口にした瞬間、空気が静まる。 ヴィルレオはその場で固まったように立ち尽くした。いつもなら表情の変化に乏しい顔が、ほんのわずかだけ動揺を見せる。自覚がなかったのだろうか。あるいは、自覚していても指摘されるとは思わなかったのか。 リュゼリアのほうも、自分が何を言っているのか途中から怖くなっていた。昨日から、普段なら飲み込むはずの本音がぽろぽろと零れている。体調が悪いせいだと誤魔化したいが、たぶんそれだけではない。「忘れてください」「昨日も同じことを言ったな」「……申し訳ありません」「謝るな」 またそれだ、とリュゼリアは思う。彼は謝られることを好まないくせに、謝らせるような沈黙ばかりつくる。 ヴィルレオは視線を逸らし、しばらくしてから低く言った。「わからない」「え?」「どう言えば、余計な角が立たずに済むのか」 あまりに真っ直ぐな困惑で、リュゼリアは思わず彼を見つめた。 王都でもっとも近寄りがたいと噂される公爵が、まるで難解な書物の前で立ち尽くす少年のように、眉間に皺を寄せている。「……そうでしたの」「必要なことだけ言えば足りると思っていた」「はい」「足りていなかったのだろう」 その一言に、リュゼリアの指先がそっと膝の布を握った。 彼は今、何を認めたのだろう。自分の不器用さか。夫としての不足か。それとも、彼女が足りないと感じてきたものの存在そのものか。 胸が静かに高鳴る。けれど、それを悟られてはいけない気がして、彼女は目を伏せた。「……わたくしは、旦那様が話し下手でいらっしゃることくらい存じております」「慰めか」「事実です」 今度こそヴィルレオの口元がごくかすかに動いた。笑った、と言うにはあまりにも微細な変化だったが、それでも確かに、彼の顔から一瞬だけ氷が薄く剥がれた。 その一瞬を見てしまったことが、ひどく危険に思える。 こんなふうに、ときおり本当の顔を覗かせるから、この人は残酷なのだ。最初から冷たいだけなら、もう少し楽に諦められたかもしれないのに。 廊下の先で、誰かが控えめに足を止めた気配がした。続いて執事の声が扉越しに届く。「旦那様。北方より急ぎの使者が」 ヴィルレオの表情が瞬時に切り替わる。私的な迷いをすべて奥へ押し込み、公爵の顔になる。その切り替えの鮮やかさに、リュゼリアはいつも少しだけ息を呑む。「入れ
Last Updated : 2026-06-24 Read more