All Chapters of 愛されること~夫と義妹に殺されたので、今世では悪女になります: Chapter 111 - Chapter 120

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第110話 どうでもいい

美鈴は頬を赤らめ、小さく笑った。「やだ……」そう言いながら、そっと自分のお腹へ手を添える。何気ない仕草であるが、この特徴的な仕草に会場の空気がさらにざわついた。「ほう」隣で光也が面白そうに声を漏らした。「君にちょっかいを出すのだからてっきり……」その言葉の先は必要なかった。二人はすでに男女の関係にある。実花は美鈴へと視線を向ける。(あ……)美鈴と目が合った。その瞬間、美鈴の顔が勝ち誇ったものになった。前の生で散々見てきたもの。恒一が実花から離れて自分のところに来るたび。恒一が美香を責めるのを、恒一に肩を抱かれながら。前の生で実花を何度も傷つけた顔を実花はじっと見つめ返す。(……なんでだろう)美鈴の顔が怪訝なものになったところで、視線を恒一へ移す。恒一も驚いているようだ。いつもの言葉、「義妹だから」という言葉は出てこない。「臭わせられればいいと思っていたが」光也が小さく笑う。「思った以上に効果が出そうだ」「どんな効果を?」実花が尋ねると、光也は当然のように答えた。「一ノ瀬恒一が二度と、君の婚約者などと口にしないようにしてやるつもりだった」「まだ婚約者ではありませんでしたよ」あくまでも候補。それも、候補者の一人。実花が苦笑すると、光也は露骨に不機嫌そうな顔をした。「その可能性があっただけでも十分不快だ」あまりにもはっきり言われ、実花は思わず目を丸くする。(そう……なの?)「このような画策はしたが」光也が静かに口を開く。「俺もお義父上も、君が気移りをするなどとは思っていない」実花は光也をじっと見る。「ただ」光也は美鈴たちへ目を向ける。「俺が奴を見ると気分が悪くなるだけだ」「え?」実花は驚いた。光也は恒一のことなど歯牙にもかけていないと思っていた。「まさか」思わず声が漏れる。「なんで驚く?」光也は実花の反応に少し驚いたようだった。「君が好きになった男だ」静かな声だった。「気にならないわけがない」あまりにも普通の答えだった。その普通さに、実花は逆に驚いてしまう。(東国さんにも……)そんな感情があるのだ。そう思ったとき。実花は前の生を思い出す。恒一に好かれたくて、美鈴の真似をしたことがあった。髪型。服装。話し方。恒一の好きなタイプになろうと必死だった。(東
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第111話 外堀

【美鈴視点】「どうしてここに?」恒一の問いに、美鈴は心の中で小さく笑った。(やっぱり)ただ驚いただけなら、いつものように甘えればいい。困った顔をして、袖をつまんで「会いたかった」と言えば、それで済む。だが、今の恒一は違った。そこにあったのは驚きだけではない。邪魔をされた苛立ち。そして、何かを隠そうとするような後ろめたさ。(焦っているから、分かってない)ここはまだ会場から離れていない。東国家のパーティーに参加しているのだろう、着飾った人たちがチラホラいる。彼らが向ける好奇心に恒一は気づいていない。そのくらい焦り、苛立っている。邪魔されたから。何を邪魔されたのか。(答えは簡単――実花だ)執着なのか。恋なのか。それは分からない。でも、恒一の中で実花という存在が大きくなっていることだけは間違いなかった。(それなら、ちょうどいい理由がある)「東国さんに招待していただいたんです」予想していなかった答えのようで恒一は動きを止めた。気持ちは分かる。美鈴もこれには驚いた。でも。「東国に?」(やっぱり“ちょうどいい”)美鈴は少し恥ずかしそうに微笑む。「この前は嫌な思いをさせてしまったから、そのお詫びだって」くるりとその場で回る。「このドレスも一緒に届いたんです。素敵ですよね?」我ながら似合っていると自負している。東国光也もあの老舗百貨店の顧客なのか。――東国光也様からのお届けものがあるのですが。“選ばれた顧客だけを担当する最高責任者”を意味するコンシェルジュ。その中でも三人しかいないチーフ。そんな肩書きを丁寧に並べ、西野という男が美鈴のもとに連絡してきた。わざわざ職場に。恒一や実花の知らないところで、東国光也から贈り物が届いた。そう思わせる演出に、同僚たちは羨望の眼差しを向けた。あれは気分が良かった。(あれも“ちょうどよかった”)美鈴は内心で満足していた。ここに自分がいる理由。恒一を苛立たせる理由。そして、嫉妬させる理由。その全てに“ちょうどいい”。(東国光也が私に気があるなんて思ってない)そんなことは最初から分かっている。今回の一件は、東国光也と藤宮実篤が仕組んだものだ。狙いも分かる。恒一を実花から引き離すこと。そのために自分を利用している。(都合がいいわ)利用されるだ
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第112話 胸の奥の小さな痛み

パーティーも後半へ入っていた。乾杯の華やかさは落ち着き、会場のあちこちでは本格的な商談や情報交換が始まっている。光也に伴われ、実花も多くの財界人へ挨拶を重ねていた。最初は「高校生」として見られていた。挨拶を返される程度。向けられる「若いね」という言葉が誉め言葉ではなく、拒絶しているのだと実花も分かっている。だから、黙って話を聞く。背筋を伸ばして。でも必要以上に愛想よくする必要はない。――お前は藤宮の娘だ。この場に“いさせてもらっている”のではない。“いる”のだ。父親や光也のように、ここにいる人たちと会話をするには知識も経験も足りない。当然だ。今の実花は何も期待されていない。得るもののない会話をするほど彼らも暇ではない。今の実花に必要なことは『これから』を期待してもらうこと。凛とした立ち姿。拝聴していると分かる目つき。そんな実花に気づいた者が、一人、また一人と態度を変えていく。子どもを見る目ではなくなる。若い後輩を見る目になる。知識を教え、経験を伝え、導こうとする視線に変わっていく。「君はどう思う?」自然と、そう尋ねられることも増える。分からないことは素直に教えを請い、知っていることは背伸びせず答える。その姿勢が年長者たちには心地よかったらしい。一通り挨拶を終えたところで、光也が小さく笑った。「うちの社員や義父上を見て知ってはいたが」「なんでしょう?」「君は年上に可愛がられる素質があるな」「……そうでしょうか?」実感のない実花には首を傾げることしかできない。そんな無自覚な実花に光也は笑う。「俺にはないものだな」「何がですか?」「謙虚さ」「……ああ」光也の言葉に、「君のそういうところが」と言っている父親の姿が浮かんだ。◇◇◇光也が仕事の話へ入ったため、実花は一度化粧室へ向かった。身だしなみを整え、会場へ戻る。その途中だった。「藤宮さん」数人の女性に呼び止められる。「東国さん、大変そうよね」「そうですね」見れば、さっき話していた人と違う。ひっきりなしに相手がやってくる光也を実花は大変だと思った。だが、『大変』の意味が違った。「あなたみたいな子どものお守りまでさせられてってこと」リーダー格の女性の言葉に、取り巻きの女性がクスクス笑う。見慣れた構図。自分を吊るしあ
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第113話 香坂京

「おばさん」光也が気軽に呼んだ一言に、実花は思わず目を瞬かせた。おばさんなんて、女性に対していっていい言葉ではない。「そんなに驚くことか?」「だって、女性に対して“おばさん”なんて……」「叔母を“おばさん”以外でどう呼べばいい?」光也が首を傾げる。実花は驚く。「叔母!?」あまりにも若々しい。三十代と言われても信じてしまいそうな女性だった。「君は俺が木の股から生まれたとでも思っているのか? さっき父親も見ただろう」「そうなのですが……東国さんの叔母様だなんて……」実花が丁寧に呼び直すと、女性の顔がぱっと輝いた。「いいわね、叔母様。上品な淑女になった気分だわ」「何が上品な淑女ですか」光也が呆れたようにため息をつく。「五十歳近くになっても結婚せず、彼氏を三人も作って遊んでいるくせに」「やだ、姉さんと同じこと言わないで」女性は肩を竦める。「愛人になってシングルマザーになった姉さんに言われても説得力ないのよ」「まあ、そうですね」その息子の光也は平然と頷いていた。「俺は三十歳になる前に婚約したので、言う権利はありますよ」「結婚してどうしろと? まさか、あなた。いまさら従弟が欲しいとか言い出すの?」女性は楽しそうに笑う。「産んでもいいけど、面倒見てよ」「それなら自分の子の面倒をみるので」あまりにも自然に返された言葉に、実花は思わず光也を見た。(子ども……)実花の認識ではまだ婚約だった。光也からはあまり家庭の匂いがしないからだろうか。結婚でさえ先のことのように思っていた。だから子どもと言われても、驚きと戸惑いのほうが大きい。「今すぐという話ではないから安心しろ」「え?」「君はこれから大学へ進むのだろう?」光也の声は穏やかだった。一方で実花は驚いていた。「行っても……いいのですか?」次は光也が驚く番だった。「高校卒業したら、その、結婚するから進学はできないかと……」前の生ではそうだった。恒一は実花に進学することを許さなかった。「ご、ごめんなさい……変なことを言って……」無意識に恒一と光也を重ねていたことに気づいて実花は謝る。「謝る必要はないが……なるほど……」「……東国さん?」「確かに、結婚していても大学に通えるな」ふむ、と光也は一人納得したように頷く。「学生のときに結婚など考えたこ
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第114話 自分の力で

「モデルのバイト、してみない?」突然の誘いに、実花は目を丸くした。「バイトならもうしている」実花に代わって答えると、光也は軽く実花を自分の背に隠した。「どんなバイトをしているの、実花ちゃん」質問の先が明確にされ、光也が黙る。そんな光也を一度見たあと、実花は京に視線を戻した。「藤宮家と東国グループで、週に一度、お仕事を体験させてもらっています」「実花ちゃんの将来のためには必要なことね。安心して、それを邪魔する気は一切ないから」京は楽しそうに笑った。「『ちょっと手伝って』と言われて『はーい』と答えるくらいの感覚でいいから」肩を竦める。「そんな簡単に……」戸惑いが眉間の皺で現れた実花に京は優しく笑う。「スポットとはいえ仕事だから真面目にやってもらおうけれど、今って隙間時間で働く人も多いでしょう?」「はい」「あんな感じで、予定が合えば半日から一日、あなたの時間を貸してほしいの」「彼女は忙しい」すぐに光也が口を挟む。京は面白そうに光也を見る。「デートする時間もないの?」「ある」「じゃあ、その時間を少しくらい分けてくれてもいいでしょう?」京はあっさり返した。「俺との時間を奪うなとでも言いたげね」「当たり前だ」「それなら『彼氏とのデートがあるんで』と実花ちゃんがバイトを断るくらいの甲斐性を見せたらどうなの」「…………」光也が黙る。その姿に実花は思わず瞬きを繰り返した。(東国さんが……言い返せない)モデルの仕事に誘われたことも忘れてしまうほど衝撃だった。光也にも押される相手がいる。そんな当たり前のことが、実花には新鮮だった。京は勝ち誇ることもなく、穏やかに続ける。「別に専属にしようなんて思ってないから、仕事ごとに実花ちゃんが受けるかどうかを決めればいいわ」笑顔のまま実花を見る。「どんな業界でも、人脈を広げることは悪いことじゃないもの」その言葉に実花は静かに耳を傾ける。「それに、お金はあるだけあった方がいいわ」京の口調は軽い。けれど、その言葉には重みがあった。「トラブルを招くのもお金だけど、安全ネットになるのも、やっぱりお金」実花の胸が小さく震える。「今の状態も悪くないと思うけれど、仕事先が藤宮と東国では実花ちゃんも対等な喧嘩ができないじゃない」「モデルの話だって同じだろう?」「違うわよ。も
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第115話 安心する場所

パーティーを終えた三人は、迎えの車へ乗り込んだ。実花が後部座席へ腰を下ろすと、運転席の男性がバックミラー越しに微笑む。「お疲れ様でした」「瀬戸さん」実花は自然と頭を下げた。「夜遅いのに、迎えに来てくださってありがとうございます」その言葉に、航は一瞬固まる。「……お礼を言われた」しみじみとした呟き。「……東国さん?」「これも仕事だろう?」光也は首を傾げる。「礼を言ってもいいが、給与カットだな」「その言葉でどれだけ東国さんが瀬戸さんを扱き使っているか分かりました」「……航、何か飲むか?」航は大きく笑う。「光也、お前、彼女の爪の垢を煎じて飲め。飲み続けろ」「手間がかかりそうだな」ふむと光也が頷く。「手っ取り早く爪の先でも噛んでおくか?」そう言うと、光也は当然のように実花の手を取った。「えっ?」実花は慌てて手を引こうとする。光也は指先を眺め、小さく頷いた。「綺麗に手入れされているな」真面目に観察している。「齧って剥がしたら申し訳ないから、また今度にしておこう」「今度も駄目です!」実花が即座に返すと、航は堪えきれず吹き出した。「そのまましっかり躾けてもらえ」「そうだな」光也は素直に頷いた。それが余計におかしくて、車内に小さな笑いが広がる。しばらくして車が静かに走り始める。笑っていたせいか、気が抜けた。実花はそっとシートへ背中を預ける。(疲れた……)心地よい疲労だった。今日一日で経験したことが多すぎる。社交界。京との出会い。
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第116話 名前を呼ぶ声

車が藤宮家の門をくぐると、玄関の前には一人の男性が腕を組んで立っていた。実篤だった。車が止まるなり、実花が降りるより先に口を開く。「遅い!」その声に実花は思わず肩をすくめる。「なぜこの周りをぐるぐる回っていた!」「え?」眠っていて車がこの近所をぐるぐる回っていたことなど知らない実花はただ驚いたが、航は笑いながら光也の肩を叩き、光也は口角を上げていた。「よくご存じですね」「娘の夜の外出。心配して何が悪い。それで、何をしていた」「眠ってしまって……」と言いかけた。でも、光也のほうが早かった。「夜のドライブですよ」光也が何事もなかったように答える。「ロマンチックでしょう?」「ロマンだと?」実篤の眉がぴくりと動く。「婚約者との間にロマンスがあるのが悪いと?」「ロマンスという言葉を悪用しそうな婚約者だから問題なんだ」「ありがとうございます。婚約者と認めてもらえて嬉しいです」「認めるも何も……」そこまで言って実篤は口を閉じた。「そうだった。君に構っている場合ではない」「酷いな」「煩いぞ」実篤は実花へ向き直る。「実花」その声は父親のものだった。実花の姿を、頭から足まで二往復して確認する。「大丈夫だったか?」「え?」「誰かに虐められたりしなかったか?」まるで学校から帰ってきた子どもへ掛けるような言葉だった。その優しさが嬉しくて、実花はもう少し父親と話したくなる。そして、少しだけ悪戯心が芽生えた。「東国さんに虐められました」「貴様っ!」一瞬で実篤が光也の胸倉を掴む。対する光也は慌てることもなく、両手を上げた。「反応が可愛いので、つい」「ついって、何を言っている!」「お義父上こそ何を言っているのですか」光也は真面目な顔で言う。「実花は可愛いでしょう」「当たり前だ!」実篤は胸を張る。「実花は俺の娘――」そこで止まった。ゆっくり光也を見る。「お前……」実篤の目が細くなる。そんな実篤に光也は口元だけで笑うと、実花へ目を向ける。実篤も実花を見る。二人に目を向けられて、実花は首を傾げる。どう見ても本人はまったく気づいていない。「大事にし過ぎていませんか?」「もう少し警戒心を持たせるべきだったか」「もう遅いですけれどね」そう言うと光也は実篤の手をそっと胸倉から外し、乱れた襟を整える
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第117話 初めての友だち

「え……?」実花は真理を見つめた。「まだパーティーの疲れが抜けていないの?」そう言われても、どうして真理が昨日のパーティーを知っているのか分からない。「どうして知っているの?」「え?」「私がパーティーに参加したってことを」「ああ、知り合いから聞いたの」真理は楽しそうに笑う。「ネットで分かると思ったんだけど、なぜかネットニュースにもなってないから。ずっと気になってたんだ」東国のパーティーは大きな催しだった。だが、実花が参加したことはどこのニュースにも取り上げられていない。真理が実花をジッと見る。「どうしてニュースにならないのかな?」「さあ。何かの都合だとは思うけれど」(お父様がその情報は止めているから)藤宮家と東国家の関係については臭わせ程度にしておきたい。そう言っていた。「あ、もしかしてこの話題はまずい?」「ううん。学校で話す分には大丈夫」人の口から昇る噂までは煩く取り締まるつもりはないと言っていた。だから、こうして会話する分には構わない。「ただ私も父も正式に発表はしないってだけ」(なぜなのかは説明してもらえなかったけれど……なんでかしら?)実篤の考えを読もうとしたとき。「それで?」「え?」真理の言葉に現実に戻る。真理が身を乗り出していた。「どんなパーティーだったの?」「どんな……って」一言で説明するのは難しい。「思っていた以上に華やかだったわ」「藤宮家のパーティーで慣れているでしょう?」「芸能関係の方も意外と多くて驚いたの。藤宮家はあまり芸能界との関わりがないから」「ああ、そういう違いはあるのか」真理は納得したように頷く。「モデルさんやデザイナーの方も多くて、すごく綺麗だったわ」昨日見たドレスや宝石が脳裏に浮かぶ。「見ているだけでもいろいろ勉強になったわ」「へぇ」真理は嬉しそうに笑った。「東国家のご当主様はどうだった?」「そうね……気さくな方だったわ」実花は少し考える。光也の反応。「でも、少し怖かったかな」「えー?」真理が目を輝かせる。「『うちの息子とは結婚させん!』みたいな?」周りで話を聞いていた女子たちも、それを期待するような目を向けてくる。実花は思わず苦笑した。「いえ、それは認めてもらえたと思うけれど」あちこちから残念そうな声が漏れる。(東国さんって
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第118話 図書室の約束

席につくよう促すチャイムが鳴った。「じゃあね」真理が立ち上がる。そこで実花はふと気づいた。「真理のクラスって……」そういえば聞いていない。すると真理は人差し指を唇へ当て、小さく笑った。「しーっ」そのまま教室の後ろへ歩いていき、壁へ貼られた時間割を確認する。「二時間目、自習なんだ」そう呟くと、実花へ振り返った。「図書室に来て」「図書室?」「そこで話すから」意味深な笑みだけ残し、真理は教室を出て行った。(どういうことなんだろう)気になったまま二時間目を迎えた実花は、自習時間になると図書室へ向かった。静かな室内。窓から柔らかな陽射しが差し込み、本棚の間を優しく照らしている。その窓辺の長椅子に、真理はいた。背筋を真っすぐ伸ばし、一冊の本へ視線を落としている。ページをめくる指先は静かで無駄がない。集中しているのだろう。その目は揺るがず、凛とした横顔には近寄りがたいほどの美しさがあった。(……格好いい)思わず胸が高鳴る。さっき教室で話していたときは感じなかった。でも、こうして静かに本を読む姿を見ているだけで心臓が跳ねる。(……やっぱりドキドキする)初めて会ったときもそうだった。真理を見ると、なぜか胸が騒ぐ。(やっぱり私、真理のことが好きなのかしら)そんな考えが頭をよぎる。(恒一さんに裏切られた反動……なのかな)恋愛感情というものが、よく分からなくなっているのかもしれない。そんなことを考えていると、真理が本を閉じてこちらを見た。「来た」「ごめんね、お待たせ」「全然」真理は隣を軽く叩く。「座って」実花が腰を下ろすと、真理は本を膝へ置いた。「さっき、私のクラスを聞こうとしてたでしょう?」「あ、うん」「私ね、普段は通信教育で授業を受けてるの」「通信教育?」実花は少し驚いた。だが、制度自体は知っている。名家や企業家の子どもなど、安全面への配慮が必要な生徒向けに用意されている特別な制度だ。実花自身も入学前、父の実篤から利用を勧められたことがある。――無理に通学しなくてもいい。そう言われた。でも断った。中等部の頃、恒一の従妹である智花に言われたことがあったからだ。――特別扱いされている子なんて友達になれない。あの頃の実花は恒一に好かれたかった。恒一は智花のことを可愛がっていたから
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第119話 召喚される

「東国さん、どうしたんですか?」光也は車の中で説明すると言って、助手席の扉を開ける。「お義父上には許可を取ってある」「分かりました」実花が助手席に座ると、光也は扉を閉めて運転席側に回る。その動きに微かな焦りを感じた。シートベルトを締める仕草。エンジンをかける手つき。(やっぱり、何かあったんだ)それでも実花は黙っていた。その「何か」を説明すると光也が言ったのだから。「会社でシステム障害が起きた」「そうなんですね」ギアを操作する音に、実花は一つ息を吐く。「下校時刻なので、人が多いですよね」実花の言葉に光也は軽く目を瞠り、小さく息を吐く。エンジンの唸る音が小さくなった。「焦っていたようだ」「そうですね」淡々と肯定すると、光也の口角が上がった。いつもの余裕が戻ってきた気がした。「朝から問い合わせの電話が殺到している」「そうなんですね」「手伝ってほしい」「分かりました」実花が了承すると、光也の緊張がまた少し和らいだ。「電話、苦手ですもんね」「そうだ。それでも緊急事態だと、社員たちは渋々電話に出ていた」光也はため息を吐く。「しかし、三十分もしないうちに君を呼んでくれと俺に泣きついてきた」「諦めるのが早くありません?」「対人スキルが軒並み低いからな。午後になると現実逃避して、君を召喚しようと名前を呟いていた」「……召喚?」「供物として大量の菓子が用意されているから、好きに食ってくれ」「あ、ありがとうございます?」供物を用意していないで、現状に対処したほうがいいのではないか。首を傾げながら礼を言った。「復旧作業そのものは担当部署がやっている。そちらは人が足りている」電話対応が嫌で、そちらに立候補する人ばかりだという光也の言葉に、実花は苦笑した。「私はどうしたらいいですか?」「電話の取り次ぎを頼む」光也は迷いなく答える。「相手を落ち着かせ、システム専門の社員に繋いでほしい」「……それで、いいんですか?」実花の言葉に光也は軽く笑う。「君の言う『それで』は、かなり高度なスキルだと思ったほうがいい」「そう、なんですか?」「自分の特技に気づいていないのは君らしい」高度なスキル。特技。そう言われると、途端に不安になる。「私にできるでしょうか」「君になら任せられると思った」評価が甘いのではな
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