紫音は少し切なげに言葉をこぼした。「本当は私、ご恩返しのためにも志津様に何かして差し上げたいのよ。でも、何を提案しても『いいから』って頑なに断られちゃうの。私たちが若いから、仕事の邪魔や重荷になりたくないって、いつも『忙しいなら頻繁に顔を出さなくていいわよ』って仰るんだけど……本心では、誰かにそばにいてほしいって思っていらっしゃるのがわかるから」紫音の固い言葉の響きには、力になりたくてもなれないもどかしさが滲んでいた。拝島家の人間の誰もが、腹の底では権力と欲だけを求め、お互いを打算でしか見ていない。本来なら家族に甘えたいはずの志津が、意地を張って己の殻に閉じこもってしまう気持ちも、今の紫音には痛いほど理解できたのだ。「なら、あなたの怪我が完全に治ったら、これからもっと志津様に顔を見せに行ってあげなさい。今日だって、あなたの顔を見てあれほど嬉しそうにされていたんだから。……でもねえ、志津様が今一番心待ちになさっているのは、あなたと律くんの間に早く子供が生まれることじゃないかしら。そうすれば、あの方への最高の恩返しにもなるわよ」琴音はここぞとばかりに話題を転換した。娘たちが婚約関係になってからそれなりの月日が経つのに、いまだに結婚式を挙げる具体的な兆しもないのだから、母親としては孫の顔を見ることでいち早くその関係を「確かなもの」にしてほしいという焦りもあった。志津様のためと言いながら、ちゃっかり自分の愿望でもあるのだ。早く赤ちゃんを産んでくれれば、自分たち家族も総出で子育てを手伝えるのに、と琴音は本気で思っている。「お母さん、またその話?前にも言ったでしょう、私たちはまだ急いでないって。今はお互い仕事が忙しくて、どっちみち子育てに全力を注げる余裕なんてないんだから」紫音は呆れたようにおでこを押さえた。「もちろん、自然の流れで授かったら大切に育てるわよ?だから周りがいちいち気を揉んで急かさないで。お母さんまで志津様と同じこと言わないでよ……もう、会うたびにどっちかから催促される身にもなってほしいわ!」うんざりしたように口を尖らせる娘の姿に、病室にいた頃の緊迫感は薄れ、いつもの京極家の穏やかな空気が戻りつつあった。「あなたたちが全然急がないし、本腰を入れないから、私が発破をかけてるんじゃないの!二人とももういい大人なんだから、少しは真剣に
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