Alle Kapitel von しおさいの街で、人狼と天使は恋をした: Kapitel 61 – Kapitel 69

69 Kapitel

第5章・第2話:ぐうと鳴った腹が、縁のはじまりだった

「いや、いい。急いでるんで」 急いでなんかいない。行く当てもない。 でも、人間と必要以上に関わるのは避ける。それが三百年のルールだ。「そうですか……。でも、お弁当作りすぎちゃって。このままだと余っちゃうんですよね。暑いから傷んじゃうし、勿体ないかなって……」 瑠花が困ったように笑いながら、後部座席から保冷バッグを持ち上げた。中身がずしりと重そうだ。「海に来たはいいけど、張り切りすぎちゃったみたいで——」 その瞬間だった。 ——ぐぅうぅぅぅぅ。 沈黙。 蝉の声だけが、やかましく降り注ぐ。 海音が目を見開いた。結菜が呆れた顔でこっちを見た。瑠花が口元を手で押さえた。 俺の腹が、盛大に、鳴った。 三百年生きてきて、この瞬間が人生で一番恥ずかしかったかもしれない。「——ぷっ」 海音が吹き出した。「お兄ちゃんのお腹、すっごい鳴った! ねえ聞いた? ぐうーって! すっごい音!」「海音、笑っちゃだめ——ふ、ふふっ」 瑠花も堪えきれずに笑っている。目尻に皺が寄って、さっきまでの疲れた顔が嘘みたいに若返った。 結菜だけが真顔だったが、わずかに——本当にわずかに——口の端が持ち上がったのを、俺は見逃さなかった。「……昨日から食ってねぇだけだ」 俺は視線を逸らし、琥珀色の目を海の方に向けた。 耳が、たぶん赤い。「決まりですね。一緒に食べましょう!」 瑠花が保冷バッグを抱え直して、にっこり笑った。有無を言わさない笑顔だった。 断る隙が、なかった。 --- 海沿いの道を少し下ったところに、小さな展望スペースがあった。 コンクリートのベンチ
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第5章・第3話:ひぐらしの鳴く食卓で

 借家は、南城市の住宅地の外れにあった。 原付で瑠花の軽自動車の後ろをついていくと、サトウキビ畑の間を抜けた先に、古いコンクリート造りの平屋が見えた。赤瓦ではないが、屋根の形は沖縄らしい。壁はところどころ塗装が剥げ、庭には雑草が伸び放題だった。 だが、汚くはなかった。 玄関のたたきは掃き清められ、三和土の上にはサイズ違いのサンダルがきちんと揃えて並んでいる。大・中・小。母と娘二人分。 玄関を入ると、廊下が奥に伸び、右手に台所と居間、左手に部屋がいくつか。突き当たりに風呂場。 軋む。 廊下の板がぎしっと鳴った。一歩踏み出すたびに、古い木が小さく悲鳴を上げる。天井の隅にヤモリがいて、俺を見てケケケッと甲高い声を立てた。「こっちですよ。ここが空き部屋です」 瑠花が案内してくれた六畳の和室は、畳が少し日に焼けているが、清潔だった。窓を開けると、風が入ってきて、庭先に吊るされた風鈴がちりんと鳴った。「おばあちゃん——私の祖母が使ってた部屋なんです。二年前に亡くなってからは物置にしてたんですけど、片付けたら意外とちゃんとしてて」「充分だ。ありがとう」「じゃあ買い物に行ってきますね。夕ごはんの材料、足りなくて」「俺も行く。荷物持ちくらいはする」 瑠花は一瞬驚いた顔をして、それから「ありがとうございます」と笑った。 結菜と海音は家に残り、俺は瑠花の軽自動車の助手席に乗った。 助手席のシートは擦り切れて、スポンジが見えている。ダッシュボードに海音が作ったと思われる折り紙の花が、セロテープで貼ってあった。エアコンの吹き出し口から出てくる風は、冷えるまでに時間がかかった。 近くのスーパーに着いた。 瑠花が買い物かごを持ち、野菜コーナーに向かう。俺はその後ろをついて歩いた。 彼女の手が、まっすぐ向かったのは値引きシールの棚だった。「見切り品のゴーヤ」を手に取り、傷み具合を確認する。「三割引きの豆腐」をかごに入れる。「半額の豚バラ切り落とし」を二パック。もやし。卵。 迷い
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第5章・第4話:夜の借家——虫の声と柱時計だけが残る

 子供たちを寝かしつけた後の借家は、昼間とは別の顔を見せた。 音が変わるのだ。 さっきまで居間を満たしていた海音の笑い声や、テレビのバラエティ番組の喧騒や、結菜が教科書をめくるかさかさという音——それが全部消えて、代わりに夜の音だけが残る。 窓の外から虫の声。りーん、りーん、と涼しげだが、どこか物悲しい音色。遠くで波が崖に当たる低い音が、地鳴りのように断続的に届いてくる。古い柱時計がこちこちこちこちと時を刻んでいる。 居間のちゃぶ台の前に座って、ぼんやりとテレビの深夜番組を眺めていたら、廊下の板がぎしっと鳴った。 瑠花が台所から出てきた。 手に、缶チューハイを二本持っている。 今日スーパーで俺がかごに入れた、一番安いやつ。「……飲めます?」「まあ、多少は」 多少どころか、三百年分の酒を飲んでいるが。人狼の代謝で酔わないだけで。 瑠花が俺の向かいに座り、一本を差し出した。プルタブを引く音が、静かな部屋にぷしゅっと響いた。「一本しか余裕がないんですけど」「あんたが二本とも飲め。俺はいい」「……じゃあ半分こで」 瑠花がコップに半分注いで、俺に渡した。安いレモンサワー。甘くて酸っぱい、庶民の味。 最初の一口を飲んだ瑠花が、ふう、と息を吐いた。 肩の力が抜けたのが見えた。 しばらく無言だった。テレビでは通販番組が始まり、やたらテンションの高い声で布団乾燥機の説明をしている。蛍光灯がじじじ、と微かに唸っていた。「……あの」 瑠花が口を開いた。 視線はコップの中のレモンサワーに落ちている。「変な話していいですか」「好きにしろ」「私、バツイチなんです。二人の子持ちの」「見りゃわかる」「……ですよね。二十歳で結婚しました。大学の同級生で
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第5章・第5話:初給料七万円——渡した瞬間、瑠花の目がほどける

 朝の四時に目が覚めるのは、人狼の体にとって造作もないことだった。 まだ夜の色を残した空の下、俺は借家の玄関で靴紐を結んでいた。サンダルではなく、瑠花が「栄吉おじさんのところ、長靴あるから大丈夫よ」と言ったにもかかわらず、持っていた唯一のスニーカーを履いた。 廊下の奥で、誰かが寝返りを打つ音がした。布団が擦れるかさかさという微かな響き。たぶん海音だ。あの子は寝相が悪いと瑠花が笑っていた。 玄関を出ると、夜明け前の空気が頬を打った。 沖縄の朝は湿度が違う。肌にまとわりつくような、生ぬるい潮の匂いを含んだ空気。だが日が昇る前のこの時間帯だけは、ほんの少し涼しい。塀の上でヤモリが一匹、尻尾を振ってどこかへ消えた。 原付のエンジンを、近所迷惑にならないように慎重にかける。ぽとぽとぽと、と控えめな排気音が暗い住宅街に落ちた。 漁港までは十五分。 瑠花が電話で紹介してくれた漁師、比嘉栄吉。「明日の朝四時半に港に来い、遅刻したら海に放り込む」というのが初日の指示だった。 港に着くと、もう栄吉は船の上にいた。 五十歳。日焼けで革みたいになった肌。太い首。短く刈り上げた白髪交じりの頭。タンクトップから突き出た腕は丸太のように太く、指は節くれ立っている。口にはくわえ煙草。「おう、来たか。——若いな。飯は食ったか」「食ってねぇ」「馬鹿が。漁師は腹が減ったら使いもんにならんぞ。ほら」 栄吉が無造作に投げてよこしたのは、コンビニのおにぎりだった。ツナマヨ。「……すまん」「借りにすんなよ、百円だ。初日の給料から引く」 ぶっきらぼうだが、目が笑っていた。 船は十二メートルほどの漁船で、白い船体に「栄丸」とペンキで書いてある。エンジンをかけると、どどどどど、と腹に響く低い振動が港の水面を揺らした。 纜(もやい)を解き、船が岸壁を離れる。 港を出ると、朝焼けが始まっていた。水平線の向こうから、オレンジと紫が混ざった光が滲み出してくる。空の色が一
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第5章・第6話:一ヶ月、いつの間にか「家族」になっていた

 一ヶ月が経っていた。 気づいたら、としか言いようがない。 普段は一つの町に長くても二週間。仕事がなくなれば出る、人に馴染みすぎる前に出る。それが三百年のルールだった。 なのに、俺はまだこの借家にいた。 朝。四時に起きて漁に出る。港で栄吉と合流し、船を出し、網を引き、魚を捌く。八時過ぎに帰宅すると、台所から味噌汁の匂いがしている。「おかえりなさい」 瑠花がそう言って振り向く。エプロンをして、おたまを持って。「お兄ちゃんおかえりーっ!」 海音が居間から飛び出してきて、俺の脚にしがみつく。汗と潮の匂いがする俺の作業着にも構わず、ぎゅうっと抱きついてくる。小麦色の腕。日焼けした鼻の頭。 結菜は食卓に座ったまま、ちらりとこちらを見て——「……おかえり」 小さく、ほんの小さく。 聞こえるか聞こえないかの声で、そう言うようになっていた。 最初の一週間は「……ども」だった。二週目に「ん」になった。三週目に「おかえり」が出てきて、俺は内心で少しだけ驚いた。 朝食のあと、瑠花がパートに出る。海音と結菜は学校へ。俺は庭の手入れや借家の修繕をした。 この家は古い。あちこちにガタが来ていた。 網戸の網が破れて蚊が入り放題だったから、ホームセンターで網を買ってきて張り替えた。台所の蛇口が水漏れしていたから、パッキンを替えた。庭の雑草が腰の高さまで伸びていたから、鎌で刈った。軽自動車のエンジンオイルが真っ黒だったから、交換した。 どれも大したことじゃない。三百年も旅をしていれば、大抵のことは自分でできるようになる。 夕方。瑠花がパートから戻り、買い物袋を両手に抱えて玄関に入ってくる。俺がそれを受け取る。いつの間にか、そういう流れができていた。「ありがとう、重くない?」「軽い」 実際に軽い。人狼にとっては綿菓子みたいなものだ。 台所で瑠花が夕食を作る。まな板の上で包
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第5章・第7話:鏡の中で確信する——「好きになっちゃう」夏の熱

 瑠花は洗い物をしながら考えていた。 蛇口から流れる水が、皿の上の油汚れを洗い流していく。泡が排水口に吸い込まれ、くるくると小さな渦を巻く。その渦をぼんやりと眺めながら、頭の中では別のものが回っていた。 水音がやけに大きく聞こえる。 静かな家の中で、その音だけが現実みたいに響いて—— 余計に、頭の中の考えが止まらなくなる。 ——カミヤくんのこと。 あの子は、二十歳くらいだ。十五も年下。自分はバツイチの三十五歳で、二人の子持ち。どう考えても、弟みたいなものだ。いや、弟ですらない。たまたま居候している、旅の途中の若者。 そう、思おうとしている。 思おうと、しているのに。 今朝のことを思い出す。 漁から帰ったカミヤが、縁側で麦茶を飲んでいた。汗に濡れた黒髪が額に張りつき、日焼けした腕にグラスの水滴が落ちていた。琥珀色の瞳が、庭の向こうの空を映している。 瑠花が「おかえりなさい」と声をかけたとき、カミヤが振り向いた。「……ああ」 それだけ。それだけなのに、胸がざわついた。 あの横顔は二十歳の若者のものではなかった。もっと深い——もっと遠いところを見ている目。人生の重さを知っている目。長い時間を一人で歩いてきた人間の——いや、そもそもカミヤくんは人間なのか? 時々、不思議に思うことがある。 あの異常な力。側溝から車を引き上げた時。新垣を追い払った時の、あの有無を言わせない圧。 それに——栄吉が笑いながら言っていた。「ありゃあ、一人で網引いてるようなもんだ」 冗談めいた言い方だったのに、なぜか笑えなかった。 二十歳の青年の体に、あの力は不釣り合いだ。 それに——傷が消える。 料理の手伝いをしているとき、カミヤが包丁で指を切った。瑠花が「大丈夫?」と振り向いた瞬間には、も
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第5章・第8話:海蛍の光、二つの星空の間で涙が落ちた

 きっかけは、テレビだった。 夕食を終え、ちゃぶ台の上に麦茶のグラスが四つ並んでいた。海音が俺の膝の上で半分寝落ちしかけていて、結菜は隅で文庫本を読んでいる。瑠花がリモコンをいじって、チャンネルを変えた。 画面に、青い光が映った。 海蛍の特集だった。沖縄近海のどこかの入り江で撮影されたらしい。暗い海面に、無数の青白い光の粒が浮かんでは消え、浮かんでは消えている。カメラが引くと、まるで海が星空を飲み込んだみたいに見えた。 ナレーターが何か説明していたが、聞いていなかった。 俺が見ていたのは、瑠花の横顔だった。 テレビの青い光を瞳に映して、瑠花が息を止めていた。箸を置いたまま、口元を手で覆い、食い入るように画面を見つめている。「——きれい」 ぽつりと、呟いた。 それから、もう少し小さな声で。「……一度でいいから、海蛍を見てみたいな」 誰に言ったわけでもない。ただ零れ落ちた、独り言。 海音はもう眠っていて聞いていない。結菜は本に視線を落としたまま動かない。テレビの中で海蛍が揺れている。グラスの中の氷がからんと鳴った。 俺は何も言わなかった。 ただ、その横顔を——覚えた。 翌朝、漁から戻った後、栄吉に切り出した。「船、借りてぇんだが」「船? 休みの日にか。何する」「……海蛍を見に行く」 栄吉がゆっくりと振り向いた。煙草をくわえた口が、にやりと曲がる。「ほう。誰と?」「…………」「瑠花とデートか」「デートじゃねぇ」「はいはい。いいぞ、使え。小さい方の船なら操縦も簡単だ。——ガキどもは俺ん家で預かってやる」「別にそこまで——」「いいから。カミヤ、おまえは不器用すぎる。たまには素直になれ」 栄吉が煙草の煙を吐き出した。白い煙が朝の潮風に溶けていく。港の水面がきらきらと光り、海鳥がきいきいと鳴いている。「……恩に着る」「
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第5章・第9話:霧の中の幽霊船と、消えた瑠花

 異変は、唐突だった。 風が——止まった。 さっきまで瑠花の黒髪をそっと撫で、海面にさざ波を立てていた夜風が、まるで誰かに息の根を止められたかのように、ぴたりと消えた。ちゃぷ、ちゃぷ、と船底を叩いていた波の音まで、魔法が解けるようにして消え去った。海面を滑っていた小さな波紋が完全に失われ、水面が磨き上げられた黒曜石の鏡のように平らになる。 不自然すぎる凪だった。世界から「動くもの」がすべて切り取られ、耳が痛くなるほどの静寂。「……カミヤくん?」 隣に座っていた瑠花が、俺の顔を下から覗き込んだ。俺が表情を硬直させたことに気づいたのだろう。彼女の声が、静まり返った海の上に不気味なくらいはっきりと響いた。 俺は答えられなかった。 全身の毛孔が開いていた。見えない刃を首筋に突きつけられているような感覚。人狼の研ぎ澄まされた本能が、腹の底からけたたましい警鐘を鳴らしている。大気が淀み、匂いが変わった。さっきまで心地よく感じていた潮の香りの奥から、泥濘のように重く、生臭い匂いが這い上がってくる。 腐敗と——古い、ひどく古い「死」の気配だ。 何百年も光の届かない冷たい海底に沈み、ヘドロに塗れて恨みを溜め込み続けた何かが、今まさに海面へと浮上してくる匂い。三百年を生きてきた俺の記憶の底を探っても、これほど濃密で圧倒的な死臭は嗅いだことがない。 足元の影が、ぞわりと波打った。 影の中で、玄(クロ)が唸った。 そのときだった。 ——ふっ。 海面のあちこちで青白く瞬いていた海蛍の光が、一斉に消えた。 一つ残らず、だ。まるで巨大なスイッチを切ったみたいに、無数の青い粒子が瞬時にかき消え、完全な闇が海を支配した。ほんの数分前まで、瑠花が「きれい」と涙ぐんでいたあの光が——跡形もなく消えた。 見上げると——空を、霧が喰っていた。 満天の星空が、急速に色を失い、乳白色のベールに塗り潰されていく。「何……これ……」 瑠花が震える声で呟いた。 海面から、じわじわと白い霧が立ち昇っ
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第5章・第10話:数の暴力に腹を決める——出ろ、五つの影狼

 船縁を蹴った。 三メートルの距離を跳躍一つで飛び越え、幽霊船の甲板に着地した。朽ちた木材が俺の体重できしみ、足元から黒い水が滲み出した。 着地の瞬間、空気が変わった。 生者の世界から、死者の領域に踏み込んだ。 そう理解するのに、一秒もかからなかった。甲板の木は海底に何百年も沈んでいた腐臭を放ち、ロープは海藻と一体化して蠢いている。マストの上の黒い帆が、風もないのにばさり、ばさりと鳴った。 ——来たぞ。 四方から、骸骨たちが殺到した。 がちゃり、がちゃり、と骨が擦れ合う音。朽ちた靴が甲板を叩く音。剣を振りかぶる腕が軋む音。声はない。死者に声帯はない。ただ、顎の骨がかたかたと震えるだけ。 最初の一体が斬りかかってきた。 錆びた刀身が腐食で歪んだカットラス。軌道は読める。遅い。人間の剣術の残滓はあるが、骸骨の動きは生前の技量を再現しきれない。 ——まだだ。まだ、人の力で戦える。 拳を握り、踏み込んだ。 顎を打ち抜く。右ストレート。骸骨の頭蓋骨がごきっと鳴り、首から上が吹き飛んだ。白い骨片が甲板に散らばり、蒼い炎がぱちぱちと弾ける。 続けて二体目。横から斬りかかってきたカットラスを、身を沈めてかわす。返しの蹴りで膝関節を折り、崩れたところに踵を落とす。胸骨が砕け、肋骨がばらばらに崩れた。 三体目、四体目。回し蹴りで二体まとめて薙ぎ倒す。マストに激突して砕けた骨が、甲板に白い雨のように降った。 だが—— ぱちん。 蒼い炎が灯った。 砕けた骨片が、甲板の上で震え始めた。白い破片がかたかたと振動し、互いに引き寄せ合い、磁石みたいに組み直されていく。 頭蓋骨が戻る。肋骨が嵌まる。腕が繋がる。 倒したはずの骸骨が、蒼い炎を眼窩に灯して、再び立ち上がった。 再生する。何度砕いても。 舌打ちした。 五体、十体、二十体。甲板中から骸骨が這い出してくる。船倉のハッチから、マストの上から、舷側の穴から。数に限りがない。
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