観察するように司狼を見ていた、その瞬間だった。ふと、彼の表情が変わる。「……え?」違和感に気づいたときには、もう遅かった。司狼が身を乗り出す。距離が一気に縮まる。「ちょっ……」思わず息を止めた。そのまま司狼は美咲の髪の近くで小さく鼻を鳴らす。 スン……ごく小さな音。それなのに、美咲の耳には妙にはっきりと届いた。「……何をしてるんですか」ようやく声を絞り出すと、司狼は一瞬だけ目を閉じ、それからゆっくりと笑った。「いや」短く答える。「美咲さん、いい匂いがする」思わず固まる。口説き文句。司狼の表情はあまりにも真剣だった。ふざけているようには見えない。「心臓、速い」その一言に美咲の肩が震えた。「警戒してる?」また図星だった。「……してません」かすれた声になる。司狼は少しだけ首を傾げた。「本当?」逃げ道を与えないような問い方だった。美咲は小さく息を吐く。「……少しだけ、してます」正直に答えると、司狼はほっとしたように微笑んだ。「よかった」「よかった?」「警戒されなくなったのかと思った」「普通は、警戒されたら落ち込みません?」「落ち込んでるぞ」「全然そう見えません」「見せてないからな」真顔で返され、美咲は思わず吹き出した。「変わった人ですね」「よく言われる」二人で笑う。さっきまで張り詰めていた空気が少しだけほどけた。そのときだった。「美咲」不意に、呼び捨てで名前が落ちてきた。「……え?」司狼自身もはっとしたような顔をする。「あ……」ほんの一瞬だけ。でも、その短い時間、確かに言葉を失っていた。「……美咲さん」慌てて言い直したようだった。沈黙。「驚かせた?」先に口を開いたのは司狼だった。「……かなり」「不快だった?」「急に呼び捨ては、不快です」少し意地悪く返すと、司狼は素直に頷いた。「そうか」その反応があまりにも素直で、美咲は苦笑する。「でも」司狼が美咲を見る。「慣れるさ」美咲は目を瞠る。「慣れませんよ」「慣れるって」「慣れません」子どものような言い合いに、美咲はとうとう笑ってしまった。「ずいぶん自信があるんですね」「ある」迷いなく答える。その言葉には不思議な説得力があった。司狼は静かにグラスを持ち上げる。「もし」少しだけ真面目
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