「……あの子らしいわ」 意外にも、そう呟いたのは母だった。 ヴィルレオが顔を向けると、マルグリット侯爵夫人は泣きそうな目をしながらも、どこか諦めたように微笑んでいた。「リュゼリアは昔から、限界まで耐えて、もう駄目だと決めた時には戻らない子でしたもの」 その言葉が、ヴィルレオの胸にさらに深く刺さる。 戻らない。 彼女自身もそう言っていた。いったん決めたら覆らない、と。穏やかで、柔らかく見えるくせに、その芯だけは頑固なことを、彼は結婚してから何度も見てきた。自分のこととなるとひたすら後回しにするくせに、一度「ここまで」と決めた線だけは誰にも越えさせない。「だが、受けるつもりはない」 ヴィルレオは低く言った。 侯爵がゆっくりと目を上げる。「娘の望みでも、か」「そうだ」「なぜだ」「離したくないからだ」 その答えに、侯爵夫妻は一瞬言葉を失った。 もっと理屈を並べるかと思われたのかもしれない。家のためだの、療養のためだの、公爵家としての判断だの。だがいまのヴィルレオには、そんなものを飾る余裕はなかった。「いま離縁などすれば、あいつは本当に俺から何も受け取らずに死ぬ気でいる」 言いながら、自分の声が少しずつ荒くなるのがわかった。「そんなことをさせるつもりはない」「それは、あなたの都合ではありませんか」 母の問いは静かだった。だが静かだからこそ鋭かった。 ヴィルレオは反射的に言い返しかけて、できなかった。 都合だ。 もちろん都合だろう。自分が後悔したくないという思いも、きっとある。いや、あるに決まっている。リュゼリアが言った通り、彼女の残り時間を自分の遅すぎた愛で埋めようとしているのだとしたら、それはどこまでも身勝手だ。 だが、身勝手でも何でも、いまはそれを手放せなかった。「……そうだとしても」 ようやく絞り出す。「離せない」 侯爵は長く沈黙した。暖炉の火がひとつ崩れ、乾いた音がした。「旦那様」 やがて彼は重い声で言う。「あなたが娘を愛しているのは、いまの言葉でわかりました」 その言葉に、ヴィルレオはわずかに眉を寄せる。愛している。その語を他人の口から出されても、なぜか否定する気は起きなかった。起きないこと自体が、もう答えなのだろう。「だが、娘はずっとその愛を知らずにきたのですな」 侯爵は続ける。「そこを、どう
Last Updated : 2026-07-05 Read more