むのはやめてくれ」 「──うん、蓮夜……」 少し落ち着いたのだろう。 伏見が腕の力を緩めても、音羽は駆け出そうとはしなかった。 そんな音羽に伏見はほっとした。 冷静になったのだろう。 だが、音羽の瞳には涙が沢山溜まっており、伏見はそっと優しく音羽の目元に口付けた。 「飯野運転手が来たら、ちゃんと話を聞こう。腹が立っても、怒りに乗り込まれたら駄目だ。落ち着くのは難しいと思う。だが、感情に呑まれて暴走したら、胸を張って恭と会えなくなる。……そんな未来、音羽は望んじゃいないだろう?」 「ええ、そうです……。蓮夜の言う通りだわ……。ごめんなさい、興奮して訳が分からなくなりました……」 「そうなるのは分かる。だが、地獄に落ちるのはあいつらだけだ。音羽が付き合ってやる必要は無い」 伏見の言葉にこくり、と頷く音羽。 今はもう落ち着いた様子の音羽に、伏見は安堵した。 手を引けば、大人しく伏見に着いて来る。 「飯野運転手が恭を連れてくるまであと少し時間がある。少し座って待っていよう。水を飲むか?」 「ありがとうございます、蓮夜。飲みます」 「分かった」 伏見は椅子に音羽を座らせ、冷蔵庫から水のペットボトルを取り出す。 グラスに水を注ぎ、音羽に手渡した。 ぐっ、とグラスの中身を一気に煽り、小さく息をついた音羽の隣に座った伏見は、音羽の肩を抱き寄せる。 お互い無言で、ただ寄り添う。 言葉がなくとも気まずさなんて何1つ無い。 音羽の肩を抱き寄せる伏見と、伏見に身を任せる音羽。 2人が暫く無言でそうしていると、ふと伏見が時計に視線を向けた。 「──そろそろ到着する頃だ。外で出迎えよう」 「──はい!」 伏見の言葉に、音羽は強く頷く。 グラスをテーブルに置いて、2人は椅子から立ち上がった。 玄関先までやって来た音羽と伏見。 外は真っ暗で、周囲には誰も通っていない。 夜は車通りも殆どない、静かな場所だ。 2人が表に出て、少し。 真っ暗なこの場所に車の明るいヘッドライトが見えた。 「──っ!」 「飯野運転手の車か?」 光に反応した音羽がぱっと顔を上げる
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272話

「うっ、うわあああんっ!」 「大丈夫、もう大丈夫よ恭ちゃん……」 大声で泣く恭を、音羽は力いっぱい抱きしめる。 縋るように強く抱きつく恭の頭を何度も撫でてやりながら、大泣きする恭を慰める音羽。 「──音羽、恭を連れて部屋に入ろう」 恭を抱きしめる音羽の肩に手を置き、伏見が優しく話しかける。 音羽が頷いた事を確認した伏見は、飯野に顔を向けた。 「飯野さんも一緒に。中で詳しい話を聞いても?」 「ええ、勿論でございます」 飯野は伏見と視線を合わせ、強く頷いた。 彼の瞳には強い意志を感じて、それを受けた伏見も軽く頷いて返す。 「恭ちゃん、抱き上げるね?ちゃんと掴まっててね」 「うっ、……ひっ、ぅんっ」 しゃくり上げつつ、恭は音羽の言葉に頷く。 それを聞いた音羽は、恭を抱き上げて歩き出した。 音羽と伏見が使用している離れにやってきた4人は、未だ泣き続けている恭を音羽が抱き、椅子に腰掛けた。 飲み物を用意した伏見がそれぞれの前にグラスを置き、飯野に顔を向けた。 「──それで、飯野さん。何があったんですか?」 グラスをぎゅっと握った飯野は、苦しそうに表情を歪め、玉櫛の家で起きた事を話してくれた。 「……私も、全体は把握しておりませんが……」 「ええ、それでも構いません」 飯野の言葉に、伏見が頷く。 音羽も落ち着いてきた恭の背中を優しく撫でながら「お願いします」と飯野に告げる。 すると、覚悟を決めたような表情を浮かべた飯野が、口を開く。 「夜、休んでいる時に同僚が私を呼びに来たんです、血相を変えて。同僚も混乱していたみたいで要領を得なかったのですが……坊っちゃまの身に危険が迫っている事が分かりました」 飯野の言葉を聞き、恭の抱きつく力が強くなる。 音羽は「大丈夫だよ」と優しく声をかけ、恭の背中をぽんぽん、と叩く。 「話を聞き、私は坊っちゃまのお部屋に向かいました。駆け付けた時、坊っちゃまの部屋の扉が開いていて……そして、部屋の中には奥様がいらっしゃいました……」 「──ぅっ」 「大丈夫、大丈夫だよ、恭ちゃん」 その時の事を思い出したのか。 恭が小さく呻き、音羽にしがみつく。 恭の体は震えていて、どれだけの恐怖を味わったのだろう、と音羽は苦しくなった。 飯野は怯える恭を気にしつつ、言い淀むような様子を見せたが、それ
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273話

恭の首を、裕衣が締めた──。 その言葉を聞いた瞬間、音羽の目の前が怒りで真っ赤に染まる。 (こんなに小さな子の首を……!?殺そうとしたって言う事!?とんでもないわ!) 音羽の体は、怒りでぶるぶると震えてくる。 今すぐにでも玉櫛の家に行き、恭を殺そうとした裕衣をこの手で殺してやりたい──。 そう思った音羽だが、伏見の言葉を思い出す。 (蓮夜が言ってた、感情に呑まれては、駄目……!怒りで感情を乱しては駄目よ……!) それに、自分が手を染めれば。 自分が本当の殺人者になってしまえば、恭に顔向け出来ない。 堂々と恭に自分が母親なのだ、と名乗り出る事が出来ない。 音羽は奥歯を噛み締め、叫び出しそうになるのを何とか耐える。 音羽の怒りが抱きしめられている恭にも伝わったのだろう。 音羽の腕の中からそろそろ、と顔を上げた恭とぱちり、と視線が合った。 恭の目元は赤く腫れ上がり、とても痛々しい。 どれだけ怖かっただろう。 どれだけ辛かっただろう。 それでも、恭は今自分の腕の中にいてくれている。 それが嬉しくて、今は恭が生きててくれている、その事実が嬉しくて音羽は恭に優しく微笑む事が出来た。 「怖かったね、恭ちゃん。だけど、もう大丈夫よ。怖い所に恭ちゃんは帰らなくて大丈夫だからね……」 「本当、ですか……?僕、もうあそこには帰りたくないです……っ」 ぶわり、と瞳から涙を溢れさせ、恭の丸い頬を伝ってぽたりぽたり、と涙が落ちる。 頬を伝い落ちる涙を音羽は優しく拭ってやりながら、優しく柔らかい声で答えた。 「ええ、分かったわ。恭ちゃんが帰りたくないなら、帰らないでいいように頑張るからね」 「──ありがとう、ございますっ、お母さんっ」 音羽の言葉に安心したのだろう。 ようやく恭は少しだけ笑みを浮かべ、音羽に抱きつく。 ぐりぐり、と甘えるように額を擦り付けてくる恭を、音羽は優しく抱きしめる。 そうしていると、ふ、と恭が呟いた。 「……あの女の人が、……言ってたんです」 「うん?恭ちゃんに、何か酷い事を言ったの?」 音羽が恭に優しく問いかけると、恭は顔を上げ、何とも形容詞がたい表情で口を開いた。 「──あの人が、……返してなんてやらないって、息子を失って、絶望しろって……」 「──っ!?」 「僕の……本当のお母さんは、生きているん
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274話

僕の本当のお母さんなの──。 恭は、ぐしゃぐしゃに顔を歪め、期待するような瞳で音羽に問いかける。 音羽は迷った。 自分が母親だと、この場で答えていいのか。 恭が、傷付いたりしないか。 音羽はすぐに言葉を返す事が出来なかった。 そんな音羽の表情を見た恭は、悲しそうにぐしゃり、と顔を歪める。 どこか傷付いたような表情──。 裕衣に傷付けられ、今度は自分が恭を傷付けてしまう──。 焦った音羽は、咄嗟に答えようとした。 だが、そんな音羽の肩に大きくて優しい手のひらがぽんと乗せられた。 「──恭。恭の本当のお母さんは、恭の言う通り、音羽だ」 「──蓮夜っ!?」 あっさりと答えてしまった伏見に、音羽はぎょっと目を見開いて伏見に顔を向ける。 どうして混乱している恭に、更に混乱してしまうような事を言うの──!? そんな音羽の感情が、伏見には手に取るように分かった。 だが、伏見からしたら。 音羽と恭の様子を冷静に見ていたら、伏見には分かったのだ。 恭は、音羽が自分の母親なんじゃないか、と既に察している──。 恐らく、首を絞められた時に裕衣がそんなような事を口走ったのだろう。 そして、恭を追いかけて来た樹が、音羽の名前を出してしまった。 恭は賢い子供だ。 本当の母親は既に死んでいる、と聞かされ、寂しそうにしていた。 本当の母親を察し、恭が少しでも戸惑いや不安、マイナスの感情を抱いているようだったら、伏見だってこの場で音羽が母親だと認めるような声をかけなかった。 だが、2人から少し離れた場所から見ていた伏見だからこそ分かる。 恭は、音羽が自分の本当の母親なんじゃないかと「期待」している。 そうであって欲しい、と期待を込めて音羽に聞いたのが、伏見にははっきりと分かった。 「音羽。恭も既に察している。……玉櫛の家で、そんなような事を聞かされてしまったんだろう……」 「──〜っ」 伏見の言葉に、音羽は慌てて腕の中にいる恭を見る。 すると、恭は先程の悲しくて苦しそうな表情とは違い、どこか嬉しそうな、希望を抱いているような瞳でじっと音羽を見つめていた。 まるで音羽が肯定するのを待っているかのように、恭はじっと見つめている。 先程まで泣いていた恭の瞳からは既に涙は零れておらず、期待するように音羽の返答を待っている。 「──ぁ……」
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275話

どんっ、と恭が抱きついてくる衝撃を感じた。 音羽は、抱きついてくれた恭を力いっぱい抱きしめ返す。 「──おかっ、おかあさん……っ!僕のっ、お母さん……っ!」 「ええ、そうよ……、そう……。私が恭ちゃんのお母さんなの……っ」 「お母さんっ、お母さんっ!」 わああ!と再び声を上げ、恭は音羽に抱きつく。 音羽も大声を上げて泣く恭を抱きしめ、いくつもの涙をボロボロと零した。 そんな感動的な光景に、飯野は感極まったように自分の目元を拭う。 伏見も、優しく温かな眼差しで、抱き合う音羽と恭をただ黙って見つめていた。 せっかくの母子の時間だ。邪魔は出来ない。 そう考えてくれているのだろう。 伏見が優しく、だけど包み込むような温かな瞳で自分達を見つめているのが見えて、音羽は咽び泣いた。 ◇ 「──恭ちゃん、眠っちゃったわ……」 「泣き疲れたんだろう。少し休ませてやろう」 音羽の腕の中で、安心しきったような表情で寝息を立てる恭。 離れたくない、と言うように恭の小さい手はしっかりと音羽の服を握りしめていて、それが微笑ましく愛おしい。 音羽の優しげな眼差しを見て、飯野は滲む涙をハンカチで拭った。 恭の異変や、身に危険が迫っている事を察知した飯野が、独断でここに恭を連れて来てくれた事。 その英断に感謝しかない。 音羽は飯野に顔を向けると、お礼を告げた。 「──飯野さん、恭ちゃんを助けてくださって本当にありがとうございます」 「──っ!いえっ、とんでもございません……っ、坊っちゃまを第一に考えてくださって、愛してくださる 奥様が、坊っちゃまの本当のお母様で本当にっ、本当に良かったです……!」 「私の事を、もう知っていましたよね……?かなり噂になっているのに、それでも蓮夜に電話をしてくれて……恭ちゃんを連れて来てくださって、感謝いたします……、本当にありがとうございます……!」 音羽と飯野が涙を流しながら手を取り合う姿を、伏見はただ静かに見守っていた。 一頻り2人が言葉を交わし、会話が途切れた所で。 伏見は真剣な表情、声音で切り出した。 「──それで、飯野さん……。さきほど俺たちに話してくださった事を、証言していただく事は可能ですか?」 「証言、ですか?」 突然の伏見の言葉に、飯野はきょとんと目を瞬かせる。 だがすぐに察しがついた
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276話

◇ 「ど、どうしよう……どうしよう、どうしよう……っ」 「──おいっ!裕衣、どう言う事だ……っ!どうして飯野が恭を連れて行った!?」 恭が飯野に連れられ、伏見の実家に向かってから、少し。 車に乗り込んだ飯野を止める事が出来なかった樹は、急いで裕衣の所に戻って来た。 裕衣は未だに恭の自室におり、ぶつぶつと呟いている。 真っ青な顔で呟き続ける裕衣は、樹に話しかけられても何の反応も示さない。 このままでは埒が明かない、と思ったのだろう。 樹はお手伝いさんを呼び、何があったのかを確認する。 「──おい!裕衣は何をした!?どうして恭を飯野が連れて行った!?」 「だ、旦那様……っ」 樹の剣幕に怯むお手伝いの女性、浜田に樹は1度深呼吸をして自分を落ち着かせると、今度は浜田に優しく話しかける。 「──声を荒らげてすまない、……恭と裕衣に何が起きた?教えてくれ」 普段の落ち着いた様子になった樹に、浜田は気まずげに、だがしっかりと樹を見返し、裕衣が何をしたのかを伝えた。 裕衣の様子が尋常ではなかった事。 恐ろしい事を口走っていた事。 そして、それを実行しようと恭の部屋に向かって行った事。 自分は助けを求めるために既に休んでいる飯野を呼びに行った事。 そして、恭の部屋に駆け付けてくれた飯野の、肩越しに部屋で起きていた一部始終を、見てしまった事。 それらを、浜田は混乱しつつ全てを樹に説明してやった。 「──何だと」 浜田の説明を聞いて行く内に、樹の顔色が悪くなって行く。 見る見るうちに樹の目は怒りで吊り上がる。 樹の声が低く、怒りを抑えているような圧を感じて、浜田は肩を竦めた。
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277話

「だ、駄目よ樹!すぐにあのガキ──きょ、恭を連れ戻してっ!飯野に連絡して連れ戻して!」 慌てふためく裕衣の様子に、樹は自分の目元を手のひらで覆う。 樹は、未だに僅かばかり「何かの間違いではないか」と言う希望を抱いていた。 裕衣が自分の子供に手をかけようとするなんて。 浜田と飯野の見間違いを、期待していた。 子供に手をかけるなど、有り得ない行為だ。 それを、自分の妻がやってしまうなんて──。 何かの間違いだ、と思いたかった。 だが、今の裕衣の答えだけで十分だ。 樹は深く息を吐き出す。 そうしている間、裕衣はおろおろと自分の失言に真っ青になっていた。 こんな事を口走ってしまえば、自分がやった事は本当だと言っているような物。 裕衣は樹が目元を覆っているのをいい事に、浜田に血走った目を向けた。 言い間違いだと、自分の勘違いだと言え!と言うような裕衣の形相。 恐ろしい形相に、浜田は小さく悲鳴を上げた。 浜田の悲鳴にぱっと手を退けた樹は、裕衣の形相と、怯える浜田をしっかりと見てしまった。 「──裕衣、お前……!」 「ちっ、違うの樹っ!」 「どこが違う!お前は今浜田を睨んでいただろう!?隠そうとしたのか!」 「ちっ、違──っ」 違う、と喚いている裕衣に樹は舌打ちをすると、裕衣の腕を強く掴んだ。 「──お前はっ!どこまで俺に迷惑をかける!パーティーであれだけの事をしておきながら、恭にも手をかけようとするなんて……!」 「ちっ、違うのよ樹!──ま、待って!どこに行くの樹!?」 「決まっている!恭を連れ戻す!飯野が恭を連れて逃げた!きっと警察だ、取り敢えず恭を連れ戻してから考えるぞ!」 警
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278話

「──ふっ、ふざけるな!恭は俺の息子だ!こっちへ返せ!」 激高する樹に、裕衣は小さく悲鳴を上げると肩を竦めた。 こんな風に声を荒らげ、取り乱す樹など裕衣は殆ど見た事が無かったのだ。 いつでも冷静沈着。 仕事で予想外の事が起きたとしてもいつも冷静で。 自分がやらかしてしまい、音羽に罪を被せた時の樹だって恐ろしく冷静だった。 慌てふためく裕衣とは反対に、樹はあっさりと当時自分の妻だった音羽を切り捨てたのだ。 その時だって少しも取り乱さず、慌てず、戸惑いすらなかった。 冷静に音羽を切り捨てたと言うのに、今の樹はどうだろうか。 「た、樹……?どうしたの……。飯野からの電話なんでしょう……?飯野はなんて……?」 ブチッと勢い良く電話を切った樹は、恐ろしく冷たい目で裕衣を見下ろす。 そして、重苦しい空気の中ゆっくりと口を開いた。 「──飯野は今、伏見の所に居る……」 「伏見……あの人の?」 伏見、と言う名前に裕衣は反応する。 音羽と一緒にいた、自分好みの容姿の男だ。 それを思い出した裕衣は、悔しさに奥歯を噛み締める。 (どうしてあの女ばかり……!せっかく前科者になって、誰にも見向きされないような立場になったのに……どうしてあの女の傍には後から後から良い男が現れるのよ……!) 裕衣がそんな事を考えていると、樹が続きを口にする。 「音羽も一緒だ。……恭は、音羽に助けを求めた」 「──えっ、どうして……!?」 「恭は、自分の本当の母親を知っているらしい。……お前、余計な事を言ったんじゃないか?」 冷たい視線を向けられ、裕衣の喉がひゅっと鳴る。 確かに、恭の首を絞めている時。 余計な事を口走った記憶が裕衣にはあった。 だが、あんな状態だ。 恭には訳が分からないだろう、とタカをくくっていた。 「そ、それは──……」 「恭は、音羽の事をお母さん、と呼び……、帰りたくないと言っているそうだ。……恭は、俺とも話したくない、と」 「うっ、嘘よ……!恭はあなたの息子だもの……!私は確かに恭の本当の母親じゃないけど、あなたの息子よ!?会いたくないなんて言うはずないじゃない!」 「……飯野との電話越しに、恭が叫んでいる声が聞こえた。はっきりと俺に会いたくないと叫んでいるのが聞こえた。……飯野の嘘じゃない」 樹の怒りに耐えるような、重く低
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279話

◇ 場所は変わって、伏見の実家。 泣き疲れ、眠ってしまった恭を自分の布団に連れて来た音羽。 涙の残った恭の頬を撫でていた音羽は、リビングで話している伏見の声に耳を傾けていた。 「──ああ、なるべく早急に。いや、警察には届けない。色々と面倒だろう?向こうもこんな事には巻き込まれたくないはずだ。それに、向こうも警察には届ける事は出来ないはずだ。捜査が始まったら向こうの義母は確実に捕まる。そんな事を許すはすがない。だから、お前がどうにか手を回して……ああ、そうだ。親権を勝ち取る。保護の名目でも良い。こっちには証人が居るからな」 頼んだ、と言って通話を終えた伏見がリビングからひょこりと顔を出す。 音羽は伏見に頷いてから手招いた。 「……寝たか?」 「ええ、泣き疲れて、ぐっすりです……」 「色々あって、疲れただろうからな……。しっかり休んでくれれば良いが……」 音羽は伏見の言葉にそうですね、と返しつつ眠る恭の頬を撫でる。 悪夢でも見ているのだろうか。 恭の寝顔は、苦しげに歪んでいる。 眉を寄せ、苦しそうにしている恭に、音羽は小さな恭の手を握った。 傍にいるよ、大丈夫だよ。 そう言うように音羽が優しく恭の手を握ってやると、恭の小さな手が縋るようにきゅっと強く握り返してくる。 その様子を見ていた伏見は、音羽とは反対側にある自分の布団に横になった。 「……詳しい話は明日にしよう。音羽も今日は疲れただろう?そろそろ寝よう」 布団に入った方が良い。 そう言う伏見に、音羽も頷いて答える。 「分かりました。恭ちゃんの事は、起きてから教えてくださいね」 「ああ、もちろんだ」 恭を挟んで音羽と伏見、2人は声を潜めて話す。 音羽としっかり目を合わせ、頷いてくれる伏見に音羽はほっと胸を撫で下ろす。 すると、緊張していた心がようやく一息つけたようで、途端に眠気が襲ってくる。 ふあ、と小さく欠伸を零した音羽に、伏見は柔らかく微笑むとそっと手を伸ばす。 音羽の柔らかな頬を優しく撫でた伏見は、目を細めて小さく呟いた。 「音羽もそろそろ寝た方が良い。……おやすみ」 「──はい、お休みなさい、蓮夜……」 ゆっくり目を閉じる音羽を、伏見は優しく見つめていた。 目を閉じた音羽を暫く見つめていた伏見だったが、音羽が寝息を立て始めたのを見て、音羽と恭、2
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280話

「お母さん……、お母さん……?」 翌朝。 ぱちり、と目を覚ました恭は布団に自分1人だけが寝ている事に気が付き、心細そうに声を漏らした。 確かに昨日、自分はお母さんとお父さんの家に来たはず。 ──お母さんが僕をぎゅっとしてくれたのに。 ──どうして今は誰も布団にいないの? 恭の視界が、みるみるうちに滲んでいく。 「──お母さ……っ」 「恭ちゃん?起きたの?ごめんね、おトイレに行っていたの」 「お母さんっ!」 恭のか細い声が音羽の耳に届いたのだろう。 小走りで部屋に向かってくる足音が聞こえ、襖からひょこり、と音羽が顔を覗かせた。 音羽の顔を見た瞬間、恭はぶわりと涙を溢れさせると、小さな両腕を精一杯音羽に伸ばした。 「お母さ……っ、僕を1人にしないでっ」 「──っ!ごめん、ごめんね、恭ちゃん。大丈夫よ、ずっと一緒にいるからね」 音羽が恭を抱きしめると、恭は必死にしがみつく。 置いていかないで、1人にしないで、と呟く恭の声は痛々しく、音羽は胸を痛めた。 涙を流す恭を落ち着かせるように、音羽は恭の頭を抱え、大丈夫だと言うように背中を優しく何度も叩く。 そうしていると、ようやく恭が落ち着いてきたようでほうっと息を吐き出したのを感じた。 それを感じ取った音羽は、そっと恭から体を離し、顔を覗き込む。 「恭ちゃん、お腹は?減っていない?」 「ん、少し減りました……」 「そっか。それじゃあ一緒にご飯を食べよう?蓮夜──お父さんも、飯野さんも一緒だよ」 音羽の言葉を聞いた恭の瞳がキラキラと輝く。 「お父さんも、飯野さんも一緒ですか?」 「うん。みんなで朝ご飯を食べようか?」 「──はいっ!」 嬉しそうに返事をする恭に、自然と音羽まで笑顔になる。 恭と手を繋ぎながら寝室を出て、ダイニングに向かう。 すると、そこでは朝食の支度をしている飯野と伏見の姿があった。 音羽と手を繋いだ恭がやって来た事に気がつくと、飯野がぱあっ、と表情を輝かせる。 伏見も柔らかい笑みを浮かべると、2人に向き直った。 「坊っちゃま!おはようございます」 「おはよう、2人とも。起きたばかりだろう?恭は音羽と一緒に顔を洗っておいで」 「──はいっ!お母さん、行きましょう!」 穏やかな、家族の朝。 昨夜あんな事があったなんて、今の光景を見た人は誰も分
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