All Chapters of 愛されること~夫と義妹に殺されたので、今世では悪女になります: Chapter 101 - Chapter 110

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第100話 許さない

【恒一視点】 .月曜日の朝。恒一は鏡の前でネクタイを締めながら、ふと手を止めた。紺色のネクタイ。見慣れた一本。昨年の自分の誕生日に美鈴から贈られたものだ。(そういえば)百貨店で実花が選んでいたネクタイを思い出す。初夏の空を思わせる青。(いい色だったな)そう思い、恒一は急いで首を横に振る。記憶からあのネクタイを振り払う。しかし、間に合わなかった。頭に浮かぶのは実花が東国光也にネクタイを選んだ場面。東国光也の喜ぶ顔。その顔に喜ぶ実花。「……くだらない」独り言を漏らしながらネクタイを締め直す。そんなことより考えるべきことがある。藤宮家だ。東国光也は自分が実花の婚約者だと言っていた。実花が否定しなかったということは、話が進んでいる可能性が高い。しかし、正式な発表はまだない。つまり、決定したわけではないということだ。(それなら、問題はない)実花はただ逆上せているだけだ。あの東国光也が自分を見ていると勘違いして浮かれている。確かに東国光也が何を考えているのかは分からない。だが、確実に何か目的がある。(そもそも好きな理由を問われて“なんとなく”なんてふざけている)ふざけているのに。――気づけば目で追っていた。(実花のやつ……)あんな陳腐な台詞で喜ぶような女は馬鹿だ。騙されて当たり前だ。(多少痛い目に合わせるのもいいな)泣きついてきたところを拾ってやれば。実花はかつてより自分に尽くすだろう。結婚すれば藤宮家の力が手に入ると思ったが、もっと手に入れられる可能性が出てきた。藤宮家の実権。それを手に入れるには藤宮実篤の死を待たなければいけないと
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第101話 婚約者として

朝。校門を潜る少し前から視線を感じる。ひそひそと交わされる声。隠しているつもりなのだろうが、十分聞こえてくる距離だ。「東国光也さんと婚約だって」「信じられない」「なんで藤宮さんなの?」そんな言葉が耳へ届く。信じられない。まずはこれだ。以前、恒一との婚約が囁かれてきたときは、こんな風に敵意はなかった。なぜかが分からない。「藤宮さん」「篠原、さん?」後ろを歩いていた真理は歩調を速め、実花の隣に並んだ。「おはよう」「おはよう」同じ学校。校門は目の前。ここで真理と会うことに不思議はないはずだが、実花は違和感を感じた。(これまで篠原さんを見たことがあったかしら)そんな記憶はない。だが、忘れている可能性もある。二十八歳から十年戻ってここにいる。細かいことまで覚えていない。「変な顔をしてどうしたの?」からかうように笑って、首を傾げる姿に実花はドキッとした。「実は……」心臓の高鳴りを誤魔化すため、実花は最近感じている敵意について相談した。「なるほど」(……あれ?)真理が頷いたとき、実花は既視感を感じた。「婚約者が東国光也だからじゃないかな?」「東国さんだから?」東国光也が人気であることは分かる。「一ノ瀬恒一も人気があるけど」真理は楽しそうに笑う。その笑みにはどこか皮肉が滲んでいた。「恒……一ノ瀬さんと何かあった?」「何もないよ、私はね」「……そう」何があったのかは気になる。でも聞けない雰囲気があった。「一ノ瀬恒一と藤宮さんの婚約って、言い訳があるじゃない」「言い訳?」「婚約できない言い訳」クスクスと笑う真理とは対照的に、周りは黙り込む。気まずそうに黙り込む者もいる。「一ノ瀬恒一の場合は、藤宮家との縁が欲しいから彼は藤宮さんと婚約するって言えるじゃない?」(実際にそうなのだけれど)実花も藤宮家の人間なので、家の社会的価値は分かっている。実際の前の生ではその権力が欲しい恒一と結婚して殺されている。「でも東国光也は違う。東国光也は藤宮家を必要とはしていない」東国グループも東国光也自身も、藤宮家の後ろ盾など必要としないほどの力を持っている。「だから周りは東国光也が自ら藤宮実花を選んだ、としか思えないわけ」自ら選んだ。その言葉に実花の顔が赤くなる。「その事実が女子たちの嫉妬をよ
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第102話 もう合格している

車は夕方の街をゆっくりと進んでいた。実花は先ほど聞かされた話を頭の中で何度も反芻している。「来月のパーティーって……どんな集まりなんですか?」「国内有数の財界人が集まる場だ。年に一、二回。東国家当主の名で開かれるものだ」「あ……」東国家当主の名で開かれる。その一言だけで規模が想像できる。各業界を代表する経営者や名家が集まるもの。「藤宮家も毎年招待されている」「はい。招待状は来ていました」「毎年不参加だがな」「そう、ですね」藤宮家は東国家の催しには参加しない。その逆も同じ。実花はその理由を『つかず離れずの立場を維持するため』だと思っていた。しかし、違った。東国は『藤宮の女には近づくな。慰謝料が高い』。藤宮は『東国の男は遊び人だから近づくな』。「藤宮一族の女性で注意すべきは君だけで、君には俺がいる。そう考えれば、東国と藤宮は合同でパーティーをやったほうが経済的だ」光也は肩を竦める。「藤宮と東国の者を除けば、出席者のほとんどが被っているのだから」「あ……」そう言われて実花はあることに気付いた。自分の成人祝い。あの日も国内有数の財界人が集まっていた。実篤が後継者として娘を披露する意味も兼ねていたからだ。「……もしかして」光也は一度だけ頷く。「かなり顔ぶれは重なるし、あの日の参加者は必ず参加するだろう」「……婚約」成人祝いの日、婚約発表は途中で流れた。ほぼ内定していた恒一との婚約が破談になった。だが、その場は混乱したままで終わっている。「続きがどうなったか気になっているはずだ」「続きって……」光也との婚約話はいま噂として広まっているはずだ。しかし、正式な発表はまだない。(だから……)皆が答えを待っている。噂が本当なのか。それとも違うのか。「パーティーはあの日の続きになるだろう」光也の言葉に実花は小さく息を呑んだ。今度こそ正式に婚約者として紹介される。そう考えた瞬間、不安が胸いっぱいに広がった。「私に……務まるでしょうか」思わず本音が漏れる。光也は隣を見ることもなく答えた。「務めると考える必要はない。君は普段通りでいい」「でも」「俺の婚約者だからと気張る必要はない」信号が赤へ変わり、車が止まる。「君は藤宮家の娘として振る舞えばいい。それだけで十分だ」「十分……?」「最初
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第103話 譲れないもの

実篤は降りてきた二人を見るなり静かに口を開いた。「パーティーの件は聞いた」その表情はどこか複雑そうだった。「お父様……」.実篤は実花を見ると、ふっと表情を緩めた。「心の底から反対しているが……仕方がないと諦めた」父親として、娘が社交界へ正式に立つ日が来たことを実感していた。娘の成長は嬉しい。だが、それは同時に、自分の手を離れていく日が近づいているということでもある。婚約者を伴って社交界へ出る。その意味を誰より理解しているからこそ、胸の奥が少しだけ痛んだ。「東国君。君のことはいまいち信用できないが、仕事はできる男だと思っている」「仕事もできる男です」実篤は深いため息を吐いた。「……そういうところだぞ」「過ぎた謙虚は害ですからね」光也は悪びれもせず肩を竦める。その様子を見て実篤は呆れたように笑い、実花へ視線を向けた。「そうだな」「それに、こういう俺だからこそお義父上は彼女を託してくれるのでしょう?」「まだ託さん」即答だった。光也も予想していたらしく、軽く肩を竦めるだけである。「それでは彼女に関する責任は、まだお義父上にあるということですね」「当たり前だ」「それでは、万が一彼女が失敗したら、お義父さんが責任を取って俺を藤宮家の婿にしてくださいね」実篤の眉がぴくりと動いた。「実花が失敗などするわけがない。自慢の、俺の、娘だ」「そういうのをフラグというのですよ」(……さっきと言っていることが微妙に違う気がするのだけど)車の中では『俺が婿養子になれば済む』と光也が責任を取るように言っていた。それがいつの間にか父親へ責任を押しつける話になっている
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第104話 想いをまとう一着

約束の日。藤宮家の応接室に、西野が大きなガーメントケースを抱えてやって来た。「お待たせいたしました、実花お嬢様――」「なぜ君も来る」西野の後ろから現れた光也を見て、実篤が即座に眉をひそめる。光也は悪びれた様子もなく答えた。「彼女のドレスに合わせて、俺も服を用意しますので」「口を出す気か」「いいえ」光也はあっさり首を横に振った。「ドレスは義父上が選んでください。それが彼女の望みだと分かっています。俺は口を出しません」そこまで言われると実篤も何も言えない。「……約束だぞ」「もちろんです」あまりにも素直な返事に、実花は少し不思議に思った。(東国さんならもっと押し切ると思ったのだけど)意外なほど引き際がいい。何か考えがあるのだろうかと思いながらも、実花は西野へ視線を向けた。「それでは、ご覧くださいませ」西野がガーメントケースを開く。現れた三着のドレスに部屋の空気が一変した。一着目は深いネイビー。夜空を思わせる艶やかな生地に黒い刺繍が蔦のように流れ、肩から胸元にかけては繊細なレースが肌を優しく覆っている。露出は決して多くない。それなのに視線を惹きつける妖艶さがあった。二着目は漆黒。細身のシルエットに銀糸の刺繍が流星のように散りばめられ、袖は透ける紗で仕立てられている。気高さと冷たさを兼ね備えた、誰も容易には近づけない高嶺の花を連想させる一着。そして三着目。深いワインレッドを基調としたドレスは、裾へ向かうにつれて黒へ溶け込む美しいグラデーションを描いている。胸元や背中は紗とレースで上品に覆われ、露出を抑えながらも大人の華やかさを感じさせた。どれも共通しているのは、派手ないのに人の目を引きつける“強さ”。「東国様を翻弄する悪女のような雰囲気を纏いながら、それでも藤宮家の令嬢としての品格は一切失われていない物を選びました」
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第105話 光也の父

高級ホテルの車寄せへ車が滑り込む。ホテルマンが外から扉を開き、実花はゆっくりと外へ足を踏み出した。深いネイビーのドレスの裾が揺れる。(大丈夫)実花が顔を上げると耳元でイヤリングが揺れた。背中を押された気がした。.豪華なシャンデリアが輝くホテルの正面玄関を潜る。先に到着していた人たちだろう。国内有数の企業経営者や政治家、名家の当主たちがそこにいた。会場に入ろうとしていた彼らは実花たちを見て足を止める。驚いた顔。でも。「行くぞ」光也が静かに声を掛ける。「はい」実花は頷き、周りを気にせず会場に進む彼の隣へ並んだ。会場に入る。その瞬間、空気が変わった。一斉に視線が集まる。噂の中心人物として待たれていた。その空気を実花は肌で感じた。「光也」声のしたほうを振り返る。そこには光也の父――東国家当主が笑顔で立っていた。「来たか」「お待たせしました」「待ちくたびれたぞ」「私を待っていたのではないでしょう?」光也の冷ややかな声。“私”という一人称。(交流はあまりしていないみたい)東国家の当主には愛人が幾人もいて、光也の母親もその一人だと聞いている。実花は少し視線をずらす。当主の横というより、斜め後ろに立つ人物。東国家の当主夫人――彼女は光也を冷めた目で見ている。(でも、敵意はない)一般的な愛人の息子に向けるような敵意はない。光也の場合はただの息子ではなく、東国の後継者とまで言われているのに。(あ……)彼女と目が合った。彼女は微笑みを浮かべたが。(すごく愛想笑いだと分かる……それに、何も感じない)「実花さん」東国家当主に呼ばれた実花は慌てて視線を彼に戻した。「何か気になることでもあったかな?」“何か”。まるで、その場に妻など存在していないかのような言い方だった。何もいないもののように扱う。そんな東国家当主に実花は引き攣りそうになる表情を抑える。(思い出してはだめ……)東国家当主に、前の生の恒一が重なろうとする。恒一もこんな風に。実花が傍にいるのに、いないもののように扱っていた。実花は当主夫人に目線だけを向ける。人形のような虚ろな表情でそこにいる彼女にドキリとする。前の生の自分を見た気がした。「行こう」そう言われると同時に、光也に肩を抱き込まれた。光也の身体で東国家当主が
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第106話 東国光也の婚約者

「東国君、そちらのお嬢さんは……」「藤宮実花さんです」知っているだろう。そう言いたげな光也の声に実花は笑いたくなってしまう。知っていて当然だ。彼は実花の成人を祝う誕生日パーティーに来ていた。だから。「ご無沙汰しております」初めましてとは言わない。嫌味すぎたかと実花は心配したが、光也が『いいぞ』という顔をしたので良いことにした。(それに……)「失礼しました。普段とは違う装いで誰かも分からず……」女性は服装や化粧で印象が変わる。それは男性にとって都合のいい言い訳にもなる。「今日はまた一段と美しいだろう?」「え……」驚く男性を見ながら、実花は少々呆れた。光也はこの状況に悪乗りしているらしい。「私の婚約者ですからね」その言葉に静まり返る会場。「藤宮家の……ご令嬢、が?」どこからか驚きの声が漏れる。その反応に実花は少しだけ苦笑した。(やっぱりそう思うわよね)自分もつい最近まで、東国と藤宮は仲が悪いものだと思っていた。だから周囲が同じ誤解をしていても不思議ではない。光也は何事もないように次々と紹介を続ける。そのたびに驚きの表情が広がっていった。「いやぁ、驚きました」「まさか東国家と藤宮家がご縁を結ぶとは」そんな祝福の声が続く中、一人の男が意味ありげな笑みを浮かべた。「東国さんもですが、藤宮さんも見る目がおありだ」実花は言葉をかけてきた男性を見た。言葉通りに褒められたと思ったら痛い目に合いそうな表情だ。「今度は一ノ瀬さんではなく、東国さんですか」遠回しな嫌味だ。周囲の空気がわずかに張り詰める。実花は静かにその男性を見る。鞍替え。その言葉に否定したい気持ちはあった。自分の中では恒一の件は片付いている。恒一は恐怖の象徴だった。前の生で自分を殺した男。その隣へ戻る未来など最初から存在しない。恒一の件が片付いてから光也と交流するようになった。比較して、選んだという言い方は正しくない。それでも。事情を知らない人から見れば、そう思われても仕方がないことも理解していた。だから怒る気にならなかった。そのときだった。「違いますよ」光也が否定の言葉を口にする。「彼は彼女の婚約者候補の一人ですが、俺はただ一人の彼女の婚約者です」会場が静まり返る。「彼女に見る目があって嬉しいですよ」光也が笑顔
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第107話 温度差

【恒一視点】東国家主催のパーティーなど最初から気が乗らなかった。自分の周りにいるのは『誰?』という表情を向ける者ばかり。(藤宮のパーティーならそんなことはないのに)誰もが恒一を知っていた。恒一が登場すれば騒めき、多くの者が我先にと挨拶にやってきた。(あの人たちだって……)会場の端にいる自分たちとは違う、会場の中心にいる国内有数の企業経営者、政治家、名家の当主たち。彼らの幾人もが恒一に挨拶をしてきたのに。いまでは腫れ物のような扱いで距離を取っていた。目線すら合わせない。あからさまに避けているのが分かった。.不意に会場が騒めいた。父親と共にごまをする。そんな屈辱を感じながらも集めた周りの目が一気に奪われた。「あの……それでして……」父親の、下から窺うような卑屈な声。聞くのも嫌で、視線を会場の入口に向けた。―――東国光也と実花がいた。彼らに話しかけるため、会場中がタイミングを計るのを感じた。それより早く、誰かが東国光也を呼んだ。会場の端にいる恒一には呼び止めた人物が見えなかったが、伝え聞こえてくる情報からそれが東国家の当主だと分かった。「愛人の子だから冷遇されているという話だが、ただの噂だったのか」「夫人も冷静だな」「夫人が産んだ子は三人とも娘だから」「四人目は男児だったらしいが、流産してしまったらしいな」その言葉を、誰かが「しっ」と制した。「そのことは言わないほうがいい。東国家の当主の怒りを買うぞ」「それじゃあ、流産させたって噂は本当だったのか」「なんでそんなことをさせたんだ? 生まれていれば跡取りだろう」「当主のお気に入りの愛人を虐めて流産させたからって話だぞ」噂とはいえ醜聞だらけの家。女好きの当主。その当主の愛人の息子。(やはり実花にあの男は相応しくない)そう思った瞬間、会場が騒めいた。近くにいた女が「信じられない」と呟いた。(何が?)そう思って騒ぎの中心のほうを見た。(……笑って、る?)東国光也の笑い声が微かに聞こえた。恒一の視線の先で、二人は何かを話し、自然に笑い合っていた。作り笑いではない。どちらかが相手へ合わせているわけでもない。心から楽しそうな笑顔だった。(……実花が、笑っている)実花がこうやって笑っている記憶が恒一にはなかった。それはいつも隣に美鈴がいたから
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第108話 私は違う

実花の動きがぴたりと止まった。ゆっくりと振り返る。視線の先には恒一が立っていた。久しぶりに正面から向き合う。会場の空気が静まり返る。談笑していた者たちも自然と口を閉ざし、実花と恒一の間に立っていた者はその場所を開けた。余計なお世話だ。実花は素直にそう思った。自分と恒一の様子を見守るような視線にも実花は不快感を覚える。まるで何かを期待するような目。期待するものなど何もない。すでに終わった。始まる前に終えた――あの誕生日の夜に。人生を巻き戻したあの日に。.「実花」また名前を呼ばれた。呼び方だけで胸の奥がざらついた。そこに滲む所有欲。声だけでない。恒一の目にも所有欲は滲んでいる。(……全然違う。この人のこれは、自分のためでしかない)――私は父親だ。――俺は婚約者です。実花のよく知る二人も、実花そっちのけで所有権を主張する。自分のものだ、と。でもそれは実花の意思を奪ってのことではない。実花を最も幸せにできるのは自分。そう主張しているように聞こえるのだ。(だから……)嬉しい。私のために争わないでって言うヒロイン気分。(それを今の私は知っている)前の自分はそれを知らなかった。だから間違えた。いま目の前の恒一の目に滲む所有欲。それは前の生で何度も向けられたものと同じ。前の自分はこれを“愛”だと勘違いした。(……違う)自分はもう違う。変わりたかった。そして変わったとも思う。今の自分が好きだ。東国光也の婚約者として、ここに立っている自分が。ここに立つこと。誰かに決められた
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第109話 追い風

「迎え?」実花が首を傾げた、そのときだった。「恒一さん!」弾むような声が会場へ響く。視線が集まる先には、一人の女性が立っていた。胸の下で切り替えられたエンパイアラインのドレス。柔らかなクリーム色の生地に、胸元から裾へかけて繊細な刺繍が流れるように施されている。袖はふわりと膨らみ、肩には透けるオーガンジー。全体的に軽やかで愛らしく、妖精を思わせる可憐な装いだった。いかにも恒一が好みそうな雰囲気。「美鈴……?」恒一の顔から余裕が消えた。「どうしてここに?」その反応を見て、実花も驚く。(美鈴さん……)だが、それ以上に頭へ浮かんだのは、先ほど光也が口にした言葉だった。――ちょうど良かった。――君のために迎えを呼んでおいたぞ。(東国さんが何かしたのね)ピンときた。そういうことをしそうな人だと、さすがに分かり始めていた。実花がそっと隣を見る。疑いを込めた目で見た自覚はある。だが、光也の顔は心外そうな表情を浮かべていた。(え……違うの?)予想外の反応に実花は素で驚く。光也は小さく肩を竦めた。「俺じゃない」「え?」「企んだのはお義父上だ」思わず実花は目を瞬かせた。「お父様が?」「仕事柄、一ノ瀬家が東国側へ接触を図っていたことは把握していたらしい」光也は視線を美鈴へ向けたまま続ける。「そこから一ノ瀬家を探らせた結果、今日のパーティーへ一ノ瀬家当主が恒一と参加することを知った」「それで……?」「協力しろと連絡が来た」光也は苦笑する。「てっきり君を守れと言われるのだと思ったが
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