All Chapters of 夫と愛人に地獄に突き落とされた私を救ってくれたのは「若」と呼ばれる裏の世界の人でした: Chapter 291 - Chapter 300

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291話

「こちらでございます」 使用人に案内され、廊下を進んだ先にある部屋に音羽と伏見2人はやってきた。 音羽はその部屋を見て、なるほど、と小さく頷いた。 音羽の記憶通りで変わっていなければ、ここは応接室だ。 来客を通す場所。 音羽と伏見を一応は客として扱っている、と言う事だ。 音羽は伏見をちらりと見上げ「応接室ですね」と告げる。 「……へえ、そうか」 伏見は音羽の言葉に、同じような事を思ったのだろう。 面白そうに口角を上げると、愉しむように顎に手をやった。 そして、何の躊躇いもなく扉をノックする。 「伏見です。息子、恭の事について話に来ました」 「──入ってくれ」 「ええ、失礼します」 扉の向こうから樹の声が聞こえる。 入室の許可を得た伏見は、丁寧な言葉で答え躊躇いなく扉を開ける。 伏見が扉を開いてくれているので、音羽が先に入室する。 すると、10畳程の広さがある応接室には、樹と裕衣2人だけが居た。 樹はソファーに座っており、裕衣はソファーの後ろに立っている。 入って来た音羽と伏見、2人を一瞥した樹は小馬鹿にするように鼻で笑い、口を開く。 「音羽1人じゃなく、無関係な男まで着いて来たか」 樹の失礼な物言いに、音羽がむっとして言葉を返そうとしたが、それを伏見が片手を上げて止める。 そして樹に向かって笑みを向け、答えた。 「妻である音羽の息子の事だ。俺の立場で無関係だと言うなら、そちらの女性も無関係だろう?」 「──貴様っ、伏見、お前はまだ音羽の正式な夫では無いだろう。裕衣は正式な俺の妻だ。同席する権利はある」 「だが、血の繋がりは無い」
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292話

一方、裕衣の頭の中は色々な事をぐるぐると考えていた。 (他の件……?今回の一件についてじゃないの……?まさか……恭の誘拐を指示した事がバレた?それとも、裏社会の人間との関わり……?) 裕衣は不安になり、伏見を見やる。 だが、伏見の表情からは何も読み取れず、裕衣はどんな事を聞かれるのか、気が気じゃない。 樹に座るように促され、裕衣はソファーを回り込み、樹の隣に座る。 伏見を見遣り、隣に座っている音羽も見る。 だが、音羽本人も裕衣の視線を受けていると言うのに表情1つ変えておらず、無性に腹が立った。 自分1人だけがこの場でパニックに陥っているような不安感。 裕衣は無意識に助けを求めるように樹に視線を向ける。 だが、裕衣の視線には反応せず、樹が伏見に問いかけた。 「それで、裕衣に聞きたい事とは?どうせくだらない事だろう?さっさと終わらせて出て行ってくれ」 まるで犬猫を追い払うように手を動かす樹に、音羽はむっとする。 昔から、樹のこの不遜な態度が嫌だったのだ。 今は彼への恨みからか、嫌悪感すら感じる。 音羽がぐっと身を乗り出そうとするのを、伏見が肩を抱き、抑える。 「それじゃあ、聞かせてもらう。奥さんは、この男に見覚えは?」 伏見はそう言うと、懐からある写真を取り出した。 写真は何枚かあり、それらをテーブルに1枚1枚並べて行く。 樹は「写真?」と訝しげに呟き、並べられた写真を眉を顰めながら見下ろした。 そして、背後に立っていた裕衣に顔を向け、裕衣に向かって口を開く。 「裕衣。さっさと答えろ」 「──あ、あ……」 「……裕衣?」 裕衣の顔色は真っ青だ。 伏見が出した、テーブルに並べてある写真に視線は釘付けになっており、そんな様子の裕衣に樹は裕衣の顔と写真とを交互に見やった。 真っ青になって震えている裕衣。 様子がおかしい、と察した樹は写真について伏見に問う。 「おい、この写真の男は何だ。裕衣とどんな関係があるって言うんだ」 裕衣とは、全くの無関係──。 そうとは言えない。 それが分かったのだろう。 だからこそ樹はさっさと話せ、とばかりに伏見に続きを促した。 裕衣は震えて真っ青になっているだけで、自ら話そうとはしない。 言い訳や、すっとぼけようともせずに震えているだけの裕衣は、この男と何らかの関係があると自ら自
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293話

「──は」 伏見の言葉に、樹はぽかんとする。 「待て……、お前は今……」 「もう一度言おうか?この写真の男は、恭を誘拐しようとした、その犯人だ」 「や、やめてよ……!そんなデタラメな事言わないで……!」 裕衣が声を荒らげ、テーブルの上に並べられた写真に手を伸ばす。 樹の視界から写真を退かしてしまおうと考えたのだろう。 だが、裕衣が写真に触れる前に伏見は全てを回収してしまうと、片手にそれを持ったまま裕衣に視線を向けた。 「……デタラメというなら、そこまで過剰に反応しなくてもいいんじゃないか?それとも、本当だと知っているからそんなに慌てているのか?だが、どうしてそれが本当の事だと知っている?」 伏見の雰囲気が変わる。 すっ、と目を細め低い声で、まるで詰問するように話す伏見の雰囲気は、恐ろしい。 真正面からそれを受けてしまった裕衣は、元々真っ青だったが更に顔色を悪くさせる。 「そっ、それは……」 「奥さんの態度が全てを物語っている。自ら墓穴を掘っているのが分からないのか?」 「ちっ、ちが……っ」 ふるふる、と首を横に振る裕衣に、樹は低い声を発した。 「もういい。黙っていろ、裕衣」 「──っ、樹……!樹まで、この人の言う言葉を信じるの!?わ、私はそんな男、知らないわ!誘拐事件?それだって、知らない!」 「もういい、と言っているだろう!これ以上余計な事を言うな!さっきの態度で、お前がこの男を知っていると分かる!」 「──っ」 樹は怒声を上げると、言い訳を口にしていた裕衣を黙らせる。 口を噤んだ裕衣を無視し、樹は伏見に顔を向けた。 「……裕衣がこの男の事を知っている事はもう分かった。……確か、この男は誘拐未遂事件の犯人だ、と言ったな?……それも、恭の誘拐未遂だと……」 「ああ、その通りだ」 「……一体、いつそんな事件が起きた。……どうして親である俺に知らせが来ていない」 樹の言葉に、音羽が口を開く。 「その現場に、私と蓮夜が居たから。だから、恭ちゃんは誘拐されずに助かったの。誘拐されていたら……恭ちゃんの命は無かったかもしれない。……そんな事を、犯人が言ったから」 「──なぜっ、どうしてお前とこいつが……っ!」 樹が目を吊り上げ、責めるように声を荒らげる。 だが音羽は凄まじい剣幕で詰め寄る樹をしっかり見据え、淡々と答
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294話

「──っ、裕衣っ、お前……!」 「ち、違うわ!この人が言っている事は全くのデタラメよ!私は写真の男なんて知らない!」 「じゃあ、パーティーの時、あの男達は何だったんだ!?誰だった!俺にちゃんと説明出来るのか!?」 樹の怒声に、裕衣はぐっと言葉に詰まる。 「あのパーティー会場に乱入しようとしていた男達は何だ!?お前の名前を知っていただろう!あの男達とは一体どんな関係なんだ!」 「そっ、それは──」 慌てふためく裕衣。 嘘も、誤魔化す事も苦手なのだろうか。 もしかしたらパニック状態になると上手く言葉が出てこないタイプの人間なのかもしれない、と伏見は冷静に裕衣を観察する。 伏見は隣に座っている音羽に目を向け、こそりと耳打ちした。 「ある程度用は済んだ。恭の事を話して、俺たちは一旦帰ろう」 「──もういいんですか?」 「ああ、十分だ」 こくり、と頷く伏見に音羽も頷き返すと、樹に向き直る。 そしてすうっと息を吸い込むと、口を開いた。 「玉櫛 樹さん。息子、恭は母親である私が保護します。もうお分かりだと思いますが、息子に危害を加えるような人間がいる場所に、大切な我が子を任せられません」 「──っ、待て……!恭の事は──」 「今後、恭について話したい事があれば、弁護士を通して連絡をください。弁護士の連絡先を置いていきます。恭ちゃんが怖がりますので、そちらの奥さんは顔を見せないようにしてください」 「なっ、どうしてあんたなんかに──」 きっぱりと告げる音羽に、樹と裕衣は慌てて言い募ろうとするが、伏見がソファーから立ち上がった事で口を噤む。 「音羽、行こう。……玉櫛さん。裏社会の人と一度関係を持ったら、地獄の果まで着いて来ますよ。……身辺には気をつけた方がいい」 薄っすらと笑みを浮かべ、恐ろしい言葉を放つ伏見。 その言葉に、裕衣はさぁっと顔を真っ青にし、樹は顔色を変える裕衣に怒りの表情を浮かべる。 裕衣、お前やっぱり!と樹の怒声が背後から聞こえたが、音羽と伏見は扉に向かい、足を止める事はせずそのまま部屋を出て行く。 そして玄関を潜り、外に出たところで音羽はぴたりと足を止め、息を吐き出した。 「音羽?」 「……はっきり言ったけど、これでもう大丈夫でしょうか?……玉櫛 樹は、恭ちゃんを取り戻そうとするはず……」 不安そうな音羽に、
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295話

伏見の笑みの意味が分かったのは、一夜明けて翌日だった。 朝、離れのダイニングで朝食を摂っている時。 恭がフォークを握りながら、つけていたテレビに映った映像を見て「あっ」と声を出した。 「お母さん、テレビに映ってるの、樹お父さんの会社です……!」 「──何ですって?」 驚いたように声を上げた恭に倣い、音羽もテレビを見やる。 今日、伏見は朝から仕事があるとの事で、早くから家を出て行ってしまっている。 そのため、音羽と恭は2人でゆっくりと朝ごはんを食べていたのだ。 お茶を用意してくれていた飯野がテーブルに近づき、音羽と恭の目の前にグラスを置いてくれる。 そして、飯野も食卓に加わった。 「本当ですね……旦那様の会社です」 飯野もお茶碗を持ち、驚いたように呟く。 この場にいる全員が、玉櫛ホールディングスの外観が映るテレビ画面に釘付けになっていた。 画面に映る文字を目で追っていた恭が、不思議そうに音羽に尋ねる。 「お母さん……。裏金疑惑って、どう言う事ですか?悪い事……?」 アナウンサーの言葉を聞いたのだろう。 恭が不思議そうに首を傾げつつ、聞いてくる。 純粋な好奇心。 それを真正面から受けた音羽は、どう答えたらいいものか、と迷った。 裏金は、犯罪行為だ。 それを恭の目の前で説明してもいいものだろうか。 「奥様……」 飯野が心配そうな顔を向けてくるのが分かる。 ここで誤魔化す事は出来ない。 音羽は飯野に「大丈夫」と言うように頷いてから恭に向き直った。 「恭ちゃん、あのね──」 音羽が説明をしようとした時、テレビから新たな情報が流れた。 【裏金疑惑があるのは、玉櫛ホールディングス社長の妻、裕衣容疑者との情報が入りました。裕衣容疑者は、会社の資金を私腹を肥やすために着服しようとし──】 そして、言葉は続く。 【裕衣容疑者には、反社会勢力との関係も問われており、先日行われた某パーティーでは、裕衣容疑者と反社会勢力の人物が会話をしていた、取引をしていた、との情報もあります。警察は両方を視野に入れ──】 静かなダイニングに、無機質なアナウンサーの声が響く。 食器の音も立てず、食い入るようにニュースを見ていた3人だったが、この件に関するニュースは終わり、画面が切り替わってしまった。 「……お母さん」 不安そうな恭の声が、
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296話

◇ 「どうなってる……!早く情報を……!どこからこんな話が漏れたんだ!」 玉櫛ホールディングス、社長室。 社長室で玉櫛 樹は、次から次へひっきりなしにかかってくる電話対応に追われていた。 社長室には、樹の怒声が先程から響きっぱなしだ。 樹が声を荒らげる度、同じ室内にいた裕衣は肩を竦め、怯えるように体を震わせていた。 「──くそっ、埒が明かない!」 樹はスマホを耳から離し、力任せに床に叩き付ける。 スマホが床に叩きつけられ、派手な音を立てて画面が割れる。 裕衣がきゃあ!と悲鳴を上げたが、樹は怒りに満ちた鋭い視線を裕衣に向けた。 「裕衣、どうなっている!?反社会勢力との繋がりだけではなく、裏金まで……!会社資金を着服していたのか!」 「ちっ、違うっ、違うわ樹!私、そんな事知らない……!」 「なら、どうして警察が!税務署が監査にやってくる!?お前が設立した新会社、本当に潔白なんだろうな!?」 「け、潔白よ!私は知らないもの!そんな事していない!」 裕衣は真っ青になりつつ、必死にすっとぼける。 裕衣の頭の中はパニックに陥っていた。 どうしてこんなに早くバレてしまったのか。 資金を確保するために、ペーパーカンパニーを作った。 まだそこまで金を動かしていないし、法に触れる事はまだしていない。 それなのに、どうして──。 (くそっ、くそっ!これもあのヤクザ者のせいだわ!あいつらがヒルのように執拗いから……っ、ずっと金を要求してくるからっ、あいつらさえいなければ……っ!) そんな時、緊迫した室内の空気には似つかわしくない呑気なノック音が社長室に響いた。 ──コンコン 「玉櫛社長、伏見です」 扉の向こうから、伏見の低い声が響く。 どこかこの状況を楽しんでいるような感情が声に乗っているのが分かる。 樹は青筋を立て、扉に向かって叫んだ。 「──なんの用だ!お前に用は無い!帰れ!」 「──ふっ」 激高する樹の声が返ってくる。 それをある程度予測していたのだろう。伏見は可笑しそうに笑い声を上げた。 その態度がまた、樹の逆鱗に触れる。 ずんずんと扉まで歩いて行き、乱暴に扉を開いた。 「──なんの用だ、伏見……っ」 ギリギリと眦を吊り上げ、今にも飛びかかって来そうな程、樹は荒れ狂っているように見える。 その様子がおかしくて
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297話

「音羽に──引っ被せた、だと!?」 聞き捨てならないな、と樹は凄みを増して伏見に歩み寄る。 樹の怒りに、裕衣はあまりの威圧感に気圧され、隅で震えていた。 だが、樹の怒りを真正面から受けている伏見は落ち着き払っており、どこに余裕があるのか楽しげに口角を上げていた。 「出鱈目な事を言うな……!あの事件では、人が死んでいるんだぞ!?あの時、会社にいたのは音羽だけだった。当時の勤怠の記録からもそれは明らかだ……!故意ではないとは言え、音羽は人を殺めてしまったからこそ、服役していたんだろうが!」 樹は伏見の胸元を掴み、叫ぶように告げる。 至近距離で樹の怒りを受けていると言うのに、伏見は相変わらず勝気な笑みを口元に浮かべたまま、掴まれていた自分の胸元を払った。 「その事件、そのものがおかしいって言っているんだ。そもそも、音羽が重要書類を他社に渡すような人間じゃない。当時、音羽は玉櫛社長の妻だっただろう?会社に不利益を被るような、そんな愚かな真似をするはずがない。……まぁ、」 伏見は一旦言葉を切ると、ちらりと裕衣を見やる。 すうっ、と細めた冷たい伏見の視線に射抜かれ、裕衣はびくりと体を震わせる。 「──当時、音羽を陥れたいと思っていた人間がいただろうから、その人間に嵌められたんだろうな?」 くつり、と喉奥で笑う伏見に、樹はじろり、と睨み付ける。 (あの事件は、綺麗に処理したはずだ。……俺や裕衣が自供しない限り真犯人が裕衣だとはバレない……。それなのに、どうして伏見はこうも自信満々な態度なんだ……?証拠も何も、全て燃やしている……何も残っていないはずだ……) だから、恐れる事は無い──。 そう判断した樹は、余裕を現すようにゆったりと腕を組んだ。 「例え、音羽が犯人ではなかったとしても、あの事件から時間が経ちすぎている。……再捜査など、無理な話だ」 ふん、と鼻で笑う樹に伏見は笑った。 「果たしてそうだろうか?」 「……なんだと?」 どうしてそこまで強気でいられる──。 樹が訝しげに眉を顰めた瞬間、伏見が口を開いた。 そして、伏見が言葉を発したと同時、社長室の内線が鳴った。 その音は、大きな音だ。 そのため、伏見の声はその呼出音に掻き消されてしまい、樹の耳にも、裕衣の耳にも、入らなかった。 ぽつり、と呟いた低く冷たい声は誰の耳にも届か
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298話

「玉櫛さーん!ここにいるって聞きました、玉櫛 裕衣さーん!」 大きな音と共に部屋に雪崩れ込んで来た男が、にやにやと笑いながら裕衣の名前を大声で呼ぶ。 入ってきた男は複数人。 礼儀も何もない態度に、樹はもちろん裕衣も驚きで目を見開いていた。 だが、唯一その中で伏見だけが落ち着き払っている。 入って来た男達の先頭にいるのは、先日のパーティーで裕衣を訪ねて来た派手な格好をした男だった。 その男──伏見の右腕である「陸野」はちらりと伏見に視線を向けてから大袈裟に身振り手振りを交えて話しだす。 「あれ……?ご来客中だったんですねぇ、これは失礼した。だが、こちらも急を有する案件でね……少し失礼しますよ」 へらり、と笑い裕衣に顔を向ける陸野。 わざわざ伏見が玉櫛ホールディングスに出向いたのは、このためだ。 暴力団の資金回収の場に同席する。 そうしてしまえば、裕衣が本当に暴力団と繋がっていたのだ、と無関係な立場である伏見に思わせる事が出来る。 本当なら伏見が仕組んだ事なのだが、それがバレる恐れは無い。 (まあ、これが俺たちのやり方だ。逃げ道を塞ぎ、自滅するのを促す) 伏見組の組員とは気付かず、裕衣は本当に陸野の事を伏見組の敵対組織の人物だと思い込んでいる。 裕衣は陸野が入ってくるなり顔を真っ青にして、震え出した。 「こ、ここは社長室よ……!こんな不躾な真似を──」 震えつつ、裕衣が強気に言葉を発する。 この場には樹がいるのだ。 きっと樹が入ってきた男たちを追い出してくれると考えたのだろう。 だが、樹の表情からは何も感情が伺えず、そして何も言葉を発さない。 「で、出ていきなさい……!この間も言ったけれど、私はあんた達なんて知らな──」 「嘘はいけませんよ、玉櫛さーん。うちの組の人間に依頼したでしょう?その依頼料、しっかり回収させていただかないとー」 「でっ、でたらめを言わないで!!」 陸野の「うちの組」と言う言葉に、樹の眉がぴくりと反応する。 そして、冷たい目を裕衣に向けると、何の感情も籠っていない声で問うた。 「──おい。……裕衣は、玉櫛 裕衣は、一体何を依頼したんだ」 樹の言葉に、陸野は裕衣に向けていた顔をぐりん、と動かした。 ぎょろっとした目で樹を見据えると、口角を上げて答える。 「愚問ですよ、社長。こちらの玉櫛さん
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299話

パタン、と扉が閉まる。 途端に社長室の中はしん、と静まり返り、先程までの想像しさが無くなった。 気まずそうに肩を竦めている裕衣を一瞥した樹は、伏見に顔を向けた。 「──おい。今ここで見た事は他言無用だ。誰にも話すな」 ただでさえ、今は裕衣の事が騒がれている。 音羽が捕まった事も、服役した事も、実は全部罪を被せられたからじゃないか、という噂は日を追う毎に加速している。 噂の加速は、恭の友人である翔と光希の父親が意図的に広げているのだが、恭の友人が誰なのか、それすら分からない樹と裕衣には一体誰が噂話を広げているのか、検討がつかないだろう。 それに──。 「……俺からは話しませんが、あれだけ派手な連中がここに乗り込んできたんだ。この会社の社員達に見られているだろうな。……人の口にとは立てられない。俺が広めなくとも、勝手に広まるだろうな」 「──お前っ」 「事実だろう?」 伏見は樹に向かって笑うと、言葉を続ける。 「そうだ、本題を忘れないでくれよ?恭は音羽が育てる。……まあ、これからそちらは忙しくなるだろうし、子供を育てる環境に適さないだろう?親権を争いたいと言うなら、俺は別に止めないが」 「──っ」 悔しげに口を噤む樹に、伏見はもう一度綺麗ににこり、と笑う。 そして話は以上だとばかりにくるりと背を向けて社長室の扉に向かって歩き出した。 「お、おい……!待て、まだ話す事は──」 背後から伏見を呼び止める声が聞こえたが、伏見は足を止めずそのまま社長室を出て行った。 廊下に出ると、既に陸野達の姿はどこにもない。 さっさと帰ったのだろう。 (──偽物じゃなく、本物の取り立てが来て鉢合わせたら面倒だもんな。さっさと姿を消すに限る) 揺さぶりをかけられた。 きっと、裕衣は慌てて金を用意するだろう。 (もし、金を渡すと陸野に連絡をして来たら。……それを証拠に脅す事が出来るな。それに、音羽が捕まった件もどうにか証言を引きずりだせればいいが……) 顎に手を当て、考えつつ廊下を歩く。 (刑務所に入った方が安全だ、刑務所に逃げた方が安全だ、と玉櫛 裕衣に思わせるには、もう少し脅した方が良さそうか) 裏金を作るために会社を新設したのは、もうバレている。 税務署の調査も入るだろう。 金を失ったら、暴力団に金を払う事が出来なくなる。 (夫
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300話

◇ 伏見が呟いた通り、玉櫛ホールディングスでは瞬く間に裕衣の黒い噂が広がった。 受付にやってきた、柄の悪い男達。 その男達は裕衣に用があるらしく、裕衣の居場所を聞いてきた。 明らかに「普通の人」じゃない。 それを悟った受付の者は帰ってもらおうと裕衣は不在だと言って帰らせようとした。 だが、その男達はそれなら夫である樹に会う、と言って静止も聞かず行ってしまった。 体格も良く、恐ろしい雰囲気の男達に、受付は社長室にいるであろう樹に連絡を入れる事しかできなかった。 そして──。 その後。 社長室の前を通りかかった社員たちは、社長室から樹の怒鳴り声を聞いた。 裕衣に対してかなり激怒しているらしく、その内容は外で聞いていた社員たちが思わず眉を顰めるほど酷いものだったらしい。 そして、樹の紡ぐ言葉の中に何度も「音羽」と言う単語と「事件」の単語が出てきた。 そのため、話を聞いていた社員たちの中で、勝手な憶測で噂話は瞬く間に広まっていった。 伏見が金で買収した社員たちが噂を流さずとも、樹と裕衣の後暗い噂話は加速の一途を辿る。 そのため、金をもらった社員たちはこのまま何も仕事をしなかったら自分達が酷い目に遭うかもしれない、と恐怖を抱き噂話を後押しした。 結果、玉櫛ホールディングスでは、1日も経たずに裕衣の元にヤクザ風の男達がやってきた事。 悪事に手を染めた裕衣が、ヤクザから金銭を要求されている事。 もしかしたら玉櫛 樹の前妻を罠に嵌めて追いやったのではないか、という噂までもが広まった。 ◇ 「……そうか、ご苦労さん。戻ってきていいぞ。バレないようにな」 伏見の自宅。 伏見は、陸野からの報告に答えると、通話を切った。 広間で恭と遊んでいる音羽に視線を向けた伏見は、スマホをポケットにしまい、そちらに足を向けた。 「──音羽、恭」 伏見の声に反応した音羽と恭が振り向く。 「蓮夜」 「お父さん、お仕事の電話は終わりましたか?」 笑顔で駆け寄ってくる恭を、伏見は笑顔で受け止め抱き上げた。 「ああ、無事終わったよ。音羽に沢山遊んでもらったか?」 「はいっ!」 「それじゃあ、少し休憩だ。ばあさんと一緒に昼寝をしてきたらどうだ?起きたらまた遊ぼう」 「分かりました!おばあちゃんと一緒に寝てきます!起きたら遊んでください」 「ああ、
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