その夜は、眠れなかった。 キレート療法の副作用か、体がだるい。それに加えて、満月が近い。あと五日。月が太るにつれて血が騒ぐ。理性の手綱が少しずつ緩んでいく感覚は、三百年経っても慣れない。 銀の毒が残っている状態で満月を迎えたら、どうなるか。制御を失うかもしれない。変身が暴走するかもしれない。考えても答えは出ない。考えるのは嫌いだ。 ベッドを抜け出し、廊下を歩く。 縁側に出ると——先客がいた。 氷室が座っていた。膝を抱え、少し丸まった背中。手には缶コーヒー。微糖。その匂いが、秋の夜の空気に溶けている。 白衣ではなかった。紺のカーディガンにグレーのスウェット。髪は束ねたまま少しほどけかけて、肩に黒い毛先がかかっている。 氷室のオフの姿を見ることは、めったにない。この女は起きている間のほとんどを白衣で過ごしている。休日でも診療所にいる。——居場所が、ここにしかないのだと思った。 俺と同じだ。「……眠れねぇのか」 声をかけた。氷室がわずかに肩を震わせる。「……あんたこそ」「副作用で体がだるい」「それ、明日先生に言いなさい。投与量を調整するから」 患者の声を聞いた瞬間に看護師の顔に切り替わる。いつものことだ。「……隣、座っていいか」「好きにすれば」 俺は一人分の間隔を空けて、氷室の隣に腰を下ろした。縁側の板が冷たい。足の裏から秋の温度が伝わってくる。 沈黙が流れた。虫が鳴いている。鈴虫と、松虫。重なり合う声が、夜の山に透き通っていく。 山の稜線の向こうから、月が顔を出し始めた。半月。右半分が欠けた、アンバランスな形。あと五日で、あれが満ちる。 先に口を開いたのは、氷室の方だった。「……ねえ」 缶コーヒーを両手で包み、それを見つめたまま。「あんた、どうしてあんな山の中で倒れてたの」「……言えない」「言えない、ね」 怒る気配はなかった。ただ、静かに受け取った、とい
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