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All Chapters of 空に墜ちる -if-: Chapter 11 - Chapter 20

68 Chapters

2-3

 掛川に向かう車中で、若桐はデートに行く浮足立った気分よりも、今後のことで頭が一杯だった。 なぜなら、泊まりで休暇申請を出した時に、上司から「掛川なんかに、なにしに行くんだ?」と問われ、咄嗟に「限定品を買いに」という、意味不明な返事をしてしまったからだ。(真壁と会うのに、作れる時間は月に一度が精一杯だが……) 恋人同士として会うことを考えると、頻度が低すぎてどうなんだというレベルだが。 泊まりで出掛ける時には常に申請書を提出しなければならない職業を考えると、毎月同じ場所に行くには理由が必要だと気付いてしまったのだ。(休前日の仕事終わりに、車ぶっ飛ばして恋人に会いに行くのに。……なんでこんな色気のないこと考えてんのかね……?) とはいえ、未だ若桐の中では〝恋人〟という感覚は薄い。 真壁のことは可愛いと思っているし、手放すことなど考えられないが。 一方で、自分が真壁と付き合うことが正解だと、ちっとも思えないのだ。(止めたほうがいい理由しか、ないんだよなぁ……) 懇切丁寧に真壁に説明をした時、半ば自分への説得だったような気もしていた。 立場も、性別も、職業も。 全部が全部、付き合いが明るみに出た時に、悪い作用しか生まない。 だが──(着ていく服に悩んだ時点で、終わってんだよなぁ……) 溜息とともに、若桐はアクセルを踏み込んだ。
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2-4

 デートプランを考えていた時には、あれほど〝真壁の情操教育のために、一般的なデートプランを〟と考えていたのに。 自分たちの事情を鑑みたところで、それが不可能だと気付いた。(そもそも掛川って、なんだかんだ同僚がいそうな土地だよな) 真壁のメッセージに、宿泊先のホテル名を送り、時間の指定は特にしなかった。 仕事の都合や交通事情で、到着時間が大幅に狂うことはままある。 若桐がホテルのフロントで名を告げた時、受け付けは「お連れ様は既にご到着です」と告げた。 部屋の扉をノックすると、扉が開く。「若桐さん!」 部屋に入った途端に、真壁がミサイルみたいに飛びついてきた。 体格差の大きな真壁が、容赦なく抱擁してくる。「痛い、痛い、痛い! 絞めるな!」「あ、すみません……」 怒られた大きな犬のような顔をしながら、すんすんと鼻を寄せてくる仕草がたまらない。「久しぶりだな、百合緒」「待ち遠しかったです」「飯は?」「まだです」「食いに出るのと、部屋で済ますの、どっちがいい?」「若桐さんと一緒なら、どっちでも」 未だすりすりすんすんしている真壁に、若桐は思わず口元を緩めていた。「じゃあ、部屋で済ませちまおうか」 離れがたい様子の真壁を見て、若桐はルームサービスの手続きをする。「あの……、実はちょっと、お願いがあって……」「なんだよ?」「その……、……僕も、名前で呼んでいいですか?」 じっとこちらの顔を見つめ、真っ赤になっている真壁に、若桐は思わず笑ってしまう。「もちろん、構わないぞ」「あ……、ありがとうございます……、……守さん……」 言ってから照れまく
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2-5

 シャワールームに入ると、真壁はものすごく真剣に頭を洗っている。「なにしてんだ?」「えっ、シャワーです」 大真面目に返されて、若桐は吹き出した。「えっ? なんで笑うんですか?」「いや、おまえは本当に可愛いな」 お湯が降り注ぐ中、若桐は真壁のうなじに手を掛けると、引き寄せて唇を重ね合わせた。 ほぼ〝お約束〟のように真壁は目を見開き、それから素直にまぶたを閉じる。(あ……、こりゃさっさとベッドに行かんとまずい……) 若桐と真壁は、かなりの身長差がある。 シャワールームでキスを続けるのは、姿勢でどちらかに無理を強いなければならない。 若桐は、うっとりしている真壁から唇を離した。 まぶたを開いた真壁は何も言わなかったが、顔に「続きは?」と書いてある。「頭洗ってる場合じゃないって、わかったか?」「わかりました……」 真壁は、蕩けた時に見せるあのへにゃりとした笑みを浮かべた。§ ホテルの備品であるバスローブは、真壁にはつんつるてんだった。「夜着を、持ってくるべきでしたでしょうか?」 袖口を気にして引っ張っている真壁を、部屋の明かりを落としている若桐が笑う。「服着て寝られると思うなよ」「はい?」 真壁の手を取ると、若桐はそのままベッドに促した。「なんか、守さんすごく余裕っていうか。慣れてる気がします」「亀の甲より年の功ってやつだろ」 ぽすんっと真壁をベッドに仰向けで倒し、腰紐を解くと、そもそもぱつぱつだったバスローブはすぐにも肌蹴て、神々しい体が顕になった。「百合緒は、本当に綺麗だなぁ」「なんか急に、恥ずかしくなってきました」「莫迦、おせェよ」 再び唇を重ね、若桐は真壁の反論を塞ぐ。 若桐のキスに、真壁がぎこちなく応えてくるのが愛しい
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2-6

 とろんっと蕩けた顔で若桐を見上げる真壁が、つと、視線を下げた。「守さん……、イッてないんですか?」「いや……、イッたよ?」「でも、まだ、おっきくないですか?」「すまんなぁ……」 若桐は顔を赤らめた。 性欲に関しては、相談した医者にまで「そりゃ無理だ」と言われたことがある。「なんで、謝るんです?」「や〜……、だってほら……、なんか困るだろ?」「なんか困るんですか?」 噛み合わない会話に、若桐は首をひねったが……。「泊まるんですから、もっとしましょうよ」「はっ?」「だって……、守さん終わってないんでしょう?」「いや、俺はそうかもしらんが、おまえは大丈夫なのかよ?」「大丈夫……とは?」「そりゃ、体力とか……?」「耐G訓練のほうが疲れますし……。それに、楽しいです」 ぱあっと嬉しそうに言われて、むしろ若桐のほうが言葉に詰まる。「そう……、楽しいの……」「はいっ!」 考えてみれば、ゴリラの申し子と呼ばれた響野と争い、何度か勝利の唐揚げを手にしている真壁だ。 基礎体力を、一般女性と比較しては、失礼だったかもしれない。「とりあえず、ゴム替えるから、待って」「あ! そういえば守さんはコンドームしてますけど、僕はしなくていいんでしょうか?」「え……、そっから……?」 真顔で問うてくる真壁に、若桐はなんだかおかしくなってしまった。「あ、なんで笑うんですか? 僕だって付け方ぐらい知ってますよ?」「ホントに百合緒は可愛いなぁ
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3.アジはフライでお願いします

 最初は、一本の電話だった。「そちらの旅館、離れってありますか?」 今どきは、もっぱらネット予約が主流のこのご時世に、電話で問い合わせをしてきたことに驚いたけれど。 なにより、最初の問いがそれだったことに、なにかワケアリのお客だということは、容易に想像がついた。 御前崎の小さな旅館〝はまだ〟の女将・濱田真弓(はまだまゆみ)が、宿に離れがあること、ただし離れでは料金が少し高くなることを伝える。 すると電話口の男は、それで構わないと言って、予約を入れてきた。「若桐様、二名様ですね。お待ちしておりました」 現れた人物は、真弓の想像と少し違っていた。 柔和な表情とこなれた態度の、年配で小柄な男と。 入口の鴨居に頭をぶつけないように屈んで入ってきた、若い長身の男。「では、一晩、お願いします」 そう言って、年配の男から〝心付け〟も渡された。「もうしわけありませんねえ」「ご厄介をおかけしますから」 部屋に荷物を置くと、釣りに行くと行って出掛けていったが……。 夕方には、ボウズで戻ってきた。「海浜公園ですか?」「初心者向きってあったんですけど、空いてて良かったです」 夕食も、翌朝の朝食も、気持ちが良いほどにぺろりと平らげ帰っていった。 帰ったあとの部屋は、やたら綺麗にきちんとしている。「でも……、どう考えてもカップルだわよね、あの人達……」 仕事柄、真弓はマイノリティに対して寛容だった。
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3-2

 件のワケアリ客──若桐と真壁は、その後も月に一度ぐらいのペースで、予約を入れてくる。 毎回、離れに。 そして毎回、海浜公園に釣りに行く。 釣果は、あまりかんばしくない。「今回も、よろしくお願いします」 礼儀正しく、部屋の使い方も問題がなく、払いも滞らない。 ならば、それ以上の詮索は不要だ。「あの、女将さん」 その日は、戻ってきた真壁が満面の笑みを浮かべて、真弓に駆け寄ってきた。(あら、珍しい) いつもは、若桐の後ろにいて、滅多に口を開かない。 別に人見知りというわけでもなく、やってきた時に挨拶はする。 だが、余計なことは一切言わない、まるで躾の行き届いた大型犬のような印象だった。「これ、お願いできますか?」 差し出されたバケツの中には、小さなアジが二匹。「こいつの、初めての釣果なんですよ」 後ろで笑っている若桐が、一言添える。「お手間でしょうが、夕食に付けてやってもらえますか?」「はい、大丈夫ですよ。料理方法に、ご希望ありますか?」「特にありません。僕、調理場の人にお願いしてきますね」 バケツの中のアジを見つめる真壁の顔は、まるで小学生のようだ。「女将さん。フライみたいな、ちょっと〝豪勢〟に見えるのにしてやってください」 調理場に駆け去った真壁の背中を見送ってから、若桐が言った。「南蛮漬けがいいかと思ったんですけど、ならフライにしますね」 真壁の釣ってきたアジは、刺身にするには小さすぎる。 小鉢にしたら、せっかくの初釣果にがっかりするかもしれない。「お手数掛けます」「可愛いお連れさんですね」 真弓の一言に、若桐は面食らったような顔をしたが──「ええ……、まぁ……」 と、少し困ったような顔で微笑んだ。─序章・浜松:終わり─
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1.誤解はチョコレートの味

 月に一度の逢瀬なのに、会った時から真壁のテンションは低かった。「どうした?」 レストランの席で向かい合い、料理を注文したところで、若桐が問う。 手元を見つめていた真壁が、じっとりとした視線を上げた。「辞令が出ました」「ああ、そろそろそういう時期か」 静浜での訓練が終了し、真壁の最初の任地は浜松だった。 それから二年、そろそろ移動になるのは当然だろう。「で、どこになったんだ?」「……千歳です」「そっか」 真壁の実力なら、三沢か千歳だろうなと思っていたので、若桐はさほど驚かなかった。 だが、その若桐の反応は、真壁には不満だったらしい。「なんでそんな、あっさりしてるんです?」「あっさりちゅーか、妥当だなと思っただけだ」「でも……、千歳ですよ? 北海道ですよ?」「大きな声、出すなよ」 身を乗り出す真壁に、若桐は落ち着くように手を広げる。「遠すぎませんか?」「おまえの成績なら、当然だろ。そこでスクランブル要員で実務を学ぶのは、大事なことだ」「……守さんって、仕事の話になると、すごく冷たいです」 そこに至って、若桐はようやく真壁の不満を理解した。「今だって、どうせ会えるのは月に一度がせいぜいだろ?」「それはそうですけど……」「雪まつりに遊びに行ってやるから」「ホントですか?」 表情を明るくする真壁に、若桐は苦笑いを浮かべる。「つっても、デートは出来ないぞ。知り合いに見られたら困るからな」「陸自に知り合いが……?」「真駒内に防大時代の同期もいるし。……おまえが思ってる以上に、教官職って雑用多いんだよ。変に知り合いいるから、手ェ繋いで会場散策とかは、出来ないからな」「……それは
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1-2

 千歳に赴任してからこちら、真壁のメッセージの頻度が上がった。 もっとも、任務中はスマホを持ち込めないので、休憩ごとに送ってくるだけだが。『すごく寒いのわかってるのに、響野がジャンパー着ないで外に出るんです』『僕のを取ろうとするので困ります』『響野が上官に怒られる時は、必ずつきあわされるのが理不尽です』 などと、くる。(これ、愚痴じゃなくて、響野の観察日記じゃね?) 呆れつつも、真壁が元気にやっている様子が伝わって嬉しい。 そして、半月ほど経ったところで、『来週、浜松への輸送機に乗れそうです。守さんの予定はどうですか?』 と来た。(無茶して、もぎ取ってねぇだろうなぁ……?) などと思いつつも、若桐はいそいそとスケジュールの調整を考えた。§ 当日、真壁は大量の紙袋を下げて現れた。「守さん! これ、お土産です」「は? これ、全部?」「はいっ!」「うん。まぁ、サンキューな」 ホテルの部屋で紙袋の中身を覗くと、見たことのあるパッケージが入っている。「こっちはバターサンドで、こっちは白い恋人? そんでこっちは生チョコか……」「美味しいって、聞いたんで」「いっぺんに買ってくるなよ。機内の持ち込み制限あるだろ?」「初めての帰省だからって、おまけしてもらいました」 おまけとは……? と思ったが。 しかし、真壁本人はこの調子で人脈を全く作らないが、仕事熱心で生真面目な性格ゆえに、好かれる傾向がある。 今回も、それが功を奏したのだろう。「でも、こんなに気ィ使うなよ。お土産より、百合緒の顔見るほうが、俺には大事だし」 若桐の言葉に、真壁はぱあっと嬉しそうに笑う。「守さんっ!」 己の体格を顧みず、真壁はミサイルのように若桐に抱きついた。
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1-3

 真壁は、それからデートのたびに土産を買ってくるようになった。(やっぱあそこで、甘い物買ってくんなって言いそびったのが致命的だったな……) 紙袋をぶら下げて勤務に赴き、同僚の教官たちの目につく休憩室に置いておけば、さくさくと消費される。(あいつなりに、俺のために考えて買ってきてくれてるのになぁ……) 真壁の給料がさほど高くないことは、容易に想像がつく。 その一方で、渡される菓子が、微妙に高価な品であることも……。 だが、そんな若桐の後ろめたさは、半年ほどしたところで簡単に打ち破られた。 やってきた真壁が、微妙に申し訳なさそうな顔で、いやにぴっちりと封をされた袋に入った土産を差し出し──「すみませんでした……」 と、頭を下げる。「なんだよ?」「響野が……」「なんだ? 雪が降ってきて駆け回ってたのか?」「違います。土産を買いに出掛けた日、ちょうど響野も休みで、一緒についてきたんです」「うん」「僕が土産を選んでいたら、響野にダメ出しをされました」「あ〜……」 響野は、真壁と若桐の関係を知る、唯一の〝関係者〟だ。「守さん、お酒が好きだから、甘い物苦手だろって……。今まで、ご迷惑でしたよね?」「ん〜? 教官仲間には、好評だったし。俺の株が上がったから……」 後頭部をかき、若桐は頭を下げた。「すまん。最初に言わなかった、俺が悪い」「いえ。僕が勝手に、好みを押し付けてすみません」「いや、俺も悪かったから……」 謝りまくる真壁をなだめつつ── しかし若桐は、渡された袋が気になっていた。 それは、中身が楽しみ……という意味ではなく。
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2.生真面目一尉の恋人は呑み助

 訓練を終えた響野が、共同浴場へ向かって歩いていると、後ろから声を掛けられた。「響野」「よう木内さん。機体の扱いが乱暴って話なら、また今度にしてよ」 整備担当の木内は、アラサーの二曹である。「違う、違う」 笑いながら、木内は響野の肩をポンッと叩いた。「真壁はどうした?」「今日から休暇で、今朝の輸送機で帰省しましたよ?」 木内は、響野の肩をポンッポンッと叩く。「なぁ、あいつ、地元に恋人……いるんだろ?」「えっ……?」 わざわざ声を掛けてきた理由は、真壁がいないタイミングを見計らってのようだ。 木内はやたらとニヤニヤしている。「響野は、真壁と同期で、親友なんだろ? 教えろって」「いや。いきなり、なんすか?」「真壁さ。……あいつ、毎月必ず外泊許可取って、帰ってるじゃん。おまえと真壁、浜松が地元なんだろ? 言えって」「や……、それは真壁のプライベートだし……」「つまり、いるんだな?」「えーと……」「教えろって」「なんでそんな、食い下がるんすか?」「昨日、整備班で飲みに行った時に、毎月帰る要件ってなんだって話になってな。恋人派と、実家派に分かれたんだよ」「実家っつっても、真壁のトコは叔母さん家っすよ?」「知ってる。でも毎月欠かさず、叔母ん家に帰るとか、有り得ないだろ? だから俺は、恋人に賭けた」 響野は「他人のプライベートで賭けとか……」という言葉を、飲み込んだ。 木内の性格的に、細かいことにうるさいと一蹴されることが容易に想像ついたからだ。「実家派の連中に、教えてないんすか?」「いや、みんな知ってる。珍しいよな、そういう家の事情、全然隠さないやつってのも」「あ〜、真壁はそういうの、気にしませんからねぇ」
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