少女の足先が、ぎりぎりのところで地面を探す。 靴の底が、小石を蹴った。 からん、と、頼りない音が闇に吸い込まれていく。 落ちる。 このままだと、落ちる。 分かっていたのに、俺の体は、その一瞬、動かなかった。 殺し合いには慣れているくせに。 人間を、死から引き戻す距離感は、いまだに掴めない。 ほんのわずかな間。 それでも、崖縁にいる人間には致命的になり得る間。 少女は、ふっと目を閉じた。 まぶたの裏側に、何が浮かんでいたのか。 俺には見えない。 けれど、その表情は、あまりにも静かだった。「――ここでなら、誰にも見つからずに消えられるかな……」 自分に言い聞かせるような声。 祈りとも、呪いともつかない響きが、夜気の中に溶けていく。 その静けさが――逆に、何かを刺激したのかもしれない。 人間の本能か。 それとも、俺の中にいまだ残っている獣の本能か。 脳裏のどこかが、甲高い警鐘を鳴らした。 ――ダメだ。 言葉にならない警告が、背骨を走る。 足が、勝手に前へ出た。 伸ばした手が、宙を切る。 あと一歩、遅い。 その時だった。 静まり返った山道を、別の音が切り裂いた。 ドオオオオオオッ!! 爆音。 耳が痛くなるほどの、エンジンの咆哮。 直管マフラーの、品のない暴力的な音。 トンネルの向こう側から、光が飛び出してくる。 いくつも。 ばらばらに揺れながら、こちらへ近づいてくるヘッドライト。 その眩しさに、少女のまぶたがびくりと震えた。
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