LOGIN三度目の入籍予定日、森崎晴南(もりさき せな)はまたしても「忘れられない女」のために約束を破った。 区役所の前で独り立ち尽くす花江咲夜(はなえ さくや)は、ある男に電話をかける。 「あなたと結婚するわ」 相手は、晴南の宿敵である荻野千暁(おぎの ちあき)。 これ以上、報われない愛のために自分を押し殺し続けたくはない。 咲夜はわずか一週間で、晴南との思い出も、家も、愛も、そのすべてを完膚なきまでに断ち切った。 だが、咲夜が千暁の腕に抱かれ、慈しまれる姿を目の当たりにした瞬間、あんなに彼女を「卑しい女」と罵っていた晴南の瞳は血走り、狂ったように膝をつく。 「咲夜、もう一度やり直そう。結婚式も挙げる、今までの償いもするから……頼む!」 「理想的な元カレっていうのはね、死んだも同然に静かにしている人のことよ。晴南、誰もあなたをその場で待ち続けたりしないわ」 失って初めて、己が愛していたのは誰だったのかを悟った晴南。 しかし、すべてはもう遅すぎた。 彼女の隣に、もう彼の居場所はない。
View MoreSNSに投稿されたその一文は、まさに交際宣言そのものだった。当然のように、投稿のコメントは大きな騒ぎとなる。【@hitomi】【待って待って!ってことは、うちの兄、本当に咲夜の心を射止めたってこと!?嘘でしょ!?そんなあっさり成功したの!?信じられないんだけど!】【@シノ】【千暁、おめでとう。ついに想いが実って、咲夜さんを射止めたね!】【@りょうた】【やっと堂々と「奥さん」って呼べる!ずっと我慢してたから、もうスッキリした!】【@CHIYUKI】【えっ、もう公式発表ですか!?うちの社長がついに荻野さんのところへ……!大事な社長をあっという間に射止めるなんて、さすが荻野さんです!末永くお幸せに!】そのほか、普段あまり交流のない友人たちからも、お祝いのコメントが次々と届いていた。咲夜はコメント欄を眺めるだけで、一つも返信はしなかった。その隣では、千暁が身を乗り出し、堂々と彼女の投稿を眺めている。やがて自分のスマートフォンを取り出すと、投稿に【いいね】を押し、そのままコメントを残した。【よろしくね〜〜〜】更新された画面を開いた咲夜は、すぐにそのコメントを見つける。文末に並んだ「〜」を見た途端、咲夜は視界の端で、まるで「褒めて」と言わんばかりに得意げな千暁の様子を見つけ、ふっと笑みをこぼした。彼のコメントをタップすると、ぎゅっと抱きしめる絵文字を一つだけ添えた。それだけ済ませると、スマートフォンをしまった。返信を見た千暁は、満面の笑みを浮かべ、咲夜の手を握ったまま、嬉しそうににやにやと笑い続けていた。……月見台に戻るなり、千暁は待ちきれない様子で、自分の荷物を咲夜の家に運び始めようとした。真澄もその後ろについてくる。その様子を見た咲夜は、真澄に声をかけた。「灰原さん、荷物は私が手伝いますから。お仕事があるなら、先に戻ってください」真澄は空気を読むのが得意だった。咲夜の言葉を聞くや否や、千暁が口を開くよりも早く答える。「会社に戻って処理しないといけない仕事がまだ山ほどありますので。それでは奥様、私は失礼します」言い終わるか終わらないかのうちに、真澄は風のようにその場から姿を消していた。――できる秘書たるもの、社長夫婦に二人きりの時間を作るくらいの気遣いは必要だ。千暁は咲夜を自分の屋敷に
メッセージを送り終えると、咲夜はそのまま晴南の番号をブロックした。もちろん彼女は分かっている。晴南のような利己的な人間が、自分の一言程度で本当に命を絶つはずがないことを。それでも、何かにつけて電話をかけてきたり、メッセージを送りつけてきたりする嫌がらせには、ただただ嫌悪しか感じなかった。いっそのこと洸に連絡して、早く片をつけるよう急かそうか――そんなことまで考えてしまう。このままでは、自分の忍耐が先に尽きてしまいそうだった。「どうした?」咲夜の様子がおかしいことに気づいた千暁が、穏やかな声で尋ねる。咲夜は視線を戻し、振り向いて微笑んだ。「何でもない。ただ……私たちの関係を、そろそろ公表しようかなって考えてたの」互いの想いを確かめ合った今、咲夜としては堂々と公表したいと思っていた。同時に、千暁が胸の内に抱える不安も理解している。もし関係を公にすることで彼が安心できるのなら、自分にとって、それは喜んで受け入れられることだった。彼は口にはしない。けれど咲夜には分かっていた。もし千暁がいなければ、自分が花江グループを引き継いだあと、何もかもがここまで順調に進むことはなかっただろう。彼が陰でずっと自分を支え、守り続けてくれていたことを、咲夜はちゃんと感じ取っていた。だからこそ、自分の気持ちに素直になると決めた今は、できる限り彼を大切にしたいと思っていた。咲夜の言葉を聞いた瞬間、千暁の表情がぱっと明るくなる。瞳を輝かせながら咲夜を見つめ、思わず身を乗り出した。「本当に公表するのか?もしまだ気が進まないなら、もう少し先でもいい。無理はしなくていいんだ」この件に関しては、意外にも千暁は執着していなかった。彼にとっては、すでに咲夜と結ばれたこと、それだけで十分だった。公表するかどうかは、それほど重要ではない。もちろん、咲夜が自ら望んでくれるのなら、これ以上ないほど嬉しかった。彼は何よりも、咲夜の意思を尊重したかった。千暁の想いを感じ取った咲夜は、そっと頭を彼の肩にもたせかける。そのまま彼の指をそっと絡めながら、小さく笑って言った。「公表しようよ。私たちの関係は、別に隠さなきゃいけないものじゃないでしょう?ちゃんと婚姻届も出してる。法律にも守られてる夫婦なんだから。だから、あなたばか
病院の外では、真澄がすでに車を停めて待っていた。手を繋いで並んで歩いてくる咲夜と千暁の姿を見つけると、真澄は意味ありげな笑みを浮かべる。「これで堂々と奥様って呼んでもいいってことですよね?」咲夜は目を丸くした。真澄まで、千暁の気持ちを知っていたの?そう言われた途端、また急に照れくさくなる。千暁は真澄を横目で一瞥し、さらりと言った。「今月のボーナスは倍だ」真澄は微笑む。「さすが社長、太っ腹ですね。ありがとうございます、奥様」咲夜は恥ずかしさのあまり、そっと視線を逸らした。千暁は真澄に「からかいすぎるな」とでも言いたげな視線を送る。咲夜を困らせたら、ボーナスどころか給料まで減らすぞ――そんな意味だ。その視線を理解した真澄は、照れ笑いを浮かべた。運転は真澄が担当し、咲夜と千暁は後部座席に座る。車に乗り込むなり、千暁はすぐに咲夜の手を握った。まるで少しでも気を抜けば、彼女が自分のそばからいなくなってしまうとでもいうように。そんな彼を見て、咲夜は苦笑するしかない。結局、されるがまま手を握られていた。千暁は首を傾け、隣の咲夜を見つめる。「いつ俺の家に引っ越してくる?」二人はもうお互いの気持ちを確かめ合い、付き合うことも決めた。なら、一緒に暮らしてもおかしくないだろう。咲夜は少し考えてから答えた。「うちとあなたの家って、ほんの数歩しか離れてないじゃない。それって十分一緒じゃない?」「それとは違う」千暁は即座に否定した。「四六時中、君のことを世話したいんだ」確かに今も隣同士に住んではいる。だが彼は、朝目を覚ました瞬間に咲夜の姿を見たい。同じ屋根の下で暮らしたい。そんなことを思っていた。咲夜は彼を見つめ、何か言おうとした。しかし、その前に千暁が勝手に話を進めてしまう。「もし俺の家に来るのが嫌なら、それでもいい。だったら俺が君の家に引っ越す」そう言って、前方の真澄に声をかけた。「灰原、俺の荷物を彼女の家に運んでおいてくれ。今日からあそこに住む。用事があれば、そっちに来ればいい」「承知しました」真澄はハンドルを握りながら、ルームミラー越しに自分の上司を見た。今の荻野社長は、恋人ができたことですっかり浮かれきっている。そして、隣でぽかんとしている咲夜の表情を見て、思わず笑
千暁は、自分の心の奥底に潜む執着を誰よりもよく理解していた。だからこそ、ずっと必死に自分を抑え、咲夜に近づきすぎないようにしてきた。手に入れてしまえば、きっともっと欲しくなる。その想いが咲夜を息苦しくさせ、いつか逃げ出したくなるほど追い詰めてしまうのではないか。それだけが怖かった。千暁が何より恐れていたのは、咲夜を傷つけてしまうことだった。その想いに気づいた瞬間、咲夜の胸はぎゅっと痛んだ。彼女は自分からそっと千暁を抱きしめる。頬を深く彼の胸に埋め、小さな声で言った。「ちゃんと考えたよ。私たち、付き合おう。私はあなたのそばを離れない。絶対に、永遠に。約束する」もし彼の不安や抑え込んできた想いを、自分だけが受け止められるのなら――咲夜は、それでいいと思った。きっと、この先も千暁ほど自分を愛してくれる人には出会えない。そして、この世界に千暁以上の人なんて、もういない。そのことを、彼女ははっきりと理解していた。胸は彼のためだけに激しく鼓動している。少なくとも今、この瞬間。自分は心から千暁と付き合いたいと思っている。胸の鼓動が教えてくれる。――私は、この人が好きなんだ。もう、この人を失いたくない。咲夜が自分から抱きしめてくれたこと、その優しい声が耳元で響いたことに、千暁の手はかすかに震えた。――付き合おう。私はあなたのそばを離れない。絶対に、永遠に。約束する。その一つひとつが、自分にとって何よりも美しい愛の言葉だった。先ほど自分の本心をすべて打ち明けたとき、心臓が喉から飛び出しそうなほど緊張していた。怖かった。本音をさらけ出したせいで、咲夜が逃げてしまうのではないかと。だが、隠したまま付き合って、いつか自分の独占欲に彼女が怯え、離れていくほうがもっと耐えられなかった。だから最初から、すべて伝えたかった。もちろん、断られる覚悟もしていた。それなのに、彼女は自分の想いを受け入れ、「付き合いたい」と言ってくれた。千暁にとって、それはまるで夢のようだった。目を開けた瞬間に消えてしまいそうな、儚い夢。「……ああ。俺たち、付き合おう」かすれた声でそう答えると、千暁は胸いっぱいに込み上げる感情を必死に抑えながら、咲夜を力強く抱き締めた。咲夜は、彼の
咲夜が病院を後にして間もなく、真奈美から電話がかかってきた。鳴り続けるスマートフォンを、咲夜は手に取ろうともせず放置したまま、自動的に通話が切れるのを待つ。だが、着信は執拗に繰り返された。出ない限り、母が決して諦めないことなど分かりきっている。結局、咲夜は小さく息をつき、妥協するように通話ボタンを押した。「咲夜、森崎家が資金を引き揚げるって!両家の提携も全部白紙よ。これで満足なの?」電話の向こうから、激情に駆られた真奈美の罵声が飛んできた。これまでどれほど理不尽を押しつけられても耐え続けてきた咲夜が、なぜ今になって意地を張るのか、真奈美には理解できなかったのだ。
晴南も、外の騒がしさにはすでに気づいていた。つい先ほどまで浮かべていた穏やかな笑みは、咲夜の姿を認めた瞬間に凍りつき、その冷ややかな瞳には露骨な不快感と詰問の色が宿る。咲夜はその視線を真正面から受け止めながら、感情を削ぎ落とした無表情のまま、真奈美の背後に静かに立っていた。「晴南さん、うちの咲夜が分からず屋で本当にごめんなさい。ちゃんとお詫びさせようと思って、連れてきたの」真奈美は卑屈な笑みを顔に貼りつけ、機嫌を窺うような声音で言った。そう言いながら、咲夜の背中を突き飛ばすようにして、彼女を晴南の目の前へ押し出す。晴南はただ冷ややかにその様子を眺めるだけで、自分から口を
実家へ向かう帰路の途中、咲夜のスマートフォンに晴南から着信が入った。受話器越しに響いてきたのは、怒りに我を失った彼の声だった。「咲夜、今すぐ病院に来い。這いつくばってでも洸に謝るんだ」背後では、洸のすすり泣く声がかすかに混じっている。想像するまでもない。晴南は洸を不憫に思うあまり、怒りの矛先をすべて自分へ向けようとしているのだ。咲夜は深く考えることもなく、電話口から浴びせられる怒号を無視し、そのまま通話を切った。しかし晴南は執拗だった。すぐさま何度もかけ直してくる。病院へ来て謝罪するまで決して許さない――そんな執念すら感じさせる勢いだった。苛立ちが限界に達した咲夜は
洸は、咲夜が手にしていたコーヒーを奪い取ると、そのまま自分の顔へとぶちまけた。続けざまに、自らの頬を思いきりひっぱたく。華奢な身体は、計算し尽くされた絶妙なタイミングで床へと倒れ込んだ。額がテーブルの角にぶつかり、生温かい液体が視界を滲ませる。「ごめんなさい……私が悪かったわ。晴南さんに付きまとったりして、本当にごめんなさい。私を打って気が済むのなら、いくらでも打って。抵抗なんてしないから」床に座り込んだ洸は、首を振りながら、しゃくり上げるような声で泣き叫んだ。晴南は、かなり離れた場所にいながらも、ダイニングルームの騒ぎを聞きつけていた。慌てて階段を駆け下りた彼の目
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