朝の書斎には、夜の冷気がまだ残っていた。 廊下の向こうで、車輪の音が一度して止んだ。 窓の外で枝が揺れるたび、薄い光が机の上を横切る。昨日、葛城静司から届いた封筒は、透明な証拠袋に入れられたまま、高瀬さんの持ち込んだ鍵付きのケースに収められていた。 写真。識別バンド。日付。廃院した産院名。 どれも、私の中に入れておくには角が硬すぎるものばかりだった。 だから私は、目の前の作業用端末に逃げた。 逃げる、という言葉が気に入らなくて、すぐに打ち消す。仕事だ。確認だ。昨日、高瀬さんから許可された範囲の公開情報と、榊家法務が保全した資料の照合。私が勝手にどこかへ侵入しているわけではない。 端末の電源を入れると、ログイン画面が出た。 いつもなら、それだけで少し息が整う。 けれど、その朝は違った。 キーボードの左端が、ほんの少し濡れていた。 水滴というほどではない。手の先で触ると、冷たい跡だけが残る。私は指を止めた。机の右側に置いていたはずの小さな付箋も、位置が違う。夜中に自分で動かした記憶はない。 端末の角度も、ほんの少し開きすぎている。 私は椅子に座らなかった。 机の前で立ったまま、扉の方を見た。 「相良さん」 声を張ったつもりはなかった。けれど、数秒後には廊下の向こうから足音が近づいてきた。 「お呼びでしょうか」 「この部屋、昨夜から誰か入りましたか」 相良さんの眉が、ほんの一瞬だけ動いた。 「朝の清掃係は入室しておりません。昨夜も、律様と高瀬様が退出された後は施錠しております」 「鍵は」 「私と律様、予備を管理室で保管しています。記録上、持ち出しはございません」 記録上。 その響きが、今は妙に心に引っかかった。 「端末に、誰かが触った跡があります」 言ってから、喉の奥が冷えた。 「また、です。誰かが触って、ずらして、あとから私が悪いことにする。そういう手つきに見える」 相良さんの視線が机へ落ちた。 濡れたキーボード。ずれた付箋。開きすぎた
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