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All Chapters of Asymmetry: Chapter 91 - Chapter 100

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91話

 千夏は慌てて成也を注意しようとしたが、その前に理子が頭を下げた。「すいません、いちいち感情移入するなと言われ続けたものですから」 眉尻を下げながら言うものの、どこか機械的で、謝意が感じられない。だが悪気もないのだろうと、千夏は思った。「いえ……。話を戻しましょうか。仰向けにされて、ブラウスを破られて、その……胸を強く、揉まれて……。そしたら彼、末安さんが助けてくれたんです」 千夏がちらりと横目で成也を見ると、ふたりの視線も成也に向けられる。成也は無表情で胸ポケットからチャック付き袋をひとつ、理子の前に置いた。「これは……」「犯人の皮膚片です。先生の爪の間に挟まってました」 成也は淡々と言うと、お茶をひと口飲んで短く息を吐く。「今朝、事務所に電話があったんです。詳しいことは話せませんが、先生はゲレティヒカイトという言葉を聞いて取り乱して……」「末安さん!」「先生だって、ゲレティヒカイトが怪しいって思ってんでしょ? なら、言わないと」 ゲレティヒカイトについて話すのをためらっていた千夏だが、成也の言うことは正論だ。千夏は諦めて口を噤む。「ゲレティヒカイトは、元は冤罪被害者の会でしたが、今は不穏な噂が流れてますね。ゲレティヒカイトに、どんな用事があったんですか?」 理子の目は、真っ直ぐ千夏に向けられている。「詳しいことは話せませんが、私が担当していた少年が、取り調べ中に『ゲレティヒカイトよ永遠に!』と叫んで薬物自殺をしたそうなんです。その少年が、ゲレティヒカイトとどう関与していたのか調べるために、彼らがいる教会に行ったんです。その帰りに、襲われました……」「なるほど、そうでしたか……。後でそのことについても詳しく聞かせてください」「はい、分かりました」 千夏が頷くと、理子は視線を成也に戻した。「続きをお願いしていいですか?」「はい。先生はゲレティヒカイトの名前を聞いて取り乱し、体調を崩しました。所長が先生に帰るように言ったんですけど、正義感の強い先生が真っ直ぐ帰ると思わなかったので、尾行したんです。門前払いされた先生は来た道を戻っていったんですけど、途中から……確か、先生が襲われた道の1つ前の曲がり角から、黒ずくめの男が先生と同じ方向に歩き出したんです」「その男は、どこから出てきたんですか?」「電柱に寄りかかって、スマホをいじ
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92話

「細道に入ろうとしたら先生の悲鳴が聞こえたので、急いで駆け寄って男の背中を蹴りました。その後俺に殴りかかった男の足を引っかけて転ばせて、目出し帽引っぺがして写真撮りました」「その写真、見せてください」「これです」 成也はスマホを操作し、皆に見えるようにテーブルの中央に置く。「嘘でしょ!?」 写真を見て、千夏は固まる。憎々しげにこちらを睨んでいる男は、千夏の父親である葛西ひろしだ。白髪とシワが増えたが、口元に並ぶふたつのほくろは、間違いなくひろしのものだ。「知り合いですか?」 理子の質問に答えようと口を開くが、ぱくぱくするだけで言葉が出ない。(なんで? どうして? 誰か嘘だと言って!) 千夏の心は悲鳴を上げる。 うまく息が吸えない。 頭痛と耳鳴りがする。「先生!?」「大丈夫ですか!? しっかりしてください!」「本条さん!」 彼らの声が、遠くに聞こえる。耳鳴りが邪魔をして、ハッキリ聞こえない。 胸が潰されるような感覚がして、視界が暗くなっていき、意識が途切れた。「先生!」 テーブルにぶつかる前に、成也が抱きかかえる。「どうやら本条さんの知り合いのようですが、心当たりはありますか?」「いえ、先生はプライベートを語ることはほとんどないので、分かりません。今日は帰らせてもらいます。それとこれ、手錠と先生のブラウスです。犯人の指紋とかついてると思います」 成也はスーツ専門店でもらった袋を、テーブルの上に置く。「ありがとうございます。タクシーを呼びますね」「いえ、大丈夫です」 スマホを出した理子を制すると、成也は千夏を抱き上げる。「絶対に犯人を見つけてくださいね」 ふたりに一礼すると、成也は警察署を後にした。警察署から出て数歩歩くと、空を仰ぐ。「どうしよっかなぁ、先生の家知らないし、うちは遠いし……」 かといって、事務所に連れ帰るわけにもいかない。「ま、今回は仕方ないよね」 自分に言い聞かせるように言うと、決めたばかりの目的地へ向かって歩き出した。
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93話

 暗闇の中に、千夏はいた。 向けられるたくさんの、目、目、目。 怒り、憎悪、好奇、悲しみ、哀れみ……。そんな感情がこもった無数の目。「見ないで! そんな目で私を見ないで!」 怖くなってその場に縮こまり、固く目を閉じて頭を抱えた。それでも突き刺すような視線からは逃れられない。「人殺しの娘だ!」「犯罪者の子供も犯罪者だな」「死ねばいいのに」「こっちくんな」「将来も何もないわね、可哀想に」 心無い言葉と、せせら笑う声。目を閉じているというのに、彼らの顔が脳裏に浮かぶ。「うるさい! お父さんは犯罪者じゃない!」 悲痛な叫びを上げると、彼女を嘲笑《あざわら》う声がより大きくなった。 何か固いものが、頭を抱える千夏の手にぶつかる。足元に転がる気配がして薄目を開けると、石が転がっている。 今度は背中にも投げつけられ、腕や足にも当たったかと思えば、四方八方から投げつけられる。「やめて! 私もお父さんも悪くないから! こんなことしないで!」 千夏の叫びは、石がぶつかって転がる音と、嘲笑う声にかき消される。石がどんどん積み上がり、千夏の逃げ道を塞いでいく。 石はとうとう千夏の喉のあたりまで積み上がった。圧迫され、息が苦しい。石の尖った部分が皮膚にめり込んで痛い。「もうやめてぇ!!!」 石の雨と笑い声がピタリと止まり、恐る恐る目を開ける。あれだけ積まれてあった石も、無数の目も消えていた。「大丈夫か?」 優しい笑みを浮かべて手を差し伸べてくれるのは、大好きな父、ひろし。子供の頃、千夏を楽しい場所へ連れて行ってくれた、あの優しい父だ。「お父さん、皆が私をいじめるの……。お父さんも私も、悪くないのに……」「もう大丈夫だ。ほら、お前が好きなおはなの公園に行こう。お母さんがお弁当を作ってくれたんだ。ドーナツだって揚げてくれたぞ。お父さんといっぱい遊んで、嫌なことなんか忘れちゃえ」「うん!」 差し伸べられた手を掴んだ瞬間、黒々とした髪は白髪混じりになり、顔にはシワが刻まれ、優しい目が欲望でギラついた。「ヤラせろ!」 ケダモノと化した父が、千夏の手を引っ張り、自分へ引き寄せる。「いやあ! やめて!」 空いてる手を振り回すと、ひろしは灰になって宙を舞う。灰は人の形になっていき、千夏のよく知る人物となった。「雪奈ちゃん……」 それは、千夏が小
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94話

「雪奈ちゃん、私、どうしていいのか分からなくて……」 千夏は少女の胸にうずくまって泣いた。「うちの娘に近づくな、犯罪者が!」 雷のような怒鳴り声が聞こえたかと思えば、後ろ首に焼けるような痛みが走った。「先生!」 大声に驚いて飛び起きると、今にも泣きそうな顔の成也がいた。「夢……? ここは……」「ホテルだよ。警察署で俺が写真を見せたら、倒れちゃったんだ。とりあえず水飲む?」 手渡されたグラスを空にすると、部屋を見回した。スカイブルーの壁紙に、ビビットカラーで描かれた奇抜な女性の絵、壁にかけられた大型液晶テレビ、それを見るのに最適そうなソファ……。どう見ても普通のホテルではない。「もしかして、ラブホテルですか?」「そう。普通のホテルなんて、修学旅行でしか使ったことないから、手続きとか分かんなくてさ、ごめんね?」「いえ、むしろ迷惑をかけてすいません……」 千夏が頭を下げると、成也は気まずそうに後頭部をガシガシ掻いた。「どうしたんですか?」「いやー……実は、他にも謝んなきゃいけないことあってさ……。先生すごい汗かいてたから、着替えさせたり身体拭いたりしたんだよ。あ、下着は脱がせてないよ! それで、その、後ろ首の傷痕とか、あちこちの細かい傷痕とか見ちゃったんだ……。本当にごめん……」 どうやら相当反省しているらしく、成也は深々と頭を下げた。「そんな、頭を上げてください。そりゃ、裸を見られたのは恥ずかしいですけど、末安さんは、私のためにしてくれたんですし……」 そう言いながら自分の服装を見てみると、バスローブに変わっていた。「怒ってない?」「戸惑いはしましたけど、怒ってませんよ」「そっか、よかった。そうだ、おなか空いてない? なんか飲む? ここ、ウエルカムドリンクとスイーツが無料なんだよね」 明るく振る舞う成也に、千夏は静かに首を横に振った。彼の気遣いは嬉しかったが、彼女には話さなければいけないことがある。「私は、末安さんに話さないといけないことがあるんです」「それって愛の告白とか? ま、なんにせよ、話をするなら、なおさら飲み物必要でしょ。とりあえず向こうに座ろうよ」 成也に促されてソファに座ると、ラミネート加工されたメニュー表を手渡される。メニュー表には数種類のウエルカムドリンクに無料スイーツ、宿泊者限定のモーニングメニューが
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95話

「ついでに甘いものも食べたいな。先生は?」 成也に言われてスイーツを見てみると、ハニートーストとサンデーは無料で、クレープが150円引きらしい。どれもチョコ、ストロベリー、キャラメルの3種類から選べる。「えっと……じゃあ、キャラメルサンデーでお願いします。あと、アイスティーを」 正直に言えばスイーツどころではないが、成也の気遣いを無下にするのは気が引けて、適当に注文する。「ん、OK。フロントに連絡してくるから、待ってて」 成也はメニュー表を持ってベッドへ行くと、サイドテーブルに置かれた受話器を取ってメニューを伝えた。「たぶん10分もすれば来るよ。その間汗流してきなよ。なんなら下着も軽く洗って、そこのハンガーにひっかけとけば? 暖房直接当たるし、すぐ乾くだろうから」 成也は壁際にかけられたハンガーを指差しながら言う。そこには既に、千夏の服がかけられている。「そうですね、そうさせてもらいます」「お風呂は向こうだよ。もう沸いてるから」 言われた方角を見ると、木製のドアがあった。そこを開けてみると、脱衣所がある。千夏はバスローブと下着を脱ぐと、浴室に入る。「うわぁ……!」 足を伸ばしても余裕がありそうなほど大きなユニットバスには、真っ白なもこもこの泡で覆われている。驚きながらも髪や身体を洗い、泡まみれの湯船に浸かる。「ふぅ、落ち着く……」 口ではそう言ってみるものの、実際のところまったく落ち着けていない。さっき見た夢の内容が、脳内リピートしている。それだけならまだしも、辛い過去のフラッシュバックと交互に来て、今にも叫びたいほど苦しい。「はやく、話さなきゃ……」 それが千夏自身の心を守るための最善の方法であり、成也へ示せる最大の誠意だと思った。 湯船から出ると脱衣所で髪を乾かし、下着を洗って部屋に戻る。クローゼットを見つけて開けると、そこにあるハンガーにひっかけて開けっ放しにする。 成也が言った場所に干したほうが早く乾くだろうが、いくら一度見られたとはいえ、恋人でもない男性に下着を見られるのが恥ずかしかった。「そういうとこ、本当に可愛いよね。飲み物とスイーツ来たよ、はやく食べよう」 下着を干し終わるのも見計らい、成也は自分の隣を叩きながら言う。「そうですね」 いつもならセクハラだと抗議していただろうが、今の千夏にそんな余裕はない。
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96話

 落ち着こうと震える手でアイスティーを持つと、ひと口飲んで大きく息を吐く。「あの強姦魔、私の父なんです」「え……?」 千夏のカミングアウトに、成也は大きく目を見開く。「心を整理するためにも、少し長い話をします。聞いてくれますか?」「もちろんだよ、聞かせて」 真剣な目を向けられ、千夏は安堵する。彼を疑っていたわけではないが、もし断られたらという不安が少しだけあった。「初めて会った日に、父が冤罪にかけられたって話したの、覚えてますか?」「確か、お父さんの友達が弁護士で、助けてくれたんだよね? 先生はその人に憧れて、弁護士になったんでしょ?」「えぇ、そうです。父は会社をクビになり、私は学校でいじめられてました。女子には教科書や筆入れ、上履きまでボロボロにされて捨てられ、男子からはその辺に落ちている石やゴミなんかを投げつけられました。身体中にある傷は、その時のものです……」 バスローブの上から、そっと自分の腕に触れる。「誰か助けてくれなかったの?」「雪奈という親友がいて、彼女が私をかばってくれました。それと、時々弘泰も。それでも、ふたりがいないところでいじめは続いてましたけどね……」 そう言って、千夏は哀しげに笑った。「でもさ、後から冤罪だって分かるんでしょ? その後は? てか、学校の先生は何してたの」「先生は見て見ぬふりですよ。冤罪だと分かった後でも、いじめはなくなりませんでした。むしろ悪化したんです。殺人犯だと間違われるようなことをする方が悪いって。それは父も同じみたいで、私の前では気丈に振る舞ってはいましたけど、無理しているのはひと目でわかりました。夜になると、ひとりで泣きながらお酒を飲んでたり……」 当時のことを思い出し、目頭が熱くなる。当時、千夏は実際にひろしの涙を見たわけではないが、酒をあおるその背中が、泣いているように見えたのだ。「でもさ、その弁護士の友達が、お父さんを助けてくれたって……」 成也の目は、何かに縋るように潤んでいる。彼の優しさはとても嬉しいが、今は感動して泣いてる場合ではない。「えぇ、何人かを起訴してくれたおかげで、だいぶ収まりました。父の友人……神代さんは、わざわざ学校にも来てくれて、いじめは犯罪でカッコ悪いことで、自分がしたことの何倍もの天罰が下るって言ってくれました。おかげでいじめはなくなりましたが
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97話

「そっか、大変だったね」 頭を撫でられ、つい倚りかかりたくなるのを我慢する。「えぇ、あの頃は、どうして自分が生きてるのか、自問自答していました。いじめがなくなって半年後くらいでしょうか、授業参観があったんです。いつもは母しか来なかったんですが、その日は父も来てくれたんです。授業が終わって雪奈と話していると、彼女の父親に切りつけられました。首の傷は、その時のものです。その後です、私が失声症になったのは」 千夏はそっと後ろ首の傷に触れる。もう何年も昔の傷だというのに、醜く盛り上がったそれ。「どれくらいかは覚えてませんが、私は何日か入院しました。退院すると、ふたりは私の大好物をたくさん用意して、退院祝いをしてくれました。その日は父に冤罪をかけられてから、1番楽しい日だったんです。けど、その夜、父は家から出ていったんです。ゲレティヒカイトのチラシを置いて……」「そっか、それで先生はあんなに必死だったんだね。真夏でも長袖だったのは、傷を隠すためだったんだね。子供の頃から、とんでもないもの背負ってたんだ、大変だったね。偉いよ、先生」 成也の言葉のひとつひとつが、千夏の胸に染み渡り、ついに彼女の涙腺を崩壊させた。「えぇ、本当に、大変でした……。あれから男の人が怖くてっ、やっと……やっと人を好きになれても、傷が気持ち悪いって言われて……っ! ずっとお父さんに会いたかったのに、まさか、あんな再会するなんて……」「いいよ、ここには俺しかいないから、好きなだけ泣いて」 抱きしめられて髪を撫でられ、今まで押し殺してきた感情が溢れてくる。千夏は子供のように声を上げながら、成也の腕の中で泣きじゃくった。成也は彼女が落ち着くまで無言で抱きしめ続けた。 30分もすると、千夏はようやく落ち着きを取り戻した。「なんか、すいません……。今日の私はダメですね……」「そんなことないよ。むしろ、今までが完璧過ぎたんだって。もっと俺を頼ってくれてもいいんだよ? 俺は先生の助手なんだから」「ふふ、そうですね」 小さく笑う千夏だが、無理をしていると誰が見ても分かるほど痛々しい。
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98話

「ね、先生。俺も先生にひとつ、古傷を教えてあげる。俺の初体験は、母親だったんだよ」「え……?」 あまりにも信じがたい話に、千夏は思わず成也を見上げた。 父親が娘に、というのはよく聞くが、母親が息子に性的虐待というのはあまり聞かない。何より、いつもヘラヘラ笑っている彼に、そこまで重たい過去があると思わなかった。「母さんは、どこにでもいそうな平凡な容姿だった。で、父さんはどっかのモデルなんじゃないかってくらいの美男子でさ、俺はそんな父さんにすごく似てるんだよ。父さんの若い頃の写真見たら瓜ふたつで、きっと先生びっくりするよ。父さんは見た目はいいけど、中身はクズだった。家にお金さえ入れとけば、何してもいいって思ってたんじゃない? 不倫し放題でさ、家に知らない女の人が押しかけたことだって、何回もあった」「そんな……。お母様は、どうしたんですか?」「最初は無理して父さんは仕事だって、バレバレの嘘ついてた。無理に笑うことすらできなくなったと思ったら、パートしだしてさ。夕方6時過ぎになるまで、俺は家でずっとひとりだったよ」「お母様は、忙しくすることで、辛いことを忘れようとしたんですかね……?」 千夏の問いに、成也は首を横に振った。「俺も最初はそうだと思ってた。だから何も言わないでいたんだけど。母さんは、整形するお金を貯めてたんだ。最初は目が大きくなってた。鼻が小さくなったり、口元の大きなほくろがなくなったり。そこまでは良かったんだけどね……」 成也はコーラが入ったグラスを一気にあおり、空にした。いつも好奇心で輝く少年のような目は、淋しげに揺れている。「もしかして、整形依存症ですか?」「そう。察しが良くて助かるよ。父さんは整形したことを怒るどころか、可愛くなったって褒めちゃってたから。実際別人になってたしさ。それで変な自信もついたんじゃない? パートだけじゃ稼ぎが少ないから、水商売も始めたんだ。6時過ぎに帰ってきたと思ったら、スーパーのお惣菜俺に押し付けて、ケバい化粧して出かけるようになった。ようやく休みが取れたと思ったら、入院するから家にいられないっていうんだ。俺に食費を押し付けて、嬉しそうに整形しにいったよ」「お父様は、末安さんが家でひとりだってことに気づかなかったんですか?」「気づいてたよ。けど、ね……」 言葉を区切り、苦笑する成也。千夏には泣い
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99話

「母さんから何日入院するのか聞き出して、その間家にいてくれたよ。知らない女の人を連れ込んでさ」「そんなの、あんまりじゃないですか……」 千夏は短い時間とはいえ、両親に愛されて育った。父親がいなくなったあとも母親が愛してくれたし、叔母も面倒を見てくれた。だが成也は幼い頃から、ずっとひとりだったのだ。親がいない家で暮らすのは、どれだけ心細かっただろう、どれだけ寂しかっただろう。 きっと母親に甘えたかったはずだ。父親と遊びたかったはずだ。 子供ながらずっと我慢していた成也のことを考えると、自然と涙が零れ落ちた。「俺のために泣いてくれるなんて、先生は優しいね」「すいません、辛かったのは末安さんなのに……」「謝んないで、すごく嬉しいから」 そう言って成也は、指先で千夏の涙を拭う。「話戻すよ。母さんがいない間に来た女は、俺にお菓子をくれたり、勉強を見てくれた。父さんも、少しだけど俺に構ってくれた。ふたりにすっごくムカついてたけど、このまま母さんが帰ってこなければいいのに、なんて思っちゃった。夜はすごくうるさいのにね。そんな自分も嫌いになったりして、結構苦しかったんだよね。息子が毎日苦しんでるなんて微塵も思わない母さんは、上機嫌で帰ってくるんだ。胸が大きくなったり、くびれや足が細くなったりしてさ。父さんはそんな母さんを褒めて、ついさっきまで別の女と寝ていたベッドに母さんを連れ込んだ」「誰も、末安さんを助けてくれなかったんですか?」「んー、どうだろうね? 正直、何が救いなのか、未だに分からないんだ」 そう言って成也は曖昧に微笑む。「俺が中学1年の頃の夏、母さんはまた整形するために入院した。もうひと通りいじったのに、どこいじるんだろうって疑問だったけどね。しばらくして帰ってきた母さんは、バケモノになっていた」「バケモノ……?」「整形失敗したんだよ。目は左右で大きさ違うし、鼻も口も歪んでた。胸だって左右で大きさが違くてさ。一瞬誰かと思ったよ」「それは、怖かったでしょう……」「まあね。でもさ、これで懲りてくれたらって思ってた。どんな姿したって母さんは母さんだし、これで家にいてくれるようになるのかなって。けど、違った。母さんは、失敗したなんで思わなかったんだ。呆然としてる息子に向かって『私、キレイになったでしょ?』って、自信満々で言ったんだ。バケモノじみ
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100話

「お父様は、どうしたんですか?」「離婚届置いて、どっか行っちゃった。それで母さんは、ますますおかしくなった。夏服を着た俺を父さんと思い込んで逆レイプ。それが辛くて、施設に逃げ込んだんだ。母さんは警察に捕まって、俺は施設で暮らすことになった」 成也は大きく息を吐くと、千夏の肩によりかかる。「末安さんも、大変な思いをしてきたんですね。いつも笑ってるから、そういったこととは無縁だと思ってました」「へぇ、どんな人生歩んでたと思ってた?」「えっと……」 好奇心に満ちた目で見つめられ、千夏は言葉を詰まらせる。「教えてよ、先生」「そう、ですね……。ずっとクラスの人気者で、彼女も途切れたことはなかった、とかですかね」「あっはは、それはそれで楽しそうだね。そんな学生生活送ってみたかったなぁ」 細められた目には、憧憬が滲んでいた。「俺さ、施設にいたのほんの2,3日くらいだったんだよね。たぶん、あのまま施設にいれたら、先生が言ってたような学生生活送れてたかもしんない」「どういうことですか?」「精神的ダメージが大きすぎたんだよ。食べたものはすぐ吐くし、女性職員が近くに来ただけで叫ぶし、酷かった。すぐに精神科に入院することになったよ。そこでどんな治療したと思う?」「精神安定剤の投与とか、辛いことを忘れるためのレクリエーションとかですか?」 千夏は以前テレビで見た、子供の心療内科のことを思い出しながら言う。「だったらよかったなぁ。精神科医に逆レイプされてた。女性もセックスも素晴らしいものだから、いつまでも怖がっちゃいけない。耐性をつけなきゃってさ」「犯罪じゃないですか! 他の医師や看護師さんは何してたんですか!?」「他の患者の治療してたんだと思う。そういえば、他の医者とか看護師とかあんまり見なかったかも。自分の病院だからって、好き勝手してるんじゃない?」「そんなの医者が……いえ、人がすることではありません」「あぁ、やっぱそうなんだ? 先生に話してよかった。俺、常識ないからずっと言うこと聞き続けてたんだ。そっか、これはおかしいことなんだ」 成也は納得したように、何度も頷く。憑き物が落ちたような顔をしていて、千夏は不思議に思った。
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