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All Chapters of Asymmetry: Chapter 111 - Chapter 120

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111話

「神の声が聞こえる。この場にいる私を除く者達は大罪人あると告げておられる……」「大罪人はお前だ! この人殺し!」「そうだそうだ!」 ひろしの言葉に、傍聴席がざわつく。被害者遺族は怒りに震え、傍聴人は便乗して野次を飛ばした。係官達が彼らをなだめようとする。「静粛に!」 木槌の音と裁判長の声で、法廷は静寂を取り戻す。「弁護人、被告人の精神鑑定を怠ったようですね」「いえ、被告人は精神異常者のふりをして無罪になろうとしているだけです。ここに証拠があります。被告人の許可を得て録った音声です。再生してもよろしいでしょうか?」「お願いします」 裁判長の許可がおりると、千夏はICレコーダーの再生ボタンを押した。『久しぶりだな、千夏。お前が弁護士になってたなんて思いもしなかった。それで、俺はどうすればいい? 精神錯乱したフリをすればいいのか?』 ひろしの音声に、法廷は再びどよめいた。 千夏はここで音声を止めようか迷ったが、そのまま再生させる。『いえ、あなたとは昨日もお会いしました。あなたは私を強姦しようとしましたね。証拠品もありますし、被害届も出してあります。あなたの罪状は強姦未遂と傷害と殺人です。無罪になれるとは思わないでください』「弁護人、これはどういうことですか!? あなたと被告人は、血縁関係にあるというのですか!?」 裁判長は立ち上がり、千夏を見下ろす。予想外の展開に驚いてるせいか、顔が赤い。「はい。被告人は私の父です」 千夏がそう告げた途端、何かが千夏に投げつけられた。「痛っ!」 足元には、ペットボトルが転がっている。それを見た途端、いじめられていた時の記憶が、フラッシュバックする。「父親をかばうつもりか!」「犯罪者の娘のくせに弁護士なんかやってんじゃねー!」「静粛に、静粛に!」 裁判長が木槌を叩きながら叫んでも、彼らは言うことを聞かない。持っていたものを千夏に投げつけ、罵声を浴びせる。「嫌だ、嫌だ……。私は悪くない、何もしてない……」 千夏は頭を抱え、その場にうずくまる。このままではいけないと分かっていても、恐怖心が拭えない。「係官、弁護人にものを投げつけた者はつまみ出しなさい。15分の休憩を取ります」 裁判長の指示で数人の傍聴者が連れ出される。彼らはまだ腹の虫が収まらないらしく、千夏に暴言を浴びせながら無理やり外に
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112話

「本条弁護士」 肩に手を置かれながら名前を呼ばれ、千夏は我に返った。見上げると、鉄の貴公子こと羅門が千夏を見下ろしている。「休憩になりましたよ。休める時に休んだほうがいい」「え? あ、はい……。そうさせていただきます」 羅門は千夏が言い終える前に自分の席に戻り、資料を持って法廷から出ていってしまった。 千夏もフラフラした足取りで、控室に戻った。「お疲れ、先生」「大丈夫かね? 本条さん」 先に来ていた成也と幸男は労りの言葉をかけると、千夏を長椅子に座らせた。「えぇ、なんとか……。私、とんでもないミスをしてしまいましたかね……?」 千夏は不安で押しつぶされそうになり、幸男を見上げた。多少非難されるだろうとは思っていたが、まさかあそこまで法廷が荒れると思っていなかったし、ペットボトルを投げつけられるまでは、自分のしたことは間違いではないと思っていた。 だが強引に休憩を挟む事態となり、自信をなくしてしまった。「そんなことはない、本条さんはよくやっているよ。それに、法律上身内が弁護人になっても問題はないのだからね」 幸男が言い終わるのと同時に、ドアがノックされる。「忽那です、本条弁護士はいますか?」「はい、どうぞ」 不安を覚えながら返事をすると、羅門は入ってくるなり千夏の正面に立ち、彼女にペットボトルのお茶を差し出した。「えっと……」「顔色が優れなかったので。いらないのなら持ち帰りますが」「あ、いえ、いただきます」 千夏はお茶を受け取ると、さっそく飲んだ。ひと口だけ飲むつもりだったが、どうやら喉が渇いていたらしく、ゴクゴクと音を立てて半分近く飲んでしまった。「それだけ水分補給ができるのなら、思ったよりひどい状態にはなっていないようですね」「すいません、ありがとうございます」 一気飲みしてしまったのが恥ずかしくなり、千夏はうつむきながら礼を言う。「どういたしまして。私の推測が当たれば、間もなく裁判長がここに来るでしょう。そしてあなたを担当弁護士から外そうとします」 羅門の言葉に、潤したばかりの喉が渇いていく。「それは、私と被告人が親子だからですか?」「いえ、あなたのためにです」「どういうことですか?」 千夏とひろしが親子であると知った時の裁判長のリアクションから、てっきり血縁が理由で外されると思っていた。むしろ想定内だ
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113話

「まず、これだけは言わせてください。紺野博文裁判長は、血縁を理由に偏見を持つようなことはありません」「はい」「傍聴席には、マスコミもいます。無差別殺人事件の被告人の娘が、父親の弁護人を引き受ける。こんな美味しい話、マスコミが放っておくわけがありません。本条弁護士が被告人の罪を軽くしようとすれば、職権乱用だと騒ぎ立て、重い罪……、死刑にしようとすれば、父親を見殺しにする冷血女とでも書かれるでしょう。私の聞き間違いでなければ、あなたは被告人に強姦されかけたのです。これだって、マスコミと世間のいい餌になってしまいます。既に被害者であるあなたがこれ以上苦しむことを、裁判長は望みません」「私も、忽那検事の言うとおりだと思うね。本条さんはよくやったよ、後は私に任せたまえ」 ふたりの言うことは最もだし、とてもありがたい。 羅門の言うとおり、マスコミは千夏を追いかけ回すだろう。事務所にいようが自宅マンションに帰ろうが、彼らはしつこくついてくるに決まっている。そんな日々に耐えられるのかと問われれば、自信はない。既に叫びたいほどのストレスを感じている。だが、ここで投げ出すようなことはしたくなかった。 千夏が口を開こうとしたところで、誰かがドアをノックした。千夏がドアを開けに行こうとすると、羅門が手で制してドアを開けてくれる。「忽那検事もこちらにおりましたか」 入ってきたのは紺野博文裁判長だ。千夏は挨拶をしようと立ち上がろうとするが、彼もそのままでいるようにと手で制した。「本条弁護士、先程傍聴者達から色々投げつけられていましたが、お怪我はありませんか?」「はい、大丈夫です。あの、もしかして、私を外そうとここへ……?」 千夏が恐る恐る訊ねると、博文は羅門を横目で見る。「なるほど、忽那検事がいるのはやはりそういうことでしたか。えぇ、そうです。これは悪意があって言っている訳ではありません。本条弁護士を世間の目から守るために言っているのです。血縁者が弁護人になるといった例はありますが、被害者が弁護人というのは例がありません」「皆さんのご厚意はとてもありがたいです。ですが、私は最後まで葛西ひろし被告の弁護人でありたいのです。どうか、お願いします」 ペットボトルを横に置くと、千夏は深々と頭を下げる。そこにいる誰もが、顔を見合わせ困惑した。 ひとりを除いては。
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114話

「いいんじゃないですか? このまま本条先生にやらせても」 この場にそぐわぬ軽い口調で、成也が言った。「失礼ですが、あなたは?」 羅門は神経質そうに眼鏡をかけ直し、冷たい目で成也を見る。大抵の人は後ずさりしそうなものだが、成也はいつも通りヘラヘラ笑った。「怖いなぁ、検事さんは。俺は本条千夏先生の助手兼雑用係の末安成也。先に言っとくけど、弁護士の資格はないよ」「では、口を挟まないでもらえますか?」「嫌だね。だいたいあんたさぁ、先生の何を知ってんの? 先生は色んな覚悟した上でここに来てんだよ。そんなことも知らないで、先生を守るために担当弁護士を外すなんて、笑わせないでよね」「末安さん! 言葉に気をつけなさい! すいません、忽那検事。末安さん、君も謝りたまえ」 幸男が叱咤するも、成也は謝罪するどころか、羅門と博文に詰め寄った。「末安さん、気持ちだけで充分です。これは私の問題ですから」 千夏が立ち上がって成也の腕を掴むと、成也は不満げな顔をして1歩下がる。「先生が言うなら……。でも、俺は先生が外されるのは納得しないから」 拗ねた子供の様に言うと、成也は控室から出ていってしまった。「すいません、私の助手が……。後でキツく言い聞かせておきます」「いやいや、先生想いのいい助手さんではないですか」 千夏が深々と頭を下げると、博文はほがらかに笑う。てっきり嫌味でも言われると思った千夏は、驚いて顔を上げた。博文は菩薩のような優しい笑みを浮かべ、羅門はやれやれと言わんばかりの顔をしているが、口角が上がっている。「本条弁護士、被告人へ求刑するとしたら、どのような刑を言い渡しますか?」 本来求刑を決めるのは捜査担当の検察官であって、弁護士である千夏ではない。「父親が目の前で極刑になる覚悟はあるのか?」と問いかけているのだろう。少なくとも千夏には、そう思えた。「4人を刺傷し、6人もの人間を殺害した上に反省をするどころか精神異常者のフリをして責任能力を誤魔化そうとしたのは、許せる行為ではありません。強姦未遂の件も、被告人は罪悪感を抱いていません。以上のことを踏まえた上で、私は死刑を求刑します」 千夏は羅門の目を真っ直ぐ見て答えた。すると羅門は満足げに頷き、博文は感慨深そうに目を閉じる。
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115話

「なるほど、あなたの意志はよく分かりました。ですが、やはりあなたを外さなければなりません」「そう、ですか……」 食い下がりたくても裁判長である博文にここまで言われては、どうしようもない。表に出さないようにしなければいけないと思いながらも、肩を落とす。「そう気落ちすることはありません。本条弁護士の意志は尊重します。では、失礼します」 羅門は一礼すると、控室から出ていった。「今日は中断せざるを得ません。傍聴席にいた記者がいるかもしれませんので、お気をつけて」 そう言って博文も控室を出た。「さぁ、帰ろう」「所長……」 彼らの言う通り、千夏はもう帰るしかない。それでも自分にやれることがないか、必死で思考を巡らせる。今まで作成した資料や録音を脳内再生し、ひとつの疑問が浮かんだ。 彼らはゲレティヒカイトについて、どれだけ知っている? そもそも今回の無差別殺人事件は、ゲレティヒカイトの教祖である神代宗介による殺人教唆だ。強姦未遂にしたって、ひろしは宗介に言われなければしなかった。「気持ちは分かるが、もう君に出来ることは何もない……」「いえ、あります」 千夏は幸男の返事も待たずに、控室から出て羅門を探す。彼がどこにいるのか見当もつかないため、時間がかかるかと思ったが、羅門はあっさり見つかった。彼は自販機の近くで、缶珈琲を飲んでいた。「どうされました?」「忽那検事にこれを」 千夏は持っていた資料とICレコーダーを羅門に差し出す。羅門は資料を受け取らず、訝しげな目を千夏に向けた。「何故検事である私に? 引き継ぎの弁護士に渡すものではありませんか?」「所長は自分が引き継ぐと仰ってましたが、きっと、所長が引き継ぐことはありませんから。この無差別殺人には、黒幕がいるんです」 鉄の貴公子が目を丸くした。「場所を変えましょう」「へぇ、どこに?」 背後から聞こえた声に驚いて振り返ると、成也が立っていた。「末安さん!? どこに行ってたんですか」「控室のすぐ外。先生は急いで気づかなかったみたいだけどね。どこ行くんだろって気になって、ついてきたんだ」「助手さんも、どうぞ」 羅門は無表情に戻ると、すたすたと歩き出す。彼についていくと、別の控室に入った。
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116話

「今日はここを使うことはないそうですので。それで、黒幕がいるということですが、それは誰なのですか?」「ゲレティヒカイトの教祖、神代宗介です」「何故、ゲレティヒカイトの教祖のことを知っているのです? そもそも神代宗介は、弁護士だった男でしょう」「話せば長くなりますが……」 千夏はそう前置きをすると、ひろしがゲレティヒカイトの信者であること、幸男と宗介が同期であることなど、知っていることすべてを話した。「なるほど、本条弁護士の言っていることが事実なら、笹塚弁護士に引き継がれることはないでしょうね。分かりました、この資料は私がお預かりして、必ず役立ててみせます」「ありがとうございます、お願いします」 千夏は羅門に資料を手渡した。完全にとはいかないが、気が楽になった。「こちらこそ、貴重な資料をありがとうございます」 資料を見ながら礼を述べると、羅門はそのまま食い入るように資料を読む。ふたりは邪魔をしないように、そっと控室を後にした。 元いた控室前に戻ると、幸男が腕を組んで待っていた。いつも温厚な幸男だが、つぶらな目を吊り上げて怒っている。「君達、何を考えているのかね? まず末安さん、あのような態度は社会人としていけないのは分かるね? 本条さんも、君の気持ちは分かる。だが、君にできることはもうないんだ。こんなことを言うのも辛いが、諦めてくれなきゃ困る」「申し訳ありませんでした」 千夏は深々と頭を下げるが、成也は謝罪しようとしない。横目で見てそれに気づいた千夏は、慌てて頭を下げさせる。「お言葉ですが所長、先生は、いったぁっ!?」 千夏はヒールで成也の足を踏みつけ、彼の言葉を遮った。「本当にすいませんでした、深く反省しております。末安さんも反省して、さっき忽那検事に謝っていました」「そうか、それならいいのだがね……。一応記者対策にと、タクシーを呼んであるんだ。そろそろ来てるだろうから行きますぞ」「はい、お気遣いありがとうございます」 千夏はもう一度頭を下げると、先を歩く幸雄についていく。
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117話

「先生、かばってくれてありがと」 成也は千夏に耳打ちをする。「いえ、こちらこそ、私のために怒ってくれてありがとうございます」「大好きな先生のためなら、あれくらい当然だよ」「な……っ!?」 久方ぶりにその手の軽口を言われ、千夏はその場に固まってしまう。冗談だと分かってるのに、頬が熱くなってしまう。「はははっ、先生ってば本当に可愛いよね」「か、からかわないでください!」「裁判所では静かにしたまえ!」「はい……」「すいません……」 幸男に怒られ、ふたりは小さくなる。(所長が1番うるさいよ……) そして内心愚痴る。 外に出ると、記者の姿はなかった。その代わり、青いスカジャンを着た銀髪サイドテールの美女が仁王立ちして待っていた。美女は成也に気づくと、大きな胸を揺らしながらこちらに走ってくる。「リョーマさんお久」「お、久しぶりだねマバラちゃん」「だからぁ、その呼び方やめてくださいってばぁ!」 ムキになった美女は成也の肩をポカポカ叩くが、彼は彼女の頭を掴んで遠ざけた。「離せぇー! バカモノー!」「はいはい」 成也が手を離すと、前のめり体制だった美女はそのまま倒れた。「きゃんっ!?」「ちょっと、大丈夫ですか!?」 千夏は美女に駆け寄り、彼女を抱き起こして成也を睨みつける。「あんなことしなくてもいいじゃないですか!」「離せって言ったのはマバラだし」「一体何がどうなっているのかね? 彼女は末安さんの知り合いのようだが……。だが、君のファーストネームは成也さんではなかったかね?」 幸男は困惑した様子で美女と成也を交互に見る。「これは馬服雪花菜《まばらゆかな》。俺の知り合いですよ。ネット記事で記者のでっち上げスキャンダル書いてる共食いって言えば、分かります?」「えぇっ!? この人が共食い!?」 成也の説明を聞いて驚いたのは、千夏。幸男は更に困惑したようで、説明を聞いて小さく唸る。「本条くんは知ってるのかね?」「えぇ、そんなに詳しくはありませんが……」「まーまー、んな話後ででいいじゃないっすか。またバカな記者が来る前に、はやく事務所に帰りましょーよー」 雪花菜は心底めんどくさいと言わんばかりにあくびをする。
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118話

「あぁ、そうだった。しかし、4人は定員オーバーなのだよ……。そもそも、彼女も事務所に連れてくのかね?」「あぁ、これはトランクに詰めればいいんじゃないですか?」「もー、リョーマさん相変わらずウチの扱い雑っすね。そんなんじゃ女の子にモテないっすよ?」「いーの、好きな子にだけモテてれば。ま、マバラはタクシーに乗らなくても大丈夫ですよ。ほら」 成也の指差す先に、オンボロのバイクがポツンとあった。「これ以上タクシー待たせちゃ悪いし、事務所に帰りません? あれはバイクでついてくるし、事務所の住所は伝えてあるので」「む、そういうことなら……。君、気をつけてついてくるのだよ」「あいさっ!」 雪花菜はビシッと敬礼すると、バイクに跨ってエンジンをかける。 助手席に幸男、後部座席に千夏と成也が乗り、タクシーは安全運転でゆっくり発進する。その後ろを、雪花菜がバイクでついてくる。「どこから話せばいいですか?」「何故彼女は君を違う名前で呼んでいたのかね?」「俺、昔ホストで働いてたんです。マバラはその時の知り合いですよ」「なんであんなに扱いが雑なんですか?」 成也はフェミニストだと思っていた千夏は、彼があんなに女性を雑に扱っていたことに心底驚いていた。「好きじゃないんだよね、マバラのこと。というか、そのうち先生達も分かるよ……」 げんなりしながら答える成也に、千夏は小首を傾げる。「でも、あんな態度取ることないじゃないですか。あれこれ呼ばわりは失礼ですよ」「どんな理由であれ、人をあれこれ呼ばわりしてはいけないのだよ。分かったかね?」「はーい……」 言い訳するのが面倒くさくなったのか、成也は適当に返事をする。「ところで、彼女が共食いと呼ばれる理由について聞かせてもらってもいいかね?」「あぁ、そうでした。マバラはネット記者……、というか、人気ブロガーなんですよ。よく芸能人の不倫を面白おかしく書いたり、過去にちょっとやらかした芸能人の、見え方によっては悪いことしてるようにも見える写真を盗撮して捏造記事作る記者っているじゃないですか。マバラはそういった記者のスキャンダルを独自のルートで入手したりして記事にしてるんです。記者でありながら記者のスキャンダルを書くことから、記者殺しとか共食いとかって呼ばれてるんですよ。ま、本人はブロガー兼ユーチューバーだって言って否
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119話

「ええと、ブロガーっていうのは、ブログっていうネット日記のことです。自分の生活について書く人もいれば、馬服さんのように何か題目を決めて書く人もいるんです」「ほう、なるほど。それで、ユーなんとかというのは?」 千夏が噛み砕いて説明をすると、幸男は嬉しそうに分からない言葉を聞く。「ユーチューバー、ですね。流石にユーチューブはご存知ですよね?」「あぁ、あの赤い動画サイトだね?」「そう、それです。私も詳しいことは分かりませんが、ユーチューブに面白い動画をアップロード……つまり、皆に自分で作った動画を見てもらえるようにするんです。その動画を見てもらって収入を得る人達をユーチューバーといいます」「ほう、世の中には面白いものがあったものだねぇ。しかし、どうして動画を見てもらうだけで収入が得られるのかね? 赤い動画サイトの動画は無料で見れるだろう?」 ここまで来ると、さすがの千夏もうんざりしてくる。よく見れば目の前の運転手は肩を震わせていた。「それはよく分かりません。ですが、人気があればあるほど収入が得られるそうですよ」「ほう、不思議な職業があったものだ」 納得したのか、幸男は何度も頷いてみせる。「とりあえず、マバラはネットで収入を得てるんです。俺はホストで働いた時にマバラに情報提供して知り合いになったんですよ」「それで末安さんがホストだった時の名前で呼んでたんですね。それにしても、何故彼女を呼んだんですか?」 千夏の質問に、成也は盛大なため息をつく。ミラーに写る幸男も、やれやれと言わんばかりの顔をしていた。(私、そんなに変な質問した?) いくら考えても、さっきの質問のどこがおかしいのか全く見当がつかない。「先生のために呼んだんだよ」「私の?」「そう。裁判長とか検事さんも、先生はマスコミに狙われるって言ってたでしょ? だから共食いのマバラ呼んで、追い払ってもらったってわけ。ま、実際にいたかどうかはマバラに聞かないと分かんないけど」 説明を聞いて納得するのと同時に、そんな分かりきったことに気づけない自分に嫌気が差した。「そうだったんですね、ありがとうございます。馬服さんにも後でお礼をしないといけませんね」「あー、やめといたほうがいいよ。ていうか、お礼するにしても、絶対に「何かごちそうしますよ」は言っちゃだめ。地獄に連れてかれるよ」「地獄っ
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120話

(何が起きてるの?) 最初は千夏を呼ぶ記者達の声が聞こえたが、どよめきに変わった。少しでも状況を把握しようと、耳を澄ませる。「根本正吉43歳、ギャンブル狂で借金が500万超え、満員電車でスリを繰り返す。増田隆36歳、新宿駅で下着や靴下を売ってほしいと女性達に声をかけてる。倉持美晴32歳、通勤電車でいつも同じ車両に乗るイケメンサラリーマンを視姦して妄想する日々。田宮裕介28歳、職場では真面目ぶってるけどマザコンでロリコン。公園で遊ぶ子供の声を録音してる。岡本理香子38歳独身、高校時代に片想いした西村くんのことが忘れられず、付き合ってるという体《てい》で妄想日記書いてる。今の所初夜を15回、結婚式を32回、ファーストキスが48回」 淡々とした喋り方と抑揚のない声で分かりにくいが、馬服雪花菜の声だ。彼女が読み上げるように言ったことを理解しようとしていると、記者達が悲鳴を上げて散らばっていくのが聞こえた。「先生、今のうちに事務所に入ろ」 成也はジャケットを取ると、タクシーから降りた。続いて千夏も降りると、雪花菜があくびをしながら立っていた。「馬服さん、先程はありがとうございました」「あー、苗字で呼ぶのやめてもらっていいっすか? 馬服って、人がまばらみたいな感じで嫌なんで」 雪花菜は煙たそうに手を振りながら言うと、いつの間にかかけていた水色の肩掛けバッグを軽くさすった。「腹減ったんでおやつ食べていいっすか?」「ここではなんですから、事務所に入ってからにしてはどうですか? それと、苗字で呼ぶのがダメなら、なんとお呼びすればいいでしょうか?」「かたっ苦しいなぁ……。雪花菜ちゃんでもゆかりんでもグラトニーでもなんでもいいんで」「これで充分だよ。ほら、はやく行くよ」 成也はうんざりしたように言うと、千夏の腕を引っ張って事務所に入る。「ちょっと、引っ張らないでくださいよ」「だって先生なかなか行かないから」「もう大丈夫ですから」「ん」 曖昧な返事をするも、成也は千夏の腕を離さない。結局彼が千夏の腕を離したのは、事務所に入ってからだ。 全員が事務所に入ると成也はドアの鍵を閉め、ブラインドをすべて下ろすと、いつものように給湯室でお茶の準備をする。幸男がソファに座ると、千夏はその隣に座り、向かいのソファには雪花菜が座った。
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