寝室が静まり返った。 言ってしまった、と思った。だがもう引き返せない。「皆はまだ、“療養へ行かれるだけ”だと思っております。旦那様だって、そう思いたいのでしょう。けれど奥様だけが、違うお支度をなさっている」 涙が次々と頬を伝う。拭っても拭っても止まらない。「わたくしにはわかります。奥様が、本当に……本当に去るおつもりなのだと」 最後のほうは、ほとんど声にならなかった。 リュゼリアはしばらく黙っていた。いつものように「泣かないで」と宥めるかと思った。あるいは「何を言っているの」とやんわり否定するかと。だが、彼女はそうしなかった。 ただ、ゆっくりと手を伸ばす。 アイダは反射的に身を屈めた。その手が、自分の頬へ触れる。熱は高くない。けれど病んだ人の手特有の、薄く透けるようなぬくもりがあった。「……ごめんなさい」 リュゼリアが言う。 その声には、いままでの穏やかさとは少し違う、ひどく深い疲れが滲んでいた。「あなたにだけは、隠しきれなかったわね」 アイダは泣きながら首を振る。「隠していただきたかったのではございません」「ええ、わかっている」「では、どうして」 リュゼリアはアイダの頬を撫でる手をそのまま、少しだけ力を込めた。「わたくし、怖いのよ」 その言葉に、アイダは息を呑む。 やっと、やっと本音が出たと思った。「とても、怖いの」 リュゼリアは静かに続ける。「死ぬことも。弱っていくことも。旦那様の顔を見るたび、いまさら欲しくなってしまう自分も。全部、怖い」 涙は出ていない。だが、その声の奥には、泣き叫ぶよりずっと深い震えがあった。「だから、平気な顔をしているの。そうしていないと、立っていられないもの」 アイダの喉から、小さな嗚咽が漏れる。「でもね」 リュゼリアはほんの少しだけ笑った。ひどく哀しい笑みだった。「平気な顔をしているうちに、本当に決まってしまったの」「……何がでございますか」「去ろう、って」 それは囁きのように小さかった。「旦那様の愛を受け取りながら、足りないまま死ぬのは、わたくしには無理だと思ったの。だったら最後くらい、自分で決めて、自分のままでいたいって」 その言葉を聞いた瞬間、アイダはもう堪えられなかった。 顔を覆って泣いた。侍女としての礼儀も何もかも忘れて、ただ涙が溢れた。長く仕えてきた
Last Updated : 2026-07-20 Read more