宮野さんの声は柔らかかったが、温度は下がっていた。 若いスタッフがクリップボードを持って入ってくる。まだ二十歳そこそこに見えた。私と目が合った瞬間、頬から血の気が引く。 「あ……申し訳ございません。こちら、外部業者からの資料表記が」 「外部業者じゃなく、誰から届いたもの?」 宮野さんの問いに、スタッフは慌てて紙をめくった。 「如月グループ広報室、となっています」 広報室。 私は、上げたままだった腕をゆっくり下ろした。 未央ではないかもしれない。隆一かもしれない。ただ古い登録名を使っただけかもしれない。 でも、偶然にしては丁寧すぎる。 「修正をお願いします」 私はスタッフへ言った。 声が震えなかったことに、自分で少し驚く。 「朝霧栞です。仕事上、過去の登録名が必要なら、注記で構いません。でも、晩餐会の名簿や衣装管理表は、朝霧で統一してください」 「は、はい。すぐに」 スタッフは頭を下げた。 怒鳴る必要はなかった。泣く必要もなかった。ただ、直してもらえばいい。 三年前の私には、それができなかった。 宮野さんが静かにクリップボードを受け取る。 「修正履歴も残します」 「お願いします」 私が答えると、宮野さんは鏡越しに少しだけ笑った。 「律様が選んだ方だと、少し見えてきました。……いえ、選ばされた方、ではないという意味です」 「選ばれた、という言い方は、まだ慣れません。便利に聞こえるぶん、少し怖いです」 「では、違う言い方にしましょう」 宮野さんは青い布を私の肩へ掛けた。 「ここに立つことを、ご自分で決めた方です。少なくとも今は、そう見えます」 布の重みが、肩に落ちる。 軽いはずなのに、わずかに背筋が伸びた。◇ 採寸が終わる頃には、窓の外が薄く曇っていた。 衣装室を出ると、廊下の端に相良さんが立っていた。手にはタブレット。いつものように表情は整っているが、画面を持つ指が少し硬い。 「朝霧様。確認いただきたいものがございます」 嫌な予感は、だいたい当たる。 相良さんが画面をこちらへ向けた。 晩餐会の事前質問フォーム。招待客から、司会進行や会場スタッフ宛に寄せられる確認事項の一覧だった。 その一番上に、新着の匿名質問が表示されている。 ――三年前、如月家から追
Mehr lesen