「いや、いい。急いでるんで」 急いでなんかいない。行く当てもない。 でも、人間と必要以上に関わるのは避ける。それが三百年のルールだ。「そうですか……。でも、お弁当作りすぎちゃって。このままだと余っちゃうんですよね。暑いから傷んじゃうし、勿体ないかなって……」 瑠花が困ったように笑いながら、後部座席から保冷バッグを持ち上げた。中身がずしりと重そうだ。「海に来たはいいけど、張り切りすぎちゃったみたいで——」 その瞬間だった。 ——ぐぅうぅぅぅぅ。 沈黙。 蝉の声だけが、やかましく降り注ぐ。 海音が目を見開いた。結菜が呆れた顔でこっちを見た。瑠花が口元を手で押さえた。 俺の腹が、盛大に、鳴った。 三百年生きてきて、この瞬間が人生で一番恥ずかしかったかもしれない。「——ぷっ」 海音が吹き出した。「お兄ちゃんのお腹、すっごい鳴った! ねえ聞いた? ぐうーって! すっごい音!」「海音、笑っちゃだめ——ふ、ふふっ」 瑠花も堪えきれずに笑っている。目尻に皺が寄って、さっきまでの疲れた顔が嘘みたいに若返った。 結菜だけが真顔だったが、わずかに——本当にわずかに——口の端が持ち上がったのを、俺は見逃さなかった。「……昨日から食ってねぇだけだ」 俺は視線を逸らし、琥珀色の目を海の方に向けた。 耳が、たぶん赤い。「決まりですね。一緒に食べましょう!」 瑠花が保冷バッグを抱え直して、にっこり笑った。有無を言わさない笑顔だった。 断る隙が、なかった。 --- 海沿いの道を少し下ったところに、小さな展望スペースがあった。 コンクリートのベンチ
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