「ずいぶん偉くなったものだな」「偉くなったわけじゃありません。三年前より、手順を覚えただけです」 玄関奥の廊下で、かすかな衣擦れの音がした。 誰かがいる。 未央かと思ったが、姿を見せたのは琴美だった。 淡い色のカーディガンを羽織り、髪をきちんとまとめている。けれど目元の化粧だけが少し崩れていた。朝から泣いていたのかもしれない。 琴美は私を見るなり、足を止めた。「……栞」 名前だけが、薄くこぼれた。 返事はすぐに出なかった。 母と呼んでいた人だった。 三年前、階段下で未央を抱きしめていた人でもある。私の頬が赤く腫れていた時、何も言わなかった人。あとで泣きながら部屋の前に来て、扉越しに「ごめんなさい」とだけ言った人。 その声を、私は開けなかった。 今でも覚えている。 扉の木目。夜の廊下の明かり。向こうで鼻をすする音。 覚えているのに、許したことにはならない。「琴美さん」 そう呼ぶと、琴美の顔が小さく歪んだ。 お母様、と呼ばなかったからだ。 でも、もう戻せない。「静江さんの守り袋を取りに来ました。蔵を確認させてください」「守り袋……?」 琴美は隆一を見た。隆一は視線をそらす。 隆一が目を逸らした瞬間、ファイルを持つ手に力が入った。 知らない顔ではない。 知っている顔だった。「お父さん」 琴美が、震える声で呼んだ。「あなた、何か知ってるの」「今は関係ない」「関係ないって……静江さんが栞に残したものなんでしょう」「琴美、下がっていなさい」 命令口調だった。 琴美の肩がびくりと動く。昔からそうだった。隆一が低い声を出すと、この人はそれ以上踏み込まない。涙を浮かべて、口元を押さえて、最後は黙る。 それで、いろいろなことが終わった。 私の三年前も、そうやって終わった。「
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