【司狼視点】.取調室を出ても、司狼の足はすぐには動かなかった。廊下の窓から差し込む夕日が、床へ長い影を落としている。赤影は少し離れた場所で煙草に火をつけた。「帰るか?」司狼は答えなかった。視線だけが、一方向ミラーの向こうへ残っている。立花由香利はまだ椅子に座ったままだった。崩れ落ちたまま、小さく何かを呟いている。「私のせいで……」その声だけが耳に残っていた。.「珍しいな」赤影が煙を吐く。「お前が考え込むなんて」「……確認したい」「何だ?」司狼はゆっくり口を開いた。「立花由香利は、なぜ悲しんでいる」赤影は少しだけ目を細めた。「好きだったからだろ」「勘違いだ」即答だった。「俺は立花由香利に興味を持ったことはない。好意を抱いたこともない」「それでもだよ」赤影は静かに言う。「本人がどう受け取るかは、お前じゃ決められない」司狼は黙る。その言葉は、先ほども聞いた。恋愛は、自分だけでは成立しない。相手がどう受け取るか。それも恋愛だ。.「俺は岡本蒼太を殺した」司狼がぽつりと呟く。赤影は否定しなかった。「そうだな」「必要なくなったからだ」潜入するための存在。任務用の名前。使い終えた仮面。もういらない。だから処分した。それだけだった。過去にも何度も繰り返してきた。何も変わらない。そのはずだった。「だが」司狼は続ける。「立花由香利は岡本蒼太が死んだと思っている」「そうだな」「悲しんでいた」「そうだな」「……美咲も」その名を口にした瞬間、胸の奥が鈍く痛んだ。「岡本蒼太が死んだと思っているだろう」組織を撒くために、岡本蒼太の死を報じさせた。美咲がニュースを見ていない可能性はある。(だが、その可能性は低い)あの夜、美咲はバーにいた。酒が好きでもないのに、一人で。その行動が。(岡本蒼太の死が原因、と考えるのが自然だ)赤影は黙っていた。「俺は」司狼は自分の両手を見る。「人格を消しただけだ」木崎司狼はここにいる。何も失っていない。そう思っていた。「でも、美咲から見れば違う」赤影が静かに頷く。「岡本蒼太は」司狼はゆっくりと言葉を探した。「死んだ」その一言を口にした瞬間だった。胸の奥が、強く軋んだ。「俺は作った人格に執着はない」赤影は何も言わない。
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